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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
四人将棋~破滅の神剣編~
94/123

94話

お久しぶりですね。

お待たせしました。


 混沌の魔力。

 それはこの世の法則にも並ぶ絶対的な魔力だ。物体が上から下へ落ちることに抗えない様に、あらゆる物質は混沌の魔力という法則に抗えない。唯一、抗うことが出来るのは同じ法則属性だけだ。

 そんな混沌と混沌。

 大悪魔マリティアと『死師』アルトリウスは世界を壊すほどの戦いをしていた。



「死になさい。《消滅デリート》」



 空を飛ぶマリティアが、地上に向かって手を翳す。無数の骸骨兵が蠢く地上で、漆黒の球体が生まれた。球体は膨張しつつ、骸骨兵を飲み込んでいく。

 数百倍にも膨れ上がった漆黒球は、その後一気に収縮して消えた。最後にズチャッと何かが潰れるような音を発する。残ったのは綺麗に抉り取られた大地。隕石でも落下したかのような巨大クレーターを思わせる跡地である。

 混沌魔術《消滅デリート》は、混沌属性の性質である『欠損』を利用した魔術だ。質量保存の法則を無視して、あらゆる物質を無に還すことができる。

 アルトリウスとはいえ、当たれば即死だ。

 ただし、当たれば。



「危なかったですね……これほどとは」



 アルトリウスは無事だった。自身を混沌魔力で守り、《消滅デリート》による欠損を防いだのだ。同じ法則属性だからこそ可能な業である。

 そして次は自分の番とばかりに、混沌魔術を発動した。

 するとアルトリウスの右腕から膨大な魔力が噴出し、それが巨大な腕となる。より正確には、皮膚も筋肉も何もない、骨だけの腕だ。その骨は漆黒で、指一つがアルトリウスの身長ほどもあった。とにかく巨大な骨の腕が、魔力によってアルトリウスの右肩と繋がる。

 そしてアルトリウスが右腕を軽く振るうと、連動して骨の腕がマリティアに襲いかかった。



「へぇ……」



 勿論、マリティアはそれを回避する。

 同時に分析もしていた。



「呪いとエネルギーロストが込められているようね。触れた相手は呪いを受ける、といったところかしら。エネルギーロストの強度はどうかしらね」



 マリティアは実験のため、魔界瘴獄門インフェルノ・ゲートを解放した。中位や下位の悪魔を召喚する悪魔専用スキルであり、当然ながら大悪魔であるマリティアも使える。

 呼び出したのは獄門魔兵ガーゴイル。

 武器も魔術も使える汎用的な中位悪魔であり、様子見には丁度良い。



「行きなさい」



 命令を受けたガーゴイルは、不気味な鳴き声をあげつつ突撃した。その数は僅かに十体。本当に様子見の意味しかない。

 まず、全てのガーゴイルが炎魔術を放った。

 特に捻りもない火球を飛ばす魔術であり、それがアルトリウスに迫る。更に、火球は途中で一つあたり十数個に分裂し、多方向から襲いかかった。

 しかし、アルトリウスは軽く右腕を振るう。

 すると、骨の腕もそれに連動して振るわれ、合計で数百にまで分裂した火球を薙ぎ払った。火球は骨の腕に触れずとも、その力を失って消え去る。マリティアには、それが『欠損』の特性によるエネルギーロストであることがすぐに分かった。



「ではこれはどうかしら?」



 再び魔界瘴獄門インフェルノ・ゲートを開き、今度は生体魔剣グラムを召喚する。魔術攻撃がエネルギーロストで消されるのならば、物質による攻撃はどうかと考えた。

 というのも、混沌属性のエネルギーロストには強度がある。魔力は消せるが、質量は消せない……など、ある程度の限界点があるのだ。勿論、その気になれば質量も消せる。しかし、骨の手には呪いの魔力情報体や形状変化の魔力情報体も組み込まれている。つまり、エネルギーロストに関する魔力情報体が少ない。よって、マリティアは質量は消せないと予測した。

 生体魔剣グラムは剣の形をした悪魔だ。体そのものが武器であり、特攻を仕掛けて敵を殺す。

 合計十三体の生体魔剣グラムがアルトリウスに迫った。

 すると骨の腕が素早く動き、グラムを弾く。



(やはりそうね)



 マリティアが予想した通り、骨の腕に込められたエネルギーロストは質量エネルギーまで削り取ることが出来ないらしい。

 しかし、混沌属性に宿るもう一つの特性『呪縛』は健在のようだ。

 悪魔グラムは呪いによって縛られ、行動不能になって次々と地上に落下した。触れるだけで呪いを与え、生半可な魔術はエネルギーロストで消し去る。



「この魔術は私の作品でして、《悪魔の手》と名づけました。まさか本物の悪魔に使うことになるとは思ってもみませんでしたよ」

「人間ごときが誇り高き悪魔を騙るなんて……思い上がりも甚だしいわね!」



 マリティアは怒りの表情を見せた。

 そして悪魔翼を広げ、右手を高らかと突き上げる。



「真の悪魔とは……こういう存在よ!」



 その瞬間、混沌の魔力が爆発的に高まった。膨大にして純粋な魔力は、肉体すら変質させる。マリティアの悪魔翼は溶けて消え去り、その代わりとして揺らめく混沌の魔力が背中に宿った。空間を侵食するような混沌魔力がマリティアの背中で蠢き、新たな翼となる。

 更にマリティアの両腕も溶けて混沌魔力と合わさり、暗黒の魔力が迸る死の腕として生まれ変わった。

 悪魔たちの王にして混沌の主。

 大悪魔マリティアの切り札。

 《魔神化》である。



「死になさい」



 マリティアはただ、右手を軽く振り下ろした。

 ただそれだけ。

 しかしそれにもかかわらず、世界が一変した。

 混沌の魔力が炎のように、爆発する火山のように膨れ上がった。魔力は『欠損』と『呪い』を以て大地を焼き尽くし、滅ぼし尽くす。

 アルトリウスの《屍骨破軍シコツハグン》は瞬時に消え去り、《悪魔の手》も僅かの間に崩壊した。

 世界は暗黒に染まり、大地すら削り取られていく。空気が消滅することで乱気流を生み、辺り一帯は暴風域と化していた。



「ふふ……あは、あはははははははっ!」



 この《魔神化》はマリティアの切り札であり、最高の魔術だ。いや、真の魔力を扱う魔導にも近い秘術と言えるだろう。

 マリティアは自身の肉体と混沌魔力を融合させた。それにより、自分の肉体の性質を精霊に近いものへと変質させたのだ。いわば、紫電将軍アイリスの使う《紫電の雷神》にも似た魔術である。

 唯一の欠点は、マリティア自身も制御出来ない高揚感に襲われ、暴れまわってしまうことだろう。

 アルトリウスは恐怖した。

 絶対的な絶望を感じ取ったからだ。



「馬鹿な……馬鹿な! そんな馬鹿な!」



 死霊術を極めるべく、アルトリウスは研鑽を続けてきた。死刑囚を実験体として利用し、ドロンチェスカ公国で研究し尽くした。扱いの難しい混沌魔力を魔術にまで昇華させた。遂にアンデッドを生み出す魔術まで開発した。

 だが、その労力は所詮人のもの。

 長きを生き続ける悪魔に敵うはずもない。

 根本的な技術量に差があるのだ。

 アルトリウスに出来ることはマリティアに出来ることだった。

 だが、マリティアに出来ることをアルトリウスは出来ない。



「よく見ておきなさい人間ゴミ。悪魔の力とはこういうことよ」



 マリティアは黒く禍々しく変質した右手の先に力を集める。純粋な混沌魔力が集まり、それが徐々に形を成していく。混沌の魔力が凝縮した、漆黒の剣になった。

 それを見たアルトリウスは防御態勢に入った。

 心の内で震えつつも、混沌属性で防御壁を作り出した。全方向からアルトリウスを守り、エネルギーロストによって魔術を防ぐ法則属性の結界である。

 だが、それを見てもマリティアは笑みを浮かべるだけだった。



「思い出すわぁ……この剣でミレニア王国を半壊させたことをねぇっ!」



 マリティアは少しだけ空中を移動する。

 アルトリウスに向かって攻撃を放つことは変わらない。しかし、その角度を僅かに変えた。

 両手を頭の上にまで持ち上げ、漆黒の剣を握る。その構えは剣をただ、振り下ろすだけに見える。普通ならば、距離の離れた上空で剣を振り下ろされても怖くはない。だが、マリティアの《魔神剣》は違う。

 魔力属性の根源を操る魔導にも匹敵するのが、この《魔神化》だ。

 故に《魔神剣》もそれに匹敵する力を持っている。

 『欠損』と『呪縛』こそ、混沌の根源。

 放たれる力はまるで神剣。



「死ね人間……《魔神剣》」



 マリティア、アルトリウス、そして逃走するドロンチェスカ公国軍が一直線に並ぶ・・・・・・

 悪魔の剣は振り下ろされた。

 その日、五百年ぶりに世界が混沌に染まった。

 嘗て勇者を召喚した国、ミレニア王国のように。











 ◆◆◆











「お、恐ろしい魔法を使いやがって……流石は大悪魔」



 マリティアよりも更に上空で眺めていたセイは、表情を引き攣らせつつ呟く。そばに寝かせていたイーラも、大悪魔の魔力を感じて目を覚ました。



「……どこなのだ?」

「ここは深淵竜アビスドラゴンの背中の上だ」

「貴様は魔王か」

「ああ……決着がついたから下を見てみろ」



 イーラは起き上がり、地上を見た。

 すると、混沌の暗黒に飲まれた大地がそこにあった。逃走していたドロンチェスカ公国軍を一瞬で壊滅させ、アリオン周辺の農耕地帯を完全に滅ぼし、その全てに呪いかけた。

 滅びの混沌は瘴気として大地に根付き、もはや失われることはない。

 同じ法則属性である生命属性の力で浄化しない限りは。



「あれはマリティア様の切り札? まさか人間ゴミ如きに使うなんて」

「この辺はもう使い物にならないな。誰も住めない土地になったよ」

「当然なのだ」



 イーラは自分のことのように胸を張っている。

 だが、これはこれで困ったことになった。



「この土地にはもう利用価値がなくなったな」

「ふん。どうでもいいだろう。私達には関係のないことだ」

「いや、この辺り一帯をスペルビアに任せるつもりなんだけどね……まぁ、アリオンは初めから潰すつもりだったし、いいか」



 悪魔に襲われ、荒廃した土地に他国は興味を示さないだろう。だからこそ、セイはスペルビアに後の三公国を任せることにしたのだ。

 しかし、これではそれ以前の問題となってしまう。

 悪魔に襲われたなら復興すれば良い。

 だが、悪魔に呪われた土地などどうすれば良いのだろうか。



「はぁ……仕方ない」



 起こってしまったことは仕方ない。

 マリティアも五百年も封印されていたことで興奮してしまったとも考えられる。錆び落としの意味を兼ねて本気を出した結果がこれだ。

 大地が黒い混沌の魔力で呪われている光景は、ある意味で壮観である。

 だが、これで終わるマリティアではない。



「あ……マリティア、アリオンの方を向いたね」

「ふむ。どうやらあの街を壊滅させるようだ」

「『壊滅させるようだ』じゃないぞイーラ。流石にあんな呪いを残されるのは困るんだけど」



 マリティアは混沌魔力の混じった翼の一部を切り離す。それは高密度に圧縮された混沌属性の力であり、非常に小さくとも凄まじい破壊力を秘めている。

 切り離したことで欠けた翼は瞬時に魔力で補填され、切り離された欠片は蠢く漆黒となって中立都市アリオンへと飛んで行く。そして地上にぶつかった瞬間、弾けて周囲一帯を飲み込み消し去った。

 更にマリティアは笑いながら翼の一部を切り離していき、次々と放つ。

 この術式《魔神の翼撃》は一つ一つが混沌魔術《消滅デリート》にも匹敵する。連続して放たれる死の一撃が、次々とアリオンの街並みを消し去った。

 既に深淵竜アビスドラゴンや悪魔たちが街を破壊している上に、その瓦礫すらも綺麗に消し去る混沌魔術が放たれる。泣きっ面に蜂である。



深淵竜アビスドラゴンを引き上げさせないと拙いかな?」



 三公国の魔力核ダンジョンコアを回収するにはまだ時間が掛かる。解き放っていたアビスを呼び寄せるためには時間が掛かるため、それまでに中立都市アリオンは滅び去ることだろう。

 つまり、このままではアリオンを破壊して魔素を回収するべく働くアビスまで潰される。

 魔力を回収して生命エネルギーへと変換するためには魔物アビスが消滅する必要があるため、アビスが滅びることで作戦に致命的な欠陥が生じる訳でもない。しかし、アビスには別の用途があるため、ここで使い潰したくはないのだ。



(命令する。アリオンの魔力回収は充分だ。魔力核ダンジョンコアを回収しろ)

『是』

(アリオンを蹂躙するアビスは引き上げ、俺の元に戻って来てくれ)

『是』



 アリオンの住民は九割以上を虐殺した。

 元からこの街は壊滅させる予定だったので、これでよい。三公国のこれからは傲慢の高位悪魔スペルビアが支配する闇の組織サテュロスが仕切る。そのため、三公国にとって重要な土地だったアリオンは滅びなければならない。

 仮にアリオンが無事ならば、大公の隠し子などを名乗る人間が再びこの地を統一しようと動き出すに違いない。セイはアビスに命じて三公国の大公とその一族を皆殺しにしているため、隠し子を名乗る人間が本当に血族なのかを確かめる術はない。故に、嘘の血統でも成立してしまうのだ。

 そんなややこしい事態をさけるため、セイはアリオンを完全破壊することにしていた。



「なんなのだ? お前の魔物の動きが変わったぞ」

「ああ、引き上げさせる。大悪魔様の攻撃の巻き添えは避けたいからね」



 セイがイーラの質問に答えている間にも、深淵竜アビスドラゴンは次々とアリオンを離れる。そして、その内の一体がセイの側に近寄った。その深淵竜アビスドラゴンは形態変化を解除し、セイの乗る深淵竜アビスドラゴンの背中へと着地する。そして再び形態変化で、鎧を纏った騎士の姿になった。

 アビスが変化した騎士は、跪いて真っ黒な球体を差し出す。

 それはセイが求めていた魔力核ダンジョンコアだった。



「よくやった」



 セイは魔力核ダンジョンコアを受け取って吸収する。

 その間にもアビスたちはアリオンから離れ、竜の形態でセイの周りへと集まってきた。アリオンの人々を虐殺することで増えたアビスは、既に二千体を超えている。三公国の各都市からアビスを集めれば、三千すら超えるだろう。

 逆に言えば、これほどになるまで魔力が溜まっていたのである。

 長きにわたり生命エネルギーを使い続けた代償とも言える結果だった。



(あとは他の都市で結界に使われている魔力核ダンジョンコアをアビスが持ってきたら終わりだ。ようやく、作戦の最終フェイズに入れる)



 セイの作戦はまだ終わっていない。

 この地に全てのアビスを集め、魔力核ダンジョンコアをすべて回収してようやく作戦の最終フェイズへと移行できる。

 魔力は魔物が回収するだけでは生命エネルギーにならない。魔物が消滅することで、その肉体を構成する生命エネルギーが魔力核を経由し、竜脈に戻っていくのだ。最後の作業まで行って初めて、セイは魔王としての仕事を完成させることになる。



「作戦は間もなく終わりだから、イーラは他の高位悪魔たちを呼び集めてくれないか?」

「ふん。いいだろう。マリティア様が復活した以上、貴様に従う義理はない。だが、マリティア様を復活させてくれた礼として、ある程度の頼みは聞いてやるのだ」



 イーラは配下の悪魔に命令を下すときの応用で、高位悪魔たちと思念によるやり取りを始める。

 それを見たセイは再び地上を見下ろした。



「あとはマリティアが止まってくれるまで待つかな……力では止められそうにないし」



 《魔神化》によって興奮状態にあるマリティアを止める術はない。

 だとすれば、自然に止まるのを待つしかないのだ。悪魔とは災害と同じ。過ぎ去るまで待つしかない。



(どちらにせよ、各都市からアビスが戻ってくるまで時間もかかるしね)



 暫くは高みの見物でいいだろう。

 大地が混沌に焼かれていく光景を、淡々と眺めるだけでよい。

 そう思っていた矢先に変化が起こった。



「む?」



 イーラが先に反応して、とある方向を見る。

 続いてセイも異常な魔力に気付き、同じ方向に目を向けた。

 そこはマリティアが《魔神剣》によって薙ぎ払った場所。アルトリウスとドロンチェスカ公国軍を一掃したことで、混沌魔力に呪われた土地となった場所だ。未だに暗黒の魔力が燃え上がるように大地を呪っているその場所で、変化が起きていた。

 呪いの混沌魔力が、渦を巻いて一つの所に集まり始めたのだった。








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