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また厄介事

 昼食を終えたので礼を言って、名残惜しそうな彼女に別れを告げてからそのまま自然公園を夕方まで一人散歩してから戻る。


 嫌なことを忘れられる……なんて言えたらどれだけ精神面が明るくなるのだろうかと歩きながら考えていると、声をかけられた気がしたので足を止めて周囲を見渡す。


 日が沈みかけ、夕方ということで夜の時間を生きる人たちの活気があふれ始める。大人達の影は多くなり、まるで別世界に(いざな)われた気分に浸りながらも気のせいだということを確認して、歩き出そうとしたところでまた聞こえた。


 今度は確認のために周囲を見渡してみたところ、僕と似たような感じで足を止めて周囲を見渡している人は、地図を持っていたり電話していたりと何かしらをもって見渡しているようで、僕みたいに何も持たずに立ち止まっている人は見当たらなかった。


 この時点でこの声は僕に向けて発せられているのが分かった。なんて言っているのか分からないけど。あまりに小さすぎて。


 神様達の声だったら正直どうでもいいんだけど……なんて思いながら今後の行動を考えていると、通行人の一人とぶつかった。


「っ」

「あっ、すいません!」


 慌てて頭を下げてぶつかった人を見る。右目がないのか眼帯をつけており、無精ひげを生やしている男の人だった。雰囲気とか体格とかで判断するに四十代はいってないだろう。かなり危ない橋を渡っていそうな感じがする。

 で、その人は何も言わずに僕を一瞥してからさっさと通り過ぎる。子供のことだからと流したのだろう。それとも何かやることがあるから構っていられないのか。


 なんにしてもあんな怖そうな人から怒られなくてよかったと胸をなでおろしてホテルへ戻ろうと一歩踏み出したところ、脳内にさっきよりは聞こえる声が。脳内に直接響いた感じだったので頭を押さえながら考える。


 「助けて」ね……神様達みたいな存在だろうけど、どうしてなんだろうか。そもそもどこにいるんだろ?


 所在が分からない声の主を探すのも骨だし、気にしないことにしようかな。そう考えて不意にポケットに手を入れたところ左ポケットの中に何かが入っていた。財布とかはカバンに入れているからいれた覚えがない。

 確認するために取り出すと、入っていたのは指輪だった。しかも色が濃い緑色をしている。


「?」


 いつの間に入れられたんだろうと首を傾げ様々な角度から眺めていたところ、それは起こった。


 指輪を持っていた左手が震えながら右の人差し指にはめようとしているのだから。僕の意思とは関係なく。

 その瞬間に僕は意識を左手に集中させて動きを止め、尚も動こうとするので思わずそのリングを地面にたたきつける。


 周囲の視線が刺さる。そりゃそうだ。指輪をいきなり叩き付ける奇怪な人間だもの。奇異な目で見られて当然だ。状況を把握できてないからね。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


 思いっきり疲れ、肩で息をする。その状態で叩き付けた地面を見たところ、その指輪は見当たらなかった。その代わりに又左ポケットが膨らんでいる。

 普通ならここで困惑するんだろうけど、先程の現象を体験したせいで困惑せずに何となく当たりをつけていた。


 ああ、呪いの品かな、と。


 呪い。魔術師が扱える分野の一つで、基本的に犯罪行為。とはいっても相手の健康を(まじな)う商法とかはグレーゾーンらしい。この分野を習得してる人は殆ど裏社会で生きているとか。


 で、何がやばいって、呪いは術者を殺しても解呪できないこと。下手すると一生残り続けるなんてこともあるそうだ。


 人を呪わば穴二つなんて言葉があるけど、ノーリスクで相手に呪いをかけられて永続効果なんて考えたら嘘なんじゃないかと思える。酷過ぎるんじゃないかな。

 呪いの品というのは、所有者が非業の死とかやるせない死を遂げ、その際の恨みが籠ったもの。身につけたものはその怨念に突き動かされるなんて羽目になる。偶にそういう事件があるとか。


 そういうのって一度嵌めたら外せないんだよなぁとため息をついた僕は、手っ取り早く正体が知りたいので大黒に電話――をする前に、庄一に電話をかけた。


「もしもし庄一?」

『お前今どこにいるんだ?』

「まだ散歩していたいから夕飯先にみんなで食べていいよ」

『は? ちょ』


 庄一が何か言おうとしているうちに電話を切ってから、今度こそ大黒に電話する。


 公園の方へ歩きながら。


「ああ大黒? ちょっと今大丈夫? 知りたいものが在るから公園の奥――誰かの社に来てくれない?」




 大黒が来てくれるというので僕も指定した場所へ向かう。

 あの自然公園を散歩していたら見つけた。細い道とも言えない道を通った先に存在している、苔が生え木材が腐り建築物の原型がとどめてないけど、辛うじて社だと思えるものが建っている、場所。


 見つけたのはただの偶然。太い幹を見ながら歩いていたら、不自然な間隔があったから気になって歩いた結果。多分、僕が地元で見つけた小屋と同じだと思ったからそこに場所を指定した。その考え通りなら、僕が到着する頃にはすでにいるかも。


 夜。街灯などという人工物の光はなく、自分の携帯のライト位しか光源がない。広場は月明かりで照らされているけれど、木々の周りにはあまり届いていない。完全な黒とはいいがたいのは木漏れ日が多少なりともあるから。まぁそれでも、暗いことには変わりないけれど。


 背筋がぞわっとする。昼間見つけた道を歩いている途中だというのに、百八十度違う印象を受け、恐怖心が沸き上がっているのだから。鳥の鳴き声や風で枝が揺れて葉っぱが出す音も相まって。


「久し振りだなぁ。怖いって」


 あえて口に出して確認する。自分の気持ちを吐き出して自覚し、受け入れるために。

 自然が怖いのは当たり前。予測が役に立たないし、危険はそこら中に転がっている。何かが大事故になるのか分からないのだから。


 携帯のライトで先を照らしながら歩いていくこと数分。


 僕が到着したら案の定、大黒もどき(・・・)が待っていた。


「よぉ。見て欲しいものってなんだよ」


 断定した理由などを脳内で推測しながら、僕はいつもの大黒に接するように「これなんだけど」とポケットの中に入っているリングを取り出し、彼に投げる。

 危なげなくキャッチしてその指輪を少しの間眺める彼。

 やがて投げ返してから「それな、どうやら精霊の上位種――四大精霊の一、シルフィードが閉じ込められているみたいだな」と説明してくれた。


 それで益々疑念が深まったけど、まだ聞いておきたいことがあったので質問する。


「これさ、眼帯付けた荘厳そうな男性にぶつかった時にポケットに入っていたみたいなんだけど、僕がぶつかった人って誰? どうして入っていたの?」


 対し彼は面倒くさがらずに教えてくれた。


「それはオーディンだな。北欧神話の主神。分かるか?」

「全然。神話関連に関して言えばあまり知らない」

「ん? ってことは俺の話も知らないのか……まぁそれは今更か」

「まぁそうだね。で、どうして入っていたのさ? ぶつかっただけなんだけど」

「どうやら指輪に閉じ込めただけで意思は存在していたみたいだな。だから嫌気がさして手ごろなお前のところに逃げたんだろ」


 避難場所に僕は成ったのかと結論を出しながら「そうなんだ」と納得しておく。一応、筋は通っているからね。

 とりあえず聞きたいことは聞いたので「ありがとね」と礼を述べると、彼は「気にするなよ。俺とお前の仲だろ?」と言ってきたので「親しき中にも礼儀ありでしょ」と反論しておく。


「いや、そりゃそうだが」

「なら礼ぐらい素直に受け取りなよ」

「……そうだな」


 本物と変わり映えしない反応を見せている気がしなくもない僕は、少し悩んでから目の前の彼の正体を訊こうとしたところ、彼は何かに勘付いたのか「わりぃ! 用事があったことを忘れていた!!」と言って慌てて逃げ出そうとして、横からぶっ飛ばされた。僕の目の前で。


 ……ああ、やっぱり偽物だったのかと思いながら飛ばされた方向へ視線を向けたところ、案の定大黒の姿が二人分見えた。


 とりあえず近づくと、彼は吹き飛ばしたと思われるもう一人の大黒天の首を絞めていた。


「何逃げてやがんだテメェ」

「うおっ! お前なんだ偽物か!?」


 偽物が何を言っているんだろうと向こうも思ったようで、「自己催眠して逃げようたってそうはいかねぇぞ、ロキ」と苛立ちを多分に含んだ声で脅す。

 その脅しと睨みつけられたことで観念したのか、首を絞められている大黒が「もう終わったじゃん! なんでつかまんなきゃいけないんだ!!」と叫んでから姿を変えた。


 ピエロの化粧をし、仮面の絵柄が縫い付けてある外套を身に着けている。傍から見たら完全に不審者だ。まぁ神様だから見られるわけないんだろうけど。殆どの人には。

 で、ロキと呼ばれた現在進行形で首を絞められている神様の主張に対し、大黒は一言「まだだよ」とバッサリ言った。


「え……」


 こちらからでも冗談でしょという雰囲気が伝わっている中、空いてる手に大黒が縄を持っている。それがひとりでに動き出してロキの身体にまとわりついたかと思ったら、一瞬で縛られた。しかも相当な力があるようで、彼は身じろぎもできていない。


「ようやく解放される……ああ、悪いな、連」

「いや、大変だったね……ところで、この指輪の力、何なの?」


 用事の途中なんだけど確認の意味も兼ねて指輪を取り出して聞いてみる。それを一瞥してから彼は空を見て何やら悩んでいる様子。


「だからそれ、四大精霊が宿っているんだって」

「ロキには聞いてないんだけど……そうなの?」

「――――ああ」


 あんまり教える気なさそうだなぁ。

 彼の返答でそんなことを思った僕はこれ以上の質問をやめ、「電話したのはこの件だけだから、もう大丈夫」と言っておく。


 すると彼は訝しんだ。


「電話……?」

「?」

「…………ロキ」


 呼ばれた彼は視線を逸らす。それを見て大黒は額に血管を浮かび上がらせてから縄を思いっきり振り上げて、叩き付ける。


「ぐえっ!!」

「しゃ行くぞ! テメェにこれ以上付き合う気はねぇ!!」

「……ちょっ、まっ、し、」

「死にはしねぇだろうが!!」

「じゃぁね」


 相当なダメージを負ったまま引きずられていくロキの姿を見送ってから、クレーターが出来た様子もない地面を見て僕もホテルへ戻ることにした。



 結局夕飯食べてないや……コンビニ寄ろう。


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