第一章 (愁視点) 7
相原愁は大学の外に出た。羽根野郎は相変わらず追い付いて来ない。
愁は道なりに歩きながら、彼が周囲にいないことを確認した。試しに、今度はどんな手を使ってでも死んでやるといった、ちょっとセンセーショナルな自戒を声に出して呟いてみたが、駆けつけてくる誰かはいない。当り前だ、そんなことを一瞬でも考えた自分が本気で馬鹿みたいだ、と思った。
羽根野郎は後ろから走ってきたりはしない。
それでも愁が懲りずに歩いていると、
――バサッ。
上の方から大きな羽音がした。同時に巨大な鳥の影のようなものが愁の周りに現れたが、もちろん、それは鳥ではない。羽根野郎だ。
彼は空から舞い降りてきると、愁の斜め後ろへ並び、愁と同じペースに合わせて歩き出した。
愁は振り向くことも、止まることもせず、彼のことは極力無視を装い、努めて気づかなかったふりをすることをした。 歩くスピードだけは、少しだけ、緩めた。
愁は、無視した風を装って独り言を続けた。
「俺、妙に身体強いから、睡眠薬は吐いちゃって効かないんだよな……。しかも、今回も駄目だということは」
「だったら」と不服げに割り込むやつがいた。 奴だ。
愁は会話を引き継がないで、独り言を続ける。
「次回の自殺方法としては、電車とか」
「痛いよ……? 手足もげて、内臓飛び出て、ぐっちゃーーーって」
羽根野郎はもちろん割り込んでくる。 奴のジェスチャーはでかい。
さすがに聞こえていないふりを続けるのも妙な気がしたので、愁は嫌気がさしたようにしぶしぶ言った。
「独り言だよ」
「ははっ、それにしちゃずいぶんとでかい独り言だな」
天使野郎は気にもとめない。愁は立ち止まって振り向いた。
「てか、なんで、ついてくるんだよ」
「仕事だからな」
「だったら、職務まっとうしてさっさと死なせてくれよ」
「やんねー」
「仕事だろ?」
「じゃあ、仕事じゃなくていいわ」
天使野郎は軽い調子で愁の受け答えを流す。何なんだこいつ、と愁は思った。「だからさー」と、緊張感のない口調で天使野郎は引き続き説得を試みていたが、愁は、それ以降は無視をすることにした。
愁は道なりにどんどん進んでいく。
道中、大音量でラジオを流す車が止まっていた。愁はその車のことは、一瞥するなり、たいして気にも留めずその横を通り過ぎたが、後ろの天使野郎は違った。彼は、車の横へ来るなり、磁石に引き寄せられるかのようにそのカーオーディオの前から動かなくなった。愁は振り向かなかったものの、後ろで彼が足を止めた気配自体は察したが、構わない、と無視して進んでいった。どうせ、またすぐに追っかけてくるだろうという明確な期待があった。
音楽を背にしながら、愁は思った。どことなく懐かしい響きのヒットソングだなあ、と。そういえば、最近の音楽に興味がなくなってもう久しい。
愁がそう思った頃、大分後ろの方からクラクションの音がしたような気がした。その車かどうかはわからない。