旅立ちと別れ
家に帰って来ると母さんが真剣な表情で待っていた。
「ルーク、あなたはもうすこしで13になるわ」
この国では成人は13になるとほとんど成人とみなされる。
商家の子なら知り合いの店に修行に出たり、狩人の子なら狩猟についていき狩りの仕方を教わったり、農家なら畑仕事、鍛冶の家なら鍛冶場に入り始めたりするのだ。
僕もあと1週間で13となる。
そろそろ身の振り方を考えなければいけない。
「で、ルークはどうしたいの?」
これには僕も考え込む。
そんな時に母さんがこう提案する。
「レアちゃんについていく気ある?」
「・・・え?」
「だってレアちゃん困っているみたいなのよ、男の子だったら困っている女の子を助けてあげなさい」
「・・・・・」
「私のことは心配しなくていいわ、お母さんこれでも相当強いのよ」
僕を安心させようと腕にこぶを作るしぐさをする。
だが正直言えば心配だ、帰ってきたときには倒れていたくらい心が弱っているみたいだし・・・・。
「・・・・それじゃあこの話は終わり、村から持ち帰ったものを見せてちょうだい」
そういい話題を変える。
村から持ち帰ったものはすべて一纏まりにして倉庫に置いてある。
父さんがよく使っていたナイフと弓、母さんの首飾りなど家族で思い出のある品が多くある。
「・・・・・これ持ってきてくれたんだ」
母さんが手に取ったのは髪飾りだ。
「ルーク、ありがとう」
そのときの笑みは本当に嬉しそうだった。
それから夜になるとヴィーサさんも戻って来て、みんなで食事をする。
「レアちゃん、ヴィーサさんお願いがあるの」
突然、お母さんがレアたちに切り出す。
「この子を外に連れて行ってくれない?」
「「「え?!」」」
これには全員が驚く。
「母さん!!」
「なにルーク?」
「なんで急に!」
「だって、ルーク私のためだって考えて外に出ようともしないじゃない」
「それは!」
「ルークは外に出たいのでしょ?だったらチャンスを逃しちゃダメよ」
母さんは俺が外に出たいと思っていたことを知っていたみたいだ。
そして僕が母さんのことを考えて踏み出せないことも分かっていたみたいだ。
「でも」
「ルーク、あなたは冒険者になるつもりでしょ?」
僕は頷く。
「なら、こんな小さな町でくすぶってないで大きな場所に行きなさい」
僕は何も言えなくなった。
私はルークとそのお母さんのやり取りを見ている。
「なら、こんな小さな町でくすぶってないで大きな場所に行きなさい」
このときノーラさんは本当に子の事を心配している表情だった。
「それでも」
「ルーク、お父さんの言葉とお母さんの言葉を覚えている?」
何の話か分からないけど、とっても重要な話だってことはわかった。
「その言葉を覚えているなら何も言うことはないわ」
そのあとはノーラさんは何も言わずに時間が過ぎていった。
そして夜、ベットに入っていると
コンッコンッ
ドアのノックの音で目を覚ます。
「レアちゃん、少しいかしらお話があるの」
私はドアを開けてノーラさんを中に入れる。
「ありがとうレアちゃん」
「いえ、それで話とは?」
すると先ほどの友好的な雰囲気ではなく真剣な表情になる。
「息子を、ルークを連れて行ってもらえないかしら」
先ほど食事の時の話だ。
「あの子はとても優しくてね、どれだけ気にするなって言っても気にするでしょうから」
ルークの性格ならそうなりそう。
「それにレアちゃん、ルークは貴女の探している人でしょ?」
「・・・・・はい」
「なら連れて行っちゃいなさい」
ノーラさんはとても楽しそうに、そして悲しそうな顔をしている。
そして深々と頭を下げる。
「図々しいお願いですが、どうかお願いしますルークに外の世界を教えてあげてください」
「あ、頭を上げてください」
突然態度が変わったことに動揺しつつも頭を上げるように言う。
「でも急になぜ?」
「・・・私はもう、ルークの枷にしかならないからね」
このときの言葉にどれだけの思いが詰まっていたか私は思いもしなかった。
それから数日、僕達はギクシャクしていた。
お母さんは何も言わないが僕を外に出したいみたいだ。
レアとヴィーサさんはなにやら準備をしていて忙しそうだ。
(僕は・・・・・)
本当はどうしたいのか本心では分かっている。
だけど・・・・・
「ルーク食事の準備ができたから二人を呼んできて~」
お母さんは倒れたことが嘘のように元気に振舞っている。
「分かった」
4人で食事を終えるといつもどおりギルドに来て二人と別れる。
(今日もめぼしいものはないか・・・・・)
クエストを一通り物色するがどれも微妙だ。
「ルーク君」
後ろから声がかけられる。
「・・・・・マーヴィンさん」
後ろから声をかけてきたのはマーヴィンさんだ。
「他の皆さんは?」
「今、宿でゆっくりとしていますよ。それよりどうしたのですか?元気がないようですが」
「・・・・・」
そこまで元気がないように見えるだろうか。
「なにか悩みがあるなら話して見なさい、こうゆうのは人に話すことで楽になれることもあります」
「・・・・・実は、」
僕はゼルさん達と別れてから何があったのかを説明する。
「そうですか」
「ぼくは・・・・どうすればいいのでしょうか・・・・・」
マーヴィンさんは顎に手を当て考え込んでいる。
「そうですね・・・・・ルーク君は冒険者になり外に行ってみたいのですよね?」
「ええ・・まぁ・・」
「だけど母親が心配で家を出るのにためらいがある」
「はい」
「だけど、その母親はルーク君に自分の事は気にしないで外に出てほしいと思っている」
「・・・そうですね」
「ふ~む、そうですね」
そういってまた考え始める。
「なら、母親ともう一度よく話し合うことをお奨めします」
「・・・え?」
するとマーヴィンさんはわずかに微笑む。
「私の言葉で決める・・・とは言いすぎですが、アドバイスにしないほうが良いでしょう。自分の人生は自分でしか決められません。なのに他人にその選択肢を狭められるのは馬鹿らしいです、狭めていいのは自分と深くかかわりの人と、ですよ」
僕は考え込む。
「そう、難しく考えなくて良いのです」
そういって僕の頭を撫でる。
「ただ一人の母親でしょう?ならちゃんと向き合って見なさい、というだけです」
「・・・・・ありがとうマーヴィンさん」
お礼を言うと、すぐさま家に向かって走り出す。
家に帰るとすぐさま母さんを探す。
「あれ?どうしたの?」
「話があるんだ」
僕の表情から何かを察したのか手を止めて向き合ってくれる。
「僕は母さんが心配だ」
「・・・・」
「だけど僕は外に出てみたい」
「・・・・」
「僕は誰かを守れるようになりたい、そう思っている」
「・・・・」
「ごめんなさい、本当は僕が母さんを守らなくちゃいけないのに」
すると母さんは近づいてきて優しく抱きしめてくれる。
「ルーク」
声色から喜んでいることが分かる。
「私達は家族よ、息子の旅立ちを祝うことができない母親はいないわ」
「・・・ありがと」
自然と言葉が出てくる。
「こちらこそごめんなさい、私がこんなだからルークには迷惑をいっぱい掛けたわ」
母さんの眼から涙がこぼれるのが見えた。
「本当にごめんね、こんな私だからルークが心配して動けないのよね」
「そんなこと!」
「でもこれからそんな事を考えなくていいわ、ルークの思うように生きなさい、お母さんのために振り向いちゃダメよ」
そのとき、僕は泣いていたことを覚えている。
なぜ泣いたのかは未だによく分からない、母さんが僕のことを応援してくれるのが嬉しいのか、それとも守れなくて申し訳なくてなのか。
それから3日後、レアたちの準備ができたので街を出ることになる。
「それじゃあルー、元気でやれよ」
「風邪引くなよ」
「行っちゃうのか~さびしくなるね」
「これは私が調合した薬です、怪我したら使ってください」
「ルーク君に聖女様のご加護がありますように」
見送りにはゼルさん達が来てくれている。
「おい、ルーク準備が済んだもういつでも出発できるぞ」
ヴィーサさんはいつでも出発できると伝えてくれる。
「ルーク」
母さんは前に出ると僕を強く抱きしめる。
「元気でね、体には気をつけるのよ」
「ありがとう」
「それから、これ」
母さんは剣を渡す。
「これは?」
「実はね、コーディ、お父さんがルークが立派な猟師になったときのために用意しておいたものよ」
僕は剣を受け取る。
剣は普通の物だったが、そんなの関係ない。
「ありがとう母さん」
「それとコレも渡しておくわ」
渡されたのは3つの綺麗な石が連なっている首飾りだ。
「これって」
この首飾りは昔、僕と父さんで作ったものだった。
「今は私よりルークに上げるのが相応しいと思ってね」
僕と父さんで作った首飾りは2つの石だった、おそらく母さんも手を加えたのだろう。
「ルークなにがあってもくじけちゃダメよ、もしダメだったら自由に帰ってきなさいね」
「わかった、ありがとう母さん」
僕はこうして新たな門出を迎えた。
私は見えなくなるまで馬車を見送ると家に戻り、いつもの物置に行く。
「ねぇ、コーディ、子供の成長は早いわね」
私はコーディの遺品を見ながらつぶやく。
「もう独り立ちよ、少し前まで泣き虫だったあの子がよ」
この町に来たときのことを思い出す。
お父さんが死んでからルークは夜静かに泣いていたのを思い出す。
そしてそのたびに私と一緒に寝て安心したように眠るあの子が。
「ふふ」
3日前に自分のしたいことを教えてくれたのはうれしかったわ。
(私は全力で応援するわよ、ルーク)
それから家に戻ろうとするけど。
「あ、あれ?」
足に力が入らない。
そして咳き込むと手に血が付いている。
「そっか・・・・・ルークの未来見たかったわ」
私は体の力が向けていくとまぶたが重くなってくる。
『ノーラ』
どこからかコーディの声が聞こえる。
(ごめんなさいね、もうあの子を見てあげることができないわ)
『ありがとうノーラ、あの子を見守ってくれて』
(ふふ、私は母親よ)
まだコーディとお話をしていたいと願うが体に力が入らずに目を閉ざす。
気がつくと、どこかの草原の上に立っている。
そして森の入り口にコーディの姿が見える。
『コーディ!!』
コーディは森の奥を進もうとする。
『まってコーディ!!』
私も追いかけて森に入ろうとするとが、コーディは振り向き首を横に振る。
そして私の後ろを指差す。
私はつられて後ろを見るとルークとコーディと暮らしたあの家がある。
そして庭で幼いルークの姿が見える。
『・・・・・・・・・・・・・・』
コーディはなにかを伝えるとそのまま森の奥に進み、見えなくなる。
『そうね、私まで死んだらルークが悲しむわね』
私はコーディに背を向けて家に戻る。
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「さすがに思うところがあったんだね」
「・・・・あれは償いだよ、勇者という存在を生み出したことに対して」
「そうだね、勇者という強大な存在を普通の女性が生む、それは風船に絶対に収まらない水を入れるようなものだからね、衰弱するのもあたりまえだろうね」
「ああ」
「それでもあの女性は勇者をあの年になるまで育てた、そうだね?」
「なにがいいたい?」
「いつからあの女性に加護をあげてたの?」
「・・・・それは報酬だ」
「勇者を育てた?」
「ああ」
「そっか、彼は次にどんな出会いをするのだろう、楽しみだ!」
「そうだな」
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僕は馬車の中で外の景色を見ている。
「あの・・・ルーク」
「レイア様」
レアさんが何か話しかけようとしているがヴィーサさんが止める。
今はその気遣いがありがたかった。
「レイア様、この先は川の音で周囲の音が聞こえなくなりますので」
ヴィーサさんは御者席でそう伝えてくる。
そしてレアは何かを決心すると。
「ルーク」
「なんっ!」
振り向くと頭を押さえられて膝に押し付けられる。
「ルーク、悲しいとき涙を流すのは当たり前のことです、それが母親との別れならなおさらです」
その言葉で僕で何かが耐えられなくなった。
「うっううっ」
レアは鳴いている僕を撫でてくれる。
しばらく馬車では嗚咽の音が聞こえていた。
「ありがとう、レア」
「いえ、ルークが悲しんでいるのを見ているのは辛いですから」
僕はレアにお礼を言う。
すると外から。
「レイア様、そろそろ日が落ちます手ごろな場所で泊めようと思っているのですが」
ヴィーサさんの言葉通り外は既に暗くなっていた。
その後、馬車を止めて野営の準備をする。
荷物から保存の利いたパンと肉を取り出し、いくつかの干した木の実を食べる。
「そういえばこれからどこ行くの?」
僕はこれからどこに行くのかを尋ねた。
「まずこれから向かうのはこの国の王都であるアルバシュです」