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珍客

 それから少しして。


 僕は相変わらずちぐはぐのまま日々を過ごし、庄一は学校に来たけどいつもより元気はなく、圭は変わらない態度のまま。元達はちょくちょくいない。彼らの事情は知ったことではないけれど、圭が偶に教えてくれる。

 レミリアさんと佳織はあの日以降毎日来ている。いつの間にかクラスメイトと打ち解けていた。すごい才能だ。羨ましいね、全く。


 授業の内容は事件中に勉強していたところだったので、復習みたいな形だった。小テストも八割ぐらい取れた。みんな散々でどうしてそんなに取れたのか訊いてきたけど、休校中も勉強していたからと答えると誰もが沈黙した。


 そんな感じで五月の下旬ごろの休みの日。

 誰もいないし何の約束もないので掃除を終わらせてから何をしようかなとソファに座って考えていたところ、窓の外に猫がいるのが見えた。


 珍しい。この地域で猫なんてほとんど見たことがなかった僕の感想。ペットとして飼っている人が少ないのが要因の一つだけど、野良猫ととかがいないのが一番だと思う。この地域に野放しにされている動物なんて人間と鳥類ぐらいじゃないかな。


 その猫は僕を観察しているかのようにじっとこちらを見てくるので、少し不思議な気分になる。

 なんで猫に観察されているんだろうという気分と、その猫が只者ではなさそうだという直感が混ざって。


「…………怖いなぁ」


 自然と『普通じゃない』ことの予想が出来てしまうことに呟いてしまう。元やレミリアさん達みたいな分かり易いそれじゃなく、もっと大局的――この世界の根幹に携わっているだろうそれに。


 切っ掛けは大黒の社に迷い込んだこと……だけじゃないみたいなんだけど、何なんだろうか。


 思い出せないのか記憶がないのか、はたまた思い出したくないと全力で拒否をしているからなのか判別がつかない疑問が急に浮上してきたけど、現状の対処に有効ではないことからすぐさま隅に追いやって、猫が食べられそうなもの家にあったかなと冷蔵庫の中を探すためにソファから立ち上がった。



「何もなかったなぁ……」


 冷蔵庫の中身を見て猫に食べさせてもよさそうなものがなかった。なので、庭が見えるところまで戻ったところ、首を傾げてそこにまだいた。

 人間らしい動作に思わず数回瞬きしたところ、お馴染みとなりつつある脳内に声が伝わってきた。


『池田連、で間違いないかにゃ?』


 ……学年上がって二ヶ月経ってないのにこの遭遇率は何だろうか。大黒と遭遇したのがきっかけにでもなったのかな。嫌なきっかけだけど。


『まぁそこは有名税で我慢してほしいにゃ』


 ここまでは読み取れるのか……。というか有名税って。目立ちたくなかったのに。


『にゃにゃ。人生思い通りに行かにゃいものにゃ』


 観念して会話に専念する。


『貴方は?』

『うちのにゃはバステト……まぁ神様にゃ』


 えへん、と自慢するかのように胸を張ったのでまぁだろうねと感想を抱いてから『何か用ですか?』と質問する。


『会いに来たにゃ』


 うんだろうね。ほぼほぼ間違いなしの用件だ。


『驚かにゃいのか……それもまた当然にゃのかにゃ。北欧神話側からのコンタクトが最近会ったようにゃし』


 その言葉に個人情報漏洩ってこの場合適応されるのだろうかと思いながら立ち上がる。


『? どこへ行くにゃ?』

『準備』


 このままここにいても仕方ないし、とりあえず散歩しながらということで。



 さて――。

 バステト、という神様(猫)が僕の家に来たのでとりあえず外に出て散歩しながら話をしようと思ったんだけど――。


「あれ、連。お前猫飼い始めたのか?」

「なんだぁ、ついにあの両親猫まで買ってきたのか?」

「良いなぁペット」


 どうやら僕の家で猫を飼い始めたという誤解が生じたようで、近所の人達が彼(彼女?)を撫でたりするのに集まった。

 僕の方はきちっと否定する。迷い込んだ野良猫で、たまたまついてきているだけだと。

 その説明でみんな納得してくれるんだけど、まぁ珍しいせいで人が絶えない。


 バステトさんはちやほやされるのが嬉しいようだけど、どうにも僕と静かに話をしたいようで、焦っている感じが流れ込んでくる。

 向こうが思考を閉じなかったのかなとぼんやり思いながら囲まれている彼(彼女?)を見捨てて(だって野良猫って説明したし)当てもなく歩き始めた。



 そのまま散歩すること一時間。

 特に目的地もなかったのでフラフラと幽霊のように歩いていると、追われているのか必死に逃げる少女とすれ違った。

 足を止めて走り去った少女の後姿を一瞥し、先に進んだら大変なことになりそうな予感がしてそのまま佇んでいたところ、塀から猫が飛び降りてきた。


『見捨てるとはにゃにかにゃ』

『だって野良猫っていう扱いにしてるから当然でしょ』

『……にゃぁ。そう言われると言い返せなにゃいにゃ』


 素直に頷いて黙ってしまったので、とりあえずしゃがんで顎を撫でながら、ちょっと訊いてみる。


『僕が少女とすれ違った時見てた?』

『にゃ、にゃぁぁぁ。見事だにゃぁぁ』


 …………。どうしよう。喜ばれ過ぎて会話にならないんだけど。

 近づいてくる気配がするのでこのままやり過ごしながら情報収集しようと思ったんだけどなぁ……とバステトさんの残念な部分について考えていたところ、「すまないが」と声をかけられた。


 ………すごい無視したい。本当、ものすごい無視したい。

 でも無理なんだろうなぁと諦めながら「なんでしょう?」と立ち上がり振り返ってから返事をする。


「すまないがこちら側に少女が一人逃げてきてはいないだろうか?」


 目の前にいたのは黒服サングラス。小学生の頃佳織が追われていた、去年自分が追われていたSPと言っても差支えがないだろう感じの人だった。どことなく焦っているところからすると、先程逃げた少女は重要な場面から逃げ出したのだろうか。


 そんなことを考えてから言い訳しようかどうかを考え、彼らが憐れに思えてきたので逃げた方を指さしておく。


「ありがとう」


 彼らはその一言だけで通り過ぎていく。見守りながら遠くなった背中に対し「追いつけるかな、彼らは」と漏らしてから、普通に再開することにした。



『それにしても、本当に苦労性だにゃぁ、君は』

『何をいまさら』


 散歩を再開して適当に時間を潰し、少し疲れたので公園で休憩中。

 ベンチに座って空を眺めていると、バステトさんがそんなことを呟いたので呆れる。僕の噂を聞いてここに来たのだったら、それぐらい周知の事実だろうにさ。


『確かにそうにゃんだけど、さっきの人達からさらりと言われた話が嘘じゃにゃいんとにゃると改めてそう思ってしまうのにゃ』

『ああそう……ところでさっきした質問なんだけど』

『んにゃ? おんにゃの子かにゃ?』


 僕の言葉に気付いていないかったらしい。が、少しして何をたどったのか知らないけど『あの「魔法」の才能(ギフト)を持って必死に逃げていた少女かにゃ?』とすらすらと聞き返されたので気になる言葉をスルーして頷く。


『……別に知らにゃくてもいいんじゃにゃいかにゃ。ただでさえ大変にゃのに』

『そう言われると知りたくないなぁ』


 神様に心配されるということは、それなりに大変な事態になっているということなんだろう。その時点で話の続きを訊こうと思えなかった。

 となると忘れた方が僕の精神上安全だね。触らぬ神に祟りなし、だ。……もう結構な数の神様と知り合っているけど。


 思い出した言葉と現状が合わないことに思わず苦笑する。

 それを見ていたのか、バステトさんは『にゃんだかにゃ』と呟いたのでもしかして伝わったかなと思いながら『どうしたの?』と訊いてみる。


『まぁそこらは置いとくとしてにゃ。君は()とは違うのだから、事件に首を突っ込む必要性はにゃかろう?』

『そりゃそうだね』


 彼が少し気になったけど、該当する人間をすぐに思い浮かべられたから興味もなくなった。


『何事もないのが一番だよね』

『……そうにゃね。事件に関わらないことが一番にゃ』


 頷きながら空を眺める。

 もうすぐ六月。この時期は場所によって雨が大量に降るらしい。時々ここら辺は酷くなるけど、まぁそこまで頻繁じゃないので割と安心している。洗濯物に関して。


『にゃぁ……思考が主夫にゃ』

『みんなして何さ。別に家事を手伝っている人だってこう考えるでしょうに』

『それはそうにゃんだけど……他ににゃにかにゃいのかにゃ? 例えば、男の子なら誰でもいるであろう好きな――』

「いないよ」

『……にゃ?』


 思わず声が出た。僕にこの話題は禁句に等しいのかもしれない。なんて自己分析する。

 そう、いない。どれだけ優しくされようが、どれだけほだされようが、どれだけ甘い言葉やアピールをもらおうが、『好き』や『愛している』にならない。

 悲しい人生だと大部分の人は言うだろう。だけど、自分自身の気持ちがそうで、変わろうとする気もない変えてもらおうとする気もないのだからそんな論評響かない。


 だって所詮『人間』だから。あまりに身勝手で欲深い人たちの上っ面な言葉なんて響くはずもない。なら一途に真剣な言葉ならどうかと言われると、『僕なんか』にそこまで思わなくていいと考えるからそれも響かない。


『……大丈夫かにゃ?』


 ――このスイッチを押した張本人|(神?)が心配そうに声をかけてきたので大きく息を吐く。そしてこの話題を終わらせる。


『すまにゃかったにゃ』

『全くね』

『うちの一つが恋愛の方だったから思わず聞いてみたんにゃけど……ごめんにゃ』

『じゃぁ今度からこの話題を振らないでよね』

『そうにゃね……まさか思考が塗り潰された様に分からなくなるとは思わなかったにゃ』

『……。貴重な体験だね』


 そう伝えたらバステトさんは何も言わずにベンチで丸まったので、その背中を撫でながら空を眺めてまったりと過ごした。

お読みいただきありがとうございました

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