5 アポステル
正直なことを言うと、この作品の何が面白いのか欠片もわからずに書いています
「ハハハ!ハハハハハ!ハハハハハハハハ!!」
廃墟の中で笑い声が響いている。聞くだけで頬が緩む様な明るい声で、称号騎士であるところの切原太陽は、目下世界を滅ぼすであろうアポステルが存在するポイントにいた。
島根県出雲市、大戦前には日本1有名な神社があったそうだが既に跡形もない。加えてアポステルが現界したことで、ここら1帯は吹き飛んで都市機能を失っている。
もっとも今は出現しただけであり、自由に動けるようになるには時間がかかるのだと言う。その時間が1年間と言う猶予なのだ。
逆に言えば、それまでが被害を出さずに討伐するチャンスでもあるのだが成果は思わしくはない。何せ現れただけで都市機能を崩壊させた化物だ。
どう見積もっても竜王クラスの力を持っていることだろう。いや、その姿を見たものなら、こう言うだろうか。
実際にそれは竜王を超えていると。
「やほー、太陽くん。うわ、久しぶりだねー、大きくなったねー」
廃都市には場違いな朗らかな声に太陽もまた大きく笑う。目の前にいるのは大災害であるところのアポステルだからではない。
それは英雄。果てしない苦痛に嗚咽を吐き出しながら、文字通りに身を削って竜王を殺した最強の称号持ち。最後には光となって跡形もなく消え去った1人の女。
「ハハハ!また会えるとは!お久しぶりです、葵さん」
「おー、相変わらず元気だねー楽しそうだねー」
明星と。人は讃えてそう呼ぶだろう。それこそが世界を破滅に追い込む序章の1つだ。
アポステル。地球が神々に与えられた称号により生み出した、人を滅ぼす使徒。何の皮肉だろうか、10年前に世界を救った彼女が世界を滅ぼすことになろうとは。
「しかし、話には聞いていましたが昔のままですね。あの葵さんと同じ年齢で再会できるなんて、まさに夢のようです」
「こっちも夢みたいだよ。あの小さくて弱虫だった太陽くんが、こんないい男になってるなんて。かっこいいねーイケメンだねー。モテモテなんじゃない?」
「ハハハ!それが先日も2人ほどお嬢さん(フロイライン)に振られてしまいまして!傷心の身でしてね、慰めていただけますか?」
「あはは面白い冗談言えるようになったね。称号騎士殿?世界を滅ぼす私に膝枕を所望するなんて!」
「え、いいんですか?」
「いや、だめだよ。君、騎士でしょう」
割と本気だった。あるいは、膝枕のために人類から寝返る可能性すらも第3者に想像させる声音だ。
明星も流石に真顔になった。
「ハハハ!いや残念!うん、本当に、残念」
「世間様には見せられないね」
太陽が落ち込んで突っ伏した。そのあまりにもレアな光景はきっと光ですら見たことは無い。これがほかの大国にまで畏怖と尊敬をばら撒く騎士なのだから救われない話だろう。もっとも称号持ちなんて基本はこんなものだ。
どいつもこいつも自分のことしか考えていない。まあ強い力があるからと、それを他者の為に行使するべき、などと言う考えは弱者の側からの暴論でしかないので当然と言えば当然だろうが。
「それはもう初恋の人の膝枕ですよ、滅ぼすでしょ、世界」
「色々台無しだよー」
10年前のまだ称号を得る前。美しく、優しい近所のお姉さんに淡い思いを抱いた少年がいたと言うだけの、どこにでもある話だ。
相手が特殊称号持ちで、竜王が現れさえしなければ。
「あの時今の力があればと思いますよ」
「あははー無駄無駄。竜王相手に太陽くんじゃ半日で死んじゃうよ」
少年は無力を嘆いた。だからだろうか、神々は与えたのだ。しかし、得たそれは騎士なんて称号と名ばかりの守護にまったく向いてない称号だった。
「だからね、太陽くん。竜王に勝てない君は、私にも勝てないよ」
それは歷とした事実だ。決して覆ることのない絶対格差と言っていいだろう。そもそもにおいて通常の称号と特殊称号には天と地以上の差があるのだ。
相手は元とは言え世界最強。騎士は強力な称号だが、それでも雷帝や暴君を相手にすれば防衛するだけで精一杯と言った程度の太陽に勝てる道理はない。
何より。
「ハハハ!ハハハハハ!まさか!まさか私がお嬢さん(フロイライン)に手をあげるなんて有り得ない」
敵であろうと、例え錬金術師であろうとも女性に手をあげることは決してない。それは覚悟ではない、幼いころの約束だ。
「太陽くん、女の子には優しくしなくちゃ駄目だよ」
10年前のその言葉をいつまでも胸に秘めて実行し続けた馬鹿がいる。だからこれからも彼が女性を傷つけることはない。
ましてや約束した本人に手をあげるなどもってのほかだ。
「本当に、大きくなったね」
だけど。その事情は彼女にまるで関係がない。明星は刹那をかけた。10年前に可愛がった少年を、光速で貫く。
ただ通過する、それだけで太陽の腹に小さな穴があいた。肝臓と腎臓を直線上に繋いだ1撃は必殺だろう。ゲホッと赤黒い血が漏れでる。
しかして明星、彼女もまた知りはしない。10年の時を経た騎士の姿を。
「ハハハ」
「ハハハハハハ」
「ハハハハハハハハハハハハ!!」
笑っていた。明らかな致命傷なのに彼は大きく口を開いて笑みを浮かべている。嬉しそうに、口惜しそうな狂笑だ。
「そう。それが称号騎士の力、ね」
限定条件強化。称号の能力を系統化した時にもっとも多く、単純で、ゆえに強い。それが称号騎士の持つ能力。
日輪融和と呼ばれるそれは陽の下において太陽光をエネルギー源とすると言う馬鹿げたものだ。光合成を格段に効率化したものと言っていい。
この状態の太陽はまさに無敵と言える。無限に近いエネルギーを元に怪我をすれば致命傷でも容易く癒え、ふざけた治癒力を得た体は、膨大なエネルギーによって人の限界を超えた動きを可能にする。
光速とは言わないまでも、今の太陽は音速で走り、その筋力はかつて地震の振動を無理やり抑えこんだほどだ。無論、そんなものに人体が耐えられるはずもないが関係はない。
筋繊維がちぎれようとも、骨が砕けようとも、治せばいいだけの話だからだ。
何が騎士だろうか。守護なんて考えは一切ない。切原太陽の称号はただの暴力そのもので、生み出すものは破壊だけだ。
雷帝の落とす雷ですら彼を殺すには至らなかった。
もっとも。
「流石に明星の全力には耐えられないでしょうけどね」
文字通りの光の速度で再生するよりも早く、細胞1片すら残さずに焼き切れば日輪融和とて無為だろう。塵は塵に、灰は灰にかえるだけの話だ。
それはそれでいい。惚れた女に殺されるなら本望などと宣う太陽に、明星は失笑する。
「本当に、いい男になったねー」
「では膝枕を」
「だから色々台無しだよ」
ほんの数秒前に殺されかけたと言う事実を前に、しかし彼は誇らしげである。10年前に追いかけることすら叶わなかった背中だ。
今もきっと触れることは叶わないけれど、見てもらえる様になっただけでも大きな進歩だろう。膝枕はして貰えないようだが。