99話
国王デビッドは、貴族たちとの会談後にアドラメレク社長グリゴリと会談していた。この場にいるのは国王と側近、そしてグリゴリと彼の秘書だけである。
「では陛下、我々にお任せください」
「期待しているぞグリゴリよ」
「この私が自ら出動しましょう。そのための竜殺剣です」
グリゴリは七本しかない竜殺剣の保有者だった。現在は五本の竜殺剣が失われているため、これは残り二本しかない貴重な武器である。
アルギル騎士王国滅亡と共に五本の竜殺剣が失われたことは既に知られている。
つまり、グリゴリは大陸規模で貴重な戦力なのだ。
「報酬は例のものをお願いします」
「権利書を用意しておこう」
「感謝します」
今回の件でグリゴリが要求した報酬は土地の開発権利だ。彼は街を丸ごと一つ生み出そうとしているのである。大プロジェクトを実行するためには、王の許可がいる。これはアドラメレクにとって良い機会だった。
「では社長。参りましょう」
「ああ。では陛下……朗報をお待ちください」
秘書に促され、グリゴリは去っていく。
そしてまたデビッドは一人になった。
「……随分とあっさり権利を渡されましたが、宜しいのですか? 税の徴収は通常の半分というのも破格過ぎませんか?」
控えていた側近が忠告する。
だが、デビッドはどこか上の空だった。
「陛下!」
「っ! 済まぬな……」
「まさか、シェバ様のことを考えていたのですか?」
「……うむ。どうしても忘れられなくてな」
側近もまさかここまでとは思わず、驚きの表情を浮かべた。厳格で誠実な王が、これほどまで心を乱されているのだ。これではまともな判断など出来ないだろう。
「諦めきれないのでございますか?」
「此度の討伐……現れた魔物は強大だと聞く。その戦いでウィリアムが死ねば、シェバを妻とする理由が出来るだろう。そんなことを考えてしまう王は実に浅ましいと思わんか?」
「陛下……」
「忘れてくれ」
これでは王がダメになってしまう。
側近は妥協した。
「王よ。シェバ様と逢い、言葉を交わす。それで満足できますか?」
「うむ。それを生涯忘れぬ思い出としよう」
「シェバ様を召喚いたします。今夜、食事を共にして下さい」
「……! そうか!」
デビッドの目に歓喜が見えた。
これで満足するなら、問題はない。誠実な王ならば間違いなど起こらぬだろう。側近は浅はかにも、そのように考えて手配してしまった。
これが間違いの二つ目だとも知らずに。
◆◆◆
冒険者となって最古の迷宮に潜るイーラは、遭遇する魔物を全て殴り殺していた。単純な戦闘能力ではイーラに敵う者などほとんどいない。その辺の魔物など雑魚同然だった。また、魔物は倒すと同時に生命エネルギーを魔力核へと送り、魔石やドロップアイテムを残して霧散する。つまり、素材を採取する目的で手加減する必要がない。適当にぶっ飛ばせば、素材が転がり落ちるのだ。
イーラにとって、これほど嬉しいことはない。
面倒な手加減をしなくてよいのだから。
「ふん」
大広間で爆魔術を放つと、群れを成していたホーリーウルフが全滅する。そして大量の魔石を残した。群れのボスとして一匹だけいたスターライトウルフがドロップアイテムとして牙を残す。
そしてイーラの影から大量の黒い鼠が現れ、散らばった魔石を集めてくる。潜影魔獣アンブラという下位悪魔だ。数が多いので、魔石や素材を集めるだけなら使える。戦力としては雑魚だが。
(面倒だな……)
既に魔石は三百個近く集めている。
冒険者としての活動なら充分な戦果だ。ドロップアイテムもかなり集めたので、換金すれば一月は豪遊できるだろう。
尤も、イーラにお金など必要ないのだが。
セイがイーラに求めたのは別のものである。
(ちっ……深く潜るには時間がかかるな)
最古の迷宮は初代魔王によって生み出されたとされており、そこから複数の魔王が手を加えている。つまり長い時間をかけて巨大化してきた迷宮だ。エスタ王国が唯一、魔力核のある場所まで辿り着くことのできていない迷宮でもある。
セイはこの迷宮を人類に攻略させたくなかった。
攻略を邪魔するために、イーラを送り込んだのである。
「……見つけたぞ」
大広間を抜けて通路を進んでいたイーラは、その奥の小部屋で休息をとる人間を見つけた。八人組のパーティを組んでおり、二人が周囲を警戒している。
イーラの真の目的は魔物を殺すことでも、迷宮を攻略することでも、アドラメレクに自分を売り込むことでもない。最古の迷宮に訪れる人間を殺すことだ。
(周囲に人間はいない。チャンスなのだ)
小部屋で休息する八人を殺すには絶好の機会だ。
そして見張りの二人も、イーラを見て警戒する様子はない。彼らが警戒するのは魔物であり、同じ人間だと思い込んでいるイーラを警戒する必要はないと勘違いしているのだ。
勘違いは致命的な結果を生む。
イーラは瞬時に爆魔術を発動した。
「えっ?」
見張りの内の一人だけが、イーラの狂った行為に気付いた。
しかしもう遅く、轟音と共に小部屋で大爆発が引き起こされる。強力な爆属性魔術《大爆裂》だ。
八人は一瞬で意識を飛ばされ、木っ端微塵となった。
そこに人間がいたという痕跡すら粉々に砕け散り、殺人の痕跡も消えてなくなる。
完全犯罪は成された。
「ふん。雑魚が」
イーラは踵を返す。
次の獲物を探して。
◆◆◆
王異種ユグドラシルと戦う北の戦場では、厳しい状況が続いていた。
まず苦戦する理由はユグドラシルの巨大さにある。人類がどれほど攻撃を加えても薄皮を裂く程度のダメージでしかなく、強力な魔術攻撃も枝葉や蔦に阻まれて本体に届かない。
「負傷者を下げよ! 後方の救援テントへ運べ!」
果敢に攻撃する人類に対し、ユグドラシルには余裕がある。
まず、王異種であるユグドラシルには無属性魔力を精製する魔力核が埋め込まれている。それを利用して障壁を張ることも可能であり、本体に強力な攻撃を与えるためには障壁を破らなければならない。
次にユグドラシルには再生能力がある。魔物ではあるが植物の一種でもあり、その枝葉を伸ばして凄まじい勢いで光合成を行っている。光合成で得たエネルギーを修復に回し、回復しているのだ。通常の樹木の数万倍にも及ぶ光合成から得られるエネルギーを上回ってユグドラシルを削らなければならない。あるいは光合成が不可能な夜に攻めるしかない。
そして三つ目が無限にも思える配下のトレント種である。ユグドラシルは無数の種子を蒔き、そこからトレントを生じさせた。トレントの軍勢が行く手を阻む。長期戦は必至だ。
「戦線を後退させよ。前衛は時間を稼ぎつつ一日かけて下がれ! 攻撃はローテーションに沿って堅実にこなすのだ。焦る必要はない。アドラメレク社長がここに向かっている!」
トレント系に有効な炎爆属性を中心に攻撃が行われており、命令も掻き消えるような爆炎が続いている。しかし騎士と冒険者は協力して情報網を構築し、死者を出すことなく戦線を維持していた。これほどの相手と戦って死者を出すことなく戦闘を続けることは難しい。しかし、エスタ王国はそのような難しいことが可能だった。
今回の戦いで指揮を任されているウィリアム・ウルズ卿が優秀な指揮官であったことも理由の一つだ。
彼は王の忠実な臣下であり、優秀な武官だった。
冒険者すら組み込んだ陣形を即座に汲み上げ、各方面に指示を飛ばして戦線を維持している。冒険者たちの戦闘能力があってこそではあるものの、彼の貢献も凄まじい。
「ウルズ卿、左翼にて怪我人が多数。戦線維持に支障が……」
「ならば中央隊より少し救援を。炎魔術で壁を展開せよ。薬品も多めに送れ。ただし包囲は崩すなと伝えるのだ。それとトレント上位種の数は?」
「百以上います。数えきれません」
「やはり増えているな」
「時が経つほど我々が不利になっていきます」
現在は北の国境付近にいた冒険者を中心として抑えている。つまり、援軍待ちの状態だ。王都より北東に位置する灰の迷宮を探索する冒険者たちだ。火山帯の迷宮であるが故に水氷魔術使いが多く、炎爆魔術師が不足している。それが戦線を押されている原因でもあった。
(愛する妻に会えるのは何か月先になることか……)
この戦いは下手すれば一年は続く。どう頑張っても数か月以上はかかるだろう。それだけユグドラシルの物量と防御力は凄まじいのだ。
ウィリアムは密かに溜息を吐いた。