神様の裏話
病院で元と別れ、駅の近くの本屋へ向かう。そっちの方が種類あるし。
駅というのは地域と地域をつなぐ海上路線『海列車』の駅だ。この地域には全六か所、六地域へつながっている。そのうちの一つの近くに来ている。
本屋に入る。徒歩に慣れているけど、たまに億劫になる。夏の日なんてとくに。冬の日もそうだけど。
「え~っと、DIYの本はっと……」
陳列されてる種類が分かるプレートを見ながら探す。電子書籍でもいいと思うけど、非常時に読める本の方が高くても良い。充電切れたら読めないしね。
そうしてフラフラと歩き、念願の本を見つけた。しかし種類が多い。ざっと10種類存在する。
最初は一冊だけ買った方が良いよね……続けていくなら初歩的なものが分かるやつでいいか。
そうと決めたらタイトルだけでまず判別する。この時点で何となく半分は切れた。
残った5種類を絞り込むために一冊ずつパラパラとめくる。そして難易度を感覚で判定していく。この時点で2冊ぐらいにまで絞れた。
絞った2冊を比べる。値段、ページ数、理解のしやすさ……などなど。教導本ってそれが大事だと思う。それを自分の中の基準に合わせて比較して……最終的に決めた。
もう一冊もそれなりに分かり易いと思うけど、写真とかで工程が分かり易いんだよねなんて考えながら買うと決めた本を手に取り、レジへ向かう……前にちょっと純文学のコーナーへ向かい水蓮さんの本があるかどうかを確認する……持ってるのしかないな。
水蓮さんというのは僕が唯一読んでいる作家。マイナー過ぎてるのか商店街の本屋にない。駅の近くには結構並んでいるんだけど、生憎出版サイトで予約した方が早い。というか駅の近くまで来るなんて、本当に特別な用事がないとないし。
確か姉さん達の事務所も近くだっけ。そんなことを思い出しながらレジが置かれたテーブルに本を置く。するとピッという音が聞こえたと思ったら値段が表示されたので、今度はお金をそこに置く。
その結果レシートとおつりがそのテーブルに置かれる。僕はそれを財布の中に入れ、本をテーブルの近くに置いてあるレジ袋に入れると『レジ袋代を徴収します』と文字が浮かんできたので指定代金をテーブルに置いてからレジ袋を手に取り本屋を出た。
別にこの世界じゃ珍しくない。コンビニとかだと人やロボットが店に立っているけれど、本屋など万引きされると困る場所でも無人レジなんて。
だって会計しないで外に出ようとしたらすぐにシャッター下ろせるし、強盗しようと近づくものなら警報が鳴って警察が飛んでくる。監視カメラすら目立たずに配置できる世の中だもん。人件費削減するならもってこいだ。本の注文とか裏側でしてるだけでいいし。あとは予約本の受け取りの際に顔を出してくれるのかな? 自宅指定だから別段気にならなかったけど。
本を買った僕は病院へ戻りながら時間を確認する。元と話していたせいかだいぶ予定していた時間とずれていたけど、まぁ今日の予定は何もない。どうせ帰って本を読むだけなだし、姉さんたちきっと目を覚まさないだろうからいっか。
ポジティブに考えて思考を切り替える。その時に、まさか元にもバレていたのかと気付いて苦笑する。
そして何事もなく病院に到着した……ら、入り口付近にいた見知らぬ男性が片手をあげて僕に声をかけてきた。
「おぉ、待ってたぞ」
「……」
僕は黙って警察の番号へかけようとしたところ、その男性が「待て待てって!!」と大声で止めてきたので口に人差し指を当て、静かにしてというジェスチャーをしながら知ってる人の声を再生させていきもっとも該当しないであろう人物に当たったので瞬きをしてから「……え、大黒?」と恐る恐る確認する。
すると彼も驚いて瞬きしてから「なんで分かったんだよ?」と耳打ちしてきたのでうそでしょ……と新手の詐欺に引っかかった気分になった。
だって目の前にいる男性、昨日まで逢っていた姿と似ても似つかないんだもの。なんでモデルみたいな体形で美形なの? ふざけてるの?
神様って何でもありなんだなと改めて理解した僕は盛大にため息をついてから「で、話は何?」と受付前にあるベンチに座って質問する。
それについてきた彼は「ここじゃ話しづらいし、ちょっと場所移すぜ」といったので、また移動かとげんなりしながら立ち上がり、入ったばかりだというのに病院を出ることにした。場所を移すということは多分、そういうことだろう。
入ってすぐに出たら不審がられそうだなぁと思いながら「で、どこで話をするの?」と大黒に質問する。
「こっちだ」
詳しい場所の説明をせずに彼は先導したので、ちゃんと言ってくれないのはサプライズ気分なのだろうかと勝手に推測しつつ、ついて行くことにした。
「にしてもその恰好何? 違和感の塊なんだけど」
「ん? ちょっと顕現したかったんだよ。こうして実体出さないと、お前が独り言呟いてる可哀想な奴だと思われるだろ」
「生憎と。僕自身君たちと話すとき人がいないのを見計らっているから」
「いらぬ心配だったか……それでも、こうして姿を確認するというのは大切なことだと思うぞ」
そういうことなのかなとぼんやり思いながら、自分が買った本の入ったレジ袋を握る。ちゃんと持っていることを確認する。ほぼ無意識なので理由付けをするなら、現実だと自分の中に落とし込む動作だと思う。
……というか、四月始まってそれほど日が経っていないのに僕の人生が忙しすぎるんだけど。改めて振り返ると今までの生活の中で一番ジェットコースターに乗ってる感あるんだけど。
ひょっとすると今後これ以上の目まぐるしさが続く未来があるのだろうか……なんて頭が痛く、嫌にリアルな想像が浮かんだので全力で首を振る。それを見ていたらしい大黒は「どうしたんだよおい」と心配そうな顔をする。
「なんでもないよ。未来の想像なんて、この年でやるもんじゃないねって」
「お前達みたいな歳だからこそやるんだろ。どうした急に? 前から老成している感じはあったが、この騒動で一気に老け込んだか?」
「どうだろう? そうなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。でも今は正直平穏が欲しい」
「……お前ってさ、どの時が平穏なの?」
そう言われて僕にとっての平穏を考えてみる。
…………?
出ない。全く出てこない。平穏が。心が穏やかに過ごせるイメージが。
思わず血の気が引く。そして自分のこれからが不安になる。
まさか本当に平穏を甘受できない人間になってるの僕!? やばいやばいやばい!!
「……おーい。大丈夫か~?」
「落ち着け落ち着けまだ大丈夫まだ大丈夫僕はまだ十五歳だこれから生活習慣ががらりと変わる可能性だってある。まだ大丈夫まだ大丈夫……」
「……駄目そうだな」
「あイタァァ!」
唐突に叩かれた僕は我に返る。大黒は何やらあきれ顔だ。
「どうしたの?」
「……お前ってさ、いやなんでもない。行こうぜ」
「?」
確か僕の平穏に関することだった気がするんだけど……どうしたんだろうか。
自分の中で言葉が漏れてないと思っている僕は、首を傾げてから黙って歩いている彼の姿を追った。
「着いたぜ」
歩いていた彼が足を止めてそう言った場所は、暴走事件の際に引き籠っていたあの教会だった。
なんでこんな場所に連れてきたんだろうと驚きながら考えていたところ、彼は説明を始めた。
「お前たちが避難するために来たここはな、ある神様の昔の住処だったんだよ。今じゃこうして廃墟なんだけどな」
「どうしてここ廃墟になったの?」
「ここで信仰する人がいなくなったからだよ。俺達はそう。昔――巨大な大陸があった頃からお前たちは俺達を信仰する場を作る。それが不要となってこんな風に打ち捨てられる場所を作るのもお前たちだがな。で、だ。こういった場所で祈ろうが何しようが俺達は関知しないんだが……」
「?」
そこで言葉を詰まらせた大黒に首を傾げる。なめらかに話をしていたと思ったのに急にどもったのだ。言いにくそうにしているのは分かるけれど、説明するならちゃんと教えて欲しいんだけど。それとも僕に言えないようなことを言わなくてはいけないのかな?
果たしてどちらなのかと黙っていると、彼は苦虫を噛み潰したような表情を作ってからこういった。
「……お前が俺達の界隈で超有名になって、弁財天他女神たちが最近嵌っている人間たちの女子会を真似た『女神会』の連中が集まる度にお前の近況とかそういうのを話しているんだが」
「素直に怖いんだけど。神様って暇なんだね」ストーカーでもされてるのかな?
「まぁ忙しい奴らは本当に忙しいけどな……特に天候系の奴らは」
「んで、それが今と……ちょっと待って? ここって信仰する場所だったんだよね? 誰の?」
「お、気付いたか。そう。ここで信仰されていたのは、カトリックや聖書で出てくる『聖母』っていう人種だ」
「?? 聖書って宗教とかで使われる聖典とか?」
「あれ厳密に違うんだが……まぁ似たようなものだからいっか。そういう解釈で」
「本当に?」
「ああ」
まぁ深くは考えないようにするか。そう思ってから、次に気になった言い回しを発見したので質問する。
「あれ? 今『人種』って言わなかった? 神様じゃないの?」
「聖母っていうのは称号なんだよ。まぁあまりにも強力過ぎて神様の域に片足突っ込んでいるけど、今の世界の人間でもなれる奴はいるだろうぜ」
「でもそしたらなんでそんな人が神様達とお話してるの?」
「ん? ああ、別に今崇め奉られている聖母じゃねぇよ。聖書に出てきたその人が、俺達と同じようにフラフラと漂っているだけだ」
そういうことねと納得し、現状を鑑みてから大黒が言いにくそうな用事を僕は言い当てた。
「その聖母って人と会わせたいからここに連れてきたんでしょ?」
「……気付いてくれてありがとよ」
ホッとしたようなげんなりしたような。そんな感情を混ぜ合わせた表情を浮かべてそう言った。
なんでそんな表情を浮かべたのか分からない僕は器用な真似をするなぁと思いながら「さっさと入ろうよ」と彼に言った。




