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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
四人将棋~破滅の神剣編~
86/123

86話


 解放された神剣はアリアの魔力を吸い取り、黒きオーラを纏う。高く振り上げられた神剣は、日の光を浴びて輝いた。



「さぁ、滅びなさい!」



 神子居住区東外壁の上で莫大な瘴気が収束された。それは限界まで圧縮され、神剣にまとわりつく。そのオーラは悍ましい瘴気だ。流石に、アリアもそのおかしさに気付いた。



(なによ……これ……?)



 神剣とは五百年前に大悪魔を封じた剣だったはずだ。その力は神聖であり、神々しいものであるはず。しかし、放たれた力は悪意を壺に詰め込んで凝縮したようなもの。あり得ないという気持ちに支配される。

 それはこの場にいた誰も同じ気持ちだった。



「ア、アリアさ……ま……?」



 侍従のメフィス家当主マルコは一歩後ずさる。

 だが、もはや止められない。

 既に神剣は起動されてしまったのだ。

 大悪魔マリティアを封じ込めた、竜殺剣ドラゴンスレイヤーすら超える破壊兵器が。



「ほ、滅びなさい! 下劣なゴミ!」



 そう、代表神子アリアにも止められないのだ。

 ここまで引いてしまった弓を、今更下ろすわけにはいかない。そういう思いだった。そして、無慈悲にもアリアは神剣を振り下ろす。









――――その瞬間、剣先から黒い瘴気が直線状に伸びた。




 瘴気の力は遥か遠くにあるアリオン外壁付近まで届く。そこは悪魔たちによって崩壊した外壁であり、黒き力はまだ伸びて外にまで行く。

 この場所には三公国連合軍と自由組合の戦士たちが集まり、激しい戦いを繰り広げている。




 神剣から伸びた瘴気は凝縮した混沌属性の魔力だ。

 破滅を導き、滅びを誘う法則属性……混沌。それが凝縮されているということは、破裂もするということである。




 黒き瘴気が炸裂し、天まで高く伸びた。

 アリアから外壁までの直線上にある十キロほどが、破壊の瘴気で呑み込まれる。




「―――嘘、でしょ?」



 これにはアリアも驚いた。

 黒い破壊の瘴気によって呑み込まれた場所は、塵となって消失してしまった。跡地にあるのは燃え尽きた灰のようなもの。

 当然、そこにいた人も悪魔も同じ末路を辿っている。



「……」



 アリアは黙り込んだ。

 この惨状に思考が停止し、言葉を失う。

 しかし、すぐに神剣の力を理解して―――



「アハ……アハハハハハハハハァ!」



 ――高笑いした。



「最高ね。どんな力でもいいわ。下民ゴミがゴミになっちゃった! アハハハハハハハハハハ!」



 まるで狂気だった。

 アリアにとって、下民が死んだとしても気にするようなことではない。下民の街が消えたとしても、それは気にかけることではない。

 彼女は虫を潰すように人を潰すのだから。



「こーんな面白い剣だとは思わなかったわ! そーれ! 二つ目よ!」



 アリアは神剣に魔力を送り込み、今度は横薙ぎに振るう。すると、アリオンの街並みに横向きの黒き斬撃が走り、炸裂した。

 そして左右数キロに渡って黒いカーテンのように瘴気が噴き出し天を衝く。

 混沌の瘴気は物質を侵し、灰色の塵に変えてしまった。



「す、素晴らしい! 流石はアリア様だ!」

「まさに神!」

「何というお方だ!」

「たった一人で軍勢を薙ぎ払われるとは!」



 質の悪いことに、彼女に仕える者たちもアリアを称賛するだけだった。神剣の纏う力に一瞬だけ恐れたものの、次の瞬間にはアリアを褒めたたえた。

 縦、横……と十字に神剣の力を浴びたアリオン東側は、混乱の渦に包まれていた。

 それでも、アリアは悲しみ一つ覚えることはない。

 無邪気な子供の遊びと同じだった。



「そうだわ!」



 そしてアリアは狂気に侵される。

 混沌の瘴気を扱った反動で、その思考は壊れつつあった。神剣の柄を伝って僅かな混沌が流れ込み、アリアを精神支配する。



「折角だから、神剣の最大威力を確かめないといけないわね!」

「驚きましたアリア様。今までのは全力ではなかったのですね」

「当り前よマルコ。神剣の力はこんなものじゃないわ!」



 興奮気味のアリアは、そう言って自らの持つ大量の魔力を注ぎ込む。彼女は代表神子に選ばれる程の魔力量を誇り、強い聖属性魔力を保有していた。

 本来、聖属性によって神剣の反動を抑えるため、代表神子は強い聖属性持ちでなければならなかった。

 しかし、今のアリアは自身の聖属性で抑え込めないほど、大量の混沌を流し込まれていたのである。聖属性も所詮は特殊属性なのだ。法則属性である混沌に勝るはずがない。



「さぁ、いくわよ!」



 アリアは初めと同じく、神剣を高く振り上げた。そこには大量の魔力が注がれており、それに呼応して悍ましい量の混沌瘴気が溢れていた。

 混沌は収束し、神剣に纏わりつき、極限まで凝縮する。

 その余剰分が柄から腕、腕から肩、肩から体へと伝い、アリアを侵食した。



「この高貴な私に歯向かうゴミは滅びなさい。死の慈悲で染めてあげるわ!」



 そして彼女は振り下ろしてしまった。

 破滅の神剣を……













 ◆◆◆










「馬鹿な! あり得ない!」



 そう叫んだのはグロリア軍の死音将軍フォルナー・アフォルだった。彼は遠見の魔道具で崩れたアリオン東外壁の戦いを観察していたのだが、次の瞬間の出来事に驚愕した。

 恐ろしい密度の瘴気がアリオン中央から伸びてきたかと思うと、それが炸裂して天を衝いたのである。

 そして跡には、何一つ残されていなかった。



「あれが神剣の力だというのか!?」

「落ち着いて」

「これが落ち着いていられるかメイ将軍!」



 隣に座っていた蒼竜将軍メイ・シュトロムも驚かなかったわけではない。寧ろ、驚き過ぎて逆に冷静になってしまったのである。

 見れば、先の一撃で悪魔の多くが消滅していた。そして、付近に居た連合軍も壊滅状態に陥っていた。また、メイはアリオンの住民にも大きな被害が出ただろうと予測していた。

 死者は数千人にもなるだろう。

 もしかしたら一万人を超えているかもしれなかった。



「あれが神剣の力だとすれば、私たちは神子一族の逆鱗に触れてしまった。もう、後戻りできない」

「……ッ! そうだ、その通りだ。まずは全軍を引かせろ。一塊になっていると、また神剣の力で一網打尽にされてしまうぞ」



 しかし、その指令は遅かった。

 いや、どんなに素早く指令を出したところで間に合うことなどなかっただろう。何故なら、そもそもこの戦場に来てしまったことが間違い。魔力の精霊王セイ=アストラルに踊らされ、悪魔たちに裏から操られていたことに気付かなかった時点でジ・エンドだったのだ。



「将軍方! 莫大な魔力を観測! これは―――」



 天幕に飛び込んできた将校の言葉は尚遅い。

 既に破滅は始まっている。



「間に合わないわ!」

「各員、自分の身は自分で守れ!」



 メイ、フォルナーはそんな指令を飛ばし、魔術で自分の身を守る。

 それに続いて、周囲にいた将校や兵たちも防御魔術を発動させた。






 その数秒後、周囲は恐ろしい瘴気に包まれたのだった。










 ◆◆◆










 アリアは下民たちに死の慈悲を与えるため、神剣を振り下ろしたはずだった。しかし、その瞬間に神剣へと収束した混沌の瘴気がアリアを包み込んでしまったのである。



「あ……アアアアアアアアアアアアアアアアア!?」



 肌を焼くような激痛が走り、アリアは神剣を手放そうとする。だが、混沌の瘴気が絡みつくせいで、手を放しても神剣が離れない。

 このままでは拙い。

 そう、本能的に悟ってしまった。



「いやああああああ! 痛い! 痛いいいいいいいいいいい!」



 経験したことのない痛みに悶えるが、倒れることさえ許されない。いや、アリアは自分が立っているのか横たわっているか、叫んでいるのか黙っているのかも認知できなくなっていた。

 混沌が体を侵食し、精神にまで侵入する。



『あらあら? 脆弱な宿主ねぇ? でも仕方ないわ。贅沢は言っていられないもの』



 嵐のように狂気が渦巻く思考に、光が差すかの如く聞こえた声。

 アリアはそれに縋った。



(貴方は何者かしら? 早くこの私を助けなさい!)

『助けて欲しいの?』

(そうよ! 高貴な私を助けなさい愚民!)

『へぇ? 言うわねぇ』



 声の主は何処か軽い調子だ。

 そのことにアリアは苛立ちを覚える。



(早く何とかしなさい! この私を待たせるつもりなの!? 無礼よ!)

『そう? なら、その痛みがどうにかなればいいのね?』

(そうよ! 急ぎなさい。殺すわよ!)

『あら恐い。これでどうかしら?』



 すると、アリアは痛みを感じなくなった。

 声の主が言った通り、綺麗に消失してしまったのである。それに気付いたアリアは内心で笑みを浮かべていた。



(本当に楽になったわ。アハハハハ)



 まだに自分の体に混沌の瘴気が纏わりついているのは不愉快だが、取りあえずの痛みは去った。そして離れない神剣を振りほどくべく、右腕を振り回そうとする。

 しかし、ここで新たな違和感に気付いた。



(私の右手が……動かないですって?)



 それに気付いたアリアは左腕を動かそうとする。しかし動かない。

 右足、左足、首、そして視線すら動かすことが出来なくなっていた。これは一体どういうことかと、心の内で叫ぶ。



(どういうつもりよ!)

『あらら? 不満かしら?』



 再び聞こえてきた声に、アリアは文句を言った。



(私の体が動かないわ。それに気持ち悪い瘴気が、この私から離れないのよ。早くどうにかしなさい! 神子である私を待たせるつもりなの?)

『威勢がいいわねぇ。痛みがどうにかなればいいんじゃなかったの?』

(煩い煩い! 早く何とかしろ!)

『い・や・よ』



 ハッキリとした否定の言葉に、アリアは言葉を詰まらせた。元より口は動かせないので、正確には思考が止まったと言うべきか。

 そしてアリアが思考を取り戻す前に、声の主が言葉を続けた。



『私は貴方の願いを叶えたのよ? だから、対価として体を頂いたわ・・・・・・

(な、な……な……!?)



 言葉にならない言葉しか浮かばず、思考が上手くまとまらない。

 体を頂いた? それはどういう意味だ? アリアは自問するが、言葉通りの意味としか理解できない。



『貴方の意識は私の混沌に呑まれるの。だから、気にする必要はないわ』



 その声を聴いて、ようやくアリアはまともな思考になった。そして、ようやく、初めにするべきだった質問を投げかける。



(貴方……何者よ! この私に無礼を働く愚民! 答えなさい!)

『ふふ、威勢だけは変わらないのね』



 傲慢なアリアの言葉に動じることなく、声の主は答えた。



『聞きなさい愚かなる人間ゴミ。私こそ、悪意を束ね、人を滅ぼす悪魔の王。七人の高位悪魔を従える至高なる存在。大悪魔マリティア様よ』

(そ、あ……そ……う、そ……)



 大悪魔。

 それはかつて世界に悪意を振りまいた存在だ。

 だが、それは五百年前にいた勇者の手で滅ぼされたのではなかったのか。

 アリアは疑問を感じた。

 マリティアはアリアの疑問を悟ったのだろう。しかし、まともに答えるつもりはない。



『貴方は何も知る必要などないのよ愚かなる人間ゴミ。ただ、貴方が神剣に封印された私を使ってくれたおかげで、外に出ることが出来た。そのことは褒めてあげるわ』



 神剣を使って大悪魔を倒した。

 それは、神剣に封じたという意味だった。アリアは今、それを悟った。そして、神剣を使うという行為が、大悪魔の封印解除を助ける行為であることも。

 時空属性によって封じられたマリティアだが、彼女は他の高位悪魔と違って混沌属性を持っていた。だから、混沌の力で封印を破る可能性があった。



(ああ……ああああああ……あああああああああ!)

『煩いわね。人間ゴミのくせに騒がないで』



 精神を奮い立たせて体を奪い返そうとするアリアだが、もう遅い。既にマリティアはアリアの体を掌握しており、アリアの精神は消えるしかない。

 アリアの意思に反して右手が動き、神剣の柄をしっかりと握りしめた。

 その瞬間、莫大な量の混沌がアリアの内側へと流れ込み、その精神を一瞬で蝕む。残留思念となっていたアリアは、流れ込む混沌に呑み込まれ、欠片も残さず消失してしまった。



『ふふふふふ。もう少しで神剣から完全復活できるわね』



 神剣の力は使えば使うほど、内側から混沌属性が漏れ出す。

 そして、それは封印を緩めることに繋がってしまう。

 つまり、アリアの体を乗っ取ったのは、もっと神剣を使って、封印を完全に消すためだった。



『折角、沢山の人間ゴミが集まっているんですもの。私の復活に相応しい、殺戮の祭りを始めないといけないわねぇ!』



 アリアへと完全憑依したマリティアは、周囲に渦巻いていた瘴気を一気に解放する。すると、それは凄まじい波動となって一気に広がり、周囲にある全てを狂気で侵した。

 近くにいたアリアの従者などとっくに死んでおり、混沌の瘴気を浴びたアリオンの住民たちは次々と死に絶えてしまう。生き残った者も、まともな精神ではいられなかった。



『もう死んじゃったのかしら? 脆弱ねぇ』



 アリアに憑依したマリティアは落胆する。

 だが、すぐに感知でアリオン外壁の外に大量の人間を知覚した。それは三公国連合軍であり、マリティアが放った瘴気に包まれながらも生き残った者たちだ。流石に十キロ近く離れていたので、それなりに瘴気が薄まったのである。お蔭で生き残った。

 ただ、それが幸運だったかは微妙な所だが。



『いるわねぇ。私を封じた忌々しい神剣に相応しい生贄が!』



 見た目は黒い混沌瘴気を纏うアリア。

 しかし、中身は狂気に満ちた大悪魔マリティア。

 愚かなる神子一族が引き金となり、この世の地獄が再び始まったのであった。









この章のタイトル『破滅の神剣』を回収。


破滅は二つの意味があります。使用者であるアリアの破滅、そしてアリオン及び三公国連合の破滅です。

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