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1日目:ベージュ色の部屋

 目を覚ますとベッドに横になっていた。だるい体を起こしてあたりを見渡す。ここはベージュ色に包まれている部屋のようだ。窓替わりに通気口のようなものがあるが、天井近くの位置にある為、そこから外を覗くことは望めそうもない。



 窓際に大きな長方形の鏡が立てかけてある。



 俺は鏡に映る自分をぼんやりと眺めた。部屋に合わせてか、これまた濃いベージュ色の寝間着を身につけている。長時間寝ていたからか? 寝ぐせがたっている。手で押さえてもすぐにピンとたってしまう。俺は乱れた身だしなみを整えたくて、部屋の左奥にあるドアに手をかけた。



 ドアには鍵がかかっていた。ここからは出られないようだ。



 俺はウトウトしながらもさっきまで横になっていたベッドに戻った。



 もう一度部屋を見渡す。よくみると壁は所々傷んでおり、ここが随分古い建物であることを示しているようだ。ベッドのすぐ横には物置が置いてある。部屋の中心部に低い丸型の机があって、その上には写真と水の入ったコップが置かれていた。手持無沙汰な俺は何となく立ち上がってコップにある水を飲みほした。



 飲み込んだ水が喉元を通っていく中で俺の意識は冴えてくるようだった。




 そういえば俺は誰だ? ここで何をしているのだろうか? 今までの記憶が何一つ浮かんでこなかった。鏡に映る俺はもう中年もいいところの男性だが、何をしてきた人間なのか一切記憶がない。ただ何となくぼんやりと何か大事なことを忘れてしまっていることだけは感じられていた。



 俺は飲み乾したコップを机の上に戻すと今度は写真を手にとった。



 写真に写っているのは小さな赤ん坊と彼(彼女?) を抱いた母親。そして父親だ。何かの記念撮影だろうか。写真に写る夫婦はとても綺麗に着飾っており、静粛にカメラに視線を送っているようにも見えた。ごく普通の写真だが、この若い夫婦の髪形などがどこか古臭い感じが拭えなくて、随分と昔に撮ったものであることは察知できた。わかったところで何にもならないことだけどな。




 俺は何故かじっとその写真を眺め続けていた。そして自然と微笑んでいた。



 いつまでもこうしておられないと思った俺は写真を元の場所に戻して、今度はベッド横にある物入を物色することにした。



 物入は三段のものだが、上段と中段には何も入ってなかった。これだけ大きな物入れだと言うのに、何だか勿体ない気がする。最後の下段、そこに溢れんばかりの手紙の山が詰めて入れてあった。



「何これ?」



 俺は思ったことをそのまま口走ると、手紙の束を全て机の上に置いて整理してみた。手紙はよくみると御丁寧にも日付と場所が記入してあり、どうやら若い男女が文通でやりとりしているものであった。



『拝啓愛する陽子様、こないだのビーチで過ごしたひとときは――』

『光彦さんはお元気にされてますでしょうか? こないだは帰りが遅くなって、両親よりこっぴどく怒られました。私はそれで良かったのですが、光彦さんのお仕事に支障をきたしてないかと私は心配で――』

『拝啓愛する陽子様、こないだ遂に部長に昇進することができました!』

『私はこないだ思い切って、両親に光彦さんの紹介をしました。やはり驚かれはしましたが、貴方に興味を持たれてはいました。ただ私の父はどうしようもなく頑固者で――』



 なんだろう。この古風な感じ。あまりにも古臭くて笑いがこみあげてしまう。だけど時系列どおりに俺はひたすら読んでいった。時間を忘れてしまうようだ。気がつけば外が暗くなり、俺は部屋の電気をつけて手紙の読み込みに力を注いだ。




 自分のことじゃないのに何故だろう? 何故こんなにも文通で愛を確かめ合う2人を心から慕ってしまうのだろう。まぁ、どのみちこの部屋にいても何もすることがないのだ。退屈しのぎには丁度いい。




 やがて俺は全ての手紙を読み終えた。どうやら手紙の主は机の上の写真に写る夫婦で間違いないようだ。



 改めて例の写真立てを手にとってみる。



 ここに至るまでの経緯を知ってしまったからか、どうしても口元が緩んでしまうようだ。



 そういえば最後の手紙で陽子夫人が綴っていた事が印象に残る。



『この子の名前を私の父の意向で決めてしまった事をお詫びします。また遠藤家の皆様が快く受け入れてくれたことに心から重ねて感謝を申し上げたいばかりです。その旨をどうか遠藤家の皆様にお伝えください。そして龍馬ですが、今にも光彦さんに会いたがっているばかりです。わがままは言えませんが――』



 通気口紛いの窓から見える夜空に月が浮かぶ。そして俺は月に向かって呟く。





「遠藤龍馬。龍馬かぁ。いい名前じゃないの」



 どうやら俺は遠藤と龍馬という名の響きに愛執を感じてしまっているようだ。照れ笑いする自分が気持ち悪い。いい大人だっていうのに。



 そして手紙を読み続けることで疲れたのか、手紙の束を物入れ下段に収めると、再びベッドに戻って休もうとした。その時だった。机の上にあるコップにいつの間にか水が一杯入っていた。この部屋に水道なんてないのに。



「はは、ご褒美かよ」




 俺は改めてコップの水を飲み乾し、ベッドで寝ることにした。




 これは夢なのか? 現実なのか?




 そんなことはわからない。



 だけど眠りに入っていくなかで想った。



 この古びた部屋がなんだかすごく懐かしいってね。



 おやすみ。




∀・)1週間(7日間)連続投稿作品になります!主人公に合わせて毎日の更新ごとに読んで貰えたら、面白い作品となるかもしれません。奇妙なこの体験の行く末はどうなるか。乞おうご期待を。

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