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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
四人将棋~破滅の神剣編~
84/123

84話


 大量の魔界瘴獄門インフェルノ・ゲートから出現した悪魔を倒すべく、一番初めに動いたのは北西部に陣を構えるドロンチェスカ軍だった。『軍神』カイン・アルベルト将軍が防御陣形へと切り替えを指示している間に、番外将軍こと『死師』アルトリウスが単独で大魔術を発動させたのである。



「クク……アハハハハハハハハハハ! 素晴らしい実験場です! さぁ、この私が十二年間研究してきた最高の混沌魔術を披露して差し上げましょう!」



 高位悪魔にも匹敵する……いや、それすら超えているかもしれない大魔力を持つアルトリウスは、自身の研究成果である混沌魔術を発動させた。



「《八首瘴龍ヤツクビオロチ》」



 アルトリウスの周囲に膨大な瘴気が出現し、それが一つの形となる。瘴気は八つの首を持つ龍となって、悪魔へと襲いかかった。触れるだけで生命力を削り取られる混沌の龍が、悪魔を蹂躙し始める。

 高位悪魔が召喚した眷属悪魔も、定義上は生物の一種だ。

 混沌魔術を浴びれば死に至る。

 そして《八首瘴龍ヤツクビオロチ》は生命力を奪うほど、それを取り込んで巨大化する。八首の瘴気龍を喰らってその身を増大させ、生命力エネルギーを失った死の大地を量産し続ける。

 法則属性である混沌の力を止めるには、同じ法則属性を使うしかない。

 高位悪魔でさえ、混沌属性を止める手段などないのだから。



「ふむ、凡そは想定通りですね」



 混沌属性の全力発動はいつでもどこでもできる訳ではない。それこそ戦争でも起こらない限り、アルトリウスが活躍することはないだろう。

 しかし、それがアルトリウスにとって不満だった。

 ドロンチェスカ公国から研究の自由は許されているし、それを利用して違法な実験をしたこともある。特に死霊術では、長期懲役囚や死刑囚で人体実験も行った。

 だが、アルトリウスにとっては足りない。

 全く足りない。

 だから、こうして好きに混沌魔術を使えるのは願ってもない実験のチャンスだった。



「まだまだいきますよ。《屍骨破軍シコツハグン》!」



 再びアルトリウスが膨大な魔力を行使して、死霊術を発動させた。

 ところで、基本的に死霊術は二種類存在している。

 一つは死体に呪属性や混沌属性で呪いを与え、仮初の命を作成して操る方法。これは死体でなくとも、岩や鉄や木や布製の人形などの無機物でも同じことが出来るので、ゴーレム使役に近い。つまり、ゴーレム使役の中でも死体を操る場合に限定して死霊術と呼称しているのだ。

 そしてもう一つは、瘴気をそのまま固めて死霊を構成する方法である。そもそも、瘴気とは強い怨念や呪いの塊であり、混沌魔術によってのみ作り出し、操ることが出来る。その怨念から死霊を生み出すのだ。

 今回は後者の方法だった。



「瘴気の龍、不死の兵団……フフフフフ。まだまだ試したいことはあるのですが、まずはこれで様子を見るとしましょうか」



 瘴気が具現化した八首龍は、悪魔を喰らいながら暴れている。そして《屍骨破軍シコツハグン》によって生み出した五千体の屍骨兵スケルトンも、黒い瘴気を纏いながら進軍する。屍骨兵スケルトンは怨念によって形が固定されているため、聖属性や生命属性で浄化しなければ永久に再生してしまう。

 それを利用して悪魔たちに対して泥のようなしぶとさを見せつけていた。



「さてさて。あの悪魔が片付けば、次はアリオンの城郭でも破って見ましょうか……どの混沌魔術を使いましょうかね」



 戦争を実験場としか思っていない狂気の魔術師は、怪しく笑みを浮かべるのだった。











 ◆◆◆









 一方、南方面から進軍するグロリア軍は、あまり目立った動きをしていなかった。『蒼竜』メイ・シュトロムと『死音』フォルナー・アフォルは、自分の魔力を温存するために、今は軍の指揮だけしていた。

 アルギル騎士王国崩壊と共に自由組合が魔力回復薬の製造法を手に入れたので、魔力切れを起こしたところで回復は可能だ。以前よりも安く手に入るようになったこともあり、寧ろ積極的に戦闘を仕掛けても問題ないだろう。

 しかし、本来は戦いの最終局面になって初めて将軍は前に出るのだ。

 相手が悪魔でも、それは同じである。

 特に兵の数が多いグロリア軍はしっかりとした指揮がないと上手く機能しない。それも含めて、二人の将軍は後方で待機しつつ、戦況を見守っていた。



「悪魔の討伐は順調か?」

「負傷者多数です! しかし死者は殆どいません!」

「ならば良い。今のまま、少しずつ削っていけ」

「はっ!」



 蒼竜将軍メイは後方の陣営で逐一情報を集めていた。メイは普段からフィーベル公国との戦線を維持しているので、紫電将軍アイリスや煉獄隊長イーラの相手をしている。

 そんな経験豊富さから、若い女性将軍でありながらも多くの兵から尊敬を集めていた。

 規律をしっかりと守り、無茶をせず、引き際も弁える柔軟性すら持ち合わせている。今回の戦いでは、基本的に他の二国が悪魔を蹴散らすまで耐えきることを優先していた。

 兵力や経済力こそ三公国の中で最も上だが、突出した戦力がいないのも特徴である。フィーベル公国のアイリスやイーラ、ドロンチェスカ公国のアルトリウスのように、力強い戦いが出来ないのである。



「ふぅ……こうして見ると、『死師』アルトリウスの凄まじさがよく分かるな。そうは思わないか死音将軍?」

「はっはっは。確かに、面白いほど悪魔が潰されていくな。あれが噂の混沌魔術か」

「この世に数人しかいないと言われる法則属性の使い手だ。公的に確認されているのはアルトリウスと、神聖ミレニアの聖女ぐらいだな」

「恐ろしいものだよ……全く」



 死音将軍フォルナーは立派な髭が特徴的な壮年の男だ。既に四十代後半という年齢にもかかわらず、戦闘力は衰えることを知らない。グロリア公国では最も長く将軍に就いているので、メイからすれば大先輩ということになる。

 そんなフォルナーは、遠見の魔道具を使って北東部を観察していた。

 北東部はフィーベル公国が戦端を開いている場所であり、そこで暴れる二人はメイにとって因縁深い相手でもある。



「メイ将軍。フィーベル軍の方は紫電将軍が出ているぞ。もう一人、凄いのが暴れているな」

「特殊部隊インテリトゥムの煉獄隊長だろう? イーラと呼ばれている少女だ」

「ふむ。年端も行かない子供が戦場に……か」

「あまり彼女を下に見るな。足をすくわれるぞ?」

「そんなつもりはないさ。ただ、子供が戦場にいることが悲しいだけだよ」



 イーラは少女などという生易しい存在ではないことを知っているため、メイは肩を竦めた。滾る怒りを体現したかのような炎・爆魔術に加え、恐ろしい身体能力でハルバードを振るう。アダマス鋼と呼ばれる、丈夫で武器に適した金属で出来ているため、ちょっとした防具程度なら軽く破砕される。

 アダマス鋼は魔素を大量に含んだ鉄鋼石を鋼へと精製し、チタン、タングステンなどを微量加えて、適度にマルテンサイト化させた合金素材だ。ここで精製や合金化の際に魔素を失わないようにするのが大変な作業で、生産数はそれほど多くない。しかし、武器として使用すれば間違いなく一級品が出来上がるという代物だ。

 柄も刃も全てアダマス鋼で作られたイーラのハルバードは、高位悪魔の腕力で振るっても、その大魔力を流し込んでも滅多に壊れることがない。



「心配するだけ無駄だと思うがな……」



 イーラをよく知るメイの呟きは、フォルナーの耳に入ることがなかった。








 ◆◆◆







 北東部のフィーベル軍と悪魔がぶつかる辺りでは、空に暗雲が満ちていた。それはたった一人の人間によって起こされた現象であり、その張本人は蕩けるような笑みで悪魔を屠っていた。



「あらあらあらぁ? この程度で伝説の悪魔なんて言わないわよねぇ?」



 紫電将軍アイリスは、オリハルコン製のサーベルを抜いて次々と悪魔を瞬殺していた。出現している悪魔は、中位悪魔として知られる獄門魔兵ガーゴイルが殆どだ。

 ガーゴイルはコストパフォーマンスの割に、そこそこの戦力を持っているので、高位悪魔たちも好んで召喚する傾向になる。バランスも良く、様子見でぶつけるにも最適な悪魔なのだ。

 しかし、アイリスの相手をするにはまるで足りない。



「フフ……アハハハァ……《黒雷嵐デス・ストーム》!」



 魔力を大量に含んだ黒い竜巻が幾つも発生し、同時に雷が咆哮した。巻き込まれたガーゴイルは一瞬で塵となり、雷に打たれて焼き尽くされる。

 数キロ一帯を破壊し尽くすアイリスの嵐魔術が、数百体の悪魔を軽く葬った。

 ただ、悪魔はまだまだ出現し続けているので、獲物が減ったわけではない。



「邪魔ねぇ」



 アイリスが雷を纏ったサーベルを横向きに薙いだ瞬間、激しい雷が天地を結びながら放射状に進み、悪魔を粉砕する。まさに無双とも言える強さだった。

 いや、アイリスに並ぶ武を見せる者がもう一人いるので、無双とは言えない。



「雑魚が!」



 フィーベル軍において『煉獄』の二つ名を貰ったイーラが、アイリスに負けず劣らずの戦いぶりを見せていた。彼女は高位悪魔であり、本来は眷属悪魔たちの味方であるはずだ。しかし、イーラはそう考えない。眷属たちは所詮道具であり、高位悪魔である自分たちに使われるべきだと考えている。故に、こうして蹴散らしても問題ないのだ。

 これはイーラだけでなく、高位悪魔全員の考え方でもあった。



「ふん。手応えがなさすぎるぞ」



 片手で軽々とハルバードを振り回すイーラは、同時に爆魔術で次々と爆炎を放つ。また、大地からはマグマを呼び出して操り、圧倒的な戦いを見せつけていた。

 アイリスとイーラの戦いについていける者など一人もおらず、二人は単独で最前線を維持していた。個の圧倒的な力ゆえに、フィーベル軍は殆ど兵力を損耗していない。どうにかアイリスとイーラを抜けてきた悪魔を倒す程度だ。



「弱いわねぇ……どさくさに紛れてイーラを襲ってもばれないかしらぁ?」



 アイリスにとって中位悪魔や低位悪魔は弱すぎた。莫大な魔力と純度の高い嵐属性を持つ彼女は、その戦闘センスもあって人外的な強さを持っている。

 戦闘時には紫の雷がその身を纏い、概念拡張金属オリハルコンのサーベルは振るわれるだけで落雷を引き起こすのだ。

 高い魔力のお蔭で身体能力も高く、女性というハンデはあってないようなもの。

 彼女を倒すには、質の低い大群ではなく質の高い個が必要となる。

 今のところ、アイリスが自分とまともに戦えるのはイーラだけだと考えていた。

 憤怒の高位悪魔と互角な戦闘が出来る時点で色々おかしいのだが。



「そうねぇ……いっそ神子一族が神剣でも使ってくれたら面白いのかしらぁ?」



 不謹慎なことを呟きつつ、アイリスは悪魔を屠り続けるのだった。












 ◆◆◆









「うわぁ……容赦ねぇ」



 遥か上空で戦場を見守る魔王セイ=アストラルはイーラの蹂躙劇を眺めながら呟いた。中位以下の悪魔は魔力で幾らでも召喚できるとは言え、一応は味方なのだ。それを容赦なく屠る辺り、悪魔だと思う。

 作戦のためとはいえ、セイも少し引いていた。



「魔王様。戦場は思ったより混乱が小さいようです。予定を繰り上げ、アリオンへと悪魔を送り込みましょうか?」

「スペルビアの言うことも一理あるか」



 『死師』アルトリウスや『紫電』アイリス、そしてイーラの活躍によって三公国の連合軍は悪魔に対して優位な戦いを進めていた。

 あまり混乱も起こっていないので、このままではセイの計画からも外れかねない。

 進言通り、予定を繰り上げるのが正解だろうと判断した。



「じゃあ、眷属悪魔を全てアリオンの方へと向かわせろ。次はアリオンを戦場にする。そろそろ、違和感に気付いた自由組合も動き始めるだろうからね。手早く済ませてくれ。先に混乱させればこちらの勝ちだから」

「かしこまりました。やりますよ、ルクスリア、アケディア、グラ」

「うふふ。分かったわ」

「えー、面倒臭い」

「俺、やる」



 結局、しぶしぶながらアケディアも眷属悪魔に指示を出してアリオンに向かわせる。

 盤上の支配者ボードゲーム・プレイヤーが次の一手を打ったことで、新たな局面を迎える。そして遂に、神子一族も動き出そうとしていた。












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