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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
四人将棋~破滅の神剣編~
74/123

74話


 中立都市アリオンで活動するセイは、ここにきて一年近く経とうとしていた。怠惰の悪魔アケディアと暴食の悪魔グラの協力によってアビス金貨がばら撒かれ、お陰で情報網も完成している。中には商人の手を渡って他国まで行ってしまった金貨もあるほどだ。

 これらの情報はアビスネットワーク内部で整理され、記憶領域によって保存されている。

 そして神子一族に仕える武のフランチェスカ家で模擬戦相手の依頼を受けるセイは、久しぶりに休暇を堪能していた。理由としては、三日前からの祭りが開催されていたからである。この祭りは代表神子アリアの誕生を祝うものであり、神子一族に仕える四家は護衛や世話などの仕事に駆り出されていた。

 結果として、セイは休暇となったのである。



「しかし日本の祭りとはまた違っている……」



 大通りを練り歩きながらセイは周囲の様子を観察する。

 日本の祭りは豊穣を願ったり、鎮魂の意味があったりと、八百万の神にちなんだものが多い。そして村人や町人が中心となって祭りを盛り上げていく。

 だが、代表神子アリアの誕生祭は、全て神子一族に仕える者たちが取り仕切っている。税として集めた莫大な資金を利用して各地から劇団や曲芸師を呼び集め、都市の各広場で無料公演するのだ。それを目的に集まってくる人々をターゲットに、店を構える者たちもサービスを広げる。通常よりも割引したり、記念グッズがついてきたりと客寄せに大忙しなのだ。

 結果として、都市全体が活気に満ち溢れるのである。

 問題の代表神子アリアは、街を練り歩きながら呼び込んだ劇団や曲芸師の演題を鑑賞する。そして街行く人々は代表神子の乗る人力車を見て、道を開け、平伏するのだ。ちなみに、ここで地に額を付けない者はその場で処刑されても文句は言えない。赤子を抱いている母親は、赤子を泣かせると母子ともに死刑となることすらある。神子一族の前では絶対に不興を買ってはいけないのだ。



(おっと……この先に神子一族を乗せた人力車があるみたいだね。脇道に逸れよう)



 セイはアビスネットワークを駆使することで神子一族に合わないように移動する。正直、額を地に付けて平伏すなどやりたくないからだ。

 今日は都市全体に十台以上の人力車が走っている。大通りでは気を付けておかないと、すぐに神子一族に遭遇してしまうだろう。

 ちなみに、神子一族は現在では三十人以上いる。主に知られているのは代表神子アリア、そしてその両親と弟だが、一族として考えれば他にもいる。中には街を歩く美しい女を無理やり手籠めにしたことで生まれた子もいるのだが、そちらは分家となるのであまり知られないのだ。



(神子一族の居住区はまだ謎が多い部分あるからね。スペルビア、イーラ、ルクスリアの方もまだ時間がかかるみたいだし、慎重に攻めていこうか)



 大悪魔が封印されていると思われる神剣の場所は大まかに予想が出来ている。しかし、その場所には厳重な封印がされており、術式を見るに神子一族の血筋が解除するために必要らしい。そのため、内部に神剣があるのかどうかは未確認のままなのだ。

 コッソリと《破魔》で解除するにしても、常に警備の者がいる。恐らくは裏を司るメイガス家だろう。黒い服で全身を覆い、忍を思わせる姿をしていたからだ。

 高位悪魔たちを集結させて一気に攻めれば突破できる可能性が高い程度の警護だ。真面目に神剣を強奪するという方法も考えた。しかし、それでは神剣を盗んだ犯人という像が生まれてしまう。セイの理想は、これが陰謀とバレることなく大悪魔を解放することだ。

 そのために色々と作戦を練っている。

 まだ国家と直接戦えるほどの戦力はない。大悪魔もセイの部下ではないので、不利と悟れば裏切ることもあり得るだろう。だからこそ、今は魔王の活動を表に出すわけにはいかないのだ。

 歴史的な因果によって神剣から大悪魔が解放される。

 セイはそこを目指しているのである。



「少し横着するか」



 セイは足元に魔法陣を展開し、重力を緩和する。そして強く踏み込んで跳び上がり、一気に屋根まで行って着地した。街中で強力な攻撃魔術の使用は禁止されているが、この程度の補助魔術ならば問題ない。屋根に上ったセイは広場が見える位置に移動して腰を下ろす。

 広場では曲芸師が魔術を利用した曲芸を見せているところだった。水系の魔術を使って噴水を作ったり、動物の姿を模して動かしたりと器用なものである。相当な訓練を積んだのだろう。あのような魔術による造形はかなり緻密な魔力操作と精密な想像力が必要になる。アレを習得するぐらいなら、攻撃魔術を一つ覚える方が簡単なぐらいだ。

 セイの場合、無属性以外の魔術は魔法陣で再現しなくてはならないため、造形は難しい。その代わり、無属性障壁は造形を自由自在に操ることが出来るが。



「んー、一応だけど姿は見せない方がいいよね。屋根に上っているところなんか見られたら怒られそうだし」



 中立都市アリオンの屋根はかなりカラフルだ。現に、セイが乗っている屋根もオレンジに近い赤である。つまり、黒い服装のセイは目立ってしまう。仮に神子一族が大通りを通る時、屋根にいるセイを見つけて不敬だと言われるかもしれない。高所から神子一族を見下すとは何事だ、という風に思われるのだ。

 だからこそ、セイは姿を隠す魔術を展開する。



「メインは虚属性で、聖属性の光制御も入れるかな? 周囲に溶け込むようにするには……周りの景色をコピーして投影するのが一番か。光を透過させると俺の眼にも光が届かなくなるし」



 セイは十秒と経たずに魔法陣を組み上げ、光学迷彩の魔術を完成させた。そしてすぐに魔法陣を展開し、周囲の景色に溶け込む。これで周りからセイの姿は見えなくなった。これはセイを中心に展開した魔術ではなく、場所を固定して範囲展開した魔術だ。この場所から動けば、迷彩の発動している範囲から出てしまう。実戦ではあまり役に立たない魔術だろう。

 移動しても迷彩が途切れないようにセイを中心に展開する場合、常に周囲の景色をコピーして投影する変数を盛り込まなければならない。すると、途端に魔法陣が複雑で巨大になるので、それもそれで実戦では使いにくいだろう。さらに、変数適応時のタイムラグが発生すると思われるので、高速で移動すると迷彩が歪んで見える可能性が高い。

 どちらにせよ、強者相手には通用しない魔術だ。



「うん、取りあえずは溶け込めたかな? 魔力感知されたらバレるだろうけど、屋根の上まで確認するもの好きはいないでしょ。それに魔力感知も希少だし」



 こうして特等席を確保したセイは、そのまま広場で繰り広げられる曲芸を観察する。時には魔力感知を使いながら、新魔術の構想を練ったりもしていた。こうした職人芸というのは総じて、実戦にも役立つ時がある。

 たとえば、熱を限りなく抑えた炎。これは高熱の炎を交えることで緩急のある攻撃をすることが出来るようになるだろう。他にも植物の種に樹属性魔力を仕込むことで成長させるという仕組みも有用だ。種に仕込んだ魔力が自然拡散するにしても、トラップとしては充分に使える。

 なかなかに学べる部分も多いのだ。

 セイがそうして広場の演劇や曲芸を楽しんでいると、そこへ神子一族の人力車がやってきた。ちなみに、人力車を引いているのは奴隷である。この中立都市アリオンだけでなく、世界的に奴隷は禁止だが、神子一族だけは特別に奴隷を持つことが出来るのだ。多くは借金の形に神子一族へと売り飛ばされた者たちだが、中には無理やり奴隷にされる場合もある。特に見目麗しい男女は、そういった目的で無理やり奴隷にされてしまうケースがあるのだ。

 恋人や子供を奪われた者は両手両足の数で足りないほどである。

 最近では、それを防ぐために化粧をする。美しく見せるための化粧ではなく、醜く見せるための化粧をすることで神子一族の目を誤魔化すのだ。そうでもしなければならないほど、神子一族の権力は大きいのである。



「あれは……確かギャバン・アリスティア。代表神子の父親だっけ?」



 人力車に乗っているのは丸々と太った中年の男である。皮膚からは脂ぎった汗を流しており、それを側仕えのメフィス家に拭かせていた。太っているのでアリアとは似てもつかないが、よく見れば目元などには面影がある。

 そしてギャバンがやってきたことで周囲の人々は皆、平伏して礼を示し始めた。当のギャバンは、それを当然のように振る舞って曲芸師の前まで人力車を移動させる。すると曲芸師も途端に緊張したように見えた。

 万が一にも失敗は出来ないのだから当然だろう。

 これまで以上に力が入っているのが見える。



「なるほどね。ギャバンがいる間、市民たちは絶対に顔をあげることを許されない。あのままの姿勢で待ち続けないといけないわけか。とんだ迷惑だね」



 広場の端に寄った市民たちが一斉に平伏し、中心は人力車に乗ったギャバンが曲芸を鑑賞する。バックグラウンドミュージックとして流されている曲にも虚しさが混じっていた。

 尤も、ギャバンは優越感から満足気な様子だが。

 そうしてしばらく屋根の上から観察していると、セイは不意に魔力が移動してくるのを感じた。広場と繋がっている裏路地を移動する幾つかの魔力は、走っているかのような速度である。



(これは……子供? とすると不味いね)



 向かっているのは恐らく子供だ。そして広場で神子一族が曲芸鑑賞をしているとは思いもよらないだろう。大人ならば多少の配慮もするだろうが、子供にそこまで考えさせるのは酷だ。

 そうだとすると、広場に飛び出してギャバンの不興を買うのは目に見えている。セイが忠告するにしても、既に間に合わない。そもそも、動くと光学迷彩が消えてしまう。

 残念ながら四人の子供たちが不用意に広場へと飛び出してきてしまった。



「ほら、おっせーぞ!」

「ゲイン君が早すぎるんだよ!」

「はぁ、はぁ……待ってよ」

「もうだめ……」



 元気に飛び出してきたのが一人、そして続いてもう一人が追い付き、更に残りの二人が息を切らしながら同時にやってきた。だが、四人は広場がどのような状態なのかを一目で理解し、思わず立ち止まっている。

 広場中央の人力車、そして平伏する人々。これらを見て、自分たちがこれ以上に無く不味い状況であると理解してしまったのだ。そしてそこですぐに額を地面につけるということが出来ないのも子供である。子供という生き物は、不味い状況に出くわすと、取りあえず逃げるのだ。



「逃げろ!」



 初めに広場にやってきた子供が言うと、四人は一斉に元来た裏路地へと引き返す。しかし、それを見逃すギャバンではない。鑑賞を邪魔されたことで、彼は苛立っていた。



「あのガキどもを捕えろ。すぐにな」

『はっ!』



 護衛に就いているフランチェスカ家の者たちが同時に返答し、すぐに動き出す。子供たちに初動があったとはいえ、所詮は子供と鍛えられた大人だ。あっという間に子供たちは捕まる。

 何処からか取り出されたロープに縛られ、身動きできない状態にされてギャバンの前に引き渡された。



「ふん……目障りなガキめ。儂を不愉快にさせた罪は重い」



 人力車の上から見下されている子供たちは震えて声も出ないらしい。顔も青ざめており、今にも泣きそうな表情だった。

 そんな四人の子供たちを見てギャバンは嗜虐に満ちた表情を浮かべる。



「……だが、儂も大人だ。子供が少し騒いだ程度なら赦してやろう。条件付きでな―――」



 そういったギャバンは、小声で側仕えに何かを告げる。すると、側仕えは大きく頷いて懐から果物ナイフを取り出し、四人の前に置いた。

 そして再びギャバンが口を開く。



「それを使ってお友達を一人殺せ。誰が殺しても良いぞ? そうすれば儂への重罪を赦してやろう。なに、簡単だぞ? たった一人……たった一人を誰かが殺すだけで皆が赦される。実に寛大な処遇じゃないか。ハハハハハハッ!」



 どこが寛大なんだ、と呟いてセイは舌打ちする。

 想像以上にギャバンが下種で吐き気すら催しそうだ。

 一人殺せば皆が助かる。ギャバンは簡単に言っているが、子供にそんなことが出来るはずもない。仮に殺害できたとしても、殺した一人は一生罪を背負わなくてはならない。

 四人とも殺されたくないし、友達は殺したくないし、友達に殺されたくもない。

 そんな恐怖の中にあったならば、ただ震えて何もできないまま死を待つしかないだろう。周囲の者たちも巻き込まれたくないからか、何もしようとしない。絶体絶命だった。



「……どうせ滅ぼすと分かっていても、このまま見過ごすのは癪だね」



 セイはそう言って道具袋に手を伸ばす。そして顔を隠すための仮面を被り、ローブを纏った。そして足元に重力軽減の魔法陣を描いて力強く跳び上がり、震える子供たちの背後に着地する。

 ギャバンは急に現れた仮面の男に驚いた。



「何者だ貴様!?」



 偽善とはいえ、子供たちを助けるために危険を冒しているのだ。セイはアビスネットワークをフル回転させて各種演算を実行する。そして全ての準備を整えてギャバンへと目を向けたのだった。








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