休みの終わり
何とも言えぬ雰囲気の中。これはまぁ、言ってしまえば僕の自業自得になるわけだけど。
……うん。どうしようか。もう半分過ぎちゃったからこの空気を払拭しておくに限る。限るんだけど……生憎そういったマッチポンプをするほど自分の面が厚いだなんて思っていない。
彼女を見続けることが限界になったので大人しく外の景色を眺める。
結構な高さまで来ているからか、この島の殆どを見下ろしている。夕方になってきたので照明があちこちで灯し出されているようだ。
これが普通の子供なら、純粋に目を輝かせているんじゃないだろうか。なんて考えている時点で僕はだいぶ普通じゃないんだろうけど。
でも――。眼下を見ながらも思う。この感想は有り触れたものなんだろうなと。
「綺麗な景色だね」
「…………はい」
これ見ている感じじゃなさそうだ。同調している感じがする。
ちらっと彼女に視線を向ける。彼女は、俯いたままだった。
なんとなく、申訳がない気分になる。これが他人と一緒にいるからなんだろうか。
少し悩んでから、彼女に適切だと思われる言葉を言ってみることにした。
「僕さ、基本的に他人の力を当てにすることないんだよね」
「……え? いきなり、どうしたんですか? 確かに、人にやってもらうことを嫌がっているように感じますけど」
……これ、盛大に間違ったね。そんな確信を彼女の言葉を聞いてしたけど、それで止まる気はなかった。
「まぁ以前話したように両親とかのせいだったり、環境がものすごく影響を及ぼした結果なのは明白なんだけど。なんかさ、そこまで他人の力に必要性を感じる機会が少ないんだよね。圭みたいに情報を取り扱っている人とか、花音みたいにとても頭の良い人、あとはうちの爺ちゃんたちぐらいかな? 力を貸してほしいと思えるのは」
こうして誰かに語るのは初めてだ。親にも姉さんにも、庄一にも圭にも誰にも話してはいない、自分の胸の内。
低くなる外の景色を眺めながら、彼女を見ず反応も窺わずにだらだらと喋る。
「まぁ理由はそうだね。他人を信用していないというのもあるんだろうけど、僕ができる範囲で他人がやろうとしているから必要性を感じないんだよね。そりゃ、手伝ってもらいたいとかやってほしいなと思うときはあったけど、現状そこまで忙しいと僕自身が感じていないし。分担するなら一人でやった方が指示を出さずに済むから楽だし」
余計に空気が悪化する。言ってて当たり前だなぁと考えながら、その空気をどうするか気にせずに「とまぁ割と初めて人に心中を語った気がするんだけど、悲しい気持ちになれる?」と訊いてみる。
「……え……あ、そ」
「まぁ落ち込んだ状態で追い打ちかけられて、その追い打ちかけた当人が吐露した考えに対してどう? って訊いたところで、ねぇ?」
あまりのおかしな構図に窓を見ながら笑う。我ながら最低な行動だと自覚できるから余計に。
最善は謝ること。そんな答えはすぐに出ていたけど、精神がいい具合に壊れているからか出てきた言葉は異なった。
……というか、誘ってくれた相手になんで辛辣なことしているんだろう。
冷静になって自分の行動を振り返ってみたところ、頭のおかしいことをしていることに気付き真顔に戻って盛大にため息をつく。
彼女だって楽しい思い出を作ろうとしたはずなのになんでその芽を摘んでいるんだろうと自己嫌悪に陥っていると、「レンって、時々空気を読みませんよね」と先程までの空気のないいつもと変わらない声色で呆れたように返してきた。
その発言に記憶を思い返しながら「時々で済むかなぁ……」と自虐的に呟く。
心当たりがあるのか彼女は半笑いで返してきたようだ。乾いた笑いで誤魔化す様に。自覚しているのだから遠慮しなくていいのにね。
こういうのを優しさというのだろうと今更な認識をしてから、彼女の先程の反応を鑑みて聞いてみる。
「……来てほしいの?」
「……ふぇ!? そ、それは! その……出来るなら……」
「そうなんだ」
一緒に祝ってもらった方が嬉しいのかな。やっぱり大人数で祝ってもらったことがあるだろうし、増えれば増えるほど良いのだろう。
多分的外れな結論を頷きながら出し、彼女に「ま、参加するとしても姉さんに連れられてだろうから」と言っておく。
「あ……」
「まぁそんなことよりさ、窓の外眺めてみなよ。今降りてきているけど綺麗だよ?」
「え、あはい」
慌てた様子で窓に体を向けたのが分かる。直接は見てないけど、身じろぎの気配で。
いまだ窓の方を見ている僕は、景色の感想をもう抱かず帰ってからの状況を推測していた。
どこまでやっているかわからない。姉さんが音頭を取っているのなら大体のことは終わっているんじゃないだろうか。出前とかとってなければ食材はあるのだろうけど、そこは分からないなぁ。明日弁当を必要としているのか向こうの考え次第だし。
電車に乗る前に連絡した方がいいかなやっぱり。そんな結論を出したところ、「って、レン! もう終わりじゃないですか!」と驚いた声が聞こえた。
「いやまぁ、しんみりとした空気になっている間に頂上過ぎたんだよ」
「なんで言ってくれないんですか!?」
「いや、それどころじゃなかったでしょ?」
「うっ……」
正論を言われたのか言葉に詰まった彼女。そもそも気持ちを沈めたのは僕だけど。
もうそろそろ観覧車が終わりそうだったので、煮え切らない様子の彼女に体を向け名前を呼ぶ。
「レミリアさん」
「あ、はい」
彼女の視線が僕に向く。色々と、葛藤しているような感じであることを理解しながらも、終わりを迎えたこの日の締めくくりとして、最低限礼儀として必要な態度を示すために咳払いをしてから笑顔でお礼を述べた。
「今日はありがとうね」
「――――ッ!」
僕の言葉に彼女の頬が上気する。嬉しさと驚きが混じっているのだろうと推測できるその態度を見ながらも、人として最低限のことができたと考えた僕は、今回は純粋に楽しかったといえそうだなと思った。
観覧車から降りてお土産を少し買ってから僕達は遊園地を出た。腕輪はスタッフに返し、レミリアさんが滞在している間に使ったお土産代以外の費用を払っていた。一括で出すあたり流石に稼いでいるのだろう、素直に感心する。
見送られて駅のホームへ並んで歩く僕達。
そこで僕はやろうとしていたことを思い出し「あ」と声を漏らした。
「どうしたんですか、レン?」
「ちょっと姉さんに電話。進捗どうかなって」
「進捗、ですか?」
「そ。買い物行ってるだろうけど、明日の弁当考慮してるかどうか気になって」
「渚さん達のことを信用しましょうよ。今日一日はやってくれますって」
「そうかな……」
疑い過ぎているのだろうか。彼女の言葉にそんなことを思う。
それでも治ることは多分、ないけど。
自己分析でそう考えてから、今日を心残りをなくすために「それはそれとして」と話題を変える。
「ごめんねレミリアさん。辛辣な言葉ばかり吐いて気分を害して」
それを思い返したのか、「本当ですよ」と怒っているのが分かる口調で返してくる。
「レンって何かしら人を害さないと生活できないんですか?」
「いや~僕自身何がしたいとか何が欲しいとか、そういった欲が湧きずらいから、大抵訊いちゃうんだ」
「なるほど……でも、ダメですからね」
「そうだね。せっかく楽しむ気持ちで来ているんだから、水を差す行為はやめる努力をするよ」
「完全にやめるんじゃないんですか……?」
彼女の言葉に言葉狩りとしてうまいなぁと感心しながら「完全に、というのは難しい気がするんだよね。出来るだけ減らしていこうと考えないと。はじめはね」と言っておく。
沈黙すれば一番簡単に解決できるけど、その方法は解決という手段ではなく逃避という状況にしているだけだから意味のなさがある。
そのことについては何も言わずに反応を窺っていると、「レンとお話をしていると、なんだか鍛えられている感じがします」と言われた。
「そう? そういわれると何か不思議な感じがするんだけど。怒らせているばかりだと思っているからさ」
「本当に自覚あるんですね……。ですが、レンのおかげで相手の人の気持ちとかを推測できるようになったんですよ」
先ほどまで怒っていた彼女の表情が微笑みに変わる。
そこまで急に変わる理由って何だろうかと思いながら「僕は反面教師かな?」と自虐的に答える。
ホームに電車が来るまで立って待っている現状。周囲に人はたくさんいるけれど、僕達は気にしていない。
「反面教師と言いますか、ちゃんと発言を説明してくれるじゃないですか。それを聞いているうちに考えるようになりまして。まだまだレンや渚さんのようにいきませんけど」
「そこはまぁ、頑張ってとしか言えないね。けどそっか……推測してるのか……」
彼女が時々僕に対して鋭い理由に納得ができた。そして試してみたいと思ったけど、彼女の口から今日どうだったのか聞いてみたくなったので「レミリアさんからしたら今日はどうだった?」と質問してみる。
僕の予想では無難に楽しかったとかだと思う。彼女の場合、優しいから正直に言わないだろうし。
さてどう返してくるのだろうか。そう思って待っていると、電車が来てしまった。
「――――」
「え?」
そのタイミングでまさか言われると思わなかった。電車の制動音がうるさくて聞き取れなかった。
思わず聞き返したけど、彼女は顔を赤くして「さ、さぁ乗りましょう!」と僕の手を引いて電車に乗り込んだ。
何か恥ずかしいことを言ったのだろうかと思いながら、座席を確保して座って自分たちが住んでいる場所へ戻った。
明日の準備をやらないといけなかったけどね。いつも通り。




