なんだかんだグダグダ
普通って難しいですね
動く気にもなれなかったので漫才が終わるまで待っていると、「大変申し訳ございませんでした」と先程ハリセンで身内をぶったたいた眼鏡をかけた少女が再び頭を下げてきたので、「さっきも言ったよね」と言いながらこの三人だったら一番真面目だなぁと親近感を覚える。
「……確かに苦労していますが、池田様には及ばないと思います。関わらなければ特に害はありませんので」
「あ、そうなんだ」
「って、ウルドちゃん! さらっと私を無視して池田君と会話しないで! 私がするんだから!!」
「はいはい」
そう言って眼鏡をかけた少女――ウルドさんは大人しく引き、代わりに先程から僕を占おうとしていたらしい少女が目の前に来た。身長低いから見下ろさないと分かりにくいけど。
確かスクルドさんだっけ? 見た目こんなでも僕より年上だから自然とさん付けになる。大黒? あっちは慣れが原因で無理かな。
「えっと、スクルドさん?」
「! 私名乗ってないよね!?」
「だってウルドさん呼んでたじゃないですか」
「あ、そっかぁ……」
「僕に何か用ですか? さっきからちょくちょく来ていますが」
話をさっさと終わらせて僕の食糧事情を解決しようと思い話題を振ると、彼女は僕をじっと見てから困ったような笑顔を浮かべながら「ははは……やっぱり無理だね」と言われた。
無理? 一体何のことだろうか。気になったので「よろしければ事情をお聞かせ願えても?」と丁寧に話しかける。そうしないと殺意を抑えない女性――ヴェルダンディさんがこちらを親の敵と言わんばかりの視線で睨んでくるのだから。
地味につらいんだけどなぁと思っていると、スクルドさんは笑顔で「うん!」と頷いて説明してくれた。
「私達三人はね、それぞれ歴史を見ることが出来るの。ウルドちゃんは過去、ヴェルちゃんは現在。そして私は未来! で、見て記録するだけだから、私達に干渉能力はないの。安心していいよ。そんなことできると言ったら全能神とか創造神とかの類だから」
「神様にもランクってあるんですね」
「勿論! 神様の役割って基は神話だから。君達が書いた私達の役割通りにしか力を使えないの」
「そんなものですか?」
そんなものなの! と頬を膨らませながら言うので「そうなんですか。大変ですね」とねぎらう。
その言葉に機嫌をよくしたのか胸を張って鼻を鳴らす。褒められてとても嬉しいようだ。
やっぱり人間と変わらないなぁと思いながらズレた話題を修正するために「それで、スクルドさんは未来を見ることが出来てそれを記録する役割何ですね? だとしたらどうして一介の人間である僕のところに来たんですか?」と丁寧に質問する。
それで本来の用件を思い出したのか「そう! 私が君のところに来たのはね、君を手助けしたいと思ったからなの!!」と元気に答えてくれた。
「あっ、そうなんですか」
「そうなの! だって君の未来がずっと見えなくて、最近じゃ君の周りの人達の未来も分からなくなったんだもん!! だから不安がらせないように占いで助言しようと思ったんだけど……」
「あの格好はまず逃げますよ」
「それは君だけじゃないかな……?」
「「ちょっと待って!!」」
「どうしたのヴェルちゃん、ウルドちゃん」
妹二人に待ったをかけられたスクルドさんは首を傾げて二人を見る。そんな彼女達を観察しながらどうして驚いているのかについての予測を立てる。いや、これは予想じゃなくて結論か。だって、驚く理由は彼女自身が言っているのだから。
未来を見て記録しているのに、僕の未来が見えなくなっている、と。
その事実を二人が知らなかったとしたら、そりゃ驚くだろうね。
その疑問がすっきりしたのでスクルドさんが施してくれるという手助けについて考えていると、「いつからなんですか!?」とウルドさんがすごい剣幕で質問していた。
「え? 池田君が小学生の頃には。だからヴェルちゃんの話とか聞いてたり、こっそり書類眺めてたんだよ」
「なんで言ってくれなかったの!?」
「だって信じてくれなさそうだったし……」
「……」
「わ、私はスクルドお姉ちゃんの言葉は絶対に信じてるから!!」
「「…………」」
「ちょっとウルド! なんであなたもそっち側なのよ!!」
「小学生……?」
何か特別なことがあったかなと思いながら自分の半生を回想して……原因と思しき行動を思い出す。
「あれかな? さっきも行ってきたんだけど、大黒の元社? みたいな場所」
「そっかぁ」
「いやいやいや。ありえません! 神の社に行ったぐらいで姉さんの能力をはじくなんて!!」
「とはいってもそれ以外に該当しそうなもの……ないんだけど」
「因みに聞きたくないだろうけど、見えてた時の君の未来は中学生になるぐらいで過労死だったよ」
さらりと言われた結末に、普通に納得できた。というか、実際そうなりそうだったんじゃないだろうかあんな日々が続いたら。
「でも姉さん、彼生きてるよ」
「だって未来が見えなくなったんだもん。どこまで生きるのか、どんな仕事に就くのか。彼の人生のレールすべてが見通せないの。可能性が収束しないのが原因かも」
「そうですか……」
「ま、そんなことは片隅に置いてさ! 池田君、君がどう生きるのか分からないけど、せめて役に立つように私が力を貸すから!!」
「……具体的にはどのように?」
話が二転三転しているせいで時間が過ぎていくのが気になり始めたので内心で焦っていると、ようやく言いたいことが言えるのか、彼女は一拍置いてから言った。
「私の加護「「駄目です!!」」え~~?」
自信たっぷりに提言した手助けの内容は、どうやら妹二人には不評だったらしい。
被せられるように否定されたのでスクルドさんがご立腹だけど。
「どうして!」
「姉さんの加護なんて(誰にも)与えなくていいよ!」
「スクルド姉さん。貴方の加護なんて与えたら池田様の『普通』が通用しなくなりますよ? 未来予知が絶対備わりますからね?」
「え、嫌なんだけど。そんなの」
「うっ。そ、そんなー……折角いい考えだと思ったのに……」
ウルドさんに便乗して素直に答えたところ、スクルドさんは落ち込んでしまった。が、「でも、絶対に何か手助けするもん!!」と復活した。
「とはいったもの、他に案がないなら無理なのでは?」
「うっ……そ、それは……その……」
必死に考えているようだけど、僕としてはお腹が空いてきたのでそろそろ切り上げたい。また後日じゃダメなんだろうか。
「あのさ、また別の日じゃダメなの?」
「ダメなの! 今日じゃないと!!」
「……そうなんだ」
向こうの事情で無理らしい。ヴェルダンディさんは多分、現在進行形で僕の状態を分かっているはずなのに、それを言ってスクルドさんを止めようとしない。さっきから鼻息が荒い。もうスクルドさんガン見である。シスコンとはこのことだろう。僕は絶対にない感情だ。
それなら、と頼みのウルドさんに視線を向けると静かに首を横に振った。『こうなったら梃子でも動きません』と言われた気がした。
ってことはこのまま人気のない道で立っていなきゃいけないのか。はぁ……。
『しかし凄い光景ですよ』
『確かに凄いだろうけどさ……そんなことよりお腹空いた』
『……流石ですね』
褒められた感じのしない言葉に返事をしないで彼女の言葉を待っていると、「あ!」と何か思いついたらしい。
これでようやく解放されるのかな。そんなことを思っていたら、「携帯電話貸して!」と言われたの一瞬悩んでから早く終わってほしかったので素直に渡す。
受け取った彼女はマントの中から取り出した銀色で卵の形をしたものを画面に取り込ませる。
「えっ!?」
驚く僕を無視して彼女は「見つけたものだけど、助けになるものだから絶対に! だから、大事に育ててね!!」と言いながら返してきたので大人しく受け取る。画面を見たら片隅にひっそりと卵のアイコンが。
まぁた嫌な予感がするものだなぁと天を仰ぎたくなっていると、「時間を取らせてごめんなさい池田君! これからもあなたのこと、応援しているから!!」と言いながら消えていった。
残る二人も後を追うように消えたけど、それを見送っても動く気になれなかった。
……神様の言葉を信じるなら助けになる、みたいだけど、果たして本当かなぁ。




