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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
王手飛車取り~最古の迷宮編~
98/123

98話


 イーラが冒険者ギルドを訪れた翌日、無事に社員証を受け取ってアドラメレクの社員となった。これでイーラも迷宮に潜り、資材を調達する冒険者となったのである。

 冒険者とは道を切り開き、冒険する者だ。

 迷宮はごく僅かだが変化し続けており、常に道が生まれている。恐れず、命を対価として未知に挑むのが冒険者ギルドの理念。ギルドはそんな命知らずたちを最大限、支援するために存在する。社員証を受け取った時に、イーラはそのような説明を受けた。

 そして支援の一つが、アイテム袋の無料進呈である。

 資材調達を仕事としている以上、大量のドロップアイテムや迷宮だけで採取できる特別な資源を持ち帰る方法が必要だ。そのため、全ての冒険者に無料でアイテム袋を与えているのだ。



人間ゴミの癖に贅沢だな」



 思わずイーラが呟いてしまうほど、支援は手厚い。

 しっかりとアイテム袋を貰ったイーラは、セイからの指示通り最古の迷宮へと訪れていた。そして迷宮の周りには大量のエスタ王国騎士が駐屯しており、周囲を警戒している。この最古の迷宮に入れるのは冒険者だけだ。

 勿論、アドラメレクが王家に大量の金銭を支払っているからこそ入れるわけだが。

 そして最古の迷宮の周辺では、医療所や飲食店などのアドラメレクが運営する店が多数あった。まるで迷宮を囲む一つの街である。これら全てがアドラメレクの運営で、冒険者は本来の二割という格安料金でこれらの施設を利用できる。

 駐屯騎士や、迷宮資材を買い付けに来る他国の商人などは通常値段だ。



「良し、通れ。次!」



 騎士たちは最古の迷宮にはいる者をチェックしている。アドラメレクの社員証を見せれば、問題なく通過させてくれる。しかし、そうでない者にはそれなりの額を支払わされる。

 イーラも順番がくると社員証を見せ、すぐに探索を許可された。

 列に並ぶということを学び、忍耐力を身に着けだだけでも彼女の成長だ。尤も、セイに言われて仕方なく行っただけだが。



(馬鹿め)



 エスタ王国とアドラメレクは内部に強大な毒を抱えてしまった。

 それに気付くのはもう少し後である。









 ◆◆◆








 自由組合理事ネイエスとの会談を終えたセイは、三公国とエスタ王国の国境付近まで来ていた。会談そのものは予定通りであり、特筆するべきことはない。手早く終わらせ、次なる計画へと移っていた。



「アビス、お前たちは姿を消せ。隠蔽の虚属性結界も解除したら始まりだ」

『是』



 セイはマリティアと共に、とある大樹の上にいた。

 この大樹こそ、三公国を落とした際に手に入れた王異種ユグドラシルである。トレント系の魔物だが、内部に魔力核ダンジョンコアを取り込んでおり、自ら無属性魔力を生み出している。ハッキリ言えば、セイよりも強い魔物だ。勿論、現在において最強のアビスすらユグドラシルには敵わない。

 だが、セイはこのユグドラシルを使い捨てにするつもりだった。



「勿体ないわねぇ」

「仕方ないさ。虚属性魔術で隠していても、いずれは見つかる。だから奇襲が有効な内に使い潰さないといけない。それにユグドラシルは俺の魔物じゃないから、魔王との繋がりを推察されることもない。隠れていた魔物が急に襲ってきたと思われるだけだ。あるいは、悪魔のせいになるかもな」

「ふふ。望むところよ」



 人類を減らすのが悪魔の本懐。

 強大な魔物であるユグドラシルの出現が悪魔のせいにされたところで、大悪魔たるマリティアは全く困らない。



「ユグドラシルを解き放った後は、深淵竜アビスドラゴンに乗って最古の迷宮に向かう。イーラのお蔭で座標も掴めたし、最速でね」

「私も乗せていってくれるのかしら?」

「勿論。それと可能なら、法則属性についても教えて欲しいね。俺も早く力属性を会得したいし」

「それくらいは構わないわ。貴方には復活の恩があるもの。この恩は大きいわよ」

「是非とも有効活用させて貰うさ」



 悪魔は残酷で卑劣で最悪の存在だ。しかし、それは人類にとってのこと。

 世界の管理者である精霊種からすれば、悪魔種も同僚に近い。更にセイは魔力の精霊王だ。同じ悪魔の王たる大悪魔マリティアは、セイを対等な存在として認識している。故に、借りはきっちりと返してくれるのだ。

 それに、今回の作戦はマリティアのウォーミングアップも兼ねている。

 中立都市アリオンでの戦いもその一つだが、あれは最後の締めで暴れまわっただけに過ぎない。今回のエスタ王国陥落は、初めから狡猾な悪魔らしい手段によって滅亡を手掛ける。本当の意味でのウォーミングアップはこれからだ。



「じゃあ、よろしくなユグドラシル。行くぞアビス」

『是』

「これからが楽しみね。凄惨な戦いが見れないのは残念だけど」



 竜形態になったアビスの背中に乗る。

 そして深淵竜アビスドラゴンは羽ばたき、地上から見れば小さな点に見えるほど高く上がった。後はタイミングを見て、隠蔽の結界を消すだけである。



(やれ)

『王の命令を受諾。魔術を解除する』



 虚属性魔術の結界が解かれ、エスタ王国に巨大な魔物が出現した。

 王異種ユグドラシル。

 その蹂躙が始まる。









 ◆◆◆










 王宮に情報が届いたのはすぐだった。



「北の国境にて強大な魔物が出現! 天を覆うほどの巨大なトレント種です!」

「国境警備の騎士はどうなった?」

「連絡が途絶えて数時間です……恐らくは全滅したのでしょう。逃げることもできずに」

「それほどか」



 エスタ王国の最高戦力はアドラメレクが保有している。騎士は所詮、貴族たちだ。エスタ王国は文官貴族と武官貴族がハッキリと分かれており、武官貴族は騎士となることが義務付けられている。だが、騎士の役目は王族の護衛や国境警備、街の警備である。戦闘力はそれほど必要ない。

 良くも悪くも、エスタ王国はアドラメレクに頼り切りだ。

 それほどまで産業や武力を牛耳っているアドラメレクがどうして反乱を起こさないかと言えば、エスタリオ王家が非常に優秀な統治をしているからである。また、初代国王サウル・エスタリオは迷宮の一つを攻略してエスタ王国を建国した英雄だ。王都には彼の名が付けられているほどである。貴族の腐敗も全く存在しない、健全な統治があるからこそアドラメレクはエスタリオ王家に従っていた。アドラメレク社員も結局は国民だ。国民が王家を慕い尊敬している限り、反乱など起こるはずもない。

 国家の運営は王家。

 国家の繁栄と防衛はアドラメレク。

 そうした力の棲み分けが、絶妙なバランスで成り立っていた。



「アドラメレクに要請だ。グリゴリ・アドラーを呼べ」



 国王デビッドはアドラメレク社長マスターグリゴリの招集を命じる。

 北の国境に出現した王異種ユグドラシルを討伐するためだ。



「王よ。他国への要請はどうしますか?」

「不要だ」

「神聖ミレニアからの干渉も撥ね退けるということで?」

「うむ。貴殿が調整してくれ」

「御用命のままに」

「武官貴族はそれぞれの街で警備を強化せよ。治安が悪くなるような無様を見せてくれるな」



 エスタ王国の貴族は優秀である。

 王家のため、国のため、貴族としての誇りに賭けて命令を遂行する。とうとき意志を持つ血筋はまさに貴族だ。

 役目を得た貴族たちは、一秒でも時間が惜しいとばかりに働き始める。

 そうして、デビッド王は一人になった。周りにいるのは側近だけである。



「そう言えば……」



 デビッドは側近の一人に尋ねる。



「あの女のことは調べたのか?」

「以前、王がテラスより目に止められた女性ですね。あれはウルズ卿の妻シェバ様です」

「なんと。あれが忠臣ウィリアムの妻であったか。残念だ」

「まさか娶るおつもりだったのですか?」

「うむ。久しく心が燃え上がった。いやしかし……残念だ。本当に残念だ」



 ウィリアム・ウルズは武官貴族の一人であり、その当主だ。父が魔物との戦いでなくなり、若くしてウルズ家を継いだのである。結婚したことは知っていたが、それがデビッドの気に入った女であるとは思わなかった。

 そしてウィリアムはデビッドの覚えも良い武の家臣。

 これはどうしようもない。



(諦めきれん……だが……)



 これほど恋焦がれるのは初めての経験だった。

 妻と三人の側室を娶ってもなお、初めての感覚である。本当の意味で恋に落ちてしまったのだ。



(シェバ……あの女はシェバというのか)



 誘惑と良心が彼の心を揺さぶる。

 この抗いがたい想いは、王としての責任感を以てしてもギリギリ抑えきれる程度だった。その様子を見た側近はデビッドに忠告する。



「王よ。まさかとは思いますが……」

「……心配するな」

「ウルズ卿は実力も実績もある騎士です。北で出現した魔物を討伐するため、力のある騎士を率いて参戦する準備を整えてくださっています。くれぐれも、不誠実を働かないでください」



 そのようなことはデビッドも理解している。

 だが、本能から来る感情は制御に難い。

 表面上、デビッドは繕ってみせた。だが、燻ぶるこの感情は止まっていない。



(逢ってみたい。一度で良い。話してみたい)



 幸いにも、いや不幸にもウィリアムは北の地にいる。

 王の命令でシェバを呼び出せば、王宮へと赴くことだろう。理由は何でも良い。

 可能であるという事実が、デビッドを誘惑する。この抗いがたい蜜のような誘いに、彼は打ち克つことが出来なかった。








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[一言] ダビデだな
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