第一章 (愁視点) 5
その翌日、なのだと彼は言った。
羽根野郎に連れてこられてやってきたのは、とある葬儀場のセレモニーホールだった。白を基調とした祭壇の下に安置された白い棺、周りに飾られている色とりどりの花。そして見たくもない誰かの顔写真。これほど、貼りつけた笑顔の似合わないやつも珍しいと思う。
参列者は数十人、案外多い。とはいえ、年代層はほとんど親父やお袋と同年代の顔ぶれであり、遠い親族を覗けばここにいる大多数は顔すら見たことのない他人である。会社の人や遠い親戚を集めてきたというところだろう。
スピーカーから流れるクラシックに合わせて、クソジジイがマイクを手に取る。
「えー、みなさん、本日はお越しいただきどうもありがとうございます」「息子は生まれながらにして、重い病に侵されていましたが、公にはそれを隠して、短い人生を一生懸命に生きてきました」
大げさにありもしないことをさもあったかのように語る壮年男性。演説のスキルだけで口以外何もできないのに、地元の企業でそれなりの立場にのしあがっただけのことはある、と愁は妙に感心した。父親はしゃあしゃあと続ける。
「そんな息子は生まれてきたことを後悔していないと、死ぬ間際で私たちに感謝してくれて、そして私たちもそれを……」
「あれ、嘘だよね」
横の天使野郎が、父親の様子に引きつつ、愁に確認をする。 ああ、と愁はうなずいた。
「そうだよ あいつら、いつもああさ。 自分たちを演出するツールとしてしか、俺のことを見てない」
「あ……」
羽根野郎は困惑して言葉に詰まっていた。 気まずそうに目線をそらすなら最初からそんなことしなきゃいいのに、と愁は思った。 昨日の霊安室のやりとりをみた時点で葬式だってこうなるって結果はわかってただろ。
愁はそう思いつつも、念のため、一応、葬式の様子を眺めることにした。 とはいっても客は愁の知らない壮年の男女が大半を占めていた。 親の知人などを関係者として水増ししたのだろう。 親戚以外では、愁の良く見知った顔はなかった。
そう思った矢先、毎週顔を合わせる見知った顔ぶれが目に入った。
「あれ、友達さんじゃないかな……?」
横の天使野郎がきく。
客席から立ち上がったのは、愁の大学の語学ゼミの同級生だ。 週二回の語学のゼミが同じというだけで、共同発表の準備をしたり、ノートの貸し借りをする程度の間柄なので、通夜に駆けつけてくれたことに愁は少し驚いた。
彼らは焼香台の前に立って、すすり泣きをしていた。 こういうところに来るのはきっと初めてなんだろう。 動作がぎこちない。 普段、能天気そうな彼らからは少し意外な姿だった。 そう思ってから、愁は自分自身についても思い返した。
俺だって周りに自殺者なんていなかったな……。悪いことしてしまったのかな……。
「ほらな、来たじゃん。悲しんでんじゃん」
うるさいな天使野郎。
「どうせ、空気に流されているだけだろ」
「そうかな……?」
天使野郎は少し笑顔を取り戻しておどけたように言う。
「試しに明日へいってみよう」
そういって奴はまた愁の服をひっつかみ、そして、時空がまた飛んだ――。