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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
四人将棋~破滅の神剣編~
75/123

75話


 仮面を被り、黒いローブに身を包まれた怪しい人物。

 そんな者が現れれば、ギャバン・アリスティアの護衛たちは即座に行動する。武のフランチェスカ家に連なる者たちが武器を抜いて前に立ち、侍従のメフィス家に連なる者たちはいつでも盾になれるようにギャバンの側へと寄った。

 怪しい男ことセイは予想通りな展開に対しても落ち着いて行動する。



「どーも、こんにちは」

「貴様、何奴!?」



 フランチェスカ家の者に剣を向けられるが、セイは全く動揺した様子もなく指を鳴らした。すると、セイの左右に一つずつ木の箱が現れる。樹属性魔法陣によって即席で作ったものだが、大きさとしては大人の身長ほど高さがある縦長のものだ。

 魔法陣の研究をアビスネットワーク内部で続けていた結果、このような複雑な造形も出来るようになったのである。

 そしてセイは周囲を見渡しながら、広場全体に聞こえるように声を張り上げた。



「今日は折角の祭りです。折角なので面白おかしく処刑して見せましょう。如何ですか? 必ず、愉しませてみせますよ?」



 更にセイは震える四人の子供の足元にも魔法陣を展開し、蔦を伸ばして動けないように縛り上げた。痛くないようにしたのだが、四人は恐怖で悲鳴を上げる。



(悪いね。少しの辛抱だ)



 仮面の下でそんなことを呟くが、周囲には聞こえない。

 ただ、佇んでギャバンの返事を待った。

 すると、ギャバンは興味を持ったのか、セイに対して質問を投げかける。



「ふん。儂を愉しませるといったな小僧。ならばそこの一人でやってみろ。面白ければ儂の前で芸をする栄誉を与えてやろう」

「ありがとうございます」

「だが! もしも面白くなければ、即座に貴様の首を刎ねてやる。いいな?」

「勿論ですよ」



 仮に面白くないと判断されても、セイは即座に逃げる予定である。それに子供を助けるのも見るに堪えなかったからであり、どうしても助けたい訳ではない。ミスしても大丈夫という心の余裕がある分だけ気楽だった。

 そしてちょっとした芸をする許しを得たセイは、子供の一人を抱えて右の箱に入れる。箱は開くようになっており、カパリと開けて子供を放り込む。仮面をつけた怪しい人物に箱へと放り込まれた恐怖からか、その子供はパクパクと口を開閉するだけだった。

 セイとしては都合が良かったが。



「では皆さん、ご注目を。今、こちらの箱に子供を入れました。それは間違いありませんね?」



 そう言いながら見渡すと、皆が黙って頷いていた。ギャバンに関しては鼻を鳴らして肯定している。広場にいる皆が、これから起こることを緊張しながら眺めていた。

 皆が注目していることを確認し、セイはアイテム袋から鋼の剣を取り出す。



「そして取り出しましたのは何の変哲もない鋼の剣です。これを―――」



 セイは何気ない様子で剣の切先を箱に向け、刺した。



「―――こうします」



 途端に広場の各所から悲鳴が上がる。

 子供が入れられた箱に剣を突き刺したのだから当然だ。

 だが、セイは各所から悲鳴が上がるのも気にせず、二本目の剣を取り出して再び刺した。更に三本目、四本目の剣も箱に刺していく。まるで容赦なく箱に剣を突き立てるセイを見て、ギャバンは愉悦に浸っていた。

 残虐なものを好むギャバンだが、こうして見えないものを想像するのも面白いと感じていた。そして箱を開けた時に見える結果と自分の想像を比べることで、面白さが増すのである。



「さて、これで十本目!」



 セイは道具袋から取り出した十本目の剣を箱に刺した。

 ギャバンとその取り巻き以外は悲痛な表情を浮かべながら箱の中の子供のことを想像しており、中には顔を青くしている女性もいる。

 木の箱は見るも無残なほどに剣で刺され、もはや子供の生存は絶望的だった。



「ふははははははは! なるほど、そういう趣向も良いな!」



 ギャバンだけは高らかに笑って愉しそうな表情を浮かべる。それを見て顔を顰める者もいたが、神子一族に対してそのような表情を向けるのは不味いと判断して、すぐに表情を戻す。

 この街では、神子一族は全てに優先される。

 彼らが不愉快に感じれば、その対象は必ず滅ぼされなければならないのだ。逆に、彼らを愉しませるものはいつまでも残るというわけである。

 だが、セイは子供を殺すために出てきた訳ではない。

 箱に入れて剣で突き刺すだけという、意味のないことをするつもりはなかった。



「皆さんお待ちを。こちらの剣が指された箱……中を想像すると可哀想なことになっていそうですね? ところで、もう一つの箱を開けてみましょうか」



 セイの言葉に全員が疑問符を浮かべる中、剣を刺していない方の、空だったはずの箱が開かれる。するとそこには、子供が入っていたのである。箱に閉じ込められていたはずの、十本の剣で突き刺されたはずの、子供が蔦で縛られたまま入っていたのである。

 中から出て来た子供は眩しそうに目を細めた後、何が起こったのかよく分からないといった表情を浮かべていた。

 これに驚いたのはギャバンである。

 真っ赤に血に塗れて死んでいなければならないはずの子供が、もう一つの別の箱に入っていたのだ。これに驚かないはずがない。

 どよめく民衆を眺めながら、セイは声を張り上げる。



「どうですか? この愉快な手品マジックショーは?」



 何の仕掛けもないハズの木箱から木箱へと移動する。それも箱を開けたりせず、いつの間にか移動していたのだ。

 そんなことは有り得ないと誰もが考えた。

 しかし、これは何のこともない魔術マジックである。つまり、ただの転移魔術だった。種も仕掛けもないのは当然である。

 初めに木箱を生成したとき、木箱内部に転移魔法陣を刻んでおいたのである。そして子供を木箱に入れた後、転移魔法陣でもう一つの箱に移す。その後、空になった箱を剣で突き刺したのだ。

 つまり、剣で刺したのは初めから空箱だったのである。



「ふうぅむ。これは驚いた。もう一つしてみよ」

「ええ」



 転移魔術は個人で扱えるものではなく、まさかそんな魔法が内部で発動していたなどとは誰も思わない。子供のケンカでミサイルを使ったりしないのと同様に、ただの曲芸で転移魔術を使うなど有り得ないというのが普通の心情だ。

 そしてアンコールを受けたので、セイは二つの箱を燃やして消した後、新しい樹属性魔法陣で別の木箱を一つだけ作り出す。そこに先の子供を再び閉じ込めた。



「では、次は綺麗な赤い花火を見せて差し上げますよ」



 セイはアビスネットワークを起動して全力の演算をする。緻密な魔力操作で次の魔術マジックの準備をしていたのだ。

 まず、反重力魔法陣を木箱の下に展開する。それによって重力が中和され、更に木箱はゆっくりと浮き上がっていった。凡そ二十メートルほど上昇したのち、空中で停止する。



『おぉ……』



 複雑な魔法陣を操るセイに対して民衆は感心の声を上げる。魔法陣はまだ研究段階の技術なので、これほどに高度な魔法陣を自在に扱うのは国に仕える魔法陣学者でも滅多にいないだろう。だからこそ、仮面をつけた怪しい男に対しても感心の目を向けたのである。魔力の精霊王であるセイからすれば、この程度の魔力制御は出来て当然なのだが、人間からすれば凄まじい技量なのである。

 また、子供を殺していなかったことも大きい。

 そして、今度はどんな手品マジックが見れるのかワクワクしているようにも見えた。



「では、いきますよ……?」



 セイはそう言いつつ、空中に浮かぶ木箱へと手を翳す。

 それに釣られて広場にいる全員が息をのみながら木箱を見上げていた。



(爆属性をメインに炎属性で高熱化。連鎖爆破を想定して魔法陣を設置。シミュレーション完了、合計八個の魔法陣をセット!)



 パチンッと強く指を鳴らし、一気に魔法陣を展開する。木箱表面の六面に加え、浮かぶ木箱の上下にも大きめの魔法陣を二つ設置する。合計して八個の魔法陣が木箱を包み、魔術が発動した。

 次の瞬間、セイの計算によって設置された魔法陣から爆破が生じる。

 上手く連鎖爆破させたことによって木箱は綺麗に潰れ、深紅の炎に紛れて同じ色の液体も降ってきた。紛れもない、血液である。

 爆破魔術は見栄えよく、さらに効率よく木箱と中身を破壊するように設置されていたので、空には深紅の花火が打ち上がっているように見えただろう。

 民衆は何が起こったのか理解できずに茫然とし、消し炭の何かが落ちてきたことで状況を悟る。

 それは最早、人型ですらなかった。



「まさか……あの子供……?」



 誰かが呟いたその一言で悲鳴が上がる。

 先程のように、子供は別の場所に移動してしまったのではないか。そんな風に思いたかった。しかし、残念ながら人が焼けこげた匂いと共に黒い消し炭、そして広場に散らばった大量の血液という物的証拠がある。

 間違いなく子供は死んだ。

 それも、バラバラになって、消し炭となって死んだのだと誰もが悟った。



「ふははははははは! 素晴らしい! 素晴らしいぞ貴様は!」



 そんな空気の中で一人笑い声を上げるのはギャバン・アリスティアである。

 一度は手品マジックによって子供を救い出し、希望を与える。そして次の瞬間に爆殺である。嗜虐的な趣味を持つギャバンが喜ばないはずがない。



「良い! 良いぞ! さぁ、もう一度やってみろ! まだ三つも残っているぞ!」

「仰せの通りに」



 仮面をつけたセイは大袈裟に礼をして三つの魔法陣を残る子供たちの真下に展開する。樹属性魔法陣によって新しい木箱が出現し、そのまま子供たちを呑み込んだ。更に反重力魔法陣を展開し、同じように空中へと浮かべる。



「今度は三つ同時ですよ」



 セイはまた指を鳴らし、魔法陣を展開する。一つの木箱につき八つの魔法陣を使用するので、合計して二十四の魔法陣を同時に扱っていることになる。凄まじい演算能力を見せてつけているのだが、これから起こる惨劇の方に気を取られて誰も凄さに気付かない。

 広場の各地から女性の悲鳴が聞こえる。

 しかし、魔法陣は慈悲もなく発動し、乾いた破裂音と共に深紅の液体が飛び散った。



「ふはははははははははははは!」



 余程面白かったのか、ギャバンは笑いが止まらない様子だった。

 そしてその隙に、セイは自身の足元へと魔法陣を展開する。



「では余興を終わらせていただきます。それではまた・・



 最後に一礼すると、竜巻のように天に昇るような炎が出現する。炎はセイを包み込み、その姿は全く見えなくなった。余りの熱気に周囲の人は両手で防ごうとする。

 そして一際強い熱風が吹き荒れると同時に炎は消え去り、既にそこには仮面の人物は消えていた。披露した手品マジックだけでなく、去り際も鮮やかである。

 これまでにないショーを見せられたギャバンは、満足気に腹を揺らしながら近くの侍従に向かって叫んだ。



「奴を探せ! 儂の前でこれからも芸をする栄誉をやるのだ! 絶対に探せ!」

「はっ!」



 侍従のメフィス家に連なる者がすぐに返事をする。そして仮面の人物がまだ近くにいないか探そうとしたところで、あることに気付いた。



(む……? アレンにメリダ、リーリャがいませんね。いや、ヒルベルトもいない。全く、ギャバン様を置いてどこに消えたのでしょうか……帰ってきたら罰を与えなくてはいけませんね)



 ギャバンの側仕えをしているディーゴ・メフィスは眉を吊り上げながら思案する。いつの間にか親戚でもあり、部下でもある四人が消えていたのだ。それもギャバンの指示もなく消えていたのだから、内心では神子一族に対する忠誠の無さに怒り狂う。

 しかし、ギャバンの前では冷静に務め、その四人は初めから居なかったかのように振る舞った。今はギャバンに仕えることが優先であり、四人への罰は後で良いと考えたのである。場合によっては、今見た仮面の人物がする手品マジックで花火にすることで、ギャバンに対する最期の忠義を示させようと考えていたほどである。

 だが、消えた四人が帰ってくることはなかったのだった。








 ◆ ◆ ◆






 巻き上がる炎と共に転移で消えたセイは、とある裏路地に移動していた。そこには蔦によって縛られた四人の子供たちが恐怖に震えながらセイの方を見ている。

 傍から見れば、子供たちを襲ってる仮面の不審者にしか映らないだろう。



(全く……助けてあげたのに酷いね)



 セイは爆破で子供たちを殺したわけではなかった。

 爆破の寸前に、内部にいる子供たちを転移で別の場所に移動させ、代わりにギャバンの側にいた侍従を空箱の中に転移させたのである。つまり、宙に浮く箱の中身は知らぬ間に入れ替わっていたのだ。

 皆が上空を見上げていたので足元の魔法陣には気付かず、更に転移で一人が消えても気付かなかった。結論として、爆破によって生じていた人の焼ける匂いと消し炭、そして大量の血液は、代わりに犠牲となった侍従のものなのである。

 戦闘力のない侍従のメフィス家とはいえ、神子一族に仕える者たちだ。どうせ始末するので、ここで利用しても問題ない。



「さて、子供たち。俺の手品マジックを手伝ってくれて感謝しよう。精々、神子一族の怒りに触れないように生きてくれ」



 今回助けた子供にも、特に思い入れがあるわけではない。

 セイは言うことだけ言ってすぐその場から消えたのだった。








リアルマジック

今回はちょっと思いついて入れたネタ回でした。

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