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下僕ごっこしよう

作者: 須賀





「ねえねえりっちゃん! げぼくごっこしよう!」


「ええー、またぁ? それよりあーちゃんたちも誘ってかくれんぼしようよ」


「やだ! げぼくごっこ! げぼくごっこがいい!」


「ママに怒られたからもうしたくないんだけど……」


「ぼく、げぼくごっこがいいー! りっちゃんっ、いいでしょー!」


「……はぁ、うるさいこのだけん」


「わーい!」





 頭沸いてんのか?

 目が覚めて早々、夢の内容を反芻しながら頭を抱えた。


 幼い少女と少年によるあまりに可愛らしくない会話は、かつての自分とその幼馴染とのものであった。


 げぼくごっこ。夢の少年があどけなく舌足らずな口調で求めた遊びは、下僕ごっこだ。全然あどけなくないわ。

 どういった遊びかというと、主人と下僕にそれぞれ分かれ、主人役は下僕を扱き使い、下僕役は主人に付き従い奉仕する、といったものであった。おい嘘だろ、なんて不健全なんだ。


 しかし所詮は子ども。一桁という年齢の彼らの間にハードな内容はなかったと思いたいが、どうだっただろうか……。ちなみに下僕役は一定して少年の方だった。本人の希望である。頭沸いてたんだろうなあ。

 何に影響を受けたのか、何があの幼馴染みの琴線に触れたのか、何故ああまで倒錯した遊びを行っていたのか、今では理解出来ない。


 結局、今の自分とは違う人間の話なのだから。





 アラームが枕元で鳴り出し、ハッとしてから素早く手に取ってそのやかましい音を止めた。もう少し早く起こしてくれたら、変な夢を見なくて済んだかもしれないのに。


 時間通りに職務を果たしたスマートフォンを理不尽に睨み付けた。私がどんなに怒りをぶつけても明日以降も指定された時間にしっかり鳴いてくれるから、偉いなこの子は。思わず表面を撫でてから我に返り、この部屋には自分しかいないとわかりつつも、誤魔化すように頭を掻いて布団から出た。


 あの馬鹿なごっこ遊びで主人役を務めていた少女が死んでから、二十年が経った。


 少女の意識を引き継ぎ生まれ変わった私は、今日で二十歳だ。


 頭が沸いてるのは実は私なのかもしれない。




 顔だけ洗ってリビングに行くと、高校生の弟が朝食を食べていた。横から覗きこんでメニューを確認する。白米と焼き鮭と味噌汁とほうれん草のピーナッツ和え。私も丸々同じものを出されることだろう。あ、納豆食べたいや。


「おはようねーちゃん」


「ん、おはよー。納豆ある?」


「冷蔵庫にあった。……あ、ねーちゃん、誕生日おめでとう」


 今日も朝練があるのだろう、ジャージ姿でご飯を大きな口に掻っ込む弟が、律儀に口の中のものを飲み込んでから告げる。おうおう、可愛い奴め。


「うん、ありがとね」


 くしゃりと寝癖のついた髪を軽く撫でてやると、照れたようにはにかんだ。もりもり食べてすやすや寝てせっせと動いているからか、どんどん私も母も父も抜かして成長していく図体だが、こういったところは変わらない。学校の友人に兄弟の話などを聞くといかに仲が悪いかで盛り上がってしまうが、我が家に関しては未だに仲良しこよしだ。


 うるせえブスとか、弟に言われたら泣くだろうなあ……。いや、多分普通にぶちギレて殴るか蹴るか切るか削るかしそうだな……。もしかしたらそれがわかっているからこそ、弟は素直なままいてくれているのかもしれない。


「……怯えて、ないよね……?」


 ついまじまじ見つめてしまうも、きょとんとした顔で見返された。


「? 何言ってんの? あー、それでさ、誕生日ケーキなんだけど、予約はしてあるから帰りに取ってきてくれない? 閉店の夕方六時までに俺も母さんも行けそうになくて」


「ええ、自分の誕生日ケーキを自分で取りに行くの?」


「おう、りつちゃんお誕生日おめでとうってプレートもちゃんと乗ってるぞ」


「は~まじか、最高じゃーん……」





 その後、エナメルバッグを肩に掛けて颯爽と出ていく弟を見送り、時間に余裕を個人的に見出だしのんびりもったりしていたせいで、掻き混ぜていた納豆は母の昼食にまわされた。無念である。


 通っている大学に着くと、講義が一緒の友人たちに会い、今日誕生日だよねおめでとうはいこれプレゼントうわありがとうこれめっちゃ可愛いなにこれありがとう儀式を恙無くこなした。


 午後の講義を終え、毎年家族の誕生日とクリスマスにお世話になっているケーキ屋に向かう。不意に今朝の母親は誕生日について触れてくれなかったことを思い出す。何か与えるどころかむしろ私が全力で混ぜた納豆を搾取された。これが格差社会か……。

 弟はきちんと祝ってくれたのに、と思い出し拗ねという面倒な衝動に駆られつつ、地元駅から少しだけ離れた通りにある小さなケーキ屋のドアを開ける。カランカラン、とベルが鳴って、見慣れた店員さんが出迎えてくれた。


「予約したケーキ取りに来ましたー」


「はーい、誕生日ケーキだね。いつもありがとう」


 店員さんは手渡した予約票を受け取るとすぐにケーキを出しに行ってくれた。覚えていてくれるのはなんだか嬉しい。自分で取りに来るのも悪くないかもしれない、と機嫌よくショーケースの中のケーキを見ながら唾を飲み込みながら待つ。


 と、店内にお客さんが一人いたことにそこで気がついた。スーツ姿の男性がショーケースの中を眺めている。危ない、にやけた顔を見られるところだった。そう思うも、彼は私なんて眼中になさそうな様子でぼんやりとケーキを見つめていたので、邪魔にならないよう、ススッと位置を変えた。どうせ今日はこの中のケーキを買うことはないのだ。隅にいよう。


 高そうなスーツだ。二十代後半くらいだろうか。随分と憂鬱で死にそうな顔をしている。まだ明るい時間にスーツでケーキを買いに来るだなんて、ラブかサスペンスかミステリーかSFか……、うーん、後は何を予感しておけば対応できるかな。





「お待たせしました。中身の確認してもらえる?」


 やがて奥に引っ込んでいた店員さんが白い箱を持って戻ってきた。目の前で中身を少しだけ引き出してくれて、ホールケーキと対面する。


「プレートの文字とかも大丈夫?」


「はい、ばっちりです! 私おめでとう! これで後はピザとお寿司があれば完璧ですね」


「あははっ、お嬢さんのお祝いケーキなんだね。サブレおまけで入れておくから食べてよ」


「わ、やった!」


 多分、今朝に弟の朝食をわざわざ確認した私なんかとは違って、背の高い彼にとっては偶然目に入っただけのことなのだろう。


 りつちゃんお誕生日おめでとう。


 チョコのプレートに書き込まれた文字は私の誕生日祝い。今日は、かつての私が死に、今の私が産まれた日。


「りっちゃん……?」


 仲良しの男の子の目の前で、山西(やまにし)利佳子(りかこ)は死んだのだ。


 すぐ近くから届いた、酷く掠れた、知らない大人の男性の知らない声は、何故か私を追い詰めた。





 ケーキの入った袋を持つ手が大きく揺れないようにだけ気を付けて、足をひたすらに動かす。

 背後から追いかけてくる足音と声は聞こえているが、足は止められないし言葉も返せない。


 知らない人への警戒については小学生のときから厳しく指導されている。いかだかたこだかのおすしがうんたらかんたら。……お寿司あげるからおいでと言われてもついていくな、みたいな感じでしたっけ。厳しい指導の成果がこれだ。


「ね、ねえ、りっちゃん。りっちゃん……なんだよね?」


「……」


 りっちゃんなのか?

 他問には答えず、内心で自問自答したけれど、はっきりとした答えは出なかった。おそらくきっとたぶんりっちゃんみたいな感じ的な。


 長い足であっさり追い付き私の隣に並ぶと、顔を覗きこんできたので彼のいない方に顔面を逃がした。顔面を逃がしたって、字面が酷いな。

 ケーキという愛すべき爆弾を抱えながらこの男性から逃げるのはきっと無理なのだろう。家まで来られても困る。

 結論を出してから道の端に立ち止まった。


「……あの、あなたの知るりっちゃんがどなたかは知りませんが、私はあなたを知らないのでついてこられると困るんですけど」


 下からぐっと見上げなければ顔を見られない彼は、多分弟より背が高いだろう。ケーキ屋で予想立てたように、二十代後半くらいに見える。しかしやけに暗い表情を湛えているが、明るい表情を浮かべさえすればもっと若く見える気もする。


 綺麗な顔立ちだ。やや垂れた目は優しく、スッと通った鼻筋や薄い唇はバランスよく配置されている。そこに誰かの面影を見つけそうになり、慌てて目を逸らした。


「いや違う、絶対にりっちゃんだ」


「知りません」


「誕生日はケーキとピザと寿司があれば完璧なんでしょ。りっちゃんも言ってた」


「その三種の神器はりっちゃんでもりっちゃんじゃなくても完璧なんです」


「いーや、絶対にりっちゃん」


「っうるさいこのだけ、……」


 ん。はは、馬鹿か私は。ちょろいにも程がある。


「だ、だけ、だけ……だけれども……」


「……やっぱり、りっちゃ……な、んだね……」


 頭を抱えたくなる私の目の前で、彼はポロポロと涙を零した。


「えっちょっと」


「りっちゃ、ん……あの日、りっちゃんが、目の前で亡くな、って、もう、俺、生きているのも嫌に、なって、……」


 その大粒の涙が止まる気配はない。ズッと派手な音を立てて鼻水を啜った彼は、萎れるようにしゃがみこんでしまい、両手で顔を覆った。


 客観的に考えてみたら、ひっどい光景なんだよねえ。どうしよう。




 

 前りっちゃんは、幼馴染みの少年を庇い、バイクに轢かれて死んだ。

 覚えている最後の景色は青空と電線だった。あの小さく軽い体はきっとさぞ盛大に吹っ飛んだのだろう。その直前と直後に全身で味わったはずの痛みを覚えていないのは幸運なのかもしれない。


 物心ついた頃にそういった記憶を断片的に思い出すようになった今りっちゃんとしては、前りっちゃんに囚われるような人生を送りたくはないな、と考えている。


 九年間、大切に育ててくれた両親が気にならないこともないが、彼らとの思い出は二十年も前のことであり、さらに自分自身が幼かったことも加わり、正直印象は薄い。比べたくはないが、選ぶとしたら二十年過ごしてきた今の家族を選ぶだろう。


 唯一気になっていたのが、一番に仲良くしていた幼馴染みの少年だ。

 彼は家族と上手くいっておらず、さらに人間関係を築くのがあまりに下手くそで、私以外の友人がいなかった。活発に遊び回っていたことでそれなりに顔の広かった私がどれだけ他の人との関わりを仲介しようと努力しても、彼は拒んだ。


 二人きりでいるための彼がとった方法が下僕ごっこだ。やはり頭が沸いていると思う。

 いくら幼いとはいっても九歳だ。不健全な遊びは私に躊躇いを覚えさせ、他の人に知られてはいけない、と考えさせた。

 かくれんぼや鬼ごっこなら他の子を巻き込んだり、また他の子と遊んでいるときに隅でしょんぼりしてる彼を引きずり込むことが出来たが、下僕ごっこだとそうはいかない。

 必然的に、下僕ごっこをしている間は、彼と私だけの時間だったのだ。


 馬鹿みたいな方法で私を独り占めしようと必死だった彼は、目の前で私を失ったことで、どう思ったのだろう。


 夢で記憶の欠片を拾う度に、胸の奥がきゅうっと痛んだ。





「俺も死ぬしかないと思いましたとも」


「まじか」


「だってりっちゃんがいなきゃ、生きてる意味ないかなって」


「重すぎて一階まで床突き抜けるんじゃない? 大丈夫?」


 ケーキという存在を無視できず、つい彼ごと自宅に招いた。彼が極悪犯罪者だったのなら、今りっちゃんの人生はここで終わり、次りっちゃんに期待することになるのだろう。


 ケーキを本人が取りに行く羽目になったということは、家族の誰かが帰るまでまだ時間があるだろうと判断したのだが、もし予定外に早く帰ってきたらとんでもない誤解を招くだろうと簡単に予想できて背筋が寒くなる。早めに話を済ませて帰っていただこう。


 涙は止まったものの未だに目元が赤い彼は、マンションの四階にある何の変哲もない我が家を、やけに興味深そうにきょろきょろと落ち着きなく眺めている。一応お客様なのでソファに座らせてお茶を出した。


「りっちゃんがいなくて死にかけの俺に、祖父母が気づいてくれてね。すぐに祖父母の家に連れていかれて、ひたすらに構い倒されて、いつの間にかこの歳だった」


 ふにゃ、と笑う彼に安心した。よかった。私がいなくても、彼を見てくれる人はいた。前りっちゃんから引き継いだ幼い独占欲が少しだけもやもやと胸の中を荒らすけれど、もし彼が私の後を追うような真似をしていたら、もやもやなんかじゃ済まなかっただろう。


「……そっか、元気でいるならよかった」


 ほっとしたように呟くと、彼は眩しそうに目を細め笑った。


「りっちゃんは相変わらず優しいね。そういえばりっちゃんの名前って、」


「ああ、(りつ)だよ。だから今回も割とりっちゃん」


 テーブルにあった適当な紙に漢字で名前を書いて寄越すと、両手で受け取って納得するようにこくこくと頷いた。


「そっか、りっちゃん」


「うん」


「下僕ごっこしよう」


「頭沸いてんのか」





 ソファに腰掛ける私の足元に、彼が跪いている。私は自分の家だからと帰宅早々に靴下を脱ぎ捨てたせいで素足だ。

 投げ出された足をそっと恭しく持ち上げると、足元の彼はそっと口を寄せ、


「いやいや無理だから離してほんと!」


 じたばたと足を引き抜こうとするも、馬鹿力でがっちり押さえつけられ足の甲に唇を落とされた。


「ぎゃあああ何してるの何してるの何してんだこのアホ!」


「りっちゃんが下僕ごっこって具体的に何していたか覚えていないって言うから、実践を」


「口で言え! 口をつけるな! ちょ、おま、舐めるなッ!」


「んー、でも実際にやった方がわかりやすいでしょ?」


「ふざけるな、離せ駄犬!」


 叫んだ途端、パッと彼の手から力が抜けたので、素早く足を引き抜いて庇うように膝を曲げて抱え込んだ。じりじりと距離をとりつつ、彼の様子がおかしいので首を傾げる。


「……ああ……二十年ぶりに聞いたりっちゃんの駄犬呼ばわり……」


「うわあこの人顔やばいよ……」


「……なんか、もうそれだけで気持ちいいかもしれない……」


「うわあこの人やばいよ!」


 全力で逃げたいけれどここは私の家である。なんてことだ。ここに来た時点で詰んでいたということか。


「……ていうか、本当に九歳児が足を舐めさせたり舐めたりしてたの?」


「してたよ? りっちゃん、覚えていないことも多いんだね……。他にも色々舐めたりちゅうしたり噛んだりしたよ」


「嘘」


「本当」


「……え、まさかそれ、主人役の私がやらせてたとかじゃないよね……?」


 普通に考えれば、主人と下僕というと主人が命じて下僕が従うものだろう。記憶にないだけで、まさか前りっちゃんにはそういった性癖がおありだった……? 今りっちゃんにはついていけないんだけど……。


「ううん、りっちゃんが何も命令してくれないから全部俺が勝手にやってた」


「よかった! よくないけどよかった!」


 つかそれ下僕じゃねえだろ、という突っ込みは全力で安堵しているうちにタイミングを逃した。





 そろそろいつ家族が帰ってくるかわからない、危うい時間帯になってきたので、やんわりしっかり帰宅を促すとしょんぼりしつつも素直に玄関に向かってくれた。しかしやんわりしっかり連絡先を交換させられた。


 靴を履く彼の背中を見ながら、ふと疑問に思ったことをそのまま口に出す。


「もう二十九歳でしょ? 彼女とか嫁とかいないの?」


「彼女も嫁も主人もりっちゃん以外無理だからなあ」


 靴を履き終えた彼が振り返りながらすっかり大人びた顔で笑うものだから一瞬たじろいだ。有り得ない、と思いつつも、九歳差か、と冷静に考えてしまう自分に気がついて、振り払うように頭を振る。


「今日は最悪の日だったんだ」


「あ? 私喧嘩売られてる? 人の家に押し掛けて足舐めておいて最悪だってか?」


 にこにこ笑う姿を下から睨み上げるとどれだけ緩まるんだってくらいに笑みが深まり、少し不気味さを感じて後ろに一歩下がる。二歩目は彼に腕を掴まれ阻止された。


「今日は、りっちゃんがいなくなった日だから。毎年毎年、この日になる度に、死にたくなって、でも、死んだら怒られるだろうなあって考えて、りっちゃんを思い出しながら、ケーキとピザと寿司を食べてた」


「え? ……あ、」


 そうか、今日って、前りっちゃんの誕生日でもあったんだ。彼がケーキ屋にいた理由をようやく知った。スーツだったということは仕事は早退けしたのだろうか。あんな死にそうな顔で、毎年一人でりっちゃんのためにケーキとピザと寿司を食べていた?


 夢を見た朝の起き抜けによく感じる胸の痛みを覚え、思わず俯く私を彼は胸の中に引き寄せた。ポンポンとあやすように背中を叩かれる。


「またりっちゃんと会えて、りっちゃんが俺のこと覚えていてくれて嬉しかった。大嫌いだった日が大好きな日になった」


 覚えていても、気にしてはいても彼を探せなかった私には何も言えない。探す手段がなかったともいえるが、私は何より、彼が死んでいたらどうしよう、という考えばかりに足をとられていたのだから。


「りっちゃん、下僕ごっこしよう。俺が主人ね」


「は、……?」


「もう、置いていかないで。命令」


 苦しそうな声が耳元で響く。初めて命令した彼は、私の返事を聞かないまま少しだけ腕の力を緩め、「下僕ごっこ終わり。やっぱりりっちゃんが主人じゃないと嫌だな」と呆然としている私の顔に笑いかけた。


 パチパチと瞬きを繰り返す私はどれだけ間抜けなことだろう。気づくと愛おしそうに見つめられていて、ハッとしてから離れようとする私をまたぎゅうと一度抱き締めてから、彼は私の額に口付けた。軽いリップ音にひたすら絶句する。


 九歳で止まっていた私の中の彼は、もう大人の男性なのだ。意識したら途端に顔が熱くなってきた。前りっちゃんは九歳、いやギリギリ十歳で人生を終えたし、今りっちゃんも恥ずかしながら異性との関わりはあまりない。落ち着かない私を見抜くようにフッとやはり大人びた笑みを向けられて、息が詰まりそうになった。


「それじゃりっちゃん、また下僕ごっこしようね」


「っな、……調子に乗んな駄犬!」


「うん」


 天井知らずにご機嫌な彼は最後に「誕生日おめでとう」と笑って帰っていった。


 見つけてくれてありがとうって言いそびれたなあって前りっちゃん的に考えて、やばいのに見つかったなあって今りっちゃん的に悩んでみる。


 そして、また会えてよかった、彼が、彼がちゃんと生きてて、本当によかったって、りっちゃん的にとても安心した。








 お読みいただきありがとうございます。

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[良い点] 二人の気持ちの変化が克明に描かれているところが好きです。 [気になる点] りっちゃんがなぜ生まれ変わったのか触れられていないところに疑問を覚えます。 [一言] 年齢差を初め考えてなかったり…
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