落ち着く
レミリアさんと二人で遊園地に行った日から数日たって六月になった。
どうやら結構な効果があったようで、色々と自覚していたおかしな気持ちが消えていた。大分すっきりした。普段なら苛立たない小さな事でも苛立っていたのがないのだから、思った以上に効果がある。
まぁこれが、
「彼女」と一緒に行ったからか
「女性」と二人きりで行ったからか
によってまた面倒なことになるんだけど。僕の思考回路がね。
それでまぁ翌日学校に行ったら圭が相変わらず情報を持っていたようで危うく大騒ぎになると思ったけど、そんなそぶりを見せなかったのでちょっと拍子抜けした。
で、元達の周りはというと……何かの事件を解決したようだけど心ここにあらずって感じで数日放心していた。さすがにそんな状態の彼らが遭遇した事件の詳細を聞くほど不謹慎ではないので忘れることにしたけど。
庄一は……表面上元気になった。テストという存在に打ちひしがれながらも。
そんな近況の中迎えた六月の上旬。
普通に登校しているとき、なぜか示し合わせたように両隣にいるレミリアさんと佳織に視線を向けず空を眺めながら「そろそろ洗濯物が怖いなぁ」とつぶやく。
「あれ、洗濯って干す必要ないでしょ?」
「うちにそんな機能がある洗濯機はないよ。せいぜい脱水時間を延ばして部屋干しでも短縮できるようにするぐらいだよ。雨の中、コインランドリーまで歩くなんてねぇ?」
「確かにそうですね。折角乾かしたのに濡れます」
「家にないの?」
「佳織の家と一緒にしないでよ。大体除湿器とかで乾かしているから」
空は雲が多いけど晴れている。まだ梅雨入りしないと言っていたのは素直にうれしい。ま、そんなこと誰に言うわけでもないけれど。言ったら主夫だなんだといわれるしね。
言われたくないので黙って話題を終わらせるように歩いていると、学校に近づいてきたころに佳織が「あ、そういえば」と思い出したように訊いてきた。
「今月ってどんなことがあるかわかる?」
「え? いきなりどうしたのさ? レミリアさんの誕生日と結婚式場が盛り上がるぐらいじゃないの?」
「え、レミリアさんも誕生日なの?」
僕の答えに佳織がすごい驚いていた。そして僕とレミリアさんは言い回しで気付いた。
「ひょっとして西条さんも今月誕生日なんですか?」
「うん」
…………これはまた。
なんという偶然だろうか。そう思わずにはいられない状況に内心で驚く。
これでパーティ日まで被ったら悲しいことになる気がするなぁと思いながら「おめでと」と軽く言っておく。
それだけでも嬉しいのか佳織は笑顔で「ありがとっ」と返事をした。レミリアさんから少しだけ不機嫌な気配を感じ取ったけど、それも一瞬。「おめでとうございます、西条さん」と彼女も言った。
「ジャンヌさんもおめでとう! ……でさ、連君」
「いやだよパーティに出るのは」
「やっぱりかーって、なんでわかったの!?」
「レミリアさんも似たようなことしてるって知ってるから」
「なるほどーそれなら納得だね」
この話題にはもう触れないでほしいなと思いながら、学校に到着しクラスへ向かった。
クラスに到着し、誰に向けたわけでもなく挨拶をしてから自分の席へ。
ここから僕から話しかけることは殆どない。あくまで登下校する際に同じ方向であるというだけの関係だと印象付けるために。まぁクラスの女性陣は知っているんじゃないだろうか。男性陣はどうか知らないけど。話しかけてこないしね。
さて今日の最初の授業はっと。いつも通り授業の準備を始めたところ、「なぁ池田」と声をかけられたので作業を中断して「どうしたの?」と声がした方へ顔を向ける。
どうやらクラスメイトのようだ。名前覚えてないけど。
接点がないので何の用だろうかと思っていると、「お前ってさ、西条さんとジャンヌさんとどういった関係なんだ?」と訊かれた。
「友達?」
「なんで疑問形なんだよ」
「関係性を示す言葉を当てはめると適切なものが分からなくて。告白したいならすればいいんじゃない?」
「バッ、な、何言っているんだよ!!」
彼は顔を赤くして慌てて否定する。どうやらそのつもりはないようだ。
まぁ思春期特有の照れ隠しなんだろうと推測してから「でも今更どうしたのさ」と二ヶ月も過ぎてからの質問に疑問を覚える。あと普段話さないから名前覚えてないし。
「いや、先月のお前ってどこか近寄りがたい雰囲気だったし。あとは……なんだかんだで一緒に来たり帰ることが多いだろ? 気になってさ」
「まぁ家が近いってだけだよ。一緒に登下校する理由はね」
「ふ~ん。そうか。そういや、元達元気ないけど何かあったのか聞いてるのか?」
「直接訊いてみたら? 答えらしいものが返ってこなかったら”そういうこと”だろうけど」
そうやって仄めかして提案したところ、彼は腕を組んで唸り「詮索するのはやめた方がよさそうだな」と結論を出した。
僕自身も今回は聞きたいと思えないからその決断は英断だと思う。前を向けていた彼らが下を向いたということは失敗したか、選択を誤った、後悔にさいなまれているのだから。それも結構かかっている。前へ向けないほどのショックを受けた事件だ。それをほじくり返すなんて友達としてやってはいけない気がする。
……圭に関してはもうルーチンワークだから仕方ないね。
なんて考えて、クラスメイトとの会話に関してほとんどしてこなかったことに気付く。庄一とかは普通に話をしている。僕は昔からの習性が染みついているからか自分から積極的に話しかける、なんてする気が起きなかった。
「珍しいね」
「まぁそうだな……ちなみに俺の名前覚えてるか?」
「普段話さないから必然的に覚えてないや、ごめんね?」
「お・ま・え・は!」
「でっ!」
正直に言ったら彼は笑いながら殴ってきた。目は笑ってない。
頭を押さえていると、「……はぁ。なんていうか薄々そうなんじゃねぇかと思ったんだが」とため息を漏らしながらつぶやいていた。
「なぁ池田。このクラスで覚えている名前どのくらいだ?」
「え? 十人いかないけど」
「……本当、そう聞くと中学でも一緒だったのに親交ないんだな、俺達」
「そうだね。行事抜きにしたら話すことなかったよね」
そんな会話をしていると「……おはよう」と圭の声がした。
「……珍しい」
「おはよう。まぁそうだろうね」
「よぉ木村。俺が話しかけたんだよ。クラス委員としては当然だろ?」
「……まぁな」
あ、クラス委員だったんだ。初めて知った。四月はそれどころじゃなかったから。
他人に興味がないのは昔からだから……って、これは僕の欠点か今更ながら。
となると多少なりとも一族の血を引いてる証左かなとこの場でにそぐわない考え事をしていると、「次声かけるときはもう少し愛想よくしろよ」と笑いながら彼が言って離れていったので、「善処するよ」と言っておく。
「……で?」
「レミリアさんたちとの関係を聞かれただけだよ。なんで今なのかは事件と雰囲気で先送りにしていたかららしいけど。彼女たちに訊けばいいのにね」
「……男同士の方が聞きやすいだろ」
「そりゃそうだけどさ」
「何だよお前ら。何かあったのか?」
「あ、庄一。おはよう」
「……おはよう」
圭に事情を説明していたら庄一が登校してきた。僕達の挨拶に「おう」と言ってから静かに席に座る。
彼は僕の爺ちゃんたちにボロクソ言われてから思い悩んでいる。そのせいか先月戦ってくれとか言われたので、否定しまくって回避した。なんで僕なんかとやりたいのかなんて思ったけど、龍前爺ちゃんの身内だからかと納得した。
その結果かどうか知らないけど、彼は話すたびに陰を落としていた。変わらないように見えて。
近頃では幼馴染との関係もギクシャクしているらしい。個人のメンタルの手助け何て正直カウンセラーじゃないからやりたくない。レミリアさんの時は例外だったけど。
そんな感じで彼はどことなく鬱屈している。時折ね。
前向きに解決できるのだろうかと親友のことを心配しながら、「今月も忙しくなりそうだ」と漏らす。
「お前の場合、毎月そうだろ」
「……今月はと言わないあたりに慣れた感じが出ている」
「そうかな? 慣れた作業の所要時間は大して変わらないから、毎月忙しいわけないでしょ」
「あーそれもそうか」
「……まぁ」
納得するのは一理あるからだろう。多分、彼らの想像する『忙しい』と僕の想像している『忙しい』に壁があるせいで統一できていないから渋々と言った感じが出ている気がする。
と、そんなことはともかく。
「そういえば圭。頼みたいことがあるんだけど」
「……なんだ?」
「バイトしたいから何件か紹介してくれない?」
そう頼んだら、二人の動きが固まった。
「どうしたのさ」
「…いや、いきなりバイトしたいなんて言い出したからよ。大丈夫かよ、いつも大変なんだろ?」
「別に毎日するわけじゃないし。週末ぐらいに入るぐらいだし。それに、長期的にやるかどうかは考えていないんだよね。だから最初は今月だけやって……って感じ」
「……どんなバイトがいい?」
「特に決めてないなぁ」
圭の質問にそう答えると、「……また難しい」と言われた。
そこらへんは重々承知。僕だって漠然としか考えていないし。
「でも僕の場合、真っ先に浮かぶのは飲食店関係だろうから、そこらかな」
「自己分析はできてるよな、やっぱり」
「……そっちでいいのか?」
「まぁいいよ。体鍛えるという意味では工事系でもいいと思ったけど、流石に高1ではできないしね」
「……分かった。探しておく」
圭が了承したところでチャイムが鳴ったので、今日もまじめに勉強しますかと気合を入れることにした。




