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2話 魔王と騎士と眷属と

 「ハハ!」


 「ハハハハハハ!」


 「ハハハハハハハハハハハ!」


 客間から大きな笑い声が響いている。聞いているだけで、口角があがる様な福音。

 

 人を幸せにする魔力でも込めているのかと昔、巫山戯て聞いたことがある。そんな下らない戯言にも「最高の魔力だな、それは。何を投げ打ってでも手に入れる価値がある」と嘯いた友の声だ。

 

 「客ってお前かよ」

 「ハハハ!邪魔しているよ、光!!」


 そこにいたのは、誰よりも幸せそうに笑い、何よりも他人の幸せを願う男だった。彼は光の顔を見て、ますます嬉しそうに笑う。

 

 子供の様に無邪気な表情だ。根拠もなく安心させるそれにはきっと魔力が宿っていると光は密かに思っていた。


 「政府の役人かと思えば、「騎士」殿かよ。随分な大物だなぁ」

 「魔王にだけは言われたくない言葉だ」

 「違いない」


 ハハハと大きく笑うと、彼はセーレに出されたらしい飲み物を手に取った。冷えすぎて霜すらはっているコップに入ってるのは、ただの氷である。

 

 北極の氷でも切り取ってきたのかと思わせる程に粗雑な氷だ。さすが神子様、抜群の未来予知である。

 

 しかし、この男は意に関することもなく氷をバリバリと噛み砕く。


「ハハハ!うまい!」


 彼の浮かべる笑みに、執事服を着た眷属は不機嫌が臨界点を突破したのか、いつも浮かべている笑みすら消し飛んでいる。まあ、無理もない話ではある。


 嫌がらせなど蹂躙する様に喜ぶのだ、この騎士は。


 誰よりも重たい十字架を背負いながら、笑いを絶やさず道を切り開く。人の幸せを願いて、敵の幸せすら願う彼は日本の称号持ちの中でも極めて特別だろう。


 それが切原太陽。


 神々より称号「騎士」を与えられた男の名前だ。


 そして恐らく称号「魔王」の天敵とも言える。


 「お前、日本政府の方にまわるのか、少し意外だな」


 現在日本には光を含めて13人の称号持ちが存在している。しかしながら今回の神子誘拐事件について、1人を除いて、彼らは静観を決め込んでいるはず。


 ましてや他の連中ならまだしも太陽が敵にまわるとは思わなかった。それは予想外と言うよりも理解不能に近い。


 そんな光の考えをしかして騎士は笑い飛ばす。


 「ハハハ!私が日本政府の側にまわるのかだって?ハハハハハハ!面白い冗談だ!」

 「あ、違うんだ」

 「ああ、違う!ただ単に伝言を頼まれただけだよ。私はどちらにもつかない、最も心情としては光の味方ではあるが」

 「それはまた」


 豪華なことをするなぁと場違いに思った。称号持ちを使いぱしりにするなど常軌を逸している。

 

 太陽以外に頼めば、また1つ大きな事件が起きていただろうに。その場合は神子誘拐などと言った可愛らしい結果には決して収まらないだろう。

 

 称号持ちなんてものは全員が全員、常軌を逸した精神を保有しているのだ。言う事を聞かせるなどと考えた時点でそっぽ向かれ、それでも強制したなら周囲に被害をばら撒く爆弾となるだろう。

 

 過去に戦争を強要しようとして日本1高い塔をへし折られた癖にもう忘れたのだろうか。


 「ハハハ!仕方ないさ!何せこの1月ほど送った交渉役は皆、光に会うこともなく彼女に追い返されたのだから!」

 「え?」


 太陽の視線の先にはセーレがいた。どうやって、あの騎士を殺してやろうかと言わんばかりの彼女の雰囲気を察してやる程、彼は優しくはない。


 「いや、チャイムを鳴らした瞬間に上空から槍が降ってきた時には、私がらしくもないことをしているからかと驚いたものだよ!しかし彼女の熱烈な歓迎と気付けば年甲斐もなく喜んでしまってね」


 太陽は笑っている。いつもと変わらない温もりある笑みのまま、普通に、当たり前の様に優しい声で言った。


 ついつい____屋敷ごと吹き飛ばしてしまうところだった、と。


 くしゃみをしてしまう感覚にきっと近い。あるいは彼の場合は感涙を流すと言うべきだろうか。


 その程度で土地の一帯を更地に変えてしまうだけの力を、この称号持ちは所有していると言うだけだ。


 「人の家をそんな感覚で壊さないでくれよ」

 「ハハハ!だから寸前で立ち止まったじゃないか。ついだよ、つい。それに何より責任の所在を私にのみ押し付けられても困る。なあ、お嬢さん(フロイライン)?」

 「……女性に責任を押し付けるのですか?騎士とまで呼ばれた方が」

 「まさか!いや、まさか!全面的に私が悪いな、これは。すまない、許してくれよ光」

 「お前相変わらずなのな」

 

 簡単に言葉を翻す太陽に光は頭を抱えた。この男は品行方正かつ頭もまわる、どこに出しても恥ずかしくない騎士なのだが極めて女性に弱い。

 

 昨今の俗語であるところのフェミニストそのままで、詐欺などに騙されることが日常である。もっとも騙した方も彼が騎士だと知れば、死ぬほどの後悔をすることだろう。

 

 少なくとも感涙程度で屋敷と表現してもいい区画を薙ぎ払える化物から金を巻き上げて、高笑いできる肝の据わった人物がいれば話は別だが。いや、いるにはいるのだが。

 

 とある称号持ちを頭に浮かべて苦笑する。太陽ですら1度酷い目にあって以来は近づきもしなくなった。

 

 もっとも、彼のそんな態度がセーレからすれば気に食わないのだろう。

 

 特性的にも天敵に近い。ともあれ、である。

 

 「セーレ、説明はしてもらえるんだろうな?」

 

 神子を攫って、1月程度は経つが日本政府から何のリアクションもないことは疑問に思っていた。しかし、光は眷属に彼の来客を追い払えなどと言う自由を許した覚えはない。

 

 しかし彼女は淡々と口を開くだけだ。

 

 「敵対行動をとるものに、相応の処罰を下しただけでございます」

 「敵対行動?」

 「最初は軍隊でした、扉をミサイルで吹き飛ばしての強制突破を行おうとしたので放たれたミサイルを丁重にお返ししました」

 「お、おう」

 「次は潜入部隊でしたが、無論、そのような無作法を許す訳もなく全員捉えて飛ばしました。不法侵入とか太いやつらです」

 

 日本政府の短慮振りに頭を抱えたくなる衝動を押さえつける。太陽など腹を抱えて笑っている。

 

 「でも交渉役は来たんだろ?」

 「来ましたが、ここまで我が君に害意を示した者が遣わせた使者を通す道理はありません」

 「あ、はい」

 「ちなみに、その男については嫌いだからやりました。もっとも手段が温すぎました、後悔はしています」

 

 刃物などではなく薬品か火薬で吹き飛ばせよかった、次は必ず仕留めますと真面目な顔を浮かべる彼女に、対象の騎士殿は「ハハハ!」と笑っている。

 

 「楽しみにしているよ、お嬢さん(フロイライン)」

 「死ね」

 「ハハハハハハハ!!」

 「本当に相性悪いなお前ら」

 

 あるいはいいのかも知れないと思ったが、そんな事を口にすれば今日の夕飯が犠牲になるので口に出したりはしないが。

 

 「で、戯れは程々にして、そろそろ本題入って欲しいんだけど。セーレの機嫌も悪くなるし」

 「ハハハ!それは失敬!麗しきお嬢さん(フロイライン)との会話も名残惜しいが私も仕事を果たさないとな」

 

 太陽は懐から封筒を取り出した。

 

 「日本政府からの要求と譲歩が書かれているらしい。無論、私は中身は見ていないが 」

 「完全にパシリじゃねぇか」

 「お嬢さん(フロイライン)と話せると言われては断れまい!」

 「我が君、こいつ、殺しましょう」

 「落ち着けよ」

 

 セーレを宥めながら渡された封筒に触れる。意外にも罠はなさそうだ。個人的には手を吹き飛ばす程度の爆発物くらい仕掛けてくるかとも思っていたのだが。

 

 安全を確認して開封、やたら仰々しい文章から始まる日本政府からのお手紙とやらを無造作に眺める。つい、失笑した。

 

 「おいおい、何だこれ?」

 

 書かれていた内容は交渉などではない。やたら長々しい無駄な部分を省けば「今、神子を返すのならば今回の件についてなかったことにしてやろう」となる。

 

 「太陽、返事は後日セーレに直接届けさせると伝えておいてくれ」

 「ハハ!程々にな。それより光、ついでだから頼みがあるんだが」

 「セーレはやらんぞ」

 「ハハハ!その魅力的な頼みは後でな!土下座でも何でもするから。とりあえずは私の方の本題なのだが」

  

 太陽は急に真面目な表情になった。彼は、いつも笑っている。どんなことがあろうとも笑顔で居続けると言う、己に架したゲッシュに似た誓約。


 それがなりを潜めるなど、5年前の大戦争で大英帝国の軍を蹂躙した時から見ていない。どんな無理難題が来るのだろうかと身構え、同時に可能な限りは叶えてやりたいと覚悟を決めた時、騎士は言った。

 

 「神子は随分と可愛らしいお嬢さんだと聞く」

 「は?」

 「少しでいい、会わせて話しをさせてくれないだろうか!」

 「死ね、ロリコン」

 

 負の温度と言う言葉がある。これは所謂、絶対零度より低い温度は逆に大量の熱エネルギーを抱え込むと言う考えであるらしいのだが、今のセーレはまさにそれだ。

 

 大量の刀剣武具が太陽に殺到する。温度の消えた絶対零度以下の視線は、まさに負の温度を生み出したかの如き怒気に染まっていた。

 

 常人なら全身を貫かれた痛みによるショック、その後に出血多量から臓器停止と10回は死んだだろう。だけれど、目の前の男は普通ではない。

 

 「ハハハ!ハハハハハ!!ハハハハハハハ!!!」

 

 笑っていた。爆心地と言っていい撒き散らされた刀剣武具の中心で、しかし、彼は無傷。口角をあげて腹の底から愉快そうに笑っている。

 

 その周囲には、それこそ負の温度が生み出したかの様な熱が漂い、刀剣の1部に至っては融解していた。

 

 「お前な、セーレを揶揄からかうのも大概にしとけよ」

 「ハハハ!いや、すまない!悪ふざけが過ぎた。しかし神子に会わせて欲しいと言うのは本当なんだ」

 「お前、神子の年しってる?」

 「君が世間でロリ魔王と呼ばれる程度に幼いのは知っている。まあ、私としてはお嬢さんの年齢などと言う垣根はどうでもいいのだが」

 「おい、聞き捨てならない事言いながら性癖暴露すんな」

 

 誰がロリ魔王だと叫ぶが冷静さを取り戻したセーレが口を開く。

 

 「政府の情報工作です。いたずらに恐怖を煽るよりはロリコン魔王が少女を性癖ゆえに攫ったとした方がマシだと言う判断でしょう」

 「セーレ、今すぐ政府にあるだけの火薬落とすぞ」

 「了解ベッセーダ

 「ハハハハハハハ!」

 

 後日、国会が半壊することになる。ともあれ閑話休題。

 

 「一応日本政府からの指令でもある。君が神子を傷つけていないかとな。勘違いするな!私も反論はしておいたさ、あいつの好みは私とは真逆で年上のクールな美人系だと」

 「人の性癖暴露するのもやめてくれるか」

 

 眷属からの視線が痛い。

 

 「とにかく神子に会わせて欲しい。大丈夫だ、いくら私好みでも、いきなり攫ったりはしないさ。魔王でもあるまいし」

 「もう黙れよお前」

 「我が君よ、本当にコレがあの称号騎士なのですか?その身と剣1つで道を切り開く清廉潔白とまで言われた、あの」

 

 その通りだよと言うしかない。加えるなら戦争であろうとも、敵軍を蹂躙しただけで殺傷は行わず、破壊した土地の復興に、いの一番駆けつけて尽力する。

 

 他国の称号持ちの中では恐れと同時に憧れを抱かせる傑物だ。騙されることが甲斐性と言い張る女好きではあるが。

 

 「まあ、でもいいだろう。お前が女に手をあげる訳もないし見ていきたいなら見ていけよ」

 「ありがとう、友よ。よしでは早速お嬢さん(フロイライン)と戯れようでわないか!」

 「色々台無しだよ、お前」

 

 

フロイラインは現代では、死語のようです。

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