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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
四人将棋~破滅の神剣編~
77/123

77話


 賭博都市カールテッドは人の眠らない都市だ。各国の富豪も訪れる有名な娯楽の街であり、特に力を入れているカジノ運営は収益の大部分を占めている。だが、金が動くと犯罪も跋扈する。裏組織サテュロスはそんな都市を裏から支配しており、街の煌びやかさに見合わない闇を内包していた。

 サテュロスの本部もこの都市にある巨大ホテルの中にあり、首領スペルビアを中心とした幹部会議が行われていた。



「さて、今日は嬉しい知らせです。グロリア公国が動きましたよ。予定通りに」



 スペルビアがそう言って側仕えの男に指示を出すと、男は盆にのせた書状を持ってきた。スペルビアはその書状を手に取り、読み上げる。



「栄光は悪魔と手を結ぶ……そう綴られています」



 栄光とはグロリア公国を意味する隠語であり、悪魔も同様に裏組織を指している。これは国家が裏組織に対して契約を結ぶときに贈られる書状だ。裏世界ではこのような隠語もリスト化されているので、裏の者が見ればどういった内容なのかすぐに理解できる。

 国家が反社会組織と手を結ぶなどという、スキャンダラスな出来事の証拠は可能な限り残さない。そのためにこのような隠語でやり取りするのが通常だった。

 スペルビアの言葉を聞いた幹部たちは、意味を理解して拍手を送る。国から認められた組織になるというのは凄まじい偉業なのだ。これまでグロリア公国を中心に活動していた大組織アステスを抜き去り、大きな飛躍に繋がる。

 現在はアステスも古い顧客との繋がりで大きな勢力を保持しているが、財力で勝るサテュロスも同規模になりつつある。嬉しいことではあるが、幹部たちも当然といった表情を浮かべていた。

 拍手が鳴りやんだ会議室で、再びスペルビアが口を開く。



「どうやら詳しい話は明日となるようですね。各都市を繋ぐ転移魔法陣の利用許可すら降りています。仕込みは万全のようですね」

「アステスは上手く踊ってくれたようですな」

「これで我らがメルシェラを救出するだけで全て終わる」

「奴らの顧客ルートも全て乗っ取りましょう。世界へと乗り出すチャンスですぞ」



 スペルビアの言葉に続いて他の幹部も次々に皮算用を始める。

 それを見て、人の持つ傲慢という特性を喜んでいた。



(人とは面白い。少し手を貸すだけで面白いほどに踊りだす。アステスも世界的に有名な組織と聞いていましたが、傲慢さが足りませんね。強欲・・だけでは私の目に適いませんから)



 グロリア公国へと潜入していたスペルビアは、少しずつ裏組織へと手を出して侵食していた。そして中心となる組織を乗っ取り、手を広げていた裏組織を吸収して一気に成長。まるで急に出没したかのように演出したのだ。

 急成長には金が欠かせないので、カールテッドという都市はベストポジション。人の傲慢を操る悪魔は、常に人の上に立つ快感を与え、あっという間に幹部クラスを纏め上げた。このテーブルに集まっている幹部たちも元は小組織のボスたちであり、カリスマは充分。スペルビアは言葉一つで裏の経済を操ることが出来るまで掌握していた。

 しかし、問題となったのはグロリア公国で大きな力を持っていた大組織アステス。公国との取引によって裏世界の警察的な役割も担っており、大きな動きをするとすぐに手を出してくる。そこでスペルビアは一気にアステスを落とすことにしたのだ。



(裏世界とは信用の世界。アステスも一度公国に牙を剥けば、もはや用済みとなりますからね)



 アステスがメルシェラを攫ったのは事実だ。

 しかし、それはスペルビアが唆したからに過ぎない。スペルビア自身が赴き、アステスの幹部クラスを誘惑したのだ。

 大組織がこのまま終わっても良いのか、新組織サテュロスに喰い潰されてよいのか、お前たちの傲慢はその程度だったのかと、意識を魔法で植え付けたのである。これは催眠というより、思考誘導に近い。本人が心の底で思っていることを利用し、理性というストッパーを取り払う技術だ。

 アステスの幹部はサテュロスに対抗するには金が必要だと錯覚し、そのためには強引な方法を取らなければならないと勘違いした。そして勢いのままにメルシェラを誘拐したのである。

 全てはスペルビアの掌の上だった。



「さて、仕上げとなるメルシェラの回収班は揃っていますか?」

「はっ! すべて順調に進んでいます。奴らの潜伏地は常に見張っておりますので、変化があればすぐに分かるかと思います」

「恐らく明日の会談でそのことについて言及されるはずです。私たちがグロリア公国と手を結ぶ条件としてメルシェラの救出を要請されることでしょう。勿論、受けるつもりです」



 当然と言った様子で全員が頷いた。

 これによってサテュロスはグロリア公国との繋がりが出来るので、国家運営への口出しも不可能ではなくなる。そうすれば魔王セイ=アストラルから頼まれたことも達成しやすくなる。スペルビアの魔の手は確実に三公国を蝕もうとしていたのだった。








 ◆◆◆







 翌日、スペルビアはたった一人で城へと向かった。グロリア公国の大公が住むレイトン城は左右対称が特徴的であり、緑と水を調和させた設計となっている。

 護衛も付けずに現れたスペルビアに驚愕されもしたが、特に危害を加えられることもなく案内される。これは裏組織のボスを刈り取るチャンスだが、今はメルシェラがかかっているのだ。余計なことは絶対にできない。

 それが分かっているからこそ、スペルビアは敢えて一人でやってきたのである。一人でいる所を襲われても問題ないという思惑があるからこそだが、何よりも相手に立場を分からせるための暗示でもあった。

 これは対等な取引ではない。

 サテュロスの方が交渉の手綱を握っているのだと言葉なく伝えていた。



「こちらでございます」



 案内役を任された使用人は、スペルビアをレイトン城の会議室へと案内する。使用人が知らされているのはスペルビアが重要人物であるということだけであり、何者であるかは全く知らない。詮索もしない。

 流石に裏組織のボスだとは思いもしないだろうが。

 案内された部屋の大扉を開けられ、スペルビアは一人中へと入る。するとバルク・グロリアを始めとして、グロリア公国を治める高官たちがスペルビアを出迎えた。

 使用人が下がり扉が閉じられると、スペルビアは空いている席へと移動して座る。そこは丁度バルクと対面する位置だった。



「お前がサテュロスの使いの者か?」

「いえ、私が首領ボスですよ。スペルビアと申します。よろしくお願いしますねバルク殿」



 スペルビアの言葉を聞いて場が凍った。

 サテュロスから代表を連れて来いと書状を出した以上、来るのは幹部の誰かだと思っていたのだ。まさかボスが直々にやって来るとは思っていなかったのである。そのインパクトで場を握ったと確信したスペルビアは、更に先手のカードを見せた。



「メルシェラ姫の救出……それであなた方は何を差し出せるのですかな?」



 まだ公表していない事実を突きつけられ、更に交渉の内容まで当てられた。メルシェラが誘拐された事実は裏組織である以上、把握していてもおかしくはない。その上で呼び出したのだから救出を依頼するのだろうと予測できる。

 しかし、それはグロリア公国から言い出してこそ意味があるのだ。

 ボスであるスペルビアが一人でやってきたという事実、そしてサテュロスへと乞い願う形へとなりつつある状況。それはグロリア公国とサテュロスが対等でなくなったということを意味していた。




「……サテュロスにはグロリア公国の裏を仕切る権利を与えたい……と思っている」

「ほう! 権利ですか?」



 辛うじて流れを取り戻そうとバルクが口を開くが、スペルビアは自信たっぷりな態度で言い返した。



「権利も何も、私たちは後一年以内に全てを掌握します。権利など必要ないのですよ。そんなものなくとも裏世界を支配する準備は終わっているのですから」



 どこまで本当かはグロリア公国側では計り知れない。

 しかし、裏の経済だけでなく表の経済にまで手を伸ばしているサテュロスの勢力は強大だ。可能か不可能かで判断すれば、可能と言わざるを得ないだろう。

 場所もレイトン城であり、相手は一人。交渉は有利に進められると高を括っていたバルクは数分前の自分を殴りたくなった。



(く……これではこちらが不利な条件を飲まざるを得ないぞ! 何なのだコイツは!)



 グロリア公国が決して今のサテュロスに手を出せないことを見越した大胆な行動。その上で尊大な態度を取っていることを鑑みれば、スペルビアは間違いなく大物である。バルクはそう確信した。



「……サテュロスは何が望みだ。権利が必要ないと言うなら、何を望む?」

「望む? 私たちは望むものを全て自分の手で掴み取ります。だからこそ、私は初めに言ったのです。何を差し出せるのかと」

「く……こちらを試しているつもりか?」

「おや? グロリア公国とはたかが裏組織に試されるような器なのですか?」

「減らず口を……」



 あっという間に流れを奪い取られ、バルクは奥歯を強く噛む。

 サテュロスはあくまでも恵みを与える側であり、グロリア公国はそれを享受する側だ。本来ならばグロリア公国が上に立てるはずだったのだ。しかし、メルシェラが誘拐されているという特殊な状況が、それを逆転させてしまう。

 全て、スペルビアの計画通りである。



「……貸しということでどうだ?」

「まぁ、妥当でしょう」



 スペルビアは何ということもない風に頷くが、全く妥当ではない。これが組織同士の取引ならともかく、国に対して貸しを与えるというのは大きい。

 つまりそれは、何でも一つだけ言うことを聞くということに他ならないからだ。バルクは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべていた。グロリア公国はサテュロスに借りを返すまで大きく出ることが出来なくなる。一時的だったはずの上下関係が、今後も固定されてしまう。何もかもが予想外であり、有利に進めるべく準備していた事柄も全て吹き飛ばされた。

 だとすれば、予め用意していた契約書も意味をなさないだろう。全ての前提が変わってしまったのだから。



「私たちサテュロスはメルシェラ姫を無事に救出して見せましょう。それを公国への貸しとします」

「無事に助け出せるのだろうな?」

「アステスは落ちぶれかけた組織ですよ。何なら今日中に確保して見せましょう。既に準備すら整っているのですから」

「初めから用意があったということか……」



 初めからこちらが有利だと驕っていたツケが回ってきた。たかが裏組織だと侮り、新興組織だから国との繋がりに飛びつくだろうと甘い予想をしていた結果がこれである。

 サテュロスは情報を揃えてあらゆる想定をした上に、ギリギリのラインを弁えて交渉の場を逆転させてみせた。

 傲慢だったが故に、傲慢の悪魔に敗北したのである。



(相手を間違えたかもしれないな……)



 バルクの後悔は既に遅かった。











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