道具の準備
粗筋にも書きましたが、日常の話なので何気ないものをだらだら書いていきます。それでもいいのでしたら
神棚を作る安請け合いをした翌日。処理に追われていたらしい病院から電話がかかってきた。用件は聞かなくても察せるけど、一応聞いてみたところ想像通り。連絡が遅くなってすみませんが、ご家族の方が起きました。というもの。
エリーテルさんに聞いたし、あの日起こした要因である僕も理解していたので適当に返事をして電話を切った。
まぁすぐに行った方が良いんだろうけど、もう少し時間を置いた方がごたごたに巻き込まれない気がするんだよなぁ。
最近やってなかったストレッチを家の中でやりながら考える。
姉さんの精神状態が少し不安だけど、それこそ自業自得なので僕の方からケアを促す必要はない気がする。両親に関してもそう。あの二人は基本其処までショックを受けるようなことを見たわけではない筈。ただ、怒りたいことはいくつもあるけど。
こうなったら爺ちゃんたちに来てもらってボロクソに言ってもらおうかな。流石に実の親からの正論ばかりの攻撃は、能天気に近い両親のメンタルを打ち砕いてくれるはず。姉さんのことも知ってるかな?
そういえば僕のために口座が用意されていて、そこに月々お金が振り込まれていったのって、確か姉さんが家を出た翌月だったような……。
そう考えると知ってる可能性あるな。あえて言わなかったのか、それとも不干渉の立場を貫いたのか…後者が断然あり得そうだなぁ。あの人たち。
「とか考えていたら電話とか着そう何だよなぁ……」
ストレッチをやめてテーブルに置いた携帯電話を見てみるけど、振動している様子がない。
考えすぎだったかと安心した僕はストレッチを再開し、今日やる予定と順番を考えていた。
家族の面会は決定事項。そのあとに何があるか想像すると、退院の手続きとか入院費の支払い。それで保険の担当者との書類づくりに関してはもう被害者自身にやってもらうことにして、庄一たちの見舞いは……どうしようかな。レミリアさんは想像に難くない酷い状態だろうから遠慮は確定。あとのみんなは……行かなくて良いかな。僕結局家族のところにしか行かなかったし。
でもそれだけというのも味気ないかな。なら庄一のところにだけは行ってみよう。どんな顔するのか見ものだ。
病院関係はこれでいいとして、今日やろうとしているのはDIYに必要な工具の買い出し。材料はまだ買わない。どうせ家で作業する時間があるかどうか怪しいし。あまり知られたくないし。
一応自分の財布と相談する形で買える工具はメモしてある。それを買いに行くだけだ。
……お金減ってから回収して、戻ってきてから病院行った方が効率的かな。
結論を出した僕はストレッチをやめて財布を取りに自室へ戻った。
最初商店街に行こうと思ったけど、あそこで大工道具売ってる店がなかったことを思い出した。
で、そうなると駅の方でしか売ってないので……また遠回りになる。
移動が大変だなぁと思いながらも結局行くしかないので駅の方へ行く。
段々と賑わいが戻っている。世界が日常を出迎えてくれている。慌しく移動する人たち、接客する人たち。そんな「当たり前」の光景を横目に、当事者であり部外者になった僕はひたすらに歩く。
真実を知る少数側からしたらその能天気さが羨ましい。半強制的に知らされた身としては、だけど。
桜は散り始め、季節は廻る。春という始まりの季節が終わり始め、次の季節が始まりの準備をする。その象徴たる桜が散るというのは、僕の生活が一変する前触れなのかもしれない。歩いている間暇なので、そんなことを考える。
随分詩人みたいなことをしてるなと苦笑しながらも、「これから」のことを想像する。
未来は可能性。無限の可能性から一つの選択をし、人生という道を歩んでいく。
僕のこれからはどうだろう。ぱっと思いつくだけ二択だ。離れるか、留まるか。
それを選択して、初めて僕の未来に、無限の可能性という選択肢が出てくる気がする。
昨日帰った道を歩いて同じ駅前へ。そして社会人の波に入ってお店を探す。
あーこっちじゃない。ここでもなさそう。えっと、ここは明らかに違う。
なんて店内を外から見た印象で探すこと五分ぐらい。
やっと見つけた。駅からそれなりに離れたけど。
というか、ここまで苦労するならネットで買えばよかったんじゃ……なんて今更なことに思い至ったけど、現物見ないと分からないよねと言い訳して中に入る。
「いらっしゃい」
店に入ったら大工道具がずらりと並んでいる。鉋から鑿、金槌や螺子。おそらく、職人と呼ばれるプロ集団御用達の店だ。値段も結構するし。
これは間違った店に入った気がする……いや間違ってないけどさ。
他の店のことを聞くのためらうな……と思いながらレジまで行った僕は、いかにも頑固そうないかつい顔をした人に話しかけた。
「あ、あの~」
その人は見ていた動画から目を離し、こちらをじろりと睨んできた。そういう意図はないんだろうけど。
一瞬怖かったけど勇気を出して「すみません。日曜大工をやろうと思ってお店を探していたのですが」と話しかけたら「ガキが珍しいな。だったら百均行け。あそこに行けば大体の道具手に入るぞ」と言ってから視線を戻した。
ああそうか。僕はその人の言葉に納得してから、なんでそっちを探さなかったんだろうと考える。
確かに今の百均は大体揃っている。野菜とか価格変動があるものは取り扱っていないけど、軍手とかスピーカーとか売っている。
でもなんで僕、そこに寄らなかったんだろう……。
ああ、そうか。
自分自答して出した答えに納得した僕は、財布の中身を思い出しながら最初に必要なものを考える。
材料は向こうでカットしてもらえばいい。なら鋸はまだいらないかな。そうなると組み立てるための工具が欲しいかな。
自然と店内を物色する。そして財布の中身が大打撃を受けるけど買える、電動ドライバーを見つけた。
手にとって感触を確かめる……それほど重くないかな。
上下に振って確認した僕は、それをレジへ持っていく。
「すいませーん」
「んだ、さっきのガキか……百均に行ったんじゃないのか」
「あははっ。僕って昔から専門店なら間違いはないって信仰みたいなものが在りまして。結局は自分の腕次第なんでしょうけど、作るなら綺麗に作りたくて」
「……ふん。変わったガキだな」
「自覚はしてます」
笑いながらそう言うと、その人は何を思ったのか急に立ち上がり、店の奥へ消えた。そして二分ぐらいで戻ってきた。段ボール箱を抱えて。
レジのところへ置いてから、その人は段ボールを開ける。
中に入っていたのは、それなりに使い込まれたのが分かる道具たちだった。
「えっと」
「こいつらは新人が半人前になり、半人前から一人前へなった時に替えられた道具たちだ。俺は今だに道具にでも魂は宿ると思ってるから、使えるなら捨てない性質でな。怨念とかはないだろうが念のためにお祓いは済ませてある。お前さんが本当にその年から続けていくのなら、この道具たちを最後まで使ってくれ。お代はいらねぇ」
「……それって結構責任重大ですよね? どうして僕に?」
「…………お前さんを見てたらなんか、昔を思い出しちまったんだ。それと同時に、託したくなった。新品の方が良いっていうなら俺は素直に引き下がる。ただ、お前さんを見てこの道具を思い出したのは、偶然じゃない気がするんだよ……」
重い! 何だ、僕は一体ここからどうすればいい!!
思わず頭を抱えたくなる状況でも表に出せないのは明らかなので、引いてると思わせないように観念して「ありがたく使わせていただきます……」と言うほかなかった。だって決意固めた感じなんだもん。断れる空気じゃないから!
僕の返事に気をよくしたのか「そうか! すまないな! 頑張れよ坊主!! 刃こぼれとかしたら俺が直してやる!」といい笑顔で言ってくれた。
で、流石に持って帰るのは骨が折れるので店持ちで郵送してもらうことになった。今日の夕方に届けてもらう。
なんだか無料で手に入ったけど、これが大黒からもらったストラップの影響じゃないよね……と訝しみながら店を後にした僕は、そのまま病院へ向かった。
病院に何事もなく到着した。中に入っても誰かが出迎えている、なんてことはなくて安心した。
素直に受付で連絡を受けた旨を伝える。これ言わなくて手間になったらいやだし。
受付の人は電話で一言二言しゃべってから僕に「では先に今回の担当医の方とお話して頂きます。場所は二階の診察室になります」と優しく説明してくれたので、お辞儀をしてから指示された場所へ向かう。
二階に来て言われた場所の前まで着た僕は、とりあえずノックをする。本来なら看護師さんでもついてきてやるのだろうけど、周りに誰もいなかったから。
『どなたですか?』
「すみません、先程受付の方に言われてきました池田です」
『ああ、分かりました』
向こうが理解したのか扉が開く。僕は頭を下げてから「失礼します」と言って部屋に入る。
医者の方は僕を見て驚いていた。
僕は首を傾げた。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ。なんでもありません」
慌てて取り繕うように視線を書類の方に戻したので、僕は椅子の近くにまで移動する。座ることはしない。
それに気付いていないのか、彼は説明を始めた。
「では、さっそくですが。何分洗脳された方々を診るのは初めてだったので断定はできませんが、短期間の洗脳だったからか脳に異常は見られませんでした。皆さんの健康状態にも問題ありません。明日にでも退院出来るでしょう」
やっぱり洗脳ってレアケースなんだなって改めて確認できた。そして僕が立っていることに気付かないほど、彼に余裕がないのも。
まぁ一斉に起きたら負担がダイレクトに来る立場だろうし、普通と言えば普通だよね。
そんな風に同情しながら断片的に必要な情報を憶え、最後に書類を渡そうとして僕に視線を向けた時の彼のしまったという表情を見てから僕は頭を再び下げて部屋を出た。
――うん。これは嫌がらせになっちゃうな。やめよう。普通に話を聞くときは。
普段の自分を見てるような彼を見て、僕はそう思った。
病室前。ちょっと聞き耳を立ててみるとそれなりに暢気な会話が聞こえたので、ため息。
もうこうなったら言うしかないかな、あれ。
賛成はされないだろうけど。そう反応を予想してから、僕は勢いよく扉を開けた。