列車の中で
連がそそくさと出て行った直後に圭も「隣で寝てる」と言って車両を移した後。
残された女性陣プラス二人は呆気に取られていた。それもそうだろう。立て続けに情報が出てきて処理することが出来ていないのだから。事前に知っていたであろう圭ならともかく、この中でも冷静に情報の整理を行った連の非凡さがうかがえる。
少ししてから「すみませんお嬢様」と文歌が謝罪した。
「え、良いよ別に。どうせいつかは知られただろうし」
「……そうですね」
佳織の言葉に反応したかのように返事をする文歌。連が聴いていたなら「僕の事調べたんだろうなぁ」と思いそうな返事の仕方だったが、生憎似たような人はいなかったため気付かれなかった。
情報が封鎖される前に調べなければ、ショックだけでは済まなかったかもしれません。ゾクゾクと胸の内で背筋を震わせながらそんな感想を抱いていると、回復したのか代表して花音が質問してきた。
「連君の言った意味ってさ、要するに二人で暮らしてるってこと~?」
天才と称される彼女は連の発言からうすうすそんな結論にたどり着いていた。だから周囲に理解させるためいち早く質問した。
が、続く彼の言葉を思い出した彼女は「あ、言わなくていいから~。首を縦に振るか横に振るかだけでいいよ~」と言葉は不要だと言っておく。
それに対して顔を見合わせた佳織と文歌は少ししてから黙ってうなずいた。
「そっか~ありがと」
確証が取れた花音は満足げに頷く。が、未だに分かっていない人が一人。
「ん? 結局どういう意味だよ」
「……少しは考えたら庄一く~ん。だから去年の期末で一人だけ赤点ギリギリになるんだよ~」
「うっ! やめろ!!」
花音に指摘されたことを思い出したのか頭を抱える庄一。その光景を見た久美は「勉強教えたのにアレは酷い有様だったわね」と嘲笑する。
更に古傷を抉られて身悶えしていると、何かを思い出したのか元が呟いた。
「そういえば連ってさ、気付いたら交友関係広いよね。調理学校の人達もそうだったし、商店街の人達に買い物に来る主婦の人達とか」
「そう言えば天神さんも連君のこと知ってたんだよね。なんか、年末に身内だった人間が騒ぎを起こしたことがきっかけだとか言ってたけど、相当高い評価だったなぁ」
「そう言えばそんなこともあったわね。父も驚いていたわ」
と、ここまで静観を貫いていたもう一人の成人女性――20代で身長が高め、文歌がスーツに対し、こちらはカジュアルな服装――が話に入って来た。
「そういえば百合様もあの時興味を持ったみたいでしたね」
「そういう未来さんだってあの時凄い心配されていたじゃないですか」
「それはそうです……お客様でしたから」
身内――菫からの返しに窮しながらも答える未来と呼ばれた女性――堂本未来。今回彼女は菫のお目付け役という名目で同行している。今までは必要なかったが、今回事件の直後だということで決定されたことだ。
連が本来想定していた人数より多いが、元側の人数が増えようが減ろうが関係ないので興味もなかった。
ここで今まで黙っていたレイジニアが口を開いた。
「ところで、ショウイチはいつ移るのかしら?」
「おい酷くね!? 確かに関係ないけどその扱いはよ!!」
「自覚あるなら移ったらどう? それとも何? 私達の話に混ざりたいわけ?」
「誰が混ざるか!」
言葉で負けた庄一は捨て台詞を吐き、荷物を持って隣へ移る。
置いていかれた元は慌てて行動を起こそうとしたが時すでに遅く。
逃がさないと言わんばかりに久美とレイジニアが両隣に座ってきたので、羞恥に耐えながらも心の中でなんで僕ばっかりぃぃ!! と叫んでいた。
「さて、邪魔ものもいなくなったようだし、話をしましょう?」
「あのさ、久美。僕邪魔だと思うから隣移って良い?」
「駄目よ。折角のチャンスなのだから」
何の!? と一人で怯えている中、花音が首を傾げた。
「話って何かあったっけ~? レミちゃんの過剰表現について?」
「え!? わ、わわ私ですか!?」
「それも面白そうだけど、今知りたいことは一つよ」
そう言い切った久美を見る花音は、まだ諦めていなかったのかと内心で息を吐く。
それを察せない久美は、尚も続ける。
「私達は確かに敵側に立っていたわ。でも、どうして真実を教えてくれないのよ」
「だから何度も言ってるでしょ~。今回の件は私達より上の組織に指揮権が移ったって。そんなに知りたいなら自分たちでコンタクト取りなって~」
「取れないからこうして聞いてるのよ、元。花音。あんた達、何を隠してるの?」
その言葉に花音が思わず反論しようとして……その前に元が「久美」と普段とは想像もできないほど低い声を出した。
まさか隣からそんな声が聞こえると思わなかったのか彼女が思わず視線を向けると、表情を消した元がただ座っていた。それだけなのに、なぜか威圧感があった。
思わず言葉に詰まると、「自分が主役になれなかったからってしつこいよ。久美たちの手段や伝手じゃ限界なんだから素直に諦めなよ。自分達に起こったことが事実なんだから」と抑揚のない声で彼女を諭すように言う。
「っ」
「今回の件はもう忘れなよ。この旅行を通してさ」
そう言って彼は立ち上がり荷物を持つ。
「それじゃ。僕も隣に行くよ」
誰も止めないことをいいことに、元も移動した。
『……』
重苦しい空気が車内を包む。貸し切り状態となっているからか余計に外部からの干渉もないので、その状態は続く。
そんな空気の中、花音は一人「連君はどこまで見越して素早く車両を移したんだろう?」と興味を抱いていた。
彼自体はそこまで見通していない。ただ、絶望的な男女比から繰り出されるガールズトークを聞くなら隣の車両に避難して読書した方が良いやと思っていただけである。こんな状況になるまで考えてはいない。
誰も何も発せない中、レミリアがポツリと漏らした。
「……私、今回、レンに助けられてばかりなんです。私は、傷つけてばかりなのに」
誰も言葉を返すことはしない。ただ、彼女の独白を黙って聞いていた。
「いつも……いつも、なんです。私が、私がレンを傷つけてばかりで、助けてもらってばかりなのに……」
俯いて肩を抱く。呟いた、独白した内容を脳内で復唱しながら、自責の念に駆られながらも。
それを聞いた彼女達も思い至ることがあるのか俯く。
あるものは昔を思い出し、あるものはつい最近つらく当たったことを思い出し。
各々が思い至るそのことを心の中でかみしめている中、誰かが呟いた。
「……甘え、なのかな」
その言葉に彼女達は「自分たちは只、彼らに甘えていただけだったのではないか」という疑念が浮かぶ。そしてその疑念は、段々と彼女達の内側から膨らんでいく。
と、そんな時だった。
「せっかくの旅行なのに重苦しい空気が隣からでも伝わったんだけどさ……どうしたの? あと三十分ぐらいで着くよ?」
様子を見に来た連がそんな言葉を首を傾げながら投げてきたのは。
自然と視線が彼の方へ向く。
全員の視線を一身に受けた彼はその瞳の奥にある自責の念を把握し、頬を掻きながら「何をそんなに自分を責めてるのか分からないけど……」とあっさり看破してからこう続けた。
「人間、持ちつ持たれつじゃないの? というかさ、迷惑かどうかわからないなら素直に聞けばいいじゃん。遠慮しないでとか言えば多少軽めだけど本音は教えてくれるんじゃない?」
『!?』
言葉を受けた彼女達は目を見開く。すべてを見抜いたような連の発言の仕方に、ではなく、彼女達が堂々巡りに陥りそうになった疑念の晴らし方を教えてくれた事に。
そこまで驚かれるとは思いもしなかった連は「せっかくだから景色見なよ。僕さっきまで本読んでたからまだ見てないけど、綺麗みたいだから」と言ってまた戻ってしまった。
残された彼女達は少し呆けてから段々笑い出し、吹っ切れたような表情を浮かべながら窓の景色を眺めることにした。




