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孵化

一か月更新しないのはこの作品初かもしれませんね

 かなり上機嫌な佳織と別れて帰宅した僕を待っていたのは、洗濯物をたたんでいるレミリアさんの姿だった。


「ありがとうね、レミリアさん」


 開口一番にお礼を述べたところ、彼女はビクッと体を震わして僕の方を見て「あ、い、いえ! そ、そんなお礼を言われることをしていませんよ!!」と慌てて否定する。

 そこは別に否定しなくていいと思うんだけど……その言葉を飲み込んでから「どこまでやってくれたの?」と制服のままキッチンへ向かう。


「えっと、帰ってきて洗濯物だけです」

「そうなんだ。分かったよ」


 袖をまくり、彼女が置いたであろう弁当箱と一緒に自分のも洗い始める。基本的に着替えてからやっているけど、こっちの方が早い場合は、ね。


 黙って洗っていると、再開したのか畳んだ服とかを床に置く音が聞こえ始めた。その最中に「そういえば、今日は珍しかったですね。いつもの皆さん以外の人から話しかけられるなんて」と言われたので「本当にね」と肯定する。


「そういえばレミリアさんって、友達には僕との関係言ってるの?」

「え、そ、それはですね……軽く説明はしましたよ。西条さんも。でも珍しいですね、そんなことを聞いてくるなんて」

「ま、自分が置かれている状況の把握するのが必要だと思ったから。それに、最近怠っていた気がするし」

「怠っていた、ですか? それは?」


 洗剤の泡を水で流しながら当てはまる言葉を考え、一人分の弁当箱が終わってから作業を止めて答えた。


「他人の観察。言い方は悪いけどね。僕の小学生時代はやってなかったけど、中学生の頃からはやっていたんだよ。あまり話さないからある程度の個人情報を知らないとスムーズにやり取りできないし」

「なら普通にお話ししましょうよ。レンのこと、皆さん知りたいようですから」


 友達からレンの普段の様子とか訊かれるんですよ。自分の事のように嬉しそうに言う彼女。なんで嬉しいのだろうか。自慢? それはなさそうだけど。

 内心で首を傾げながら弁当箱を拭いて片付けた僕は、そのまま米を炊く準備をしながら「あまり誇張表現されても困るんだよなぁ」とぼやく。


「誇張表現だなんてそんなことしませんよ! 私の主観的な意見です!!」

「ああそう。あまり期待を膨らませるように言わないでね? そこまで何でもできないんだから」


 ある程度米を研いでから炊飯器に水を張り炊飯のボタンを押す。

 さて今日は何を作ろうか。冷蔵庫の中身を確認しながら次の工程に頭を働かせていると、洗濯物をたたみ終わったのかこちらに近づいてきたらしく、先程よりも近い場所で「以前から思っていたんですが、どうしてそこまで自己評価が低いんですか? 何かに長けている一族だという割に、レンはそうじゃないと否定しているのが気になっていまして」と至極当然であり、遅かれ早かれ突かれる矛盾を示した。


 それに対し、いつか来るだろうと思っていたので特に動揺せずスラスラと答える。


「まぁ簡単な話だよ。小学生になる前に爺ちゃんたちに鍛えられた時に『お前は才能がない』ってバッサリ言われたのが胸に燻ぶっているからさ」

「え……」

「父さん達は多分、知らないし気付いてないんじゃないかな。姉さんはどうだろ? まぁいいけど。ともかくその言葉が烙印のようなものじゃん。だから自然と考え方も才能じゃなく努力寄りになったし、やり続ける環境だったからか、続ければ到達するレベルが自分だって思えるんだよ」

「……すみません」

「気にしなくていいさ。気になったことを質問するのは悪い事じゃないしね」


 夕食のメニューを決めて冷蔵庫を閉めた僕は彼女にそう言ってから、買い物へ行くために自分の部屋に戻った。



「初めて話したなぁ……」


 制服から着替えて呟く。

 話すことで考えていることが分かる。いや気付くことがある。自分がどう思っているのかを。


 口にする――改めてその当たり前のことが大事であることに気付く。


「そのうち確認してみた方がいいかもなぁ。爺ちゃんたちの『真意』を」


 あの頃の僕に何かを感じていただろうからああいった。そんな予想はすぐに立てることができた。けど、その真偽は別にどうでもよかった。それが判明したところで今更変えようがないし、変わりようもないと思っているから。


 でもまぁ僕の評価を周りの人が『違う』というのなら


「この機会に変えてみるのもいいかな、なんてね」

『変えればいいのでは?』


 いきなりだ。シルフはいつだって。まるでそっちの方がいいとでもいうべき感じで勧めてくる。

 でもそう言われると素直に従えない自分がいる。まるで駄々をこねる子供みたいに。

 このチグハグさは何だろう。呑み込めていないのだろうか。難しく考えている弊害なのだろうか。


 そこからいつもの長考になりそうだったので息を吐き、財布やバック、そしてメモ帳を持っていく。


 いつまでもここにいるんじゃ夕飯出来ないしね。



 結局レミリアさんに留守番を頼んで一人で来てしまった。二人で来れば荷物の負担が軽減されるというのにも関わらず。相変わらずの頼り下手というか。

 まぁ慣れ親しんだものを急激に変えるなんて不可能なものだろうし。そう思考を切り替えて歩きながらメモ帳に書いた食材を探し求め、商店街をめぐる。


「おう連。あの子は今日仕事か?」

「留守番だよ」

「ふぅん。ま、最近物騒だからいいんじゃねぇの?」

「そんな話聞きたくなかったなぁ」


 世間話をしながら食材を買っていく。スーパーの方が値段が少し安いけど、移動の労力を考えると近い商店街の方が良い。ある程度移動手段があるならともかく。


「ていうか、物騒って何? そんな話学校からないんだけど」

「なんかこの島の至る所で抗争でもあったのか重傷者が最近出てきているんだとよ。配達の兄ちゃんが言ってたな」

「確かに物騒だね」

「この近くでも出たらしい。ま、深夜帯になるからまず遭遇しないだろうし、やられたやつも死んでいないのが幸いだろうな」

「死んでないは別に問題じゃないと思うけどな……」

「……ああ、そうだな」


 会話が途切れたのを幸いとみて僕は店を後にする。

 それからも店を転々としながら買い物をして話を聞いてみたところ、どうやらここ一週間ぐらいになって始まったということが分かった。自分たちの商品が狙われているわけじゃないのが理由からか、そこまで怯えていない。

 どうやら腕に自信があるものや警官をターゲットにしているらしい。それならあまり実害を感じられないのも頷ける。


 で、この話を聞いた以上自分の中の嫌な予感が膨らんできたので、迅速に買い物を終わらせ駆け足で帰ることに。

 ただの勘だ。僕自身は自分の事を普通だと思っている。魔法とか超能力が使えない『普通』の中で、更に取り柄らしい取り柄を探すのが難しい人間だと。

 自己否定は昔の名残だ。これからもそれを続けるつもりもある。


 だけど――


「……本当、人生って嫌な予感ばかり当たって絶望しかけるよね」

「…………」


 その人影は喋らない。

 いまだ人混みがあって然るべき時間帯のはずなのに(・・・・・)、僕とその人影しかいないという状況。

 特異な状況というのに慣れてしまった僕は動揺することもなく、ひとまず話しかけた。


「で、アナタは最近発生した事件の犯人?」


 観察する。黒で覆われているその人型を。男とも女ともとれ、年齢も身長もよく分からずに対峙しているそれの。


「チガウ」


 発せられた声は無機質で情報を抜き取らせないことを徹底している。

 だがこれで今さっき話題に上がった事件とつながりが薄いことは理解できる。

 もっとも、その犯人が別な用件でこうしてきたのなら、その理解は間違っているのだけど。


 警戒心を抱き相手の挙動を見逃さないようにしていると、向こうから問いかけられた。


「イケダレン……マチガイナイナ」

「間違いも何も、確信を得て現れたんじゃないの?」

「ソウダ」


 その言葉を皮切りにその人型が膨れ上がる。まるで風船のように体積を増やしたかと思うと、僕よりガタイの良い、言葉を選ばなければ筋肉だるまな状態で止まる。

 とりあえず買った食材を脇に置いて避難させる。そしてそれと対峙する。

 不意打ちするような卑劣さはないようだ。もしくは、そこまでの思考がないのか。


 まぁどちらでもいいや。息を吐いてから自然体の状態で立ち、「何、殺したいの?」と目的を訊く。


「オマエガヨワカッタラナ」


 一歩。いや二歩か。

 久し振りだというのに冷静な自分がいる。相手が近づいてきた歩数を数えられるくらいには落ち着いていられる。度胸がついたからなのか、諦めたからなのかはこの際どうでも良いか。


 その人型は振りかぶっていた。その肥大化した体の効率的な破壊の仕方だろう。

 思わず受けようと考えたけど、触って何もないという確証がないのでそれを破棄し、振り抜かれた腕から目を逸らさずに


 ドゴォォン!! という盛大な音を響かせた。



「……ふぅ」

「…………ナゼダ」


 体を横に移動させ、腕と紙一重の距離で避けることができた僕は安堵の息を吐く。地面はクレーターみたいになっているけど、シルフが軽く浮かせてくれたようで衝撃の餌食にならなかった。

 困惑してるようだけど、説明しない。近くで黒の情報を得るためにそちらに集中を割く。

 なんというか、ざわざわと動いている、気がする。まるで何かの集合体だ。これが伸びたりしたらもはや中身は人間じゃない……とも言い切れないのがねぇ。


 左手が引き戻されていく。不自然なほどゆっくりと。

 なるほど。観察されているのが分かっているから逆手に取るつもりなのか。

 そのまま後ろに下がる。シルフのおかげで地面から浮いているからか、普段より素早く距離を取ることができた。同時に先程までいた地面に右手が突き刺さる。


 これだけ音がしてるのに周りが何も言わないとなると隔離されてるのかなと推測を立てながら砂煙を睨んでいると、黒い棘がすごい勢いで伸びてきた。

 すぐに首を振れば、あるいは体を転がせば回避できる。だけど、この棘が枝分かれしてくる可能性を考えてしまったためにそれが出来なかった。


『マスター!』


 シルフの声が脳内に響く。見える景色がスローモーションになる。

 ああ、これで死ぬのかな……なんて思える状態でも目を瞑らなかったところ、あと1m位のところで棘が止まった。動きを止められたのではなく、まるで壁に刺さったかのように。

 とっさにシルフが風で壁を作ったのだろうかと考えたが、それはすぐに否定できた。

 なぜならその壁には「0」と「1」が並べられていたのだから。


「え?」

「ナニ?」


 互いが驚いていると、ポケットに入れていた携帯が勝手に振動していることに気付いた。

 慌てて取り出したところ、ファンタジー世界でよく出て来る、蝶みたいな羽が生えとても小柄で少女みたいな顔立ちの生物――妖精が画面を占拠していた。


 彼女は僕に気付いたのかこの場にそぐわない元気な挨拶をしてきた。


『初めまして!! 間に合ってよかったです、ご主人様!』

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