80話
すみません。最近忙しくて投稿遅れました。
広域霧幻呪術ファントムミストが発動して二週間が経った頃、中立都市アリオンでは多くの問題が浮上していた。
まず、霧の呪いによって外部とのやり取りが全くの不能になった。外部からアリオンに入ることは出来るのだが、アリオンから出ることは出来ない。最悪の事態ということである。通信系の魔道具も、ジャミングによって魔力が乱され、全く使えなかった。
次に、食料と水である。一部の食糧庫で急速にカビが生えてしまい、主食である穀物類を始めとした多くの食料がダメになった。また、井戸の中に死体が浮いている事件が多発し、水も不足し始める。水に関しては水属性魔術で補うことも可能だが、食料不足は大問題だった。
そして三つ目は猟奇殺人犯の横行である。夜に歩いていると、襲われて血を吸い取られ、死んでしまう事件が相次いだ。取りあえずの対策として、夜中は一人で出歩かないようになり、各種警備も強化されている。しかし、犯人は見つかっていない。
最後の問題が神子一族暗殺事件である。一番初めは代表神子アリアの父親であるギャバン・アリスティアが惨殺されていた事件だ。首が綺麗に落とされ、護衛やお付きの者たちも全員が殺害されていた。残留魔力の解析も不可能であり、手がかりは一つもない。
これら四つの事件によって、アリオンは恐怖の都市と化していた。
そんな中、一連の事件を全て計画した魔王セイ=アストラルは高級宿の一室で高位悪魔二人と共にちょっとした話し合いをしていた。
一人は怠惰のアケディア、もう一人は暴食のグラである。
「大まかには計画通りだね。これで二人の仕事は一旦終了かな」
「やっとだ~。疲れた」
「いや、アケディアは悪魔召喚をしただけでしょ。疲れる要素はないと思うんだけど?」
「うーん。ほら、気疲れってやつ?」
アケディアは魔界瘴獄門を発動し、中位悪魔に属する吸血魔獣シェルヴァを呼び出した。二足歩行の獣のような悪魔であり、鋭い牙で咬みついて対象の血を吸い取る。姿や気配を隠すのが得意であり、夜に不意打ちされたら、余程の実力者でもない限りは反応できない。
猟奇殺人事件の犯人は吸血魔獣シェルヴァというわけである。
「今のアリオンは凄くピリピリしている。グラも食糧庫に侵入して盗み食いしなくてもいい」
「えー……俺、食べたい」
「金はやるから買え」
セイはアビス金貨を入れた道具袋を渡す。
グラトニーという魔物の胃袋で作られているこの道具袋は、使用者の魔力に準じて拡張される。時空系の魔力情報体を帯びているので、そのお陰で見た目に合わない収納量を実現できるのだ。
ところで、この道具袋は基本的に生物を入れられないようになっている。
理由は道具袋作成の際に、生物が入らないよう、魔法陣を仕込むからだ。仮に生物が道具袋の内部に入って暴れた場合、内部に収納されている物は破損してしまう可能性がある。また、同時に袋が内部から破られてしまうこともあるのだ。
そういった事故を防止するために、生物が入らないように初めから細工されているのである。
しかし、その魔法陣を解除してしまえばアビスも内部に入ることが出来る。
セイはこれに気付いてから、道具袋にアビス金貨を入れるようにしていた。
また、色んな都市で使用したアビス金貨が商人などの道具袋に入れられそうになった時、アビスは自主的に生物侵入防止の魔法陣を解除して道具袋の中へと侵入していたのだ。
生物侵入防止魔法陣も、無属性魔力があれば楽に解除できる。アビスはセイが構築しているアビスネットワークの演算力を流用して、それぞれ適宜対処していた。
ともかく、今はアビス金貨を道具袋に入れて持ち歩けるので、少しだけ楽になっている。
「さて、アケディアもグラも俺に言っておきたいことはあるか? シェルヴァだけ放ってくれれば、後はもう好きにして構わないけど?」
「うーん。僕はないかも?」
「俺、もない」
「そうか。神子一族暗殺もそろそろ打ち止めだからね……あとはスペルビアたちが上手くやってくれるまで待機しておこう。じゃあ、解散ってことで」
セイはそう言って転移魔法陣を二つ描く。
そこにアケディアとグラは躊躇いなく乗って、どこかへと転移してしまった。正確には、二人の高位悪魔が拠点としている場所に送ったのである。
アケディアとグラの居場所はアビスで常に把握しているので、放置しても問題はなかった。
宿の部屋で一人になったセイは、意識をアビスネットワークに落としながら呟く。
「他の三人はどうなっているかな……」
情報記憶領域へとアクセスし、フィーベル公国、ドロンチェスカ公国、グロリア公国に潜ませているアビスが集めた情報を閲覧する。
各公国で活動しているイーラ、ルクスリア、スペルビアも、セイの望み通り、しっかりと仕事をしていたのだった。
◆◆◆
フィーベル公国の首都にある宮殿にて緊急の幹部会議が行われていた。集められているのは宰相クラスの政務官、財務大臣に軍務大臣、あとはフィーベル軍の将軍、そして特殊部隊の隊長イーラだった。
議長席には大公マルス・フィーベルが座っており、会議は厳かに行われる。
「資料を読んで貰ったと思う。中立都市アリオンの異常についてだ。既に連絡が途絶えて二週間は経っている。それに……最悪の噂もあるからな。
皆の意見を聞きたい」
三公国にとってアリオンは特別な場所だ。旧アウレニカ王国の首都であり、その場所を抑えることは三公国の内乱を制覇することにも等しいからである。
現在は神子一族によってアリオンは支配されている。
しかし、かの一族に認められ、アリオンを治める権利を得たならば、三つ巴の争いにおいて絶対的な優位を得ることが出来るのだ。
まず、神剣を扱うことの出来る神子一族がバックに付くこと、そして旧首都の統治権を得ることでアウレニカ王家を継承する大義名分が出来ることだ。
元はと言えば、世継ぎのいない状態でアウレニカ国王が崩御したことが分裂の始まりだった。王家の血が入っている三つの大公家が次期国王の地位で争い、内乱へと至ったのである。結果としてアウレニカ王国は滅びてしまい、三公国となった。
アリオンを手に入れるということは、王として正当な地位であることを保証することに他ならないということである。だからこそ、アリオンが霧で包まれてしまったということは、慌てるに値する事件だった。
「調査団は帰ってきていないのですか軍務大臣?」
「うむ。連絡が取れぬ状態だ。情報は欠片もない」
「やはり噂は本当なのですか?」
「確認が取れない以上、鵜呑みにするわけには……」
本来は不干渉であるはずのアリオンに軍の調査団まで送ったのには理由がある。
それは少しばかり信じられない噂だった。
「神子一族が悪魔に魅入られているなど……あり得るはずがない!」
これは何処からともなく立ち昇った噂だ。
スペルビアがボスとして君臨している裏組織サテュロスが蒔いた種である。
神子一族は悪魔に魅入られ、神剣の力を好きに振るおうとしている。そしてアリオンを覆っている霧の結界は、その準備のためのものだという噂だ。
「そもそも悪魔は大昔に封印されたのではなかったのか?」
「大悪魔を勇者殿が封印し、神子一族は封印に使用した剣を守っていると聞いている。悪魔に魅入られるなど言語道断だぞ」
「所詮は噂だ。我らを貶めるためにドロンチェスカ公国とグロリア公国が仕組んでいるだけかもしれぬ。やはり調査が必要だ」
政務官たちが様子見を進言する一方で、大公マルスは武官たちにも意見を求めた。
「ギーク将軍はどう考える?」
「自分も同意です。下手に動くのは悪手かと思いますので」
白銀将軍バルボッサ・ギークは政務官の意見に賛成だった。
事が大きいので無視することは出来ないが、情報が少ない内から動く必要もない。軍を大体的に動かすのは良くないという判断だった。
しかし、紫電将軍アイリスは違った。
「悪魔に魅入られているなら軍を派遣すればぁ? 私の軍ならいつでも出られるわよぉ?」
「それは尚早だと言っているのだアイリス」
「あらぁ? 白銀将軍は堅いわねぇ?」
「力で勝てば勝利になるとは限らないのが世の中だ。控えろ」
好戦的で怪しい笑みを浮かべていたアイリスは、バルボッサに諫められて不機嫌そうな雰囲気を出す。彼女にとって力とは全てだ。政治的な力関係よりも、戦争の方が好みである。
こういった会議では、すぐに宣戦布告したがるのが常だった。
そして、それをバルボッサが諫めるのもいつも通りだった。
しかし、今日ばかりはアイリスの賛同者がいた。
「私もアイリスに賛成だな。怪しいならば討てばいい」
憤怒の高位悪魔イーラはアイリスの味方だった。
正直、イーラはアイリスのことが気に入らない。以前に戦って勝負がつかなかったこともあり、内心では炎のような怒りを滾らせていた。
しかし、それとこれは別である。
フィーベル公国に戦争をさせる。これがイーラに与えられた指令だからだ。そのための言い訳も、当然ながら用意している。
「そもそも、あの霧の結界は魔術的なものだと既に分かっている。中立都市という微妙な立ち位置でありながら怪しい行動をとったのだ。攻められても文句は言えないさ。
それにもしも悪魔に魅入られているなら、他のドロンチェスカやグロリアとも協力して倒さなければならない敵になるのだぞ? 悠長にしている暇はあるのか?」
「それは仮定を重ねた暴論だ! 控えろインテリトゥムの隊長!」
「ふん。これだから白銀将軍は腑抜けだと言われるのだ。お前は様子見などと言ったが、具体的にはどうするつもりなのだ? 結果が見えるまで待つというのは、些か日和り過ぎていると思うがな」
イーラの意見もバルボッサの意見も正しい。
流石にすぐに軍を出すというのはやり過ぎだが、バルボッサや政務官たちが言ったように、ゆっくり待ち過ぎるのも問題なのだ。中立都市アリオンが魔術的結界に覆われているという事実。そして人の身では為しえないほど広範囲に発動されているということもあり、様子が判明するまで待っていると、取り返しのつかないことになりかねない。
セイが発動させた広域霧幻呪術ファントムミストは、神子一族が悪魔に魅入られているという噂を補強していたのである。
この大規模魔術があるからこそ、大公マルスも悩んでいたのだから。
「どちらの意見も道理だと思う。ならばこそ、妥協点を見つけるべきだろう」
マルスはそう言って話し合いを促した。
二つの意見は対極ゆえに、このままでは平行線となって終わる。ならば、妥協点を見つけて、具体的な対策とするべきだ。
「ドロンチェスカやグロリアの奸計であることを想定し、まずはそちらを調べるべきでは?」
「いや、アリオンも放っては置けまい」
「何も片方だけを先に済ませる必要もなかろう。同時に進行すれば良いのではないか?」
「ならば成果がなかった時はどうする? ドロンチェスカやグロリアの方はともかく、アリオンは霧の結界が邪魔で調査どころではないぞ」
「自由組合と連絡を取ってはどうだ? アリオン支部からの情報が回っているかもしれん」
「一般方面からも調査を伸ばすならば……自由組合も使える。良い案かもしれぬな」
「いや、いっそのことドロンチェスカとグロリアに連絡を取り、足並みを揃えてはどうだ? アリオンは我らにとって大きな意味を持っている。これは三つの公国の中で共通の意識だ。奴らも断らぬだろう。仮に渋ってくるならば、怪しいということになる」
「だが……流石にそれは……」
議論は白熱し、まずはドロンチェスカ公国とグロリア公国について調査する方向へと纏まり始める。そちらは軍の部隊を利用し、早急に情報をまとめるのだ。
そしてアリオンは現状において打つ手がない。よって自由組合に依頼し、どうなっているのかを調査させることにした。下手すれば国家よりも高い魔法技術を有しているので、そちらの方が確実だと判断されたのである。
また、軍部では戦争に備えた準備だけはすることに決まる。
流石に進軍は許可できないので、いつでも軍を出せるように細かい準備だけは済ませることにしたのだ。何かあった時もすぐに動きだせるということで、イーラとアイリスも納得する。
最後に大公マルスがフィーベル公国としての方針を纏めた。
「今回の異常について、まずは情報を集めよ。そして場合によってはドロンチェスカ公国とグロリア公国とも手を組む。悪魔に魅入られているなどという噂に踊らされるな。
だが、いつでも悪魔を討伐出来る準備だけはしておくように。仮に噂が事実ならば……アウレニカ王家の血を引く者として、動かねばならないからな」
大義名分さえあれば、アリオンに軍を向けることが出来る。しかし、神子一族は神剣を扱うのだ。一振りで山を砕き、地を割き、一軍を滅ぼすと言われる最強の武器を相手に適当なことは出来ない。
下手に軍を出して神剣で滅ぼされたならば、フィーベル公国は終わりを迎える。
マルスは慎重に慎重を重ねることを決意したのだった。
忙しかったのと、道具袋の矛盾について対策を考えている内に一か月以上も空いてしまいました。すみません。
道具袋は生物が入れないのに、アビス金貨が商人などを通して流通している矛盾は、こんな感じで解決させていただきます。おおよそ、妥当な所ではないでしょうか?