第一章 (愁視点) 1
その少し後のことである。
降りしきる小雨と気まぐれな遠くの雷が少し収まってきた頃合いに、背中に大きな羽の生えた青年が該当の部屋へとやってきた。
その青年は、こざっぱりとしたカジュアルな服装の青年であった。少し洒落た都会の街ならどこでも見かけそうなごく一般的な若者だったが、ただ一点だけ、大天使のような一対の大きく立派な翼を有している点がごく普通の若者とは大きく異なっていた。
彼は、その大きな羽をはためかせ、マンションの前を少し滑空すると、該当の部屋のベランダにふっと降り立った。そして、中を覗き、部屋の中で首を吊った大学生の様子を一瞥した。 そして、彼は、はあ、と一言、物憂げな様子で小さくため息を漏らし、肩を落とした。 しかし、その後、すぐに、気を入れ替えたかのように姿勢を正し、窓をすり抜けて部屋の中へ入ってきた。
大きな羽根を持った青年は、部屋の中へ入ってくるや否や、天井から首吊られている若い死体を間近で見上げた。
その首を吊られている若者の肢体は、まだ血の気がありそうに見えたが、青年の身体の動きは一部の汗の動きを除いて、既に静止している。
羽根の生えた青年は真摯な表情をして、右手を亡骸の方へ伸ばした。
その青白い首筋に手が触れたとき――いや、正確には触れるはずだという位置にまで手が達した時、青年は愕然とした表情をした。
彼は青年の身体に触れることができなかった。 そして、そのことによって、若者はまだ生きているのだとその時彼は気づいた。
彼は驚くとともに心底安堵した。 これで今日分は胸糞悪い仕事から解放される、と。
その時。
羽根の生えた青年が呆気にとられて、頭上の若者の様子を眺めていると、天井から吊られた若い肉塊から、青年自身の形をかたどった魂のようなものがぬるっと出てきた。
青年は必死に「彼」をその所有していた肉塊まで押し戻そうとしたが、もはや抵抗もむなしく、「それ」は青年の頭上にずり落ちた。