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奇跡


 教会の中。以前来た時と変わらない佇まいなんだけど、十字架の前。僕が成功を祈った場所に『彼女』はいた。後姿であるにもかかわらず断言できたのは、事前に説明を受けていたからだね。


「おうマリア。知らずに祈ったバカ連れてきたぞ」

「バカ!? どういうことさ大黒!!」

「申し訳ございません連様。ここは怒鳴る場所ではなく祈る場所。怒りではなく願いや懺悔をする場所でございます。ですので、お怒りをお鎮めください」

「……」


 振り返った彼女になぜか諭された。というかさらっと呼称が「様」付けされていたんだけど。神様達の間で僕の評判どうなっていたんだっけ?


 中等部の終わりごろに知り合って……えっと、それから少しして大黒のお仲間である毘沙門天の彼女(曰く従者らしい)が迷子になった時だったかな。聞いたの。

 その時は確か掃除のしなかった大黒が掃除を始めたことから「掃除を教えた子」だったはず。それ以外だとなんだっけ? あー駄目だ色々あったせいで思い出せない。


 なんか色々と凄い表現されていた気がするんだよなと思ってから、諦めてその思考をやめ向き直る。


 後姿の時は髪が長いことぐらいしか分からなかったけれど、こうして対面してみるとなんとなく『聖母』と付けられるのも納得できた。

 彼女はどちらかというとレミリアさんとかレイジニアさんみたいな顔立ちだ。雰囲気はどちらかというと母性溢れるって感じかな? そんな人と遭遇したことないからどう表現したらいいのか分からないのだけど。

 修道服を着ているんだけど『母』がつくんだから子供産んでいるんだよね。あれ、大丈夫なの? どっかに修道服=結婚できないとか言う話があった気がするんだけど。あれって尼さんだっけ。


「どうかされましたか連君」

「え、あ、いえ何でもありません」

「言っとくが連、マリアはカトリック内で修道女だったわけじゃないぞ」

「あ、そうなの?」

「天使から神の子を受胎したとお告げがあった超々超々レアな人間だ。いやま聖母信仰のおかげで俺達と同列になったようなものだけどな」

「わたしなんて大黒天様やブッダ様達より若輩者ですよ」


 その言葉を聞いた時に反射的に思い出した「年齢に関する問いかけはタブー」。なんでだろうと思ったけど考えなくてもわかることだったので触れないことにする。

 というか、話が進んでない。


「あの、聖母マリア様」

「マリア、で大丈夫ですよ連君」

「……マリアさんは、僕に何の御用ですか?」


 ようやく本題に入る。なんかここまでに時間がかかった気がする。

 すると彼女はパンと手を打ち合わせて「あ、はい。貴方の祈りをかなえてあげようと思いまして」と教えてくれたのですぐに大黒を見る。

 彼は頭を掻きながら「そんな目で見るなよ」と呟き、僕に体を向いて説明してくれた。


「前に言ったと思うが、俺達はお前たちが引き起こしてることに関しては不干渉を決め込んでいる」

「うん」

「だが稀に、条件が揃った時に力を貸すんだ、俺達は。今回は不干渉を決め込もうとしていたんだが」

「知ってた。助けてくれるなんて期待してなかったけど」

「……。で、その条件ってのが色々あるんだが、今回は『俺達が気に入った人間が真剣な祈りを奉ったあるいは奉っている場所で捧げた』っていう、レアケースにはならないが希少性のあるケースだな」

「僕がマリアさんを奉っていたこの教会で祈ったからってことだよね?」

「そう。そうすっとマリアが自分で気づく。それからは連鎖的だ。女神会の参加者が主神たちに詰め寄って助けてあげたいの大合唱。ゼウスなんてヘラに散々懲らしめられたからほぼ全面賛成に回ったもんだから決着はあっけなかったぜ……本当に、地獄絵図みたいだった」

「?」


 何を見たか分からないけど大黒の顔から血の気が引いて、肩を抱いて何かに耐えるように震えている。地獄絵図って表現からするとかなり過激な事態に陥ったのだろうか。

 なんだか可哀想になってきたので「ごめん」と謝ると、「いや、気にすんな。悪いな、愚痴って」と言われた。

 掘り返すのも悪いので、僕は質問した。


「でも何をするつもりなの? まさかみんなの目を覚ますってわけじゃないよね?」

「そのまさかです」

「え!?」


 驚いてマリアさんの方に視線が行く。彼女は只微笑みを浮かべていた。


「洗脳された皆様の意識を回復させます。この程度ならそれほど力は使いません。少し連様にも手伝っていただきますが」


 最早お馴染みとなる大黒による説明。その空気を察したのか、彼は僕が視線を向ける前に話し始めた。


「今回使われた能力って使う度に洗脳の強度を上げていくのは知ってるだろ?」

「うん」

「逆に言えば洗脳の強度が上がらないと意味がないんだよ。そして、強度を上げて洗脳していくと無茶な命令も通じる。尤も、こういう系統の能力は使用者が死ぬか瀕死にまで追い込まれたら消える。そして強度がある程度上がった状態で能力が解除されると」

「こんな状況になるの?」

「ああ。今まで指示を出していた脳にダメージが入ったと勘違いして強制シャットダウンになるんだ。昏睡状態になっているのは修復しようと空回りしているから、だと思っておけばいい」

「でも勘違いなら早く戻るんじゃないの?」

「意識の覚醒を本能が拒絶するんだよ。洗脳の能力の厄介な部分の一つだ。解除された後の世界に放り出されて元の生活なんて送れるわけない。そんな思考が邪魔でもするんじゃね?」

「ふ~ん。そういうものなんだ……ありがと」

「どういたしまして」


 素っ気なく返された言葉に僕は何も返さない。被害者のくせになんて贅沢な悩みだなんて思っていた。


「そう暗くならないでください連様」

「! え、あ、はい」

「人は強い生き物ですから大丈夫です。それに、意識を回復させればいやがおうにも過ごした記憶と対峙しなければなりません。それぞれが向き合うのですから、連様には関係ありません」


 ……う~ん。聞いてると僕が深読みしているからか時々黒く感じるんだけど。気のせい、だよね。

 釈然としない気持ちを抱えたまま僕は「そうですね。お願いできますか?」と問いかけた。

 その言葉を待っていたかのようにマリアさんが嬉しそうに「ええ、勿論です」と答えたので決まった。



 奇跡を起こすということで、僕はマリアさんの指示に従いカーペットが敷かれていたであろうT字の交点に正座する。彼女はその前に立ち、大黒は出て行った。「関係ない神様が近くにいると不発に終わるから」だそうだ。


「では、始めます」

「お願いします」


 僕が頭を下げると聞き取れない言語でのつぶやきが彼女から聞こえる。知らない言語だから意味も分からないが、僕はそれが始まったと同時に指を組んで両手でグーを作り、ただひたすらにこうなる前だった彼女達のことをイメージしていた。


 目を覚ました後が彼らにとって大変かもしれない。けれど、ここで終わりな人生ではない以上、先に進む壁とだと思って乗り越えて欲しい。そう、願って。


 どのくらいそうしていたのだろうか。ただただ純粋にそれだけ祈って意識が埋没していたらしい。「終わりましたよ」の声でも我に返れず、肩を揺さぶられて初めて気づいた。

 こめかみやら頭が痛い気がする……なんて思いながら立ち上がろうとして、前のめりに倒れる。


「うわっ!」


 ぽすっと静かな音が聞こえ、僕は抱き留められた。マリアさんに。

 意外と胸は大きいんだなぁ……じゃなくて!!


「ごめんなさが!」


 反射的にのけ反ったらそのまま床に激突し、僕は頭を押さえて悶絶することになった。

 い、いった~~い。なんか怠いし痛いしで最悪だ! これが奇跡の代償かよ!?

 そんなことを叫びたかったけど痛みのせいでそれどころではなかったからそのまま地面に蹲る。その様子を正面で見ていたマリアさんが「お疲れのようですね」と言って僕をさすってくれた。なんだかこそばゆくて、これがきっと普通の母親なんだなぁと思っていたら、体の疲れが無くなっていた。頭の痛みも、倦怠感も。


 痛がるのをやめて普通に立ち上がり、埃を落としながら体の調子を自分なりに確かめてみたところ、奇跡をかなえる儀式前まで戻っていると推測できた。

 まぁつまり儀式の疲れが無駄になったようなものなんだけど。そう思ったらまた疲れが出た気がしたので頭を振って追い出し、マリアさんを見る。


 彼女は笑って「もう、大丈夫です。これで皆さん目を覚ましました」と言ってくれたので「ありがとうございました」と言ってからお辞儀をする。


「終わったか~?」

「はい終わりました。本日は案内ありがとうございます、大黒天」

「気にすんな。ただ案内しただけだし」

「連様も。お疲れさまでした」

「お疲れさまでした。ありがとうございます」

「神の気紛れですのでお気になさらず……それでは行きましょうか」

「だな……またな、連!」

「うん、またね」


 そう言って手を振ると、彼らも振り返してくれた。そしてその姿が次第に透明になっていき、ついに見えなくなった。

 その時点で手を振るのをやめた僕は、自分が体験した経験は言えないなぁと掌を見つめてから、買った本を手に取り、電話が鳴り始めた中病院へ向かうことにした。




 僕も段々「普通」から外れてきたかなぁと思いながら。

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