ツリー・アスレチック
最近筆が進んでおりませんでした。
結局、僕達の前に挑戦した人は途中で踏み外して落ちた。ロープのおかげで宙ぶらりんになっている今は怖い以外の感情は湧き上がらないだろう。
あれが出来なかった人の末路か……少し背筋が凍りながらも楽しそうに見えるアトラクションに期待が持てる。傍から見ればおかしいのだろうけど、庄一なんて今か今かと気持ちが逸っているみたいだからそうでもないよね。
「いやー燃えるな!」
「……大事なのは平常心」
「きっと見える景色が素晴らしいんだろうねぇ。それだけでも挑戦する価値はありそうだ」
もうすぐ各自で挑戦するということで意気込みというのが漏れる。まぁ庄一の発言に対してだけど。
そんな感じで盛り上がっている僕達とは対照的に、見守る側はなぜか静か。そこまで危険……はあるけれど、みんな深刻になり過ぎなんじゃないだろうか。
「なんだよお前ら。やらないのにそんなテンション低くてよ」
我慢が出来なかったのか庄一がみんなに声をかける。それを聞いても反応が返ってこない。
なんでそこまで彼女達の気が重いのだろうか。ふと気になった。でも正直考える気はない。だってそれの結論を出して何か言ったところで、彼女達の気持ちに変わりはない気がするから。というかそこまでフォローする気もない。
自分で弱るなら自分で弱ってて。はっきりと言うならこう。相手が誰だろうと変わりはしないと思う。僕自身が狂気に飲まれていることに関して誰にも言ってないのと同じように。気付いている人がいるだろうけど。
僕はそんな彼女達を一瞥してから視線を上へ向け、「これって樹齢何年?」って圭に訊く。
「……200年? 正確には知らない」
「そんなになるのかよ。は~、ずいぶん昔からあるもんなんだなぁ」
感心したように庄一が呟く。すると、係員が庄一の名前を呼んだので「じゃ、頑張ってくるわ!」と手を振って向かった。
「……それが庄一が遺した最後の言葉だった」
「不吉なナレーション入れるのやめよう圭。庄一に何か恨みでもあるの?」
「……まぁ」
「……」
はっきりと答えた友達の言葉に何も言えなくなる。代わりに、内心で庄一に「少しは態度を省みた方が良いかもね」と思っておく。
意気揚々と庄一はのぼり、スタート位置に着いた。改めてみると高い。高所恐怖症の人間にとっては最悪で、普通の人でも恐怖心に負けかねない場所だろう。それに挑戦する僕達はどこか螺子が外れているのか蛮勇なのか。
そこらはどうでもいい気がするので庄一の動向を見る。
まず木々の間で吊るされたつり橋を軽々と渡っていく。揺れなんか関係ないのか、彼の身体は地上で生活しているのと変わらないほどのスピードだった。
次の平均台みたいな場所は一気に通り過ぎていく。女性陣からは悲鳴が上がったりするけど、危ない感じがしないので僕と圭は平然としている。
3番目は等間隔に配置されている木の板を渡るというもの。最初の吊り橋と違って連続しているわけではないので1枚1枚で揺れ、その揺れが次へ連動していくようで渡りにくそうなんだけど……庄一はそんなの関係ないのかさっさと渡っていく。日頃身体能力が抑圧されているからか、相変わらずあっさりとクリアする。部活かなんかは入れば(もちろん運動部)レギュラーになれるだろうにと思わなくもないけど、彼が選んだ選択に口を挟むのも無粋だし、もう過去は変えられないのだから思うだけにする。
で、最後がグライダー……でいいのかな? 滑車付きロープにしがみついて木々を勢い良く移動するだけ。でも握力無くなったら落ちるんだろうなぁ、あれ。庄一あっという間にクリアしたけど。
まぁそんな感じで滞りなくあっさり終わった庄一。僕達のところに戻って来た時には笑顔だった。
「いやースリルがあって楽しいな、これ!! 何度やってもいい!」
「景色はどうだったの?」
「あ、いけね。見てなかった」
「……まぁ、庄一らしい」
それから次は圭の番だったんだけど……ちょうどお昼ということで係員の人達が休憩に入るらしく、僕達もそのまま昼食を摂りに向かうことになった。
「そういえば圭」
「……なんだ?」
「僕達のプランて朝食と夕食はあるの?」
「……ある。ただ、要らないのなら、申告すればその日は出さない」
「それも新しいサービス?」
「……いや」
「そっか」
その場を離れ、駅の方へ向かいながら気になったことを圭に訊きながら歩いていると、「そう言えばどこで食べるの~?」と花音さんが訊いてきたので足を止める。
「良い店知ってる? 最悪材料買ってキャンプ場行って作るって選択肢があるけど」
「……ふつうその選択肢は考えないと思う」
「ってか、のんびりするはずなんじゃないのかよ? どうしてここまで着ていつも通り過ごそうと思うんだよお前」
「レ、レンはここにいる間でもいいのでゆっくりしてくださって大丈夫です!! いつも忙しい身なんですから!」
「そうだよ! のんびりすることは悪くないよ連君!」
「少しは体をご自愛した方がよろしいかと」
「…………え、あうん。どうしたのみんな? なんか鬼気迫ってる感じするけど」
あくまで「最悪」の可能性を言っただけなのに庄一たちから反対された。でも僕からしたらその「最悪」の可能性も「疲れる」までには至らない。だってたかが一食作るだけだし。しかもキャンプ場という性質上、僕一人が料理するという訳でもないし。
これあれかな? やっぱり僕の感覚ズレてるのかな? みんなの意見に従った方が良いのかな?
でも何日もいる関係上、やっぱり昼食の食事代だけで相当お金飛ぶから自分(達)で作りたいんだよなぁ。生憎手持ちもある程度の余裕しかないし。
無駄を省いて家計を守るのが基本だったせいか必要以上の金銭を持てなくなっている僕からしたら、安く済ませたい精神が基本である。だから宿泊代タダと聞いて何日もいることにしたんだし。
それなら……。
「じゃぁコンビニ行ってくるね」
「「「「それはおかしいわよ(よ)(です)」」」」
「へ?」
僕一人で行こうとしたら、今度は久美さん達に止められた。なぜだか皆さん目が怖い。
えっと、どうしてだろう。一緒に行こうというだけで一緒に旅をしようと言ってないから止められる理由が分からない。
瞬きしていると、元が恐る恐ると言った感じで理由を聞いてきた。
「えっと、どうしてコンビニ?」
「みんなはどうか知らないけど、僕そこまでお金持ってきてないから食費は削れるだけ削りたいの。連日外食になったら四日ぐらいしか持たないと思う」
『は?』
全員がぽかんと口を開けて呆ける。多分、何言っているんだこいつと思っているんだろう。レミリアさんとか庄一、圭なら分かっていてもおかしくないはずなんだけど。
僕って散財したことあんまりないような……? そんなことを思い返しながらリアクションを待っていると、いち早く我に返った庄一が「ちょ、財布見せろ」と言ってきたので「いやだ」と即答する。
「盗まれそうだから」
「盗むかよ。友達の財布の中身」
「なら貧相な中身を晒したくない」
「貧相って自覚はあるんだな……ともかく見せろ」
「…………分かったよ」
観念して庄一に財布を渡す。それを彼は見るんだけど……なぜか周囲に人だかりが出来ていた。そんなに気になるのかな、僕の財布の中身。
言ってる通り大金を持ってきてるわけじゃないんだけど……なんて思いながら見守っていると、「マジかよ……」と呟いた。
「お前……マジでこれだけしか持ってこなかったのか」
「必要最低限だってだから。交通費、入園料、土産代、食費、プラス予備費。結構出費してるから、僕の中で削れるものは削るって決めてるんだよ」
そう言いながら庄一から財布を取り返して息を吐く。本当、今月出費が多くていかに使わないでいたとしても余裕があるなんて言えなくなりそうなレベルにまで減っている。
ならなんで今なのかって? 日程が合わないから。この機会を逃すとこの先で旅行する機会なんて思い浮かばない。
直に見た庄一はともかく、なんで周りも黙っているのだろうと首を傾げると、レミリアさんと佳織が同時に喋った。
「「だったら私が奢ります!(奢るよ!)」」
「え、いや~それはありがたいけど……」
顔を近づけてきて言ってくれたけど、僕はその気迫にちょっと引く。
なんて言えばいいんだろう……確かに嬉しい。嬉しいんだけど……そこまで必死になるものなのかなと思ってしまう。
そのことを正直に伝えると、彼女達は真顔に戻って視線を下に向けた。
あ、あれ?
「えっと、どうしたの?」
「……ううん、何でもないよ……」
「そ、そうでした、よね……」
佳織はバツが悪そうに、レミリアさんは半年いて僕の性格を把握したのかとても残念そうに、そう呟いた。それが不思議でならない。
楽しみ方なんて別に人それぞれだから、一緒に食べたいのはまぁ分かるんだけど。それでも、彼女達が悲しそうにする理由が分からない。
う~~ん。僕って結構可哀想な子だと思われているのかな? だとしたら非常にいい迷惑で、不機嫌になる解釈のされ方だけど。
一回そのことについて訊いた方が良いかなと考え始めたところ、今まで黙っていた未来さんが近づいてきて口を開いた。
「連様」
「なんでしょうか?」
「連様の場合、そこまで罪悪感を感じなくてよいのでは? ご自身が思っているより皆さん恩を受けていますから」
「それは……僕には関係がないのでは? 恩を受けていると感じるのはそちら側であり、僕は恩を与えたと思っていないので」
「恩返しという言葉があります。確かに貴方様が恩を与えてないと考えてもおかしくはありませんが、恩を受けたと感じる我々が力になりたいと思うのは不自然なことでしょうか?」
「……いや、特には」
「でしたら、お言葉に甘えたらよろしいかと。私達からお願いしたことが多いですが、連様が我々に恩を返せるような頼みごとをしてきたことはありませんし」
そういうと頭を下げてから菫さんの近くへ戻る。
ポリポリと頬を掻く。そこまで言われるとまぁ納得はできる。けど、なぜ未来さんがこの場面でそんな話をしてくれたのかが理解できない。時間が無くなりそうだったから、かな?
もっともな理由を推測してから、息を吐いて折れた。
「正直金銭の貸し借りって末代まで続きそうだからあんまりいい感じしないんだけど……お言葉に甘えようかな」
「っしゃ! 決まりだな!! 圭案内!」
「……最初ならこっちの店がおすすめ」
「ちょっ、引っ張らないでよ!」
『待って!』
庄一の強引な行動に呆気にとられたらしいけど、彼女達はそれでもついてきた。
圭のおすすめのお店で昼食を食べ、なぜか僕の昼食代を払うのにレミリアさんと佳織が対立してる間に未来さんが払ってしまい、二人が悔しそうにしていたんだけど……そんなに僕に借りを作りたいのだろうか。返せることなんてないのに。
因みに未来さん曰く『去年の年末に料理を作っていただいたお礼』らしいのだけど、その時に昼食を作ってもらった僕からしたらその時点で帳消しのような気がするので複雑な気分だった。
因みに昼食は僕からしたら味が濃くて健康面からするとあまり量を食べたくないし、これはこれでいいんだろうけど、あえて言えば惜しい店だった。誰にも言ってないけどね。
で、再び戻ってきたら忘れていたとばかりに声を漏らしていたけれど僕達には関係ないのでさっさと始める。
「じゃ」
「行ってこい」
「頑張ってね」
僕達の言葉に親指を立てて返事をした圭は、振り返って木の上へ向かう。
「あいつどうなると思う?」
「怖がりながら移動する光景が思い浮かばないんだよね」
「だよなぁ。無理やりにでも恐怖心を表に出さずに進みそうだよなぁ」
「そうだ庄一。全体的に人と接する態度を考え直した方が良いと思うよ。知らないうちに敵作って死にました、なんて言われたら『あまり人付き合いが上手い方ではありませんでした』って言いそうだから」
「マジで!? ……俺ってそんなに態度悪いか?」
圭がすんなりと通っていくのを見ながら、「慣れたらそうでもないけど、まぁ偶にイラッとすることがあるよ」と僕の意見を答える。
率直に言うと少しは人の感情の機微とか考え無しの発言とか考えようとしない言葉が逆なですることがあるってことなんだけど、僕自身ブーメランのそれらを言う気にならなかった。
ま、理解してもそれを無視して言うんだけどね。言わなくちゃいけない時は。
僕の言葉に庄一がショックを受けたようで「そうか……」と俯いたので、友達の雄姿を見守ろうよと言わずにそっとしておく。圭はそうこうしている内に三番目の中盤に来ていた。早いなぁ。
もうすぐ自分の番だということに緊張が走る。そして目下問題だと思う平均台をどうするか考える。
慎重に行ったら落ちる恐怖心とかが増大していく。かといって大胆に行ったとして、足を踏み外したときのリカバリが出来ない。
一長一短だ。どこかのリスクは必ず冒さなければいけない。
彼の姿を追いながら結局出たとこ勝負なんだよなぁと結論を出していたところ、庄一が訊いてきた。
「……なぁ連」
「何さ」
「どうしたらいいと思う?」
「自分の事なんだから自分で考えて改善するしかないでしょ? そりゃ、僕達側から見て嫌だなぁって思う反応は言えるけど、人によっては千差万別。十人十色。全部を直そうなんてできるわけじゃない。というか、それも個性だから何とも言えない気はするけどね」
「…………」
真面目に答えたところ圭が戻ってきたので「……どうぞ」と促したので「分かったよ」と彼の返答も待たずに向かうことにした。
さぁ、って。クリアしてみますか。




