4 監禁されて
「おっきろー」
目を覚ますと、間延びた声とともに振り降ろされる拳が見えた。
「あっぶな」
寸前で顔をそらすことによって回避を成功させたが、小さな手が布団にめり込む様を見てゾッとする。子供の力と侮ることなかれ、狙い通りに殴られていたら鼻の骨くらいは折れていただろう。
拳を放った神子は非常に満足そうにむふーと鼻を鳴らしている。
「起こすなら、もうちょっと優しく起こしてくれよ」
「べーだ」
くるくると楽しそうに笑っている。上を見上げれば見知らぬ天井だ、当然だろう負けたのだ。
暴走した称号持ちを監禁する場所なんて決まっている。日本政府本部の地下にある白部屋だろう。
もっとも神子がここにいる理由がよくわからないわけだが。
「セーレ」
「ここに。今コーヒーを容れましょう。神子様には紅茶でよろしいでしょうか」
「おー」
「当たり前にいるのな」
半目で見るが、どこ吹く風。本来ここにあるべきではないテーブルや食器を持ち込み、お茶を容れている彼女の機嫌はよさそうだ。
裏切りなどとは思わない、彼女は彼女の意思で行動しただけだ。眷属などと言ったところで自由意志を縛るようなものではなく、その気になればセーレは容易く彼の首をはねることすら可能だ。
だから彼女の行動を咎めることは出来ない。
「どうぞ、お茶請けには大福を用意しました」
「何でだよ、そこはクッキーとかでいいだろ」
コーヒーや紅茶に小豆なんてミスマッチでしかないと思う。最も神子は目を輝かせて頬張っているので、存外悪くないのかも知れない。
「うまー」
「一応監禁されてるんだけどな」
何とも気の抜ける話ではある。当然だろう、セーレの協力次第では称号持ち用の牢獄だろうと容易く脱獄できる。
実際に神子やらテーブルやらを持ち込んでいる訳だし。しかし今はそう言う気分でもなく。
「疲れたしゆっくりしようか」
「おー」
「ではベッドを用意しましょう」
半日近く神子と遊んだ疲れを癒すことにした。当人も満足したのだろうか、可愛らしい欠伸をしている。
監禁されてる者の態度ではないが、ここにいてやるだけまだ優しい方だろうなと光は思う。いつでも帰れる場所に放り込まれることを監禁と呼ぶのならだが。
もっとも時雨が何を考えているのかわからないし、セーレもまた彼女に同調しているので動きようはない。しかし危害も与えられないのだ、寛ぐしかないだろう。
「その思考もなかなかに破綻しているとは思いますが、まあ大人しくして頂ける分には手間が省けて幸いです。主に2度も錬金術師の薬品を使うのは嫌ですから」
「1度でもやめてくれよ」
錬金術師は日本の保有する称号持ちの中で最も精神に異常をきたしていると思う。性質が悪く性格がひねくれていて性根が腐敗しきって崩れているの3重苦だ。
あの女の作った薬品が自分に使われるなど、ゾッとする。「何となく」でどんな副作用を付与しているかわかったものではない。
昔、好奇心からホムンクルスと言う名の怪物を創り出して、新宿の1部を機能停止に追いやった程だ。しかも駆除に乗り出した太陽に、1般女性に成りすまして接近、多量の金を騙しとって高笑いしながら去っていった。
太陽に「あれはお嬢さんではない、化生の類だ」と真顔で言わせられる人間は錬金術師くらいだろう。
「俺、大丈夫か?時間差で化け物になったり、体が急に溶けだしたりしないよな?」
「もし、何らかの害があった場合足から磨り下ろすと言っておいたので大丈夫でしょう。ついでにまた、妙な化物を作っていたので研究室の1部も破壊しておきました」
「よくやった」
実験に失敗すれば数ヶ月ほど意地けるので、これでしばらくは安泰だろう。後で何を作っていたかは日本政府に調べさせるが。
「でも金輪際あいつの作ったものを使うのはやめてくれ、無害でも精神的に猛毒だし」
「それは我が君の誠意にもよるかと」
大人しくしていろと視線が語る。だけど同時に諦めてもいるのだ。だからあんな気狂いの作った薬品まで使った。
他に止める方法はいくらでもあるけれど、彼を無傷で取り押さえるとなると最善は遺憾ながらもこれしかなく。だけれどきっと、それでも止まることはないのだろう。
「未来確定分岐点知覚能力」
称号巫の保有する力を口にする。
「この能力で見るのは結果ではなく、そこに確定する為の過程です」
巫が見るのは無数に存在する選択肢の内で、現在最も通る可能性の高い1つだけだ。それも結果はわかりはしない。
Aと言う選択肢の存在をこそ彼女は見る。そして、そこからどのような結果になるのかを想像して抗わなければならないのだ。
10年前の竜王騒乱事件において明星を派遣する必要性を認めて尚、拒否した。しかし実際には明星の死がなければ、ユーラシア大陸そのものが消失していた可能性すらあったのだから選択としては最善だったと言えよう。
当人は決して認めないだろうが。
「それで、その未来確定分岐点知覚能力で時雨さんは何を見たんだよ」
「あなたがアポステルと相対する瞬間だそうです」
「そっか」
その10年前と同じような光景に何を思ったのだろうかはわからない。だけれど、今度こそ止めると決めたのだろう。
例え世界が滅んだとしても、変えられたはずの死を変えられないことに彼女が耐えれる訳もない。
「もう、あの時の私とは違う」
自らの目を抉りとった女の声が聞こえた気がした。彼女が目を背けたのはこれから見る未来ではなく、親友が苦しみに喘いで消滅していく姿そのものだった。
あの光の雨を見て、忘れることのできる称号持ちはいないだろう。
「だけどな、神子を使う方が俺は認められないんだけど」
ベッドで寝息をたてている少女、その称号は諸刃どころではなく自爆特攻に近い能力を誇るらしい。代わりに効果は絶大を超えてあまりある。
あるいは1度だけなら明星すらも殺しきるだけの力を、この小さな体に宿しているのだ。
しかし、だから何なのだろう。
「子供1人殺して救う程度の世界に何の価値がある」
吐き捨てられた言葉に籠るのは集る蛆を見据える様な嫌悪感だった。何も知らない少女に称号を発動させて、敵を諸共殺して英雄に祭り上げるつもりかと。
10年前の彼女のように。
それは人間性を殺し尽くすことと同義だ。個人と言うすべてを認めないのと変わらない。
世界は救われるだろう。だけれど救われた世界にどんな価値が残る。1人の少女を70億で踏みつけて進む世界なんて滅んだ方がよほどいい。
「だからと言って、あなたが出てどうなるのです。神子様が魔王に変わるだけ。それもあなたが死ねば日本の損失は測りきれない」
「日本のことなんて知るか。それに勝手に俺を殺すのやめてくれませんかね。これで勝算はあるんだ」
「眷属を使わないあなたにですか?どんな勝算か是非拝聴したいものですね」
日本政府の戦闘系称号持ちをすべて殺しでもするつもりですかと続けるセーレ。それはそれでありかも知れないなと思う。
「秘密だ、秘密。その時になればわかるさ。どの道だろ、俺を止められる人間なんていないんだから」
「錬金術師に四肢を1生使えなくなる薬でも作らせましょうか」
「うん、やめて」
「大丈夫です、貴方様の面倒はこのセーレがずっとみますから」
「ヤンデレみたいな事言うな。おい、目がマジなの気のせいだよな?」
「まさか」
「……この称号得てはじめて身の危険を感じる」
後ずさるもののすぐに壁。ましてやセーレに速さで勝るものなどいるはずもない。
「嫌ならやめて下さいね。あなたの死など、私は認めませんから」
「……善処はします」
「自分のためにお願いします。私はどちらでも構いませんから」
「あ、はい」
しんどい