退院
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言いたいことを言った翌日。父さん達の退院の日になるんだけど。行く前にお金をおろす必要がある。昨日請求書を書類とともに渡されたので、その分のお金を持ってこないといかないのだ。
それをやるにも銀行が開いてからじゃないといけないので必然的に遅れる。
だから銀行が始まるまで、貰った道具を整理することにした。
「えっと、結構年代物な気がするんだけど。錆びてないから手入れはちゃんとしていたみたい。そうじゃなきゃあんなこと言わないだろうし」
それにしても金槌が4個とか、鉋が3つとか、メジャーが5個とかまとめてもらうんじゃなかったな……。
鋸とかもちゃんと鞘に収まって2本位あって、抜いてみたら刃こぼれしてる場所が見当たらないぐらい綺麗だった。思わず見惚れそうになった。
とりあえず木材で作るなら問題ないかなと思ったけど、釘とか組み立てるのに必要な消耗品がないことに気付いた。もらったインパクトのせいで忘れてた。
ダメじゃん……と自室で項垂れてから時計を見たところ銀行が始まったところだったので、同じ道具同士まとめて放置したまま僕は戸締りをして銀行へ向かった。
銀行からお金を引き落として病院へ向かう。さてどんな顔で3人に会えばいいのかと思いながら。
あの時点で言わないとタイミングが無くなりそうだったから良かったと思う。僕自身からすれば。
だけど3人はどう思うんだろう? 僕のあの言葉を受けて、1日置いて、どう考えて僕と対面してこれからどう過ごそうと思うのだろうか。歩きながらそのことを真剣に考える。
僕の言葉に放心状態になっている……のは姉さんだけかな。出ていくとき切なそうな声で呼び止めてきたから。両親は読めないな。多分、後悔位はしてるんじゃないだろうか。でも、それだけしかしてない気がする。いや、してないな。
あの二人の様子を想像して僕は無表情になる。どうせ何言ったところで無駄だし、あの二人が心底自分の行動を反省してる姿なんて想像できない。それが仕事に関してならまた別なんだろうけど、家庭に関してなら断言できる。何度その背中を見たと思っているのだか。何度裏切られたと思っているのだか。
思い出すたびに心の奥に溜まる。これ以上の心労は嫌だったので、次に姉さんのことについて考える。
あの人どうなんだろうか。出ていく前よりメンタル弱くなってる気がするから。下方修正した方が良いかな。前と変わらないとは思ってなかったけど、戻ってこれて気が抜けていただけなのかもしれない。ま、それでも抜け過ぎだと思っている。
だってたかが自業自得だと指摘されただけだよ? そんな程度で昔の姉さんだったら心折れることなんてなかったし、逆に「だから何?」と返してさえいた。そんな横暴な姉さんは、と。
前を向きながら、視界に入る情報を頼りに障害物をよけつつ進みながら、弱った姉さんについて考察してみる。
あれは予想外だった。いきなりあの場面で遭遇して処理が追い付いてなかったのだろうけど、それでも向こうが「想像していなかった」ことが。つまり、自分の夢をかなえることに必死で、僕に対する罪悪感など最初から存在していなかったということ。そのぐらいの憂慮もしなかったということ。
……まぁそんなことを指摘するのは追い打ちみたいだからやらないけど。それに、頑張って報われたのだから素直に喜ばしいし。
ハァ。このままだと姉さん、僕見るたびに逃げ回るか仕事にならないんじゃないかな。まぁ最悪自分でまた新天地いくかな。それか、出て行った先に戻るか。
でも今の精神状態で頑張れるかなと不意に心配になる。あそこ迄弱ってるとなると……ね。
こりゃ対面してからの反応次第じゃお爺ちゃんたち呼ばないといけないかも。そう結論出してため息をついた僕は、通行人に意識を向けて普通に歩き始めた。
レミリアさんのことは、思考から消えていた。
病院に到着した。
色々な人達が退院している。多分、軽症と判断された人たちだろう。僕の家族もそう判断されたから今日退院するのだ。
なんかいっぱい人が出入りしてるので入りづらいんだけど……どうしたものかな。普通に入ろうか。
流れ出てくる人の波に逆らいながら、それでも違和感を持たれることなく病院の中に入った。
受付の方にも人がたくさんいる。しまった。時間がそれほど経ってないから支払いまで混雑している。どうしたものかなぁ。
「おお連! 久し振りだな!! 元気……か?」
「……ん。ああ、庄一か。元気だね」
ひとまずどちらが効率がいいのかを考えるために使われていないベンチに座ったところ、庄一が声をかけてきたので軽く返事をする。なぜか疑問符をつけられたけど、僕は気にしなかった。
隣に庄一が座る。暢気な声で「いやーマジでびっくりしたわ。洗脳されたって言われてもピンとこなかったんだから」と語るので、心の中に溜まっていくのを自覚しながら「そうだろうね」と無難に返す。頭の中ではどちらを先にするかを考えながら。
…………。先にお金払おう。やっぱり、そっちの方が全体的な工程が短縮できる。
決めた僕は立ち上がる。その様子を横で見ていた庄一が「あ、おい。大丈夫か?」と訊いてきたので笑顔で「いつも通りだよ?」と答えてから「しばらく学校休みらしいから、それじゃ」と手を振って受付へ向かった。
途中「無知は罪とはよく言ったものだね」と呟いた。そのひとりごとは、人ごみの中誰も聞くことなく霧散した。
列に並んでお金を払って。
あとは退院するだけなんだけど、父さん達帰ったら何かしたいことでもあるのだろうか。
ふと、そんなことを思った。
酒はまだ在庫があるから飲める。物は勝手に捨てられても文句の言えないガラクタばかりだったから文句は言わせない。なんで実用性のない通信販売の商品とかあったんだよ。ダイエット食品とか三日も持たないで放置されてたの憶えているんだよこっちは。
……ああ、思い出したらまた再燃してきた。そして自分の部屋にある複数個の同じ道具の処分についてを思い出した。
あれ、本当どうしよう。多分、用途別に使った方が良いのかもしれない。用途というか、作るもの? 棚とかならこの道具。桶とかならこの道具って感じ、かな。桶なんてそうそう作る機会ないけど。
一度同じ名前で分けてからにしようか。うん。それで欠けた道具とか分かるだろうし。
それにしても勢いでもらったけど一セットあれば問題なかったよな……と改めて思い直した僕は、あの店主に訊いてみようと思いながら入院している部屋の前に着いた。
コンコン。
「失礼するよ。もうお金払ったから、ベッドから降りて家に帰るよ」
部屋に入ってすぐに僕はそういう。そして部屋を見渡す。
まだ、表情は暗かった。
僕は頭を掻きながら「ほらさっさとしてよ。看護師さんの仕事にも支障をきたすから」と急かす。
と。
父さんが稀に見る暗い表情のまま話しかけてきた。
「なぁ連」
「話なら家でゆっくりできるからそこでいいんじゃないの?」
「……そう、だな」
「? どうしたのさそんなに落ち込んじゃって。なんか調子狂うんだけど……まぁいいや。ほらさっさとして」
「……なぁ、レミリアはどうしたの?」
「彼女? 聞いてないけど、まだ入院する必要があるんじゃない? 聞いてないけどね」
「……そうか」
なんで三人とも意気消沈したままなのだろうか。僕は変わってなんかいないのに。
三人ともゆっくりベッドから降りたので、気味が悪いなと思いながら「お金は払っておいたから。さっさと帰ってお昼にするけど、何か食べたいものでもある?」といつも通りの口調で訊きながら部屋を出た。
……客観的に見ると、僕が脅してるような感じがするんだよなぁ、この状況。
あ、レミリアさんはまだ精神が安定してないので入院だそうです。案の定だね。




