復帰
レミリアさんの退院が商店街の人達の中で伝わったのか、それとも僕に関する話の中で何かあったのか分からないけれど、みんなから差し入れとして高い食材をくれて滅茶苦茶豪華な夕飯になった翌日。
今日から両親と姉さんが仕事へ行くので久し振りにいつも通りに朝食と弁当の準備を始める。
あ、レミリアさん残るって。上目遣いでそう言ってた。強いなぁと素直に感心した。あれだけ嫌なことあったのにね。
そんな訳でいつものように作り終わり、一人で食べ始める。洗濯物は終わっているだろうけど、食べ終わったら干す。そっちの方が繋がりがあるかなって。
まぁそれも、自己満足でしかないんだろうけど。
「さて、今日はどうしようか」
片付けも終えて洗濯物を干し終え、六時半ぐらいだというのに姉さん達が起きてこない。でも起こしに行ったら流石に甘やかしてる気がするので放置することに。昨日さんざん言ったのだから覚えてる筈だろうに。スケジュールのある姉さんはともかく、両親は定時出勤だからまずいのに。
とりあえず三人分の弁当と四人分の朝食をテーブルに並べたまま。僕はテレビに近いソファに座り、ぼんやりと考える。
レミリアさんは退院して来たばかりだ。ということは、最低でも今日は一緒にいる必要がある可能性があるかもしれない。そうなったらまず棚を作りに行けない。道具と木材置きっぱなしだから、下手な細工される前に作り終えたい。
道具がすでに普通じゃなくなった気がするんだけどなぁと思い返しながら、まぁ訊いてみてからにすればいいかと結論を出す。
七時前。両親が慌てて降りてきた。僕はのんびりとテレビを見ている。やること今無いし。
「おはよう」
「おう!」「おはよう!」
ドダドダドダ……と音を立てて移動してるのを聞いて、ちゃんとリズム戻さないからこうなるんだよと思った。
八時ごろ。両親は朝食を終えてから歯を磨くのもそこそこに自室とリビングを往復して出て行った。あれだけ焦っているのに時間は大体同じなのだから恐ろしい。
姉さんはその時に降りてきた。レミリアさんと話していたのかな。ここまで遅くなるのは。
そんな予想を立てながら欠伸を漏らしている彼女に「おはよう」と声をかける。テレビは消した。面白いものやってないからね。今ソファに寝転がってる。
姉さんは僕の声を聴いて欠伸をやめ、視線を向ける。
「……あれ、学校は?」
「今月は休みだよ。来月の頭も」
「そう……羨ましいわね」
「ブランクあるのにそれ言えるんだ。何、辞めたいの?」
「そんなこと言ってないわよ!」
相変わらず姉さんは僕の言動に怒りを覚えて顔を洗いに行く。態々付き合わなくても良いというのに。挨拶交わして終わりにすればそのまま行けたのに。
ソファに寝転がるのにも飽きた僕は起き上がり、昨日よみかけた小説を読もうと思い立ち、自室へ戻った。
「あ、レ、レン……お、おはようご、ざいます」
「あ、レミリアさんおはよう? それとも、もう一回寝る?」
「ね、寝ません! 私起きます!!」
「そ、そうなんだ……分かったよ」
自室で読んでもよかったけど、姉さんからの理不尽な命令をわざわざ二階から聞く必要性がないし、ならある程度対応できるリビングでいいやと思い部屋を出たら、ばったりレミリアさんと遭遇した。パジャマ姿で部屋に戻るところだったから見るに、トイレにでも行っていたのかな。
無論そんな変態的な質問をする気なんて毛頭ないので茶化してリビングへ。
「相変わらず……というか、冷めてもおいしいのは流石としか言いようがないわ」
「そう? 今どきの総菜や冷凍食品だって冷めて美味しいの沢山あるじゃん。それに、そこまで経ってないよ」
「……褒めてるのに、どうして素直に受け取らないのかしら?」
「そうなんだ。褒められてると感じる前に『普通の事じゃないの?』って思えるから。巷であふれてる当たり前になりつつあることでしょ」
「…………」
ソファに座ったら朝食を食べ終えた姉さんにそんなことを言われたので普通に反論してしまった。そして相変わらず何も言わなくなる姉さん。
そんなに慣れてないのかなと首を傾げながら、「ところでブランク大丈夫?」と確認する。
返事は「まぁ、大丈夫でしょ」だった。
ここ数日台本を読んでいる姿を見なかったので楽観的な考えは甘いような気がするんだけどなぁと思いながら「撮影いつから?」と訊いたら昼頃からと返ってきた。
「弁当無駄にならなくてよかった……のかな?」
「あれ、私の弁当だったの!? ロケ弁とか出るの知ってるわよね?」
「勢いで作った。というか、帰ってきてから基本的に弁当が必要な時僕が作ってるじゃん」
「うっ。それはそうだけどね……」
ここで会話が途切れたので僕は邪魔された部分から読書を再開する。元々読もうと思っていたからね。
そんな訳で本を開いて読み始めたところ、「おはようございます!」とレミリアさんの元気な挨拶が響き渡った。
僕は本のページをめくりながら「おはよう」と冷静に返事する。姉さんはというと、「随分気合入ってるわね」と言った。
? 服装がどうかしたのだろうか。連想ゲームのごとく選択肢の幅を狭めて辿り着いた高い可能性に首を傾げた僕は彼女を見ようかどうか考えてから、あまりじろじろ見るのもよくないと判断し、「朝食どうぞ」と食べるように促す。
「は、はい! ありがとうございます!」
……やたら元気がいいんだけど、一体どうしたんだろうか? 思わず聞きたくなる場面だったけど、それでも読書の方に集中力が割かれているので言葉にしない。
と、そんな僕に見かねたのかどうか知らないけど、姉さんが「ほら連。ちょっとレミリアの方見なさい」と言ってきた。でも、ここで止めるとキリが良くない場面だったから「あと四ページぐらい読んだらね」とあしらう。
「…………うぅ」
「どうしたのよレミリア」
「……こうしてレンの手料理をまた食べれるのがう、嬉しくて……」
とりあえず宣言通りのところまで読み終えてしおりを挟んで閉じたところ、何やらレミリアさんが変なところで感動していた。いやまぁ、この事件のせいで彼女結構精神的なダメージを受けたから妥当と言えば妥当な感想なのかもしれないけど、別に姉さん経由とかで食べれる機会があるのだからそこまでじゃないと思う。もちろん口には出さない。彼女に攻撃的になる理由は、今のところないしね。
さて、姉さんに言った通り読書を中断した僕は、本をテーブルに置いてからソファに膝を乗せて座り、レミリアさんの服装を見る。
四月も後半に入りそこまで寒いという訳じゃなくなったからか厚着じゃないのは分かる。薄い長袖なのは確定だろうけど、正直言って服の種類なんて分からない。色は新緑をイメージしてるのか若竹色。で、膝が隠れる程度のロングスカートを履いている。色はめっちゃ薄い水色。なんていう色だっけ、スカイブルー?
これのどこが気合入れた姿なんだろうかと首を傾げてから、ソファに普通に座り、読書を再開する。
「何、感想言えないの、あんた?」
「感想って……僕にそんな殊勝なこと求めないでよ。まるで森に棲む妖精みたいだとか、大人しめな色でも似合っているよぐらいしか言えないんだけど」
「言えるじゃない」
「…………」
こんなもので良いのだろうかと思ってしまう。美辞麗句を並べる必要はないのだろうかと。僕は奇抜な比喩表現なんてできないし、服の事なんてからっきしだ。他の人が言える程度しか言えない。聞き飽きたそれを僕が言ったところで嬉しいはずはないだろう。なのになんで姉さんは褒めたのだろうか。
……わかんないや。そこら辺の感性は。あまり知ろうとしてないからかもしれないけれど。
別に褒めることそれ自体を否定しているわけじゃない。ただ、誰にでもいえるその言葉を求められているのかどうかとなると、首を傾げる状態になる。つまりよくわからない。乙女心や女心が該当するんだろうけど、正直言ってそれらを理解するなら他に自分にとって大事なものを理解していきたい。他人の性格の推測を更に正確にしたり、一人で生活するのに必要な基盤とか。
ページをめくりながらそんなことを考えていると、感想を言われた当人が「あ、ありがとう、ございます、レン」と途切れ途切れにお礼を言ってくれた。照れているのだろうか。やっぱりかわいい。
でも僕は別な話題に切り替えた。
「そういえばレミリアさん」
「ひゃっ、は、はい! 何でしょうか!!」
「そこまで緊張しなくていいんじゃないの……? ところで今日さ、どこかへ出かける予定あるの?」
「え、えっと、レ、レンはあるんですか……?」
「レミリアさん次第かな。僕もやらなきゃいけないことあるから」
「そ、そうなんですか……あ。じゃ、じゃぁ勉強教えてくれませんか……?」
「僕入学して四日目以降学校に行ってないんだけど……まぁその間自習してたし、教えられるといえば教えられるかな?」
「お願いします!」
「青春してるわねぇ」
姉さんの茶々を無視して僕は再びしおりを挟んで本を閉じ、自分の部屋に戻った。




