95話
みなさん。十連休は存在しますか?
私には存在しません。怒涛のバイトラッシュです。
過剰な魔力は肉体に対して負荷を与える。
そして負荷に対応するため、生命の肉体は適応しようと変化するのだ。それは魔人化とも言われる現象であり、意図的に引き起こし制御すれば強大な力を手に入れることができる。
例えば紫電将軍アイリスの切り札、《紫電の雷神》のように。
あるいは大悪魔マリティアの奥義、《魔神化》のように。
魔力によって精霊にも近い肉体となり、魔法と親和性が増す。
魔力の本質を行使する魔導に至ることすら可能だ。
そして『死師』アルトリウスは《魔神化》したマリティアの魔力だけでなく、自分自身の混沌魔力を大量に浴びてしまった。
『転生』には丁度良い条件である。
混沌魔力が渦を巻き、一所に集まる。
人型になり、形状が固定化される。まずは骨格が形成された。だが、カルシウムが主成分の人骨と異なり漆黒だ。魔力だけで殆ど形成されているのが理由である。
「ははっ……」
髑髏が口を開いた。
そして嗤い声を漏らす。
世界を焼き尽くした混沌の呪いが全て凝縮した漆黒の人骨。
『転生』したアルトリウスだった。
「ふはははははははははははっ!」
魔力と同一化した生物は、精霊に近い存在となる。
アルトリウスは魔力によって肉体を消し飛ばされ、その直後に転生した。
死を超越した存在として。
魔物とは別のアンデッドとして。
「こんな! こんな形で願いが叶うとは!」
アルトリウスは嗤いが止まらない。
魔術を極めるために必要なのは才能と魔力、そして何より時間だ。人間の一生では魔術を極めるために短すぎる。アルトリウスに才能と魔力は充分であり、後必要なのは時間だけだった。
そのため、彼はアンデッドとして転生する方法を探っていた。
ドロンチェスカ公国で人体実験を繰り返し、不死に近づこうとした。
まさかこんな戦場で目的を達成できるとは思わなかったことだろう。
「ふむ。不完全なのか、肉体が構成されませんね」
漆黒の骸骨には筋肉も内臓も皮膚もなく、骨格そのままだ。ゆえに普通は声を発することも出来ないはずである。しかし、すでにアルトリウスは人という枠から外れてしまった精霊に近い存在だ。精霊ではないが、人でもない存在となってしまったのである。
肉体構造など不要であり、魔力によって存在を維持する生命体となった。
「ふふ……では次の目的地へと向かうことにしましょう。もはやこの戦場に留まる理由もない」
アルトリウスが呟くと同時に、魔力が具現化した。
それが衣服となり、骸骨の体を隠す。精霊に近い存在となってことで、魔力による衣服の具現化能力を獲得したのだ。
新たに生まれた不死者は浮き上がる。
目指すは西の大陸だ。
神聖ミレニア教国が支配するその大陸は、人外となったアルトリウスでは生きにくい。しかし、彼には目指すべき当てがあった。
それは神聖ミレニア教国の北西に位置する荒廃した大地。
通称、不浄大地と呼ばれるエリアである。
瘴気によって呪われ、尽きないアンデッドの生まれる地。アルトリウスは死霊魔術を極めるのに最も適した場所だと判断した。
人知を超えた転生不死者が大陸を飛び立った。
◆◆◆
浮遊して離れていくアルトリウスを見て、イーラが溶岩玉を放とうとする。
それを止めたのはセイだった。
「まぁ待てって」
「む……」
いきなり《破魔》で魔術を破壊され、イーラは怒りを露わにする。
「何のつもりなのだ!」
「焦るな。あれはもう人間じゃない。放っておいても人類の害になるだけだ。俺たちがわざわざ手間と魔力をかけて討伐することもないさ」
「……確かに」
イーラも納得したらしく、怒りを治めた。
すでにアルトリウスは人外の存在である。人類にとって害となっても利とはならない。放っておけば、勝手に人類の数を減らしてくれるとセイは踏んでいた。
「そろそろアリオンも壊滅かな……」
セイの眼下では深淵竜が暴れまわり、高位悪魔たちが蹂躙し、眷属悪魔たちが命を喰らい尽くす。
無事にドロンチェスカ公国軍も壊滅させたので、憂いはない。
そして《魔神化》したマリティアは、最後の一撃とばかりに上段の構えを取った。そこに混沌魔力が集まり、一本の剣として具現する。二度目の《魔神剣》が、今度はアリオンに振り下ろされようとしていた。
流石に絶大なマリティアの魔力に気付いたらしく、スペルビア、ルクスリア、アケディア、グラの四体は全力の飛翔で上空に逃れる。
同時に《魔神剣》が振り下ろされた。
「終わったな」
命を喰らい尽くす呪いがアリオンに墜ちる。
質量エネルギー、生命エネルギー、熱エネルギー……あらゆるエネルギーが削り取られ、アリオンは燃えるような混沌魔力によって呪われた。
逃げ遅れた住民だけでなく、眷属悪魔も瞬時に消滅する。
生き残ったのはギリギリで上空に逃げた四体の高位悪魔たちだけだ。
セイの元にスペルビアたち高位悪魔が揃い、未だに《魔神化》を解かないマリティアの様子を観察する。
「これはこれは……大悪魔様も随分と興奮しているようですね」
「どうするのだスペルビア?」
「慌てることはありませんよイーラ。特別、私たちが策を講じる必要もないでしょう。大悪魔様も五百年ぶりの現世なのです。少しばかり羽目を外しても良いと思いませんか?」
「む……それもそうなのだ」
悪魔たちにとって人の世界は壊すべき対象だ。
そして人類は殺すべき対象だ。
増えすぎた人間、増長した文明をゼロにするのが悪魔という種の存在意義である。マリティアは《魔神化》の影響で狂気に蝕まれているが、それを止める理由はない。
それに狂気といっても悪魔としての本能に忠実な姿と表現した方が正しい。
ルクスリアはペロリと唇を舐め、甘い口調でセイに問う。
「魔王様はどうなさるのぉ?」
「アビスに魔力核を持って来させている。それまでは待ち……かな?」
深淵竜は氷竜王をモデルとした変形であるため、かなりの能力がある。予定では数時間後にセイの元へ完全集結する。そして全ての魔力核を回収し、ようやく最後の作戦へと移行できるのだ。
数年をかけた大戦略の詰め。
時が来るまで、少しばかりの休息を得ることになった。
◆◆◆
中立都市アリオンがマリティアの手によって壊滅した頃、アビスは魔力核の最後の一つを手に入れるため、奮戦していた。
苦戦していた理由は厳重に秘匿され、更に封印されていたからである。
『封印解除には鍵となる魔力が必要』
『解除魔力を有する人間は恐らく死亡』
『封印の解放は不可能と推測』
『否、緊急用の鍵となる魔道具を作成していても不思議ではない』
『捜索を開始する』
最後の一つはグロリア公国の首都から南東へ向かった先の研究所地下にあった。
この研究所は魔物を戦争に流用するため、魔物を従属させる研究をしていた。更には、魔物を強制的に進化、あるいは変異させる実験も行っていた。
アルギル騎士王国がドラグーンを従属させたという実績があるので、魔物の従属自体はそれほど難しい研究ではない。しかし、進化させることで強力な魔物を生み出すのは未知の領域と言えた。
仮に失敗して魔物が暴走しても良いように、人の住む場所から遠く離れた森の中の研究所で実験が行われていたのである。
『サンプル体と思しき魔物を発見。倉庫と思われる』
『記憶領域を参照……』
『トレント種と判明』
トレント系の魔物は樹木に擬態できる。そのため、隠密の行動には適した魔物だ。
大量の魔物を移動させた場合、どうしても敵軍に見つかってしまう。そこで樹木に擬態できるトレント系魔物を操り、自然に溶け込みながら敵国の懐に飛び込ませる。
他にも、森に擬態したトレントの中に少数の部隊を仕込むことも出来るのだ。そうすれば、敵国の中で伏兵を仕込むという地の利を覆す作戦が可能となる。
そういった目的でトレント種を操る研究が行われていた。
『トレントは魔王様に従属させるか?』
『否。始末し、生命エネルギーの返還を優先』
今更、三公国でトレントを操ったところで意味はない。
滅ぼして竜脈に還元する方が効率的である。思考リンクしていることで、アビスたちは主であるセイの真意を読み取ることができる。
セイが心の底でトレントを不要と断じていたので、アビスたちは即座に判断を下した。
離れていても魔王の意思に沿った行動をとれる。それが思考リンクの強みの一つだ。
『放射』
アビスは深淵竜の姿となり、ブレスによってトレント倉庫を一掃した。地下倉庫であるため、地盤ごと崩れ去る。
ちなみに地下倉庫は東西南北にそれぞれ一つずつ存在しており、トレント種のサンプルが保管されていたのは北の倉庫。魔力核が封印されていると思われる場所が東の地下倉庫である。
『北倉庫、鍵は存在せず』
『南倉庫、鍵は存在せず』
『第二研究棟、鍵は存在せず』
『西倉庫、鍵は存在せず』
『管理棟、鍵は存在せず』
『第六研究棟、鍵は存在せず』
次々と報告が蓄積され、アビスネットワーク上で整理される。
しらみつぶしで探索を続けた結果、鍵となる魔道具がついに見つかった。
『第三研究棟四階にて鍵と思しき魔道具を発見』
アビスは包み込むようにして鍵の魔道具を手に入れ、移動する。
既に研究員は全滅しており、隠れ進む必要はない。アビスが大挙して東地下倉庫へと移動した。その最深部まで一気に進み、封印が掛けられた扉の前で鍵を使用する。
封印の鍵は四重に施されており、アビスたちは順番に解除した。
魔力核が封印された場所にしては厳重過ぎる。しかし、これには理由があった。
『最後の鍵を解除する』
『王異種の出現に注意』
この研究所の最先端の成果は、魔物に魔力核を埋め込むことで、強制的に変異進化させるというものだった。
魔力核は魔王の分身のようなものであり、竜脈から生命エネルギーを吸収して無属性魔力を無限に生み出す。つまり、魔物は常に魔力供給を受けることになり、急激な成長をする。その結果が変異進化だ。
研究所資料において、この変異進化した魔物を王異種と名づけていた。
基本的に魔物は魔王の言うことを聞く。
そしてアビスは魔王であるセイと思考リンクしており、裏技的な方法だが、アビスも魔物に命令を下すことができる。ただし、変異進化した王異種にそれが通用するかは不明だ。
故に注意が必要である。
『解放』
四つ目の鍵を封印に使用する。
封印は解かれ、地下の最奥が解放された。そして、そこに封じられた王異種も。
パキパキ、と乾いたものが折れる音がする。
封印の奥から伸びた枝がアビスを貫いた。不安定なダークマター体は簡単に破壊され、魔石だけが残る。即座に情報はアビスネットワークで共有され、アビス全体が警戒した。
『王異種を確認』
『トレント種と認定。樹木による攻撃を受けた』
『回避を優先』
更に根が封印の部屋を突き破る。
鞭のように蠢き、槍のように鋭い根が東の地下倉庫を破壊した。更には溜め込んだ魔力を使って急激な成長を遂げ、地面を裂いて地上に顕現する。
グロリア公国の国家秘密にして禁忌とも言える研究の成果、トレント系の王異種ユグドラシルが世に現れた。
『魔力核を確認』
『我が王に討伐申請』
まさに大樹と表現すべき威容。
青い葉を揺らしながらゆっくりと成長を続けており、大地の底を蠢く根が研究所の敷地を破壊し続ける。枝葉が太陽を遮り、地上にひと時の夜を作り出した。
アビスは最強形態である深淵竜となり、飛翔して逃れる。
そして魔王セイに申請した王異種ユグドラシルの討伐許可は……不可だった。
『利用価値があると判断』
『次なる目標、エスタ王国の陥落に必要』
アビスの王であるセイから求められた王異種ユグドラシルの処置は保護である。
三公国南部に位置するエスタ王国の人類を破滅に追いやるため、利用できると考えたのだ。
思考リンクを通じて降った命令により、アビスはユグドラシルに近寄る人間を感知して始末することになった。これにより、人類は王異種の存在に気付けない。
『擬態を鳥に変更。散って索敵に入る』
天を衝く大樹の周囲に、数百ものカラスを思わせる擬態アビスが舞った。
お久しぶりです。
次の96話で三公国の話も終わる予定です。
アルトリウスが不死者に転生したり、王異種という魔物が現れたり、怒涛のフラグ建設をしてから今回の章を終わらせます。