快気祝い
あと五話ぐらいで四月の話が終わります。今回含めて
翌日。
いつも通りに起きていつも通りに洗濯機を回してから、今回は調理する前に少し時間を空ける。
このまま流れで作業するとあっという間に終わって誰もいないのに料理だけが完成してしまう。いつもならまぁ気にしないけど、家族が休みなのだからそこに拘るのも悪くないと思った。
そんな訳で空いた時間にテレビを聞きながら今日の予定を考える。
エリーテルさん達は結局こっちに来れないとのこと。仕事を遅らせていたから、元のペースに戻すまで仕事をしなければいけないとのこと。電話では声が聴けたからそれで一応は安心しているとのこと。
レミリアさんの退院に関しては姉さんに任せようと思っていたけど、これはどうなんだろうか。入院代を考慮すると現金は持っていないといけないんだけど……即払いしかやったことないけど他に支払い方法あったかな。カード?
まぁとりあえず姉さんに任せていい気がする。同性で気心の知れた人の方が負担にもならないだろうし。
でも一緒に来なとか言われそうだなぁと思いながらテレビのニュースを聞いていると僕達の地域で起こった能力の暴走事件に関するコメントをまだやっていた。
ちらりと視線を向けてからテレビを消す。正直言ってうんざりする報道に子供の頃から嫌気がさしていた。
番組は違えどニュースは同じ。専門家は違うけど切り口はほとんど同じ。どこでやろうが結局似たり寄ったりな結論にしかなっていないのにそれで視聴率を取ろうとしているのだからお笑い草だ。報道側の責任としてなのか知らないけど、ニュースはもうどこかで統一して速報位一斉に流しちゃえばいい気がする。まぁ一視聴者の意見だし、報道局が何社もあるのは他には譲れないものが在るからなんだろうけど。
「当初の譲れないものを果たして今の経営陣とかは理解できているのかな」
「お前本当、容赦なく言うよな」
「! あ、大黒か。おはよう……どうしたの?」
いきなり言葉が聞こえたから驚いたら、大黒が何やら神妙な顔をしていた。
「ん? ああ、言いたいことがあったんだ」
「何? 早急に作れって?」
「そんなこと言う訳ねぇだろ……今日は小屋に来ない方が良いぞ」
「どうして?」
「ちょっと、な。来客があるんだ」
「ふ~ん。まぁ僕も今日は無理そうだなって思っていたから良いんだけど」
「なんだ、助け出した愛しの君を迎えに行くのか」
「変な言い方しないでくれない? 彼女を助けたかったのは本当だけどさ」
「素直じゃねぇなお前も」
「これでも素直なんだけどね。というか、神様なんだから僕の思考筒抜けじゃないの?」
そう言うと彼は苦い顔をした。
「どうしたのさ」
「いや、マジでそう思っているんだな、お前と思って」
「それで苦い顔する普通?」
「するっての、普通はよ……」
その後に何かポツリと漏らしたようだったけど、僕には聞こえなかったので問い詰めようとせずに「まぁ分かったよ。じゃぁ明日行くから」と本題に戻す。
「ああ分かった。じゃぁな」
そう言うと大黒は消えていった。
時間を見ると六時過ぎだったので慌ててキッチンへ戻る。そして下準備した料理を完成させていく。
すべてが終わった頃には六時半で、いつもなら起きてる姉さんが起きてこなかったので洗濯物を干しに洗濯機が設置されている洗面所に向かった。
「おはよう連」
「おはよう姉さん」
七時ごろに姉さんが起きてきた。その間に僕は食べ終わり片付け終わり、やりたいことは隠してる最中なので出来ず呆けていた。
「相変わらず早いな。連は」
「体が覚えたんだよ……明日から仕事なんだからちゃんと自分で起きてね? 僕其処迄やる気ないからね?」
「だ、誰が弟に起こしてもらいたいなんて言ったのよ!!」
僕の冗談に怒った姉さんがそのまま顔を洗いに行ったので、まだ寝ぼけているのかなって思いながら天井を見つめ、飽きたので読書しようと思い自室へ本を取りに行った。
八時前に両親が起きてきた。姉さんは朝食を食べ終えて着替えに戻っていて、僕はのんびりとコーヒーを飲みながら読書をしている。
「おはよー…」「おはよう……」
「顔洗ってから食べてね」
本から目を離さずに挨拶する。二人もこっちを見ていないのかのそりと向きを変えたのが音で分かった。
この二人に留守番任せるのも怖いなぁと本を読みながら思った。
両親が朝食を終えてから姉さんが片付けている中、僕は今朝考えていたことを姉さんに提案した。
「ところで姉さんさ」
「何?」
「レミリアさんが退院するじゃん今日」
「そうね」
「姉さん行く?」
「そのつもり」
「ならいいんだけど」
まぁそこら辺は考えるよね誰しも。当たり前の普通のことだったか。気をもんだかな?
「あんたは?」
「どっちでも? 一応行こうかなと思ってるけど」
「じゃぁ来なさい。その方がレミリアも喜ぶから」
「同性一人の方が気分は楽になるんじゃないの? 僕がついて行ったら彼女、また破裂しそうな気がするんだけど」
「じゃぁなんで行こうと思ってるなんて言ったのよ?」
「姉さんがいかないって言った時の保険」
「……」
姉さんは黙った。おそらく弟にそんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。まぁ素直に言う人もいないんだろうけど。
そういえば二人で傷心治癒旅行について今聞いた方が良いのかなとちょっと考えたけど、やっぱり二人いた時に話した方が分かり易いので黙っておくことに。
その沈黙の中読書を続けていると、急に携帯電話が鳴ったので中断して発信者を見る。なんと庄一からだった。
朝から、しかも連日電話をかけてくるなんて、一体どんな用なんだろうかと思いながら電話に出る。
「もしもし」
『おお連! おはよう!』
「どうしたのさ今日は。こんな時間に休みで起きて電話してこなかったのに」
『うるせぇ。昨日用件即当てからの即切りされたんだぞこっちは』
「僕の方にも用事があったんだけど……で、今日も勉強したいの?」
『それもあるんだけどよ、快気祝いやろうって話聞いてないか?』
「ないよ。入院した人たちでやるから僕に来てないだけじゃないの?」
『そうなのか? なんか寺井さんあたりがそういう話してるって久美から来たんだが』
「じゃぁ確定だね。僕は気にしないでいいよ」
『あーそうか。そう……か? なんか納得いかないんだが』
「知ったこっちゃないけど」
本当に知ったことではない。連絡がないことに首を傾げる理由が僕にはわからないけど。
まぁ多分、元と花音は行くんじゃないかなと思いながら話すこともうないのかなと思っていると、『ちょっと確認してみるわ』と言われたので「べつにいいよ」と答えたら切られていた。
空しく鳴る切れた音。僕はため息をついて携帯電話をテーブルに置いてから読書を再開する。
「なぁ連」
「何、父さん」
文字から目を離さずに返事をすると、「お前ってそこまで冷たい態度で接していたか?」と訊いてきたので淡々と答えてあげた。
「見方が変わったからそう言えるんでしょ。表層しか見てなかったから戸惑ってるだけじゃないの」
「……そう言われれば、そうなるのか」
「それぐらい聞かなくても解りそうだと思ったんだけど。どやされても知らないよ」
「……か、確認だ! そう、これは自分の考えが合っているかの確認!!」
「そういうことにしといてあげるよ」
暗に嘘だとバレていることを示して会話を打ち切る。丁度中盤に差し掛かったところなのだから、これ以上他に集中力を割きたくない。
それにしても、やっぱり文章の流れが綺麗だなぁ。展開展開の流れがスムーズだし、あえて難解な言葉を使ってキャラを立たせているし。うん。なんで人気出てないのか不思議だ。
集中しているからか文字を目で追うスピードが段々速くなる。情景、雰囲気、人物の関係性。それらが脳内にきっちりと展開されていく。文章の通りに。
会話文に入るたびにその場面にいる、その人が喋る。高慢そうならそんな風に、ぼそぼそと喋るならそんな風に変換されていく。
これが引き込まれているという感覚なのかなと言う思考が一瞬だけ浮かぶけど、本当に一瞬。読んでいる内容の脳内再生に思考が占められる。
と、内容的にも本当にいい所だというのに、肩を揺さぶられ脳内再現も集中力も切れてしまった。
不機嫌さを表に出さずにしおりを挟んで本を閉じた僕は、元凶に視線を送る。
「……何、母さん」
「電話、鳴ってたわよ」
視線を向けると確かにピコピコ光っている。
しょうがないので着信履歴を見たところ性懲りもなく庄一だったので、そんなに気を遣わなくていいのになんて思いながら仕方なくリダイアルする。
「どうしたのさ?」
『ああ、訊いてみたんだが。忘れていたらしい』
「いや、今から連絡来ても拒否するからね? 面倒だから言っておいてよ」
『……拗ねてるのか?』
そんな可愛げがあればまだましなんじゃないかなと僕の心理状況を確認してから「まぁ僕に関して言うなら被害者じゃないから」とだけ答えておく。
『……』
「どうしたのさ黙って」
『いや、そうか……そうか』
何を思ったのかそれからしばらくそうかを繰り返した後、彼はこう呟いた。
『なら、俺もいいや』
「どうしたのさ? 別に行きたければ行けばいいんじゃないの?」
『ん~? ああ、なんか連の言葉聞いてたら行く意味ないかなって思ってよ』
「そうなんだ」
そこに誘導した気はないんだけど、庄一って勘が結構冴えるから、僕の声のトーンとかで何か察したのだろうか。どっちでもいいのは確かだけど。
「別に僕に言わなくてよかったんじゃないの?」
『いや、なんとなく言いたかったんだよ』
「もう用件終わり?」
『あー……勉強教えてくれ』
「今日レミリアさん戻ってくる予定だけど」
『マジで? どうすっかな……』
何やら思案している。きっと迷惑になるかとか考えているんだろう。そういう遠慮の思考は誰にだって存在するから。
周りが何やら怯えていつも通りじゃないから、庄一みたいに普段と変わらない人と会話できるのが素晴らしく思えてきた。
チラリと周囲を見る。事件発生前後じゃ変わり過ぎている家族の反応に本当に戸惑っている。うん。
少しして、庄一が『あ~、今日は良いわ。また後日にする』と引いてくれた。
『せっかく戻ってくるのに邪魔しちゃ悪いしな』
「いやまぁそうなるの……かな? このまま居続けるかどうかは知らないけど」
『なんでだよ?』
「あくまでもそういう可能性があるよってだけ。僕は彼女じゃないからどう選択するのか知らない」
『ま、ま~そうだな。うん。連はどっちがいいんだ?』
「僕? どっちでもいいよ。彼女の選択に否定的な意見を挟む気はないしね」
『そうだったな。お前は、そういうやつだったな』
そう言って電話越しに彼は笑う。そして最後に『じゃぁな』と言って電話を切る。
懐かしさのこみ上げる会話をした僕は、少し笑ってから首を回して本を自室へ戻しに行った。
……にしても、こういうキャラが主人公って読まれ難いんですね。いや、宣伝してないだけ……? どっちなんだろう




