縋るということ
気まぐれな作者ですが
昼休み。
僕達三人はいつも通り自分たちが使っている席で固まって弁当を食べていた。
「それにしてもバイトか……そんなに金ないのか?」
「ん? 出費が上回り始めたからちょっと危機感がね。それに、今のうちに働いておくのも悪くないでしょ」
「……連は働き過ぎだと思う」
「そうかな?」
労働という意味ではまだ働いているわけではないので首を傾げる。家事は労働としてあまり認識していない。あれはなんだろう……生活する上での義務?
そもそも労働とはその対価に金銭なり報酬が約束されているものだという考えがあるせいか、無報酬な現状に対し労働という感覚が持てない。
そこらの違いを共感できる人なんているのだろうかと思いながら食べていると、「ストイックすぎるぜ、まったく」と庄一に言われた。
思わず笑ってしまう。
「ストイック? 僕が?」
「ああ。お前って休めって言われて素直に休めないだろ? やらなくていい、おとなしくしててって言われても我慢できないのか別なことをやっていく」
「うん。確かに」
「はぁ。そういうのは確かにすごいけどよ、それが祟って入院しているんだから少しは改善するようにしろよ。バイトなんて開店から閉店までずっといるようだぞ、きっと」
「……というより、どんな飲食店でも人気にしてしまい、辞められなくなりそう」
「何言ってるのさ、圭。僕の腕なんて所詮アマチュアだよ」
「……いい加減よ、お前のその自信のなさは何とかした方がいいぞ。お前がアマチュアなら、世の中の料理人の殆どがアマチュアだからな。きっと」
真剣な表情で忠告するかのように庄一が言う。でも僕からしたら自信がないのではなく、事実だ。昔に言われた、自分の根底を占領している事実。多分、それがたとえ嘘だったとしても認識が変わることは難しいだろう。
だって、『普通』なんだから。
「そういわれて悪い気はしないけど、ね」
「あーお前認識変える気ないな、さては」
「……まぁ今までもそうだったから」
親友だからなのか、僕の考えていることはお見通しらしい。まぁ三年も一緒に過ごせば理解されるのかななんて思う。
多分僕の反応のせいなんだろうけど。
「というか、連って誰かに頼ることないよな」
「え、あるけど? 頼んだ方が早ければ」
「……でも家族を当てにしてない」
「だって、当てにできるならそもそもこんな状況になってないでしょうに」
「そりゃそうだな」
正論で話題が止まる。
黙々と食べながら、「まぁ頼りたくなるのも分からなくはないけど」と呟く。
「あ? 普段頼らないのに、わかるのかよ」
「……」
怪訝な表情を浮かべて追及してきた庄一。そんな僕達のやり取りを観察するように箸を止めて圭は静観する。
ひょっとして僕の発言を収集しようというのだろうか。こんな変哲のない一個人の戯言を。
圭の真意に関しては分からないけど、自分で広げた話題をこのままにしておくわけにはいかなかったのでおかずを食べてから説明する。
「『頼る』って、自分じゃどうしようもないから行う行為でしょ? 出来ないことを出来る人に任せる。それが『頼る』。恥ずかしいことではないよ。個人で完結できる人間なんて存在しないだろうから。そんな完結できない人間の一人なんだから、僕だって頼りたくなる時はあるし、他の人が頼る気持ちも理解できる。こんな感じだね」
「……それじゃ、『縋る』は?」
「え?」
説明を終えたら圭がいきなり質問してきたので、思わず驚く。
なんでいきなり『縋る』ことについて質問してきたんだろう? 当然そんな疑問を浮かべながらも、とりあえず考える。
弁当を食べ終えたころに考えがまとまったので、弁当箱をしまいながら説明することにした。
「『縋る』っていうのは結局、『頼る』の延長線上だと思うけど、違う点は『自分の力を試したかどうか』だと思う。だって、何かに縋るってことは自分じゃどうにもできなかったんでしょ? それでも叶えたい願いや実現したい夢がその人に在ったってことになる。たとえ誰かの力によってでも実現したい『何か』が」
僕にそんな願い事、現在じゃないけど。そんなことを思いながら息を吐いてから、聞き入っている二人に対し説明を続ける。
「圭がどうしてこんな質問をしてきたのか分からないけど、『縋る』ってことはそういうことだと思うよ。努力すれば報われるとか平気で口にされたところで、この不平等で残酷な世界じゃ夢物語。それに打ちひしがれたから『何か』に『縋る』なんて起こるんでしょ」
宗教や詐欺の手法としての根本的な部分じゃない? そう付け足して説明を終える。
まぁ僕、実際に遭遇したことないけど。多分。
弁当箱を片付けていると、「……分かりやすかった。バイトの紹介の情報料はなしでいい」となにやら納得できたのか、圭がそんなことを言った。
つまり今後、自分から頼むと金をとるということね。確かに中学と違い選挙とかに行ける「大人」になったのだから妥当と言えば妥当か。
情報の乞食はまたかっこ悪い状況だし。そう思いながら訊きたいことをもう一つ思い出したので「そういえば、今月の”アレ”っていつ?」と財布を取り出す。
僕が何に対して質問しているのか理解した二人は、なぜか息を吐いた。
「え、どうしたのさ?」
「お前よ、ジャンヌさんや渚さんがいるのにまだ続けるつもりかよ」
「そこまで家にいないから大丈夫じゃない? それに、彼女は真面目だから学校を優先するだろうし」
「……そろそろやめた方がいい」
「二ヶ月もやってないから周りの人達から心配されてさ。素で忘れてたからリハビリを兼ねて」
そういうと弁当を片付け終えた庄一が「なんだよそれ」と顔を手で覆って言う。
でも習慣と化しているし、そもそも食費を抑えられる手が存在しているというのに行かない理由はないと思うんだけど。
ちなみに”アレ”は非公式タイムセール。日中にしかやってないから生徒の僕が参加するには休むしかないんだよね、仮病で。
ま、それ始めたの中学生からなんだけど。
「……別にいいのでは?」
「いやー、今回色々と出費が重なったし、安く済ませられるならそれでいいじゃん?」
「本当、思考が主夫だな。嫌なら任せればいいのによ」
「任せても続かないんじゃそんな気もなくなるよ」
肩を竦めて事実を言ってみたところ、「それで自分でやってたら意味なくね?」「……やらせたいのなら、任せて教えるべきでは?」と反論された。
「それが出来ていたら今頃こんな状況になってないと思うんだ」
「「……確かに」」
肩を竦めて言った反論が的確だったのからか、二人とも同意してしまった。ちゃんと理解してくれているようだ。
付き合いが深いからそりゃ、ね。
そんな感想を内で抱いていると、「でもお前、一人暮らししたいならあの両親何とかしないと一々戻ってこないといけないだろ」と言われたのであっさり答える。
「ま、自分たちが怠けていたツケが返ってきたと思ってもらうしかないよ。姉さんもいつまでいるか分からないし。もう僕が全部やろうなんて思えないしね」
「……今までが異常」
結構言われている言葉に対し、慣れてしまった僕は「そうなんだろうけど」と軽く返事をする。
と、ここで昼休みが終わりそうなことを確認したので「さぁ授業の準備しなきゃ」と二人に言って話題を終わらせた。
そういえばあの時スクルドさんが入れた卵、遊園地から帰ってきてから罅が入っていたような……。




