目覚めて
ちょうど見舞いに来ていた父さん達の上司の人から目覚めたという報告を受けた僕は、向かっている途中でどうしようかと考える。
とりあえずマネージャーさんに連絡することは確定。なので、報告を受けてから僕は姉さんのマネージャーさんに連絡する。
その報告を受けて彼女は今から向かうとのこと。そしてすぐに電話を切られたので、再び考える。
目覚めた当日に顔を見せるのは普通のこと。当然だ。だけど僕にはそんな気持ちが存在しなかった。奇跡を叶えてもらって気が抜けたのだろうか。今は家族のところに向かうのが最優先事項だと思えなかった。
人通りのある道に戻ってきて、そういえば昼食を食べてなかったことを思い出し、そのままコンビニへ向かう。安上がりだしね。
コンビニに入り、適当におにぎりを二つ買う。挨拶がまともな店員さんらしいこの店は。たまに噛んでいるのかそれとも発音が悪いのか意味の分からない挨拶をしてくる店員さんがいるし。
店を出て近くの公園へ。病院へ今行くと人がごった返して大変なことになるなんて容易に想像できるし、僕の腹ごしらえも必要だし。
ベンチに座り買ったおにぎりのパッケージを開けて、食べる。食べながら、どうするかを考える。
医者は今大忙しだろう。何せ昨日まで昏睡状態だった人たちが一斉に目を覚ましたのだ。バイタルチェックとか諸々やることが一気に出てきたから。
その原因を作った僕としては……まぁ関係ないか。遅かれ早かれ意識を取り戻す。一斉になのか個別なのかは別として。なら別に気に病む必要はない。
で、えーっと。病院へ行く話か。どうしようかなっ? 多分、上司の人やマネージャーさんが話をしてるから混ざれないんだよね。それがどのくらい続くか分からないけど、そこから何が待ち構えているんだろうか。想像できないな。
そんなことを考えていると段々明日でもいいかな~なんて思えてくる。レミリアさんの心身状態が不安だけど、家族がいるからまぁ、うん……多分……大丈夫、かな。
二つ目のおにぎりを食べ始めながらこれからのことを考える。
今日は病院へ行くのをやめよう。どうせ行かなかったら連絡来るから問題ないか。うん。
食べ終わって結論を出した僕は腕を伸ばす。そしてベンチに置いた本を手に取り、ここで読み始めることにした。
傍から見れば暇人に見えるのだろう。間違ってはいないんだけどね。
で、こうして読んでみると色々と感慨深いことが載っていた。
まずはどういったものを作りたいかの案を紙に書きだす。料理を作るときもどういった料理を作るか紙に書いた方がイメージしやすいしね。
次に設計図。まぁこれは専門的じゃなくてデザインと寸法を書くみたいだ。材料とかを書きだす作業と似ている。予算も考えないといけないとなると、相場とかは一度見た方が良いみたいかな。料理だとその場でアレンジとかに走れるけど、上限設定は大事なことだね。限られたお金で物を作るって製造業の人も同じなのかな? 働いたことないけど。
で、それが決まったら実際に買いに行って工具で切り出したり穴を開けたりやすりをかけたり……と工作の作業をして、最後に色を塗ったりする……と。
こうしてみると物を作るのって基本は一緒なんだ。へー。
他分野であるこの本を読んでそう感じた僕は、なんとなく長続きしそうな趣味になりそうな気がした。失敗は前提条件。それを反省して気を付ける。料理でもそうだ。最初はもったいないと思うけど、経験値を蓄えるというのはとても大事だ。投げ出さなければ。
そんな基本の部分を読み終えたところ電話が鳴った。丁度キリが良かったのでレジ袋に戻してから電話に出ることにした。
「はいもしもし池田です」
『ああ、連君か』
「…エリーテルさん。どうかいたしましたか?」
『娘についてなのだが、今大丈夫かい?』
「問題ありません。目覚めましたよね?」
『ああ。だが、ひどく錯乱した様子で……』
――――そうなるよね。
僕は視線を下に向ける。彼女が目を覚ました場合どうなるかの予想なんて、世界の趨勢を考えるより簡単なことだった故に。
今の思考能力では何と声をかければいいのか分からないので地面を見つめながら「……大丈夫、ですか?」と絞り出した。
その声が向こう側でどう解釈したのか分からないけれど、『それで、この状態を娘を見て昨日の君の提案なんだが』と話題が変わったので「どうしますか?」と質問する。
――娘の選択に任せる。
彼らがこの現状を見て、昨日から考えていた答えが、それだった。
「そうですか……分かりました。お答えいただきありがとうございます」
『ああ……ところで、君は病院にいないのかい?』
「混雑してるなと思って今外で昼食です」
『本当に君の判断能力には感服するな……今しばらくは人が大勢いて収集ついてないから、来るなら明日以降でもいいと思う』
「ご忠告ありがとうございます」
『ではまた』
「はい」
切れた電話をぼんやり眺めてからポケットにしまう。そして食べたお握りの包みを本の入ったレジ袋に入れて手に持ち、病院の近くを通らないルートで帰ることにした。
帰宅してから時間を確認。2時過ぎぐらいね。
お見舞いという工程がスキップされたので、ここから夕方までの時間に空きが出来てしまった。
さて何しようかと思ったけど、すべて読んでいないことを思い出しDIYについて学ぶことにした。
「すごいなぁ……」
作り方が紹介されているページをめくりながら、製作者の工夫やアイディアに僕は感心する。代用品とかイメージが悪い気がするんだけど、それすらも作るのに必要だったんだと思わせる魅せ方に。
まぁ食材の都合がつかなかった時も代用品使うけどさ、そもそも料理だと代用品だと思わせないで作るから……。
やっぱり柔軟性って大事なんだと確認できたので読み進めていると、テーブルに置いた電話が鳴った。
「はいもしもし」
『よぉ連! さっきぶりだな!! どうした、奇跡を起こした感想は』
「複雑だね。嬉しいやら、悲しいやら……そんなこと聞きたくて電話したの?」
『いんや? お前がなんかDIYってやつをやろうとしてるんだなと思ってチョイ頼み事』
「……ひょっとしてあの時見た?」
『暇だったからな』
悪びれもしないその声に僕は肩を落とす。というより、なぜ真っ先に僕が始めようとしている趣味に頼み事するのだろうか。
そもそもどうして自分のためにやりたいことが他者にとって都合がよくなるのだろうと根幹的な疑問を浮かべていると、大黒はさらっと言った。
『最初に出会った小屋によ、神棚飾ってくれねぇか? あそこ何にもないから、少しでも神様がいるみたいな場所にしてほしくてよ』
「え、なんでさ? どうせ人が僕以外来なさそうな場所に飾って意味あるの?」
『そんなこと言うなよ! 俺とお前の仲だろ!!』
「まず僕に対して対価がないのに頼み事なんて受けると思う?」
『でもお前、何やろうが納得しねぇだろ』
「どうだろね?」
敢えて言葉を濁す。可能性というのはそれだけで思考の幅を広げさせ、それだけ返事のタイミングを遅くさせる。
交渉っていうのは結局、相手の判断が追い付かなくなったら意味がないらしい。訳も分からないまま進められたら、それこそ詐欺だと言われかねないんだとか。
まぁそんな身の上話は置いといて。僕は基本お人よしに見えるようだけど、そうでもない。徴収するものはきっちりもらう。やりたくなかったり出来ないものは言葉を並べて拒否する。……まぁ、身内に関してはもう、それが出来ないとあきらめて大体大人しく従っているけれど。
さて、大黒はどんなことを言ってくれるんだろうかと本を開いたままにして電話に耳を傾けていると、考えがまとまったのか『なら、これはどうだ?』と言ってきたので「何?」と促す。
『掃除の神からもらった汚れないぞうき』
「却下」
『嘘だろ!? 神器だぞ? これで拭いた床は100年汚れが付かないって評判の奴なんだぞ!?』
「家が老朽化するから。その前に僕死んでるから」
『掃除大変だから少しでも楽出来たらなぁと思ったんだが……』
「確かに楽なんだろうけど。それさ、使用条件とかない?」
『ん? 知らん』
「そんなものを人間におしつけないでくれる?」
そう言ったら再び彼は黙った。言い方が悪いのは自覚あるけど、扱い方の分からないものを渡されてもねぇ。僕にどうやって確かめろって言うんだ。
下手に使えたら世界が大変なことになるんじゃないかと想像していると、『なら、これはどうだ?』と早くも第二弾を思いついたようなので、聞いてみる。
「今度は何さ?」
『金を「いらない。現状足りないとか思ってないし」
ネタ切れかな? まぁ僕の欲がないのが原因なんだろうけど。
とはいっても欲しいものってないんだよ。現状からの逃避ぐらいしか。それやると4日前の惨状を見る恐れがあるからやれないんだけど。
いい加減諦めてくれないかなと思っていると、『これならどうだぁぁぁ!!』と叫んだので思わず耳から離す。うるさいなぁ。
「で?」
『お前にチケットをやる!』
「チケット? 別に行きたいライブとかないけど」
『あ? ライブ? ……ああ。広い場所で音楽聞かせるあれか。違う違う。俺の言うチケットは手形だ』
「手形って何さ? 通行手形?」
『そっちの意味合いもあるんだけどよ……どっちかというと引換券みたいなやつか?』
「ん? どこで引き換えるのさ」
『それはまぁ自分で探すってことで』
「いらない。探す暇ないし」
『――なんて冗談だ! 最初に遭った小屋に行ってそのチケットおいて拝むだけだ!!』
「何と交換できるのさ、それ。使用用途不明とかやめてよ?」
『それはないから安心しろ。交換できるのは現品から守護霊召喚まで幅広いな。加護なんかもあるぞ』
「その加護推し何なの?」
どれだけ彼は僕に加護を与えたいのだろうかと思いながら考えてみる。
際限はあるんだろうけど、交換できるというのは良いかもしれない。条件はあるけども、まぁそれほど厳しいものでもないし。
でも大黒のことだから加護を与えてきそうなんだよなぁ。僕普通の人なんだから要らないっていうのに。
う~んと唸っていると、急かすように『これでどうだ!』と言ってきたので、僕はため息をついて答えた。
「いいよ。やっぱり要らない。でも最初の作品として神棚を作るっていうのも悪くないかなって思えてきたから、勝手に作るよ」
『!? ま、マジかよ!!』
「うん」
『って、今までの会話なんだったんだよ!!』
「あれはあれで必要なものだよ。用意できる手札を確認するっていう意味で」
『……怖いなお前。気付いたら底まで把握されそうだ』
「そこまで怖いかな? どうせ神様になんて筒抜けなんだから」
そうなんだけどよ。それでも恐ろしいぜ。将来がどんな人間に成長するのか楽しみだ。
そう言ってから『気が向いたらでいいからな!』と言って電話を切ったので、僕は携帯電話を置いて視線をキッチンの方へ移して呟いた。
「将来なんて僕にあるかどうか、神様にも分からないのかな?」
――僕以上に怖い『人間』なんて、沢山いるのにねぇ。