似た者同士
そろそろ書くスピードが追い付かなくなりそうな気がする……
次の日。
なんだかんだで就寝時間がいつも通りな僕は二度寝して八時ぐらいに目を覚ました。
腕を伸ばしてから首を回し、今日はお見舞い以外に何かやることあったかなと考える。
圭たちの事後処理が終わっただろうという推測が出来るのは、元が見舞いに現れたからだ。
元と圭は終わってから後処理とか情報操作とかに駆り出されるなんて終息して戻って来た時に言ってたし。なんとも大変な役回りだなとその時思ったけど。
まぁ何かしら向こうから連絡があるか。そう思い直して、洗濯物やらないとなぁと思いながら部屋を出た。
洗濯物が終わるまで朝食を食べ終えたせいで暇な僕はテレビを見る。その時に番組の特集の中で『DIY』という話題が挙がっていた。なんでも、自分で材料を切り出したり加工したり組み立てたりして本棚とか靴箱とかそういった家にあるものを作り出す作業の事らしい。
これを見ていると家具職人の人達涙目になるんじゃないかなと考えたけど、そもあの人たちが作り出す精巧さと、素人が作り出すものじゃ全然違う。月と鼈どころじゃないだろう。まぁそれも、慣れた人なら超えそうなものでもあるけども。
とまぁそんな風に考えながら眺めていると、段々と自分の中で「やってみたいなぁ」という思いが生まれてきた。
僕の趣味らしい趣味なんて読書ぐらいだ。ここらで何か新しいことを始めてみるのもいい気がする。どうせしばらく学校は休みだし、僕自身のリフレッシュも兼ねて家財道具をある程度作れるなら出費も少なくなるだろう、今後の。
「…………」
様々な考えが頭の中をめぐっていく。賛成と反対。メリットとデメリット。それらを脳内で挙げていき、自分の中で「やっても問題ないか」を確認していく。
特集が終わったのでテレビを消し、時間を確認する。まだ9時ごろだ。
本屋が開くまで時間あるし、引き籠っていた時に勉強していたところを復習しようかな。
そんな考えが頭に残り、僕の中の結論は「DIYをやってみよう」ということになった。
あんな自分の思考がおかしかった状態だったのに意外と覚えているものだと驚いて復習を終えた僕は、10時を過ぎたので家を出る。本来は外出しない方が良いのだろうけど、お見舞いとか買い物とかあるし、外に出ないでゲームばかりやるというのも何か違う気がする。あ、洗濯物は干してからだね。
とりあえず本屋に行ってから病院に行こうかな。どうせ目を覚まさないだろうし。
どういったルートで行くかを脳内で考えながら歩いている。事件の当事者となった時は鬱屈なこととか卑屈なこととか、そういったマイナスな考えばかり浮かんでいたけれど、それが終わったとなるとポジティブな考えが増えていく。
すぐに切り替わることなんて普通出来ないんじゃないかな。何日か絶対尾を引くと思う。そういう観点から見ると僕は普通じゃないのかもしれないけれど、直面して、遭遇して、解決する側に立ってみたら僕はただただショックを受けていただけだった。いつも通りに動けているように見えたんだろうけど、ね。
これからもこういうことに巻き込まれる可能性があるのかも。自分でそんな考えにいたり、さっきまでの気分を台無しにする。
これは、どうなんだろうか。元が中心にいるのだろうか。それとも、元が引き寄せているのだろうか。
…………分かんないな。鶏卵の問題に近い気がする。
――元を中心に事件が起こるのか。それとも、元の方から事件を引き寄せているのか。
果たして友達となった彼との別れは必要なのだろうかと自己保身に走る考えをしながら歩いていると、「あ、連。これから病院?」と後ろから声をかけられたので振り返ると、件の人物だった。
「おはよう元。その前に本屋寄って行こうかなって思ってるんだ……菫さんは?」
「あ、そうなんだ。菫は俯いて謝って来たよ。お役に立てなくてごめんなさいって」
「律儀だね」
敵にならないだけ役に立ったと思うけどという思考を開示せずに僕は笑顔を浮かべる。こういうところが僕の内面を理解されない原因の一つなのだろうかと地味に思う。けれどまぁ、実際彼女達も不意打ちだったし、むやみに精神を追い詰める気もないからこのことは黙っておいていいかも。
おそらくそんな僕の考えに気付いてないだろう元は、隣に来て「そうだね。でもあの場にいなくて僕は良かったと思ってたんだ」と漏らした。
似たようなことを考えていたことに僕は苦笑しながら「それは菫さんの前で言ったらだめだからね? それと、久美さん達の前でも」と注意する。
彼はそれに乾いた笑いを浮かべて「そうだね……」と同意してくれたので、今回の功労者の一人のことについて訊いた。
「そういえば花音さんは大丈夫だったの?」
「ああ、うん。魔法使って治療してもらったから医療費高くついたけど、もう普通に動いてるよ」
「そっか……元気だなぁ」
「あははは……そうだね」
「「…………」」
会話が途切れた。気まずい雰囲気が流れる。
歩みは止まらない。話題が唐突になくなったというか、会話の中の空気をこれ以上淀ませたくないという心理状態からか、僕達は何も言わなくなった。
雲はあるけどそれなりに晴れた空。ほどほどに暑さを感じ少しばかりの風が心地いい天気。
僕はそれで不意に思い出した。
「あ、花見」
「え?」
「お花見って文化があるじゃん」
「いや知ってるけどさ……いきなりどうしたの?」
「今年やろうかなぁと入学式前にぼんやりと考えてたんだよね」
「そうなんだ……じゃぁ今年は無理そうだね」
「そうだね。元は花見したいとか考えなかったの?」
「僕? 来年もやろう、って、去年約束したけど二人とも多分忘れてるだろうし、こんな状態だから……無理かな」
悔しいのか、それとも悲しいのか。遠い目をしてそう語る彼から読み取れたそのマイナスの感情の判別はできなかったけど、ともかくこの事件に対する恨みは確実にあるようだ。僕もあるけど。
だからこそ世界に争いは蔓延っているんだよなと真理を確認しつつ、それに囚われて欲しくなかったので「だったらさ、記念に四人で花見する?」と提案する。
彼はその言葉を聞いてひどく驚いた。
「え?」
「いつ目を覚ますのか分からないんでしょ? だったらここは無事だった四人で花見して忘れよう。首謀者に恨みを持つのは当然だけどさ、それで判断が鈍ったら、助けたい人たち守りたい人たちを見殺しにしちゃうかもよ?」
「…………なんでそんなこと言えるんだい?」
元の言葉から感情の起伏が消えた。どうやら僕は知らずの内に地雷を踏み抜いたらしい。
ちょっと突き過ぎたかなと反省しながら立ち止まって「元はどうしてあんな風に立ち向かえるの?」と質問する。
「質問を質問で返すなんてらしくないよ、連。どうしたのさ?」
「どうしたのって?」
「こんなひどい事件に巻き込まれて、君自身気丈にふるまっていたみたいなのに、『忘れよう』? 僕達の日常を滅茶苦茶にしかけたこの事件のことを、首謀者――峯島のことを忘れろだって? そんなのできるわけないだろ!!」
「……」
当然の思考。そう結論付けるのが当たり前。僕だってそこに至っているし、今後も消えることのない『棘』の部分。だからこそ、元の言い分には共感も納得もできるし、答えられない。
「それなりに平和だった日常をさ、こんな風に壊されてさ、平常心を保っていられると思う? 圭や花音や連が同じでもさ、僕の中じゃぐちゃぐちゃだったよ」
知ってる。そしてあれだけ事件を解決したとしても僕側と同じ人間なんだと理解する。怖がって、もがいて、知られないように気付かれない様に振舞って、周りから称賛される側なんだと。もっとも僕の場合辛くて苦しくて助けてもらうことはあったけれどそれも少なくて、それが積み重なったんだけど。
「彼女と対峙した時にさ、『貴方が悪い』って言われたんだ。貴方がいるから貴方の周りの世界に敵意が向く。貴方が周りに被害を作る。みんながこうなったのは貴方がいるからだ、って……それを聞いて僕はどうしようもなかったさ。どうすることもできなかった。僕自身がそれを理解してしまったから。僕自身がそれに共感してしまったから!」
何も言えない。逃がした原因はそれなんだろうと分かったけど、僕から言えることはない。だって僕と同じように彼も自分を責めながら生きているのだから。何を言おうが火に油。さらに自分を追い詰める。
「――だからさ、今回の件でハッキリ分かったんだよ。ああ、僕が悪いのか、って。行く先々でトラブルが起こったり、何気なく関わることになった事件が大事になったりするのも全部」
段々と目から光を消している。合わせ鏡のような言動に僕はこれから何を言うのかを推測し、彼に合わせて話した。
「「なら僕はもう、みんなとは居られない。これ以上みんなに迷惑をかけたくないから」……でしょ?」
「!!?」
元は驚いて目を見開く。それに対し僕は「でも、最初に僕に問いかけた部分からだいぶ離れてるよ?」と自分で話題を戻す。
だけど彼はそんなこと気にならなかったらしい。
「どうして……」
「ん? ああ、分かるよ。僕だってそんな風に考えるから」
「だったら……最初の」
「忘れろの部分? あれはさ、僕達しか真実を知らないんだからその感情を表に出せないでしょ? なら、胸の内にとどめておこうよって意味だけど」
「そしたら」
「でもあの状態ならどんな表現でも地雷だったんじゃないの? 僕達の平穏な日常を直接ぶち壊したことに関してなんだから」
「…………連」
「何さ?」
「……ありがとう」
「礼を言われることではないけどねぇ。むしろ怒らせたのは僕なわけだし」
「それでもだよ……羨ましいな」
ぽつりとそう呟いて俯く元。それを見て僕は正直に答えた。
「僕は元が羨ましいけどね」
「え? なんで? 僕なんて連よりしっかりしてないし、連より寛容じゃないし、連より何でもできないんだけど」
「隣の芝生は青いって諺があるんだけど、それになぞるなら今挙げたことが元が羨ましいって思う点でしょ?」
「え、うん多分」
その答えを聞いて頷いた僕は歩き出してから答えた。
「僕は元の、誰かを守りたい心とか、立ち向かう勇気とか、仲間との絆を信じる心とか、悔しさをバネにする気持ちとかが羨ましいよ。素直にね」
あと一歩踏み出さない思考とか。その言葉だけは飲み込んでおく。
慌ててついてきてるらしい彼が聞いてるかどうかわからないけど、僕はまとめた。
「足りない場所が分かってるならさ、羨むじゃなくて努力するべきさ。そうあろうとあがき続ければ、羨望が自分の力となっているだろうね」
「……そう…?」
「そうだよ」
自分にも当てはまる言葉なので頷く。羨望だけなら誰でもできる。それを目指せるかどうかが個人の意思の強さになるのではないかな。
言った手前僕もやる努力しないとなぁと内心で肩を落としていると、「……ごめんね、連。そして、ありがとう」と言われた。
僕は短く答えた。
「どういたしまして」




