戦争?
ルナリアが目を覚ますと、薄暗い牢屋の中だった。
「・・・・・・・・ここは?」
「気がついたかね?」
牢の外ではべトロントとその護衛らしき者が立っている。
「・・・べトロント侯爵」
「お久しぶりです殿下、牢の中はどんな感じですかなぁ」
「最悪ですね、それよりも何故私が捕らえられているのですか?」
ルナリアは素知らぬフリをして尋ねる。
「そうですね、端的に言えば貴女には人形になってもらうためですね」
「人形?」
「そうです、私が王位につくために必要な人形ですよ」
べトロントは不気味な笑みをルナリアに向ける。
「しかし私も運がいい、こうも簡単に貴女を手に入れられることができたのですから」
「それはどうかしらね今頃護衛の者が気付いて助けを向かわせているはずよ」
ルナリアがいなくなった事を知った時点で捜索隊が結成されてるはずだ。
だが、ルナリアの言葉に牢の外にいる全員が笑う。
「ワハハハハハハハハ、殿下の護衛なら既に湖に浮かんでいでしょう」
「っ!」
ルナリアはベトロントを睨むが、べトロントはまったく表情が変わらない。
「しかし、ルナリア様が攫われて半月ほど経っているのに誰も貴女を見つけることはできないとは」
そう言いべトロントは笑う。
「それに貴女がいなくなったことでネルファイスとの戦争が始まりましてね~」
「なっ!」
「貴女の兄や弟がその戦争に出ていますよ」
「ベトロント!」
ルナリアが声を荒げベトロントに叫ぶ。
「まぁ戦争は我々の勝利でしょうがね~、あの国の戦力はよくても7千程度それに対して私達は十万です結果は火を見るよりも明らかでしょうね。まぁそこは重要ではないのですよルナリア殿下」
「重要ではない?」
「ええ、一つ予言してあげましょう。ヘクメス王国は戦争には勝つでしょう、ですが亜人の残党により王子達は皆討ち取られてしまうでしょう」
所変わって戦場では。
「ライル殿下、全員配置につきました」
「そうかご苦労では下がりたまえ」
ライルは報告に来た兵士に下がるよう言い渡す。
ライルたちがいるのは遠くにネルファイスの都市カウェルが見える距離の位置だ。
「にしてもここまで順調にこれるとは」
「ライル殿下は王となることは神によって決められているようですね」
「しかりしかり」
豪華な天幕の中にはライルと数人の貴族がいる。
「この戦いで最も功績を挙げたものが王に一番近かくなる、か・・・」
それは戦争が始まる前にベトロントから伝えられたのだ、これによりベトロントが送り込んだ貴族達が戦争の準備を始めた。
無論他の派閥の貴族も黙っているはずも無く戦争の準備を始める。
ライルはこの状態になることを予想できていた。
(ここにいる全員ベトロントの息のかかった貴族しかいないな)
実際ここにいる貴族たちはベトロントが送り込んできた貴族のみで構成されている。
(・・・・・・・・・・・)
(わかっているよ、ここには君もいる)
ライルの腕についている腕輪が鈍く光る。
(しかし他のほうはどうなっているのだろうか)
そこからさほど遠くない場所にある天幕では。
「今すぐ戻りなさい」
「嫌です!」
そこにはグランと貴族達のほかにメルダもいた。
「メルダ、此処は戦場なんだ。ここにいたら君まで危ない」
それにメルダは一切首を立てには振らない。
「ルナリア姉上が心配なのはわかる、だがここにいてはメルダまで危険になってしまう」
「・・・・・・・」
「・・・・しかたがない。メルダ、軍の後方にいるなら一緒に来ることを許すけど、どうする?」
これは何を言ってもうなずかない事を理解したので安全であろう軍の後方にいるなら特別に来ることを許した。
グランがメルダを連れて軍の後方に移動する。
「本当にこれでよかったのかい」
遠目から見るとグランがメルダに話しかけているように見えるが。
{上出来や、それにこんくらいの距離なら全く問題ないで}
答えたのはメルダの腕の中にいるチールだ。
「しかし君は姉上の元にいなくていいのか?」
{そっちはターさんに任せたから問題あらへん、こっちに来たのは王族の中で一番危ないのがあんさんやからや、それにいざとなればメルはんとグランはんの護衛をステラはんに任せてワイが護衛になるさかい安心しときいや}
「それは心強いね」
グランはチールの実力をわかっているので安心している。
一方、ニコル方はというと。
「・・・・いい」
ニコルは一つの部屋である物を眺めていた。
「実にいい、一切装飾もないのに目が離せなくなる」
ニコルの目の前には一つの剣がある。
柄と鞘は純白の色でできており鞘から剣を抜くと刀身の形は両刃でできており、長さは80センチほど色は鈍い鉛色なのだが青い紋様のようなものが刻まれている。
これはクシャルがニコルに(タナトス経由で)渡した武具だ。
「あぁ、これで早く戦いたい」
「なにを言っているのですか、ニコル殿下は後方で待機に決まっているではないですか」
危険なことを言うニコルに近くにいた部下が小言を言う。
「・・・わかっているよ、さすがに今回はついてきた者たちに任せるさ」
「それがよろしいかと」
ニコルはベトロントが送ってきた人たちに指揮権を完全譲渡したのだ。
「無論我々は殿下の傍を離れませんが」
「それでいい、お前達は俺の近くを離れるなよ」
ニコルもさすがに自分の騎士団の指揮権は渡さなかったが。
「さてと、それじゃあ高みの見物といこうか」
ライル、グラン、ニコルにはベトロントが暗殺に乗り出してくるだろう事は既に伝えている。
「さてとこのままだとめんどくさいな」
テオドールの独り言に反応したのは近くにいる新女王ティアだ。
「そうね、このまま進まれたら森が荒らされてしまうわ」
ティアたちもライルたちが来るまで何もしなかったわけではない。幾つもの都市の亜人を開放したり近くの亜人の集落などに行き勧誘などをしていた、結果カウェルの人口は1万ほどにも膨れ上がっていた。その中でも戦力となるのは2000ほどになる。
「私達の戦力だと森の中での待ち伏せぐらいしかできないわね」
ティアの言うことはあっている今回の場合はゲリラ戦を仕掛けるのがいいのだが。
「まぁそうだが、不正解」
「そうね、あのくらいの敵であればクレアを一人でまったく問題ないわ」
「わかってるならいいが・・・・」
「どうしたの?」
まだ気づいていないみたいだな。
「ティア他の場所も調べてみろ」
「?・・・・・・・・・・・・・・・これって!」
「そう、もう一つ此処を攻めにきている軍があるんだ」
カウェルを挟んでライルたちの反対側に十万を超える軍がやってきているのだ。
「・・・・どうする?」
ティアは俺に意見を聞いてくるが、その顔はまったく慌ててない。
まぁ、俺、ティア、クレアの三人がいる時点で三つの軍と同等の戦力があるからピンチでもなんでもないんだよな。
「判断は任せるよ、俺が必要なら使えばいいし必要ないならそれはそれで問題ない」
「そう・・・・ならクレアに王国を任せて私と戦士団の皆でもう一つをやるわ、テオは」
「ここにいるみんなを守ればいいんだろ」
「お願いできる?」
「任せろ」
こうして時間が過ぎていく。
翌朝、ライル達は一度集まりこれからについて話し合っている。
とはいってもほとんどがついてきた貴族同士が功績欲しさに討論しているのだ。
ライル達はお互いを見合いため息を吐く。
するとそこに綺麗な声が響いた。
「こんにちは皆様方」
この場に突如一人の女性が現れた、褐色の肌、金色の髪、前回と違い動きやすい格好に背には戦槌アレスを携えてる。
「さて皆様方、これより先に進むなら我々はそれなりの対応を取らねばいけません」
現れたのはクレアだ今回は城のときと違って戦闘用の格好になっている。
突然のことに貴族は驚き固まっている。
「クレア殿はネルファイスの使者ですか?」
その中でもライルは多少驚いたがすぐに正気に戻り尋ねる。
「そうですライル王子。正確には警告をしにきたのです『これ以上先に進むなら容赦しないと』」
クレアは笑顔で言葉を発する、だがその眼には一切の優しさは無かった。
そこに正気に戻った貴族達が口を挟む。
「何を言っているルナリア殿下を攫ったのは亜人どものほうではないか!」
この言葉をきっかけに他の貴族達もそれぞれ罵倒などの言葉を言い並べる。
「王女の件はこちらは知りません、ですが忠告はしましたのでこれにて」
クレアは言うことは言ったという顔で出口に向かう。
「逃がすと思うか!兵士!こやつを殺せ!」
そのとき一人の貴族が叫び兵士を呼ぶ。
兵士達はクレアの前に立ちはだかるが。
「邪魔です」
クレアはアレスを抜き、次々と兵士達を肉塊に変えていく。
「次に私の道を邪魔したら、ここにいる全員すべて殺しますよ」
クレアはいい笑顔で言う。貴族はこの言葉が本気であることがわかったのかクレアが天幕から出て行くのを何もせずに見送る。
クレアがいなくなった天幕では貴族達が憤慨しさまざまなことをいきまいている。
「なんと無礼な!」
「亜人が!舐めた口をしおって!」
「身の程を教えないといけませんな!」
これをみてライルは思った。
(あのクレア殿を見てまだこのような態度を取るとは)
いまだに粋がった発言を繰り返す貴族を見る。
(こいつらによって戦争に駆り出される兵士達が哀れだな)
ライルはこの戦争の結果がわかりきっている。これはグランもニコルも同じだ、ゆえに今回犠牲になる兵士のことを考えていた。
「兄上」
会議が紛糾している中ライルにグランとニコルが近づいてくる。
「どうした」
「これからのことで相談したいんだけど」
「まぁこの後の動きについてね」
クレアが帰還した。
「戻りました」
「お帰り」
俺とクレアは王国軍に一番近い城壁の上にいる。
「ティア様は?」
クレアはティアの姿を探してるのか周囲をキョロキョロしている。
「ティアのほうは反対側だよ」
「そうですか、私はテオにあっちのほうを任せると思っていたのですが」
「まぁ、本来ならそうだろな。常識で考えて女王が前線に出るなんてどうかしている。でも・・・・・クレアもわかるだろ?」
おそらくだがティアもクレアもある程度に多様な気持ちを持っているはずだからわかると思う。
「ああ、そういうことですか」
「そういうこと、それで向こうの陣地はどうだった?」
俺はクレアにヘクメス王国側の陣地ではどのような状態か聞く。
「そうですね、此処を攻めてくるのは速くても明日でしょうね。見たところ足並みはあってませんし軍の命令系統などは杜撰で軍備も嗜好品などがあり兵士の士気も低いです」
まぁ貴族は誰が偉い偉くないで指揮権の奪い合い見たくなるだろうし、兵士は貴族が豪勢な食事を食べて自分達が携帯食料ですましているんだ士気が高くなるわけが無い。
「なんつうか~敵さん本当に戦いに来たの?」
「正直私もそう思いました」
クレアは眉間をもんでいる。たぶん俺も変な顔をしているだろう。
同時刻、ティアは戦士団を連れて正体不明の軍に接近していた。
「・・・・・あれね」
ティアは一番近い森の中から観察していた。
{ステラ少しいいかしら}
{ティアですか。どうしましたか?}
{今、王国とは違う正体不明の軍がいるんだけどドコの軍隊か見分けるにはどうすればいい?}
ティアはどこの所属かわからないので同じ人族のステラにどうやって判別するのか尋ねる。
{それでしたら、まず旗があるか確認してください。ありますか?}
{ええあるわ。翼のあるライオンが剣を持っている紋章が書いてあるわ}
{それならジクルス帝国のジャンセルク辺境伯の軍ですね}
{有名なの?}
{ええ帝国でも有名な武人です。軍も屈強だとうわさですね。当主も自ら前線に出て敵将の首を獲るなど戦場では有名です}
{へ~}
ティアはステラの話を聞いて楽しそうにする。
{ティア}
{わかっているわよ。無茶はしないから}
そういって念話を切る。
するとそこに戦士団の長が近づいてくる。
「ティア様、敵は最低でも万を超えます。目的である偵察も終えましたので帰還いたしましょう」
ティアは、後ろを取られたら危険だ、という名目で自らと戦士団を連れて偵察に来ていたのだ。
「そうね・・・・でもここであの軍を潰せるとしたら?」
ティアの言葉に戦士団長が固まる。
「別にここにいる全員に無理させる気はないわ」
「・・・・・その方法とは」
「それはね―――」
シグルス帝国軍では大きな天幕では大事な会議が行われていた。
「さてももう少しで情報にあった亜人の国ネルファイスに着く」
この場を仕切っているのは2メートルを超える身長、服の上からわかるほどの鍛えている体に服には幾つもの勲章をつけている男。
「しかし本当に情報は信じられるのでしょうかジャンセルク様」
この男こそ先程ティアが知った人物である。
「我らが皇帝陛下からのお言葉だ、疑うのか?」
「いえそのようなつもりは」
「まぁいい、陛下からの情報ではヘクメス王国も同様に侵攻してるはずだ。なので我らはヘクメス王国がネルファイスを討ち疲弊した所を狙う」
その言葉にここにいる将校は頷く。
「しかし亜人たちも馬鹿ですね。国を作ればすぐに潰されるなど考えないのですかね」
「仕方なかろう。たしかに亜人は多かれ少かれ身体能力が優れているからな」
「それで増徴したわけですね。身の程もわきまえずに」
将校達は全員笑う。
しかし一人だけ不安な顔をしているものがいた。
「どうしたのだヨワルク子爵」
「いえ、すこし胸騒ぎがしただけです。問題ありません」
一人だけ不安になったヨワルク子爵は気のせいだろうと気を引き締めた。
その後、会議が進み太陽が真上に来る頃。
「では明日ネルファイスに攻撃をかけるいいな」
「「「「「「「はい!」」」」」」」
ここにいる全員いい返事を返す。
だが、その返事は同時に彼らの最後の言葉になった。
数時間前~
ティアとその戦士団は小高い丘に移動していた。
「ティア様、皆準備が終わりました」
「そうじゃあ、はじめるわよ」
「わかりました、構え!」
戦士長の声で戦士全員が弓を構える。ただその矢にはある細工がしてある。
「放て!」
一斉に千を超える矢が放たれる。
その矢が帝国軍に到達すると数秒後大爆発が起こる。
さきほど放たれた矢には無属魔術『爆発』がすべて付与されていた、それによって爆発が起こったのだ。
「ヒュウ~」
「・・・・凄い」
舞い上がった土埃が収まるそこには何もなくなっていた。
「やっぱりやりすぎた・・・・かな?」
軍のあった場所はクレータだらけになっていた。これを見てティアはやりすぎたかと少し考えたが敵だしまぁいいか、と考えてからカウェルに帰還した。
こうして静かに帝国軍は文字通り消滅した。