再び、乗船
飛竜艇から見える、何処までも続く
乳白色の雲の海。
その上を、陽の光がなびいている。
「……やっぱり、来るか」
近くにいる乗り手に聞こえないようつぶやくと、
俺は古傷のある左腕を摩った。
随分と上空にいるせいで、
眠っていた痛みが起こされたようだ。
「見せてください」
と、俺の様子を察したように、
エルフのミカが近づいてきて、
腕に手を添えようとくる。
「ごめん、気を使わせちゃったかな」
俺は操舵席から腕を伸ばそうとするが、
彼女は俺がそうするのを制止させるように、
素早く古傷のある左腕に触れた。
ミカの両手のひらが淡く光り、
時間とともに痛みが消えていく。
「もう平気だよ、ありがとう」
しかし、ミカは腕に手を触れたまま動かない。
「あの、もう治まったから」
「ソルベル船長、船を見て、
更にドラゴンたちにも指示を
出さなければいけないとなると、
相当な負担がかかります……
その……その腕では……
だから……その、念入りに、と言うか、
その……」
ミカは少しうつむきながら言った。
俺の左腕は、金属の骨組みと
革でできたギプスで固定されている。
上腕部、肘とその下は、ほとんど動かせない。
「あれから、一年以上も経つんですね」
ミカが悲しげな面持ちで言った。
「だいぶ治ってきてるし、
そのうち完全に動かせるようになるさ」
俺は、半分自分に言い聞かせるように言った。
その言葉に、ミカは悲しい影を残しつつも、
わずかに笑顔を見せる。
そして、そのまま、
俺に回復法術をかけ続けてくれた。
彼女の顔が、すぐ近くにある。
エルフであるがゆえに、
その美しさは、やはり際立っていた。
十代の俺よりも若く見えるが、
見た目通りの年ではないはずだ。
金色の、
三つ編みにした髪はまるで絹の艶やかだった。
陽の光に照らされたそれは、
より一層まぶしく輝く。
「あ、あの……しばらくは、
これで問題ないと思います
……私、席に戻りますね」
思わず見入っていた俺の視線に気づき、
ミカは頰を赤らめながら、慌てて戻ってしまった。
気まずくなり、俺も操舵席から窓の外をみる。
少し離れた雲の上に、俺たちが乗る船の、
流線型の影が映っている。
そして前方には、その船を引く、
数匹のドラゴンの後ろ姿があった。
あのとき、この左腕がこうなってしまった頃、
またこうして出場できるとは思わなかった。
しかも、ミカと二人で。
真新しいフライトジャケットに袖を通した感覚。
この船に乗った瞬間。
それらはこの先、ずっと覚えていることだろう。
「なあ、ミカ」
「は、はい!」
俺の呼びかけに、ミカは驚いたようだった。
「……なんか、まずかった?」
呼びかけては、いけなかっただろうか。
「い、いえ、ちょっと驚いただけです」
ミカは、俺の古傷を癒してくれたその手を
両手で優しく包み込みながら、視線をそらす。
「あの、それで何か?」
「気になってたんだけど、フライトジャケット、
新しいのじゃなくて本当にいいの?
パトロンに頼めば……」
「いえ! これが良いんです!」
「……そう」
彼女の迫力に、少々気圧された。
「あの、変な意味じゃなくて、
新品は硬くて着づらいですし……」