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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
四人将棋~破滅の神剣編~
73/123

73話


 イーラが潜入しているフィーベル公国の西側。そこに位置するドロンチェスカ公国には色欲の高位悪魔ルクスリアが潜入していた。絶世の美女と呼ぶに相応しい彼女は、その得意とする分野によって大公ゼノン・ドロンチェスカへと近づく。

 大公が女好きという噂を利用し、一介の娼婦から大公の愛人にまで成り上がっていた。

 その期間は僅かに半年。

 突然現れた愛人に間者である可能性を疑われたが、そういった者は大公によって処断された。まさに男をダメにする高位悪魔である。



「ゼノン様。最近はお疲れのようね」

「ふ……分かってしまうか?」

「勿論よ。だって私は貴方様のことをいつも見ているのよ?」

「お前には敵わないな」



 今晩も事を終えて余韻に浸る大公ゼノン・ドロンチェスカ。彼は最近になってフィーベル公国からの侵攻に悩まされていた。新たにフィーベル公国で設立された特殊精鋭部隊インテリトゥムが猛威を振るい、既に二つの砦が落とされたからである。

 落とされた拠点はさほど重要ではなかったが、この短期間で砦を二つも落としたという成果は驚くべきものだった。恐らくは将軍クラスの戦力を保有しているのだろうと予想できる。

 何しろ、その特殊部隊は破壊に特化しているのだ。戦場には何も残らず、ただ灰と焼け野原だけが恐ろしさを伝える。恐らくは重要拠点でないからこそ、徹底的に破壊する狂気の部隊を派遣したのだろう。生き残りも毎回数名であり、僅かな情報からは赤髪の少女という部隊長らしき人物の像だけが浮かび上がった。これに怯える武官は少なくないので、別の意味でも厄介だ。



「こちらも将軍を出すしかなさそうだ」

「どの将軍がいいかしら?」

「そうだな……『軍神』アルベルト卿でも良いが、やはりここは『死師』に出てもらうしかない」

「まぁ……あのアルトリウス? 存在していたのですか?」



 これにはルクスリアでさえ驚いた。

 ドロンチェスカ公国では将軍は一人しかおらず、『軍神』カイン・アルベルトは誰もが知る有名人だ。彼は希少能力スキル『教導』を有しており、彼が訓練した部隊は軒並み実力を上げるのである。カイン・アルベルト自身はランク8からランク9の間程度の実力でしかないが、軍として考えれば最強なのである。全員がランク7以上で構成されているなど、軍事的観点からすれば悪夢でしかない。彼の保有する本部隊が数千人しかいないのは唯一の救いだろう。流石に傘下部隊はもっと弱い。

 しかし、これでは突出した個を相手にしたとき、大敗する恐れがある。例えば、フィーベル公国の紫電将軍アイリスのような凄まじい実力者が相手では数など意味がない。

 そこで、そのような相手に対抗する人物もドロンチェスカ公国は保有していた。

 それが『死師』アルトリウスである。



「アルトリウスの奴の噂は聞いたことがあるか?」

「ええ、少しは。ですが都市伝説だと思っていたわ……」

「ククク……それはそうだ。奴が表に出るのは不味い。色々と狂っているからな」



 ドロンチェスカ公国には将軍がカイン・アルベルト一人しかおらず、戦力的に不安視されることが多い。だが一般には都市伝説として番外の将軍がいると噂されているのだ。

 曰く、一人で万軍を滅ぼす大魔術師。

 曰く、生と死を操る死神。

 曰く、封印された悪魔。

 曰く、その名は『死師』アルトリウス。

 それが噂として流れている『死師』アルトリウスの噂である。一部ではドロンチェスカ公国が他国に牽制をかけるために嘘だとも言われているが、彼は実在する。

 そして死神でも悪魔でもなく、一人の人間だ。

 これは良い情報が引き出せたと、ルクスリアは続きを促した。



「ねぇ……その彼について教えてくれないかしら?」



 そして同時に虚属性の魔術を使う。自分に惚れている相手ならば精神の隙を突くのも容易い。それを使って僅かに思考誘導をかけるのだ。ルクスリアにとって魔術は技術の一つであり、その他多くの技術を多用することで情報を引き出すことを得意とする。

 その性質から女性には効きにくいが、男が相手なら確実に情報を搾り取れるのだ。

 当然、女好きのゼノン・ドロンチェスカは見事に引っかかる。



「ふ……秘密だぞ?」

「ええ、勿論よ」



 ルクスリアはそう言いながらゼノンの胸板に指を這わせた。

 そしてゼノンはルクスリアの頬を撫でながら不敵な笑みで話し始める。



「アルトリウスは伝説と呼ばれる混沌属性の使い手でな。特に死霊術を得意としている。混沌の力で悪意を集め、死体を器にして戦闘人形を作り上げる。死も恐れぬ軍団の出来上がりだ。それに、奴自身も混沌属性の魔術で楽に敵を滅ぼすことが出来るのだ」

「まぁ……」

「ただ、人格に問題があってな。アレさえなければ表立って将軍にすることが出来るのだが……」



 ゼノンはそう言って溜息を吐く。

 彼の言葉通り、アルトリウスには致命的な欠点があった。それを聞いたルクスリアは何やら利用できそうな予感がして興味を向ける。

 そしてゼノンへと身を寄せ、頬に触れていた彼の手を胸で抱きながら囁いた。



「あら、どんな性格なのかしら?」

「む……まぁ言っても良かろう。奴は極度の魔術馬鹿なのだ」

「魔術馬鹿?」

「うむ。自らが魔導の奥義に至るために、日夜研究をしている。だが、奴は混沌属性の使い手だ。死体を使った実験、命を奪う実験……そんなものは日常茶飯事。何しろ、戦場を巨大な実験場と抜かす奴だからな」

「それはまた……過激ね」

「ああ、ちなみにアルトリウスは刑務所の奥に住居を構えていてな。死刑囚を実験台として与えている。その契約で我が国の番外将軍になってくれているのだ」

「そうだったのね。知らなかったわ」

「ククク。これも機密の一つだ。都市伝説レベルなら思惑通りだが、事実として知られるのは不味い」



 ドロンチェスカ公国は犯罪を犯した時の罰がかなり重い。殺人は一発死刑、強盗も死刑、更に性的暴行も即刻死刑になる。軽犯罪では流石に死刑とならないが、それでも重い罪が用意されている。これらの刑法によってドロンチェスカ公国はかなり治安が良い。

 しかし、余りにも簡単に死刑を判決されるというのにも理由があった。

 それは『死師』アルトリウスに実験用の人間モルモットを渡すためである。魔術の奥義に至るためなら人体実験すら肯定するアルトリウスはまさに狂人。その狂人を繋ぎ留めるために死刑の範囲が広いのである。



「混沌属性ね……それこそ伝説だと思っていたわ」

「ははは。だが法則属性は存在するぞ。時空、力、混沌、生命の四つが法則属性と呼ばれているが、その内の時空、混沌、生命は既に確認されている。現代では力属性のみ再現できていないそうだ。世界の魔術学者は必死になって解明しようとしているところだぞ?」



 機嫌よく笑うゼノンだが、ルクスリアは歪みそうになる表情を抑えるのに必死だった。



(下等な人間ゴミ風情が大悪魔様の混沌を? 今すぐにでも殺したい……)



 混沌属性を操るというアルトリウスの居場所も聞けた。

 その気になれば殺しに行くことは出来るだろう。

 しかし、今は魔王の考えた作戦が優先される。これによって大悪魔が復活すれば万事解決だ。ここは自分の私情ではなく、高位悪魔としての義務を優先するべきなのだ。



(今に見ていなさい。絶望する瞬間を必ず見せてあげる……)



 ルクスリアは毎夜の如くゼノンを誘惑し、誘導する。

 情報を引き出し、情報を与え、魔王セイ=アストラルの作戦に沿うように大公を動かす。ドロンチェスカ公国は既に悪魔の掌の上だった。










 ◆ ◆ ◆









 高位悪魔たちの中でもやはり傲慢のスペルビアが最も効率的に仕事をこなしていると言えるだろう。

 彼が潜入した南部域を支配するグロリア公国は、非常に豊かだ。土地は竜脈減少の影響で痩せつつあるのだが、このグロリア公国はまだ豊かなのである。何故なら、このグロリア公国の南部に接するエスタ王国には竜脈湧点が存在するからだ。そこから流れる膨大な竜脈のお陰で豊かな土地が保たれているのである。

 元アルギル騎士王国のように希少な薬草が取れるほどではない。このエスタ王国の竜脈湧点は地下深くに存在するからである。しかし、これによって作物の収穫は常に黒字だった。

 そんな国でスペルビアが目を付けたのは経済である。

 賭博で有名な都市カールテッドへと入り込み、そこを一部支配するグループのボスに成り代わった。眷属悪魔とアビスを利用してあっという間に場所を特定し、殴り込みをかけて瞬殺。多少は手練れもいたが、スペルビアの敵ではなかった。そして賭博都市カールテッドを一週間と掛からずに裏から掌握して見せたのである。

 スペルビアは傲慢を司る。

 そして賭博とは人類が傲慢であるがゆえに起こす過ち、そして遊び。

 傲慢の高位悪魔プロフェッショナルにかかれば、賭博都市をより良くするなど造作もない。そこから一か月かけて改革案を浸透させ、数か月かけて順次適応させる。そしてあっという間にグループをスペルビア好みに作り替えたのだった。



「では、今月の状況を報告しなさい」

「はっ!」



 豪華絢爛な部屋で円卓を囲む黒スーツの男たちが会議をする。この中には当然のようにスペルビアも入っており、賭博都市の裏を仕切るボスとして完全に君臨していた。

 そしてすっかり部下となった者たちが報告をしていく。



「我らが取り仕切るカジノグループは順調に利益を伸ばしています。もう少しで裏のグループは全て掌握出来ることでしょう。既に向こうからもグループごと買収してくれないかと書状が寄せられています」

「表への侵食も順調ですね。こちらは国が一部仕切っているので難しい部分もありますが、我らが勢力を伸ばすことで国に妥協させることも可能となるでしょう。我らの思う通りに政策を取らせることも不可能ではなくなります。具体的なことが出来るまではあと一年……いや、九か月もあれば十分でしょう」



 表と裏。

 それぞれを担当する者からの報告を聞いたスペルビアは満足そうにする。まず、裏を掌握するのは何よりも大事だ。表に出ることなく状況を操作できるからである。黒幕として国を操るには絶対に必要な座だ。そして表への侵食がなければ、裏だけを支配したところで意味がない。表を操るには、相応のパイプが必要となるのである。

 現在、スペルビアは表で執政する文官などに対して多くの貸しを与えている。賭博都市を利用する政務官は少なくない上、接待賭博までしているのだ。その分だけ繋がりがある。

 色々と表沙汰に出来ない情報すら握っているので、今でも表の執政官をある程度誘導することは難しくないことだった。

 一通りの報告を聞いたスペルビアはゆっくりとした口調で話し始める。



「私たちのグループはこれから大きくなります。それに伴って組織内の派閥も生まれるでしょう。いえ、既に生まれている。しかし、私たちの目的は一つであるべきです」



 そう言ってスペルビアは立ちあがる。

 更に両腕を広げ、周囲を見渡しながら言葉を続けた。



「人々の傲慢を集める。そして私たちは傲慢を提供する。金に踊り、金に狂う生き様を提供する。それも個人、一族、組織……様々な単位でね。やがては国家すらも掌握し、我らの意志によって国を動かすのです!」



 そう言い切ったスペルビアに対し、円卓からはパチパチと拍手が送られる。その音は次第に大きくなっていき、遂には部屋中を包み込んだ。

 まだグロリア公国は明確な侵食を受けているわけではない。

 しかし、裏からじっくりと、そして確実にスペルビアの手に落ちようとしていた。既に表の執政官も一割がスペルビアに対して借りのある状態であり、いずれは大公ペリック・グロリアにすら貸しを与える予定なのである。

 悪魔の思惑で塗り潰す計画は誰も知らぬところで進んでいたのだった。








『死師』アルトリウスの噂は都市伝説みたいな感じですが、一般にも浸透しています。例えるなら『N〇SAが宇宙人と一緒にUFOを作っている』みたいな感じです。

まぁ、嘘だろうけどちょっと信じてしまう自分がいる。

そんな感じの噂ですね

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