眠い
イケる?
春眠暁を覚えずってのを実感してる。
眠い。
日ノ出町駅行きのバスの中で窓際に座り、日光を浴びていたら再び眠気が襲ってきた。
とにかく眠い。昨夜は金曜日だっていうのに、会社から帰って即寝てしまった。眠くてしかたなく、同僚から呑みに誘われたが断ったのだ。家に着いてすぐベッドに入った。何時に寝たのかは覚えていない。気がついたら朝の6時だった。おなかが減っていたので冷蔵庫から買い置きのコンビニ弁当を出して食べた。食べている最中にも眠くなってきた。友人との約束があったので、ここで寝るわけにはいかない。しかし、意識が遠のきそうだ。
ヤバイ、おれ。
どうなってるんだ? 頬を抓り顔を洗って着替えをし、慌てて家をでた。家にいると知らず知らずに寝てしまいそうだからだ。
土曜日のバスは数が少ない。バス停には誰も待っておらず、時間表ではあと5分はこない。ベンチがあるが、座ると寝そうだ。乗り過ごしたら確実に約束の時間には間に合わない。
いつの間にかバスは到着していて、運転手が声をかけてきた。
「乗らないんですか?」
「えっ、あっ」と驚いて、慌ててバスに乗り込んだ。どうやら、意識が飛んでいたみたいだ。
危ないなちょっとでも気を抜くと、意識が無くなる。強い危機感を感じているものの眠気が薄れる気配はない。
待ち合わせの日ノ出町駅まではバスで10分ほどだ。こんな状態で座ってしまったらまずいのはわかっているが、それは運転手が許さないようだった。
「危ないので、座席について下さい。」
確かにバスは空いていた。空席がたくさんあるのに、座らないおれに運転手が変に思ったのだろう?
実際、バスは右折左折が多く、信号で止まることも多いので立っていられるよりは座って欲しいのだろう。
おれはかなり覚悟を決めて座席についた。
タチね
右折の急ハンドルに身体が揺れた。ハッとなり今どこだととっさに確認した。まだ駅にはついてなかった。
一息ついて、また意識が飛んでいたのかと思った。
おかしい。こんなに眠くなるなんて今までにないことだ。病気なのか?
ぞっとして一瞬眠気が覚めた。こんな病気があるのか。考えてみてもそういう知識がないのでわからなかった。
バスが駅につくまで眠気は収まっていた。おれは乗り過ごすこと無くバスを降りた。
友人の角田とは駅にあるカフェで待ち合わせだ。しかし、座ったらまたあの眠気に襲われるかと思うと入れなかった。
そもそもなぜ今日待ち合わせしたんだろうか。頭が回ってない。思い出せなかった。スマホのメッセンジャーを確認した。
そうだ、おれは先週彼女にフラれて泣き言を角田に伝えたのだった。
「誰か良い子紹介しろよ」とメッセージを入れたら、承諾してくれた。それで今日昼呑みをしつつ会おうということになったんだった。こんな状態で会っても途中で寝てしまいそうだ。普通にしていても寝てしまいそうなのに、呑んだら確実に寝てしまう。頭がボーとしてきた。眠気がまた襲ってきた。
「よう!」と掛け声とともに肩に手をかけられた。この時は完全に意識がなかった。
「何だ、お前立ったまま寝てるのかよ?」角田だった。
えっ、また寝てたのか、気が付かなかった。
「器用なやつだな」と角田はキラキラした目でおれに言った。
「いや、すんごく眠くてな」と角田の手を肩から外しながら言った。
「春だもんなー、新しい恋を始めるにもなー」と角田はわざとらしい声で言った。
まだ頭が回ってないおれは何も言い返さなかった。
しかし、立ったままでも寝てしまうなんて初めてだ。座ると確実に寝てしまうので、立ち呑みで誤魔化そうとしたがこれでは油断できない。
大丈夫か、おれ?
ネコむ
「おい、大丈夫か?」と角田がおれの頬に右手を当ててきたので、やめろと振りほどいた。目が勝手に閉じそうだった。
おい寝るなよとおれの背中を叩いた角田は歩き始めた。どこへ行くのだろう?
「どこ行くんだよ? 角田」
「昼呑みだろ? 朝からやってる店あるんだよ。ついて来いよ」と角田
あーそうだった。でもなんかおかしい、なんだろう? この違和感。確かに昼呑みは行くと言う話にはなった。だがなんで角田と二人で行くんだ?
おかしい。
そうだ、女がいない。そのことを角田に問いただすと、
「まだ後だよ、こんな早くからは来ない。呑んで下地を作っておいたほうがいいぞ。お前シャイだから」
駄目だ、おれの状態を角田は知らない。今呑んだら確実に寝てしまう。
「あーならさどこかで飯にしようぜ」と精一杯の妥協案を出した。ファミレスなら少し寝ても大丈夫だろうと思ったからだ。今は寝ることしか頭にない。それに寝れば少しは眠気も収まるだろう。
「腹一杯になったらまた眠くなるぞ」とかなりまともな答えを角田は言った。
おれは、とにかく眠たいだけだった。
「これから行くところは、食べ物もあるから大丈夫だよ」と角田はおれの脇に手を入れて眠気で力の入らないおれをグイグイ引っ張っていった。
ほぼ意識がない状態のおれは角田に引きずられるままになっていた。
ほら着いたと角田が言った。お店は立ち呑みではなく、ごく普通の居酒屋だった。それにオヤジばかりで若い女性の姿がなかった。それならそれでカウンターにでも突っ伏して寝ようと呆然と考えていた。座れて眠れることが嬉しかった。
「おい、ここは気をつけろよ。お前今日はやばそうだからいうけど、ここは寝るの禁止だからな」角田が肩で合図してきた。
ほらと指差した方に張り紙がありこう書いてあった。
『うたた寝禁止!! 寝ている方はお帰りいただきます。』
目をカウンターの中に移すと、いやにガタイのいいオヤジがこっちを睨んでいる。
おれが眠くて仕方ないのをわかっているようだった。
「寝るなよ!」角田が太ももを擦りながら念を押してきた。
おれは心のなかで「寝かせてくれー!!」と絶叫していた。
やバイ
そのお店で途中に何度か意識が飛んでいたが、寝込むことはなかった。お陰で眠気は増すばかりだ。もう何も考えられない。今ここに布団があれば道路でも線路でも熟睡できる。長椅子でもいい。いや、もう道路の上でもいい。寝たい。
いつの間にか会計を済ませて外に連れだされていた。やはり、意識のもうろうとしているおれを角田は両手で支えて歩かせてくれた。もはや角田が何を言っているのかさえ頭に入ってこなかった。
「角田、ごめん。おれ、今日すごく眠いんだ。またにしてくれない?」とうつらうつらしながら言った。半分以上寝ている。
角田がなにか言ったが、全くわからなかった。
「なに?」と聞き返してみたが、眠くて多分また頭に入ってこないだろう。
「だからー、おれの知っている店に行こう!」いつの間にか夕方になっていてあたりは少し薄暗かった。何時間いたんだろう?
開かない目をかろうじて角田に向けた。朝よりも目が異様に輝いていた。よほどそこのお店に行きたかったのだろうか?
「ほら、おれが連れてってやるよ」と角田は全く身体に力が入らないおれの肩を抱いて歩かせてくれた。
気が付くと角田の知っているお店にいた。店内は薄暗く、人が密集していて暑かった。おれは全く記憶に無いのだが赤いソファに座っていて、両端に知らない男たちがいた。角田がいない。
「おーい、意識ある?」と左側の五分刈りの頭が右手の甲でおれの頬を触りながら言った。金のネックレスが店内のスポットライトに反射してキラキラ輝いていた。
「あ、おれの友人はどこですか? 角田ってやつです」
「あー多分トイレ」と五分刈り頭が言った。
何だこの店? クラブ?
わからなかった。
「おい、寝るなよ」とそこへ角田が帰って来た。
「えっ、今何時だ?」慌ててスマホで時間を確認した。
8時を過ぎた所だった。周りの反応からはおれは寝てはいなかったようだ。しかし、その間の記憶が無い。
眠い、ただ寝たいだけだった。今日、なんでここにいるのかもわからなかった。
頼むから寝かせてほしい。もう限界だった。
角田が五分刈り頭を押しのけておれの隣りに座ってきた。
「大丈夫かよ、本当に!」と肩に手を回す。
「角田、眠いよ。寝たいよ」と角田にうなだれがかって言った。
途端に、周囲から歓声があがった。
なんで、そんなに周りが反応するのか不思議に思ったが、角田の言葉で打ち消された。
「分かった、寝に行こうな」ありがたかった。やっと分かってくれたのだ。
「一緒に寝よう」とこの言葉を聞いて、ハッと思い出した。
確か、こいつはゲイだった。このお店もそれだ。眠気で全く意識をしてなかった。
おれはとたんにゾッとした。ヤバイって思ったのだが、意識がすでに半分なくなっていて抵抗できなかった。
しっかりと肩を抱かれたままのおれは相変わらず開かない目で角田を見ると、もはやギラギラとしかいいようのない目でおれを見ていた。
「優しくするよ」
角田の言葉で本当に意識が飛んだ。