表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
四人将棋~破滅の神剣編~
83/123

83話


 スペルビアがレイトン城を訪れた一週間後、三公国による首脳会談が開かれた。サテュロスに唆されたグロリア公国と、ルクスリアに操られているドロンチェスカ公国は合同で軍を出すことに賛成。霧の結界に包まれた中立都市アリオンを軍事的に攻略することで決定した。

 細かい取り決めもその会談で決められたのだが、魔王セイ=アストラルとしては、三公国が一時的にでも同盟を組んでアリオンに軍を差し向けることが最も重要だ。

 これでアリオン外部における殆どの準備は整った。

 アリオン内部で残る仕上げをすれば、仕込みは完璧となる。



「暗殺対象No34、レイアーナ・アリスティアの始末は完了っと」



 そしてセイは今日で三十四人目となる神子一族――幼い少年を無理やり攫い、奴隷化して侍らせる年増――の暗殺を成功させた。血で汚れた深淵剣アビスブレードを元のアビスに戻し、セイは《障壁》を足場にして上に逃げようとする。

 今回も上空から自由落下で奇襲を仕掛け、一秒と経たずにレイアーナの首を飛ばした。その後で襲ってきた護衛や使用人を全て始末したので、この部屋は真っ赤に染まっている。視覚的にも嗅覚的にも宜しくないので《転移》を使いたいところだが、魔力的な痕跡が残ってしまうので控えていた。

 これが攻撃用の魔術ならば、魔力の痕跡を散らすことが出来る。

 しかし、《転移》は発動後に場所を移動してしまうので、痕跡を消す作業が出来ないのだ。欠点と言えるかは微妙だが、これが転移系魔術の大きな課題である。

 魔力痕は指紋と同じく、捜査で非常に役立ってしまう。

 特に無属性魔力は良く目立つので、今回の事件が魔王の仕業だとバレないようにするためには、こうした気遣いが必須だった。

 故に、自分の足で逃走を図ったのである。

 しかし、これで三十四回目の暗殺なのだ。神子一族に仕える武のフランチェスカ家は流石に対応してくる。セイが逃げ出そうと、突き破って落ちてきた天井の穴を抜けたところで、フランチェスカ家の者たちに囲まれていた。



「またコイツだ! 今度こそ逃がすな!」



 フランチェスカ家当主、バズ・フランチェスカが剣を構える。それに伴い、同じくここにいた娘のリファも槍を構え、その他四人の者たちもそれぞれが武器を構えた。

 こうして暗殺成功後に囲まれるのは、実は二度目である。

 No33の暗殺対象を始末した後、初めて察知されて囲まれた。

 対策を練ったらしく、こうして暗殺直後には間に合うようになったらしい。本当は何度も暗殺を成功させることで武のフランチェスカ家を失脚させ、最も面倒なバズ・フランチェスカを神子一族に処刑させたかったのだが、そこまでは至っていない。

 かなり成功率の高い策だと踏んでいたのだが、意外と上手くいっていなかった。実を言えば、実際の護衛として付いていたフランチェスカ家の者たちはセイが毎回皆殺しにしているので、処刑されないのである。失敗した本人ならともかく、連帯責任で当主バズを処刑する度胸はないらしい。これ以上護衛が減っては困るというのが彼らの本心なのだ。



「死ね。無礼者!」



 囲まれたセイは、まずリファに襲われる。ちなみに、今はアビスが擬態したローブを纏い、更に仮面までつけているのでランク9自由戦士セイとしての身分はバレていない。

 突き出された鋭い槍をナイフ形態の深淵剣アビスブレードで逸らし、踏み込んで回し蹴りを放つ。しかし、リファも戦士としては一流だ。軽く避けながら下がった。

 そして続く攻撃を別の男が引き継ぐ。

 武のフランチェスカ家の中でも上位の実力者なのか、動きはかなり洗練されていた。



想定演算シミュレーション開始スタート、能力は隠し、逃走を優先)



 まずは回避に専念し、逃げるために立ち回りを計算する。ここで彼らを皆殺しに出来れば、大きな戦力ダウンを狙えるのは間違いない。しかし、残念ながらバズは相当な強者だ。セイが能力を全て曝け出し、殺しに行かなくては勝てない相手である。

 その間に援軍でも呼ばれたらややこしくなるので、今回のような場合は逃げが正解だ。前回も同様に囲まれたので、即座に逃走した。あの時は速攻で逃げるとは思われていなかったのか、意表を突く形で逃走の成功した。だが、今回は逃げることを想定されているので、簡単に背中を見せる訳にはいかない。



「逃すなよ。結界を用意だ!」

「はっ」



 しかし、相手も簡単にセイを逃がすつもりはないらしい。疑似無属性による結界魔道具を持ちだしてきた。この疑似無属性とは、あらゆる属性魔力を合成することで無理やり無属性を作り出したというもの。本来の無属性と比較すれば劣化しているものの、性能としてはそれなりとなる。

 たった一人を結界に閉じ込めるために利用するならば、過剰と言える道具だった。

 それが人ならば……



(隙を見つけた)



 セイは結界で囲まれると同時に《転移》を使う。

 バズを始めとしたフランチェスカ家の者たちごと囲む半球状の結界だったので、転移魔法陣を瞬間投影して結界の外に移動すれば、簡単に逃げ出せる。そして自ら結界の中へと入ってしまったバズたちは、すぐにセイを追いかけることが出来ない。

 セイは転移後に残留魔力を散らし、そのまま《障壁》を足場として上空へと逃げた。

 折角、逃走防止の高価な魔道具まで使ったにもかかわらず、寧ろ逃走の手助けになるという間抜けを晒しただけとなるのだった。



「そろそろ暗殺も打ち止めかな?」



 霧に紛れつつ逃げるセイはそう呟く。

 残っているアリスティアの血族は代表神子アリアを含めて八人だ。

 これだけ暗殺されれば、愚かなあの一族でも危機感と焦りを覚えるだろう。そして愚か者が焦りを覚えた時、それは更なる愚策を呼ぶ。

 今のアリオンは常にピリピリとした空気が漂っており、食料や水も不足している。情報も全く手に入らないので、誰もが不安になっていた。

 悪魔たちが国を操っている間に、魔王はアリオンを恐怖に陥れていたのだった。









 ◆ ◆ ◆











 セイが暗殺対象No34の始末を終えて三か月後、遂にアリオンへと三公国の軍勢が集結した。

 動員数はフィーベル公国が六万人。更に『白銀』のバルボッサ・ギーク将軍、『紫電』のアイリス将軍、そして憤怒の高位悪魔であり、今は『煉獄』の二つ名を持つイーラが出て来た。もう一人いる『風塵』のコーランド・バルパー将軍は首都防衛のため、今回はいない。

 ドロンチェスカ公国は三万の兵に加えて『軍神』のカイン・アルベルト将軍が来ている。特に彼が率いる直属の部隊五千人は全員がランク7以上の実力者であり、数は少なくとも戦力は充分だ。何より、一般兵には知らされていないが、番外将軍『死師』アルトリウスも来ている。

 そしてグロリア公国は『蒼竜』のメイ・シュトロム将軍、そして『死音』のフォルナー・アフォル将軍が十万の大軍を率いてやってきた。グロリア公国は比較的国土が大きく豊かなので、人口も多い。そのため、これだけの兵を動員する余裕があるのだ。そして『怪力』のサイス・アバン将軍は首都防衛のため、今回は出陣しない。特にグロリア公国はサテュロスの本拠地があるので、将軍が全て出払うと犯罪が激増する。それを防止するための予防策でもあった。



「これは壮観だな」

「ええ、その通りでございます。これらの人類ゴミが薙ぎ払われると想像するだけで歓喜の震えが抑えきれなくなりそうです」

「うふふふ。私もスペルビアに同意よ。イーラにこの景色を見せてあげられないのは残念ね」

「仕方ないんじゃない? どうせイーラは暴れたいだろうし。僕はこのまま観戦させて貰うよ」

「俺、食べ物欲しい」



 魔王セイ、傲慢のスペルビア、色欲のルクスリア、怠惰のアケディア、暴食のグラは遥か上空から全軍の様子を見下ろしていた。アリオンを包む霧の結界よりさらに上空でセイが《障壁》を展開し、それを足場にして高位悪魔たちが見下ろしているのである。

 イーラだけはフィーベル公国の戦力として参加しているため、ここにはいない。



「ようやくこの日が来たね。フィーベル公国、ドロンチェスカ公国、グロリア公国、そして中立都市アリオンを操り、戦争を引き起こす。そして全ての利益を攫うのは、盤上の管理者たる俺たちだよ」



 セイはこの日のために二年以上の歳月をかけた。

 既にアルギル騎士王国を魔王の名のもとに滅ぼしている以上、余計なことをして目立てば西大陸にあるミレニア神聖教国が手を出してくる。この世界にはセイを討ち取れる存在がいると分かっているので、多くを敵に回すつもりはない。

 そこで、決して魔王の仕業だとバレることなく国を滅ぼし、神剣に封印された大悪魔を解放する手段を考えた。それは内乱を誘発することである。

 悪魔と言う戦力を手に入れたので、それを利用し、三公国を操った。そしてセイは中立都市アリオンへと侵入し、神子一族をギリギリまで追い詰めた。

 四つの戦力がぶつかり合う盤上をコントロールし、神子一族に対して三対一の状況を強いる。暗殺によって追い詰められている神子一族は容易く神剣の封印を解くことだろう。



「さぁ、ここからは観戦の時間だよ」



 セイはそう言って広域霧幻呪術ファントムミストを解いた。

 これによってアリオンは外部の情報を知ることが出来るようになる。それはつまり、アリオンに向かって陣を敷く十九万人の大軍勢を見ることになるのだ。これまで何の情報も手に入れることが出来なかったアリオンの人々は驚き恐れることだろう。

 しかし、このまま放置するだけでは戦争は起らない。

 三公国の軍は神子一族が悪魔に魅入られているという理由でここまで来ているので、何かの拍子に誤解だとバレる可能性もあるのだ。

 そこで、四人の高位悪魔たちが仕上げをする。



「仕上げです。魔界瘴獄門インフェルノ・ゲート

「ふふ、魔界瘴獄門インフェルノ・ゲート

「……魔界瘴獄門インフェルノ・ゲート

「腹減ったなぁ……魔界瘴獄門インフェルノ・ゲート



 中位悪魔以下を召喚する地獄の門が開かれた。

 アリオン周辺に無数の赤黒い渦が出現し、そこから大量の悪魔たちが雪崩のように現れる。

 元から悪魔に魅入られているという噂を流していたのだ。

 それならば、本当に悪魔を出せばよい。

 嘘も徹底的にやれば、真相になるのだから。



「さて、いつ出てくるかな? 代表神子アリア・アリスティア」



 セイがそんな呟きを漏らす中、三公国連合軍と悪魔の戦いが始まったのだった。










 ◆ ◆ ◆











 一方、霧が晴れたと思えば大軍が迫っていたアリオンからすれば堪ったものではない。まずは五か月ぶりに霧が晴れたことで民衆は喜んだ。陰鬱とした雰囲気が晴れたのは間違いない。

 だが、直ぐ後には再び混乱が広がった。

 アリオン外壁の外で無数の悪魔と三公国連合軍が激しい戦闘を行っているのだ。

 これについて、自由組合のアリオン各支部長たちは緊急会議を開いていた。



「緊急事態だ。各自、状況は理解しているな?」



 第一支部長の一声に残る四人が頷く。アリオンに存在する自由組合支部の支部長五人は、今月六度目の会議を始めた。

 しかし、今回に限ってはこれまでにない緊急案件だ。

 近頃は神子一族が三十四人も暗殺され、代表神子アリアも癇癪が溜まっているという。そんなとき、の一族が唯一無二神聖と考えるこの都市の近くで戦いが起こっているのだ。どんな反応が起こるか分からない。

 そして、支部長たちは、魔力を乱す結界の霧が晴れたことで通信魔道具を起動した。それによって三公国にある各支部から情報を得たところ、驚くべきことになっていたのである。



「今、外で戦っている軍は三公国連合だという。どうにかしてアリスティア家に伝わらないようにせねばならない。これは分かっているな?」

「当然だ。そもそも、どうしてアリスティア家の者たちが悪魔に魅入られたということになっているのだ。聞けば民間レベルにまで噂が広がっているというぞ?」

「いや、その話は後でいいだろ。取りあえずはアリスティア家への対処じゃないか?」

「確かにその通りだが……」



 第三支部長の指摘に第二支部長は言葉を詰まらせる。

 現状において最優先は外で起こっている大規模戦闘をどのように収束させるか、そしてどのようにアリスティア家へと説明するかだ。

 仮に代表神子アリアが神剣を使うならば、途轍もない被害となる。

 そして自由組合支部長として、それだけは阻止しなければならない。何故なら、今回の出兵には自由戦士もかなりの数が参加してるからである。戦争に参加している自由戦士を守るためにも、神剣を使わせる訳にはいかないのだ。



「しかしアリスティア家には裏のメイガス家があります。隠していても、結局バレてしまいますわ」

「分かっているさ。第五支部長殿の指摘は正しい。だから辻褄合わせが必要なのだ」

「辻褄合わせだぁ?」

「その通りだ。例えば、三公国連合がこうしてアリオンに軍を差し向けたのは、全て悪魔の差し金だった……とかだな」



 第一支部長は他の四人を見回しながら、さらに説明を重ねる。



「アリスティア家が悪魔に操られている噂は既に止めようがない。だからこそ、この噂すら悪魔がしでかしたことだということにすれば良い。都合よく、外壁の外では無数の悪魔が猛威を振るっているようだ。後付けのつじつま合わせとしては充分ではないかな?」

「そんなに都合よくいきますか……?」

「悪魔がいるのは事実だ。何処から湧いたかは知らんがな。そして連合軍が悪魔と戦っているのも事実。アリスティア家を悪魔から守るために、軍が出動したということにすれば良い。こちらで何とかするから、出しゃばらないでくれと暗に進言するのだよ」



 今の段階まで来てしまった以上、そうした辻褄合わせが最大限出来ることだ。後は証拠を捏造するなりして、後々証明していけばよい。



「……それならば、フィーベル、ドロンチェスカ、グロリアの大公殿と連絡を取らなければなりませんわ。それも急いで」

「ああ、皆もこの案でいいな?」

「反対するほど余裕はない。賛同しよう」

「俺も反対しねぇよ」

「私も宜しいと思います」

「勿論、私も構いませんわ」

「よし、では通信魔道具で各公国の首都にある支部へと繋げるぞ。事情を説明して、通信での面会を求めることにする」



 喉元に刃物を突き付けられているに等しい状態から、どうにか起死回生の一手を紡ぎ出す。それが吉と出るのか凶と出るのか……それは五人にもまだ分からない。

 魔王の盤上で踊っているとも知らず、人類ヒトは足掻き続ける。








戦争開始

今回の章にある四人将棋とはこれのことです。四つの勢力が一度に戦争を起こす。同盟も裏切りも自由自在。

しかし、盤上の真なる配者は魔王と悪魔。そしてたった一つの神剣が引き起こす破滅。

これが今回のテーマですね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ