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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
四人将棋~破滅の神剣編~
72/123

72話


 マグマが大地に溢れ、泉のように湧き出る。

 森は焼けて監視塔にも火がついていた。このままでは演習場も使い物にならなくなってしまうだろう。それでもイーラは止めるつもりなどなかったが。



「いいわ……いいわぁ……」



 風の魔法で空に逃げた紫電将軍アイリスは恍惚とした笑みを浮かべつつ呟く。自分と戦うに相応しい大魔術を披露したことでイーラを再評価したのである。

 アイリスにとって戦いとは蹂躙を意味する。

 自身の紫電に敵う者はなく、強すぎる魔力によって殆どの敵を一撃で倒してしまうのだ。魔王種と呼ばれる高位の魔物――魔力の精霊王とは別物――すらも落雷の一撃で炭化してしまうので、彼女と戦えるのは竜王クラスだけだと思っていた。

 しかし、ここにアイリスと戦える者がいる。

 それだけで彼女は興奮していた。



「ここは既に私の戦場だ」

「そうねぇ……それなら私も場を整えないといけないかしらぁ?」



 マグマの中で佇むイーラ。

 風の魔法で空中に留まるアイリス。

 有利なのは空を飛んでいる方に違いないが、イーラはそんなことは気にしない。溢れるマグマを操ることで灼熱の攻撃を仕掛けた。

 マグマが触手のように動き、空中にいるアイリスへと迫る。しかし、熱風と共迫るそれを、彼女は容易く回避して見せた。更に嵐属性をオリハルコンの剣に纏わせ、天に掲げる。



「来なさぁい」



 アイリスが呼んだのは積乱雲。

 風嵐属性の持つ根底の性質は「移動」と「放出」であり、雷雲を集めることなど容易い。ましてや地上に大きな熱源がある今は尚容易い。いや、正確に言えばアイリスのレベルになればこそ容易いのだ。莫大な魔力と濃密な嵐属性魔力があるから出来ることなのである。

 数秒と経たずに世界が改変され、魔術の法則に従って暗い雲が現れた。

 バチバチと暗雲の内部で放電を繰り返し、偶に雷光が走っている。

 地上のマグマ。

 天空の雷光。

 もはや戦い自体が災害にも等しい。



「死ね!」

「死になさぁい?」



 ただの模擬戦だったはずだが、既に殺し合いの次元へと至っている。

 火山の大噴火を思わせる勢いでマグマが天に昇り、一所に集まった雷が落ちてぶつかる。

 大地の怒りを操る者と天空の裁きを操る者。

 それはただの一撃で周囲に被害を及ぼす。

 もはや演習場の森は消えてなくなり、地面は罅割れて溶岩の川が出来上がっていた。無数の落雷によって遠くでも火災が生じ、二人の戦いから逃げていた者たちも必死の形相を浮かべている。



「爆散しろ」



 イーラは自らも風魔術で空中に飛び、爆属性の魔術でアイリスを攻撃する。一撃で巨大な屋敷すら吹き飛ぶ高威力の爆発も、アイリスは風の結界によって完全に防御していた。流体を操る系統の魔術は攻防一体となるのが特徴的で、アイリスは見事に魔術を使いこなしている。

 そこでイーラもマグマを操り、自身の周囲を覆うことで攻防一体の形とした。

 空中で武器を構え、対峙する二人。

 一人はハルバードを持った紅蓮の少女であり、燃えるマグマを従えている。球状に流動するマグマが周囲に幾つも浮かんでおり、降り始めた雨を意に介さず熱を放っている。

 もう一人はサーベルを構える紫電の女性であり、降り注ぐ雷光を従えている。常に紫電を纏っており、触れるだけで相手を痺れさせることすら可能だ。マグマの熱を利用して天空の積乱雲を育て続けており、時間と共に操れる雷は増えていく。



「炎使いはぁ……私と相性がいいのよぉ? 天候を操る私に勝てるかしらぁ?」

「ふん。児戯だな。私は星の怒りそのものだ。大空の小さな領域を従えたからと言って驕るようでは底が知れている」

「言うわねぇ?」



 そう言ってアイリスは目を塞ぎたくなるほどの落雷を落とした。雷速で放たれた攻撃は確かにイーラを消し炭に変えたはずだったが、光が晴れた頃には涼しい顔のイーラがそこにいるだけだった。金属成分を含むマグマを傘のように展開し、電流を全て受け流したのである。

 完璧なタイミングを掴めなければ死んでしまうような防御だった。

 しかし長きに渡り生きている高位悪魔のイーラには問題なく出来ることである。



「こういうことだ。所詮、その程度」

「それならこれはどうかしらぁ? 《黒雷嵐デス・ストーム》」



 次にアイリスが使ったのは嵐属性の中でもかなり高位なモノ。天と地を無数の竜巻が結び、その圧力によって広範囲を破砕する。同時に雷を無数に落として地上を焼き尽くすのだ。

 イーラのマグマも竜巻によって散らされ、そこに数えきれないほどの落雷が襲いかかった。

 熱の力で電子を逸らし防御するも、幾らかは通り抜けてダメージを与える。



(ムカつく)



 それがイーラの心に火を灯した。

 下等な人類ゴミが高位悪魔たる自分にダメージを与えたのだ。憤怒の悪魔である彼女は燃えるような感情に支配される。そして怒りとは彼女にとって力そのもの。

 爆炎の魔力が溢れ、その怒りは世界に投影された。



「邪魔だああああああああああああああ!」



 それはイーラの放つ怒りの咆哮。

 更に世界の憤怒。

 大地は地下水による水蒸気爆発で吹き飛び、凄まじいエネルギーと共に大量の岩石とマグマが空に舞い上げられた。これらのエネルギーによって嵐は消し飛び、紫電の猛りも黙り込ませる。

 風の結界があったとは言え、それを喰らったアイリスは大きく吹き飛んだ。

 そして数キロ先の空中でようやく止まる。

 今の一撃で積乱雲は吹き飛ばされてしまった。幾つかは残留しており、地上の熱で再び集まり始めて入るのだが、しばらくは弱体化してしまうだろう。



(でも面白いわぁ)



 しかしアイリスは怪しい笑みを浮かべるだけだった。

 これこそがアイリスの望んだ戦いである。一方的な虐殺ではなく、自分も死を感じるほどの激しい戦い。強烈な魔力と魔力のぶつかり合い。

 人の身にして人外ともいえるアイリスを満たすことの出来る少女。

 怒る紅蓮の彼女を見てアイリスは本気を出しても良いと思えた。

 本気を出そう。

 アイリスはそう考えてサーベルを天に掲げる。

 しかし、その瞬間、周囲数キロが雪景色へと変化してしまった。大地を赤く染めていたマグマもあっという間に冷えて黒く固まり、雷雲は雪雲に変化している。

 こんなことが出来るのはフィーベル公国の将軍の中でも一人だけである。



「あらぁ? 白銀将軍が出てくるなんてねぇ?」

「ふん。ここは国内の演習場だ。貴様らは国を滅ぼす気か?」

「そんなわけないわぁ。この国が滅んでしまったら力を振るう場所が無くなるものぉ」

「……ならばここで止めよ」



 アイリスの前に現れたのはフィーベル軍でもNo1将軍と言われるバルボッサ・ギークだった。別名で白銀将軍などと言われており、氷の魔術を得意としている。このように天候を変えることすら思いのままだ。実力はアイリスに劣るが、軍隊指揮能力は非常に高く、最も多くの軍団を保有している。大公マルス・フィーベルの近衛団も彼の管轄だった。

 薄いブルーの髪が逆立つ彼は、冷たいイメージと共に獅子のような獲物を狙う雰囲気も感じられる。

 これ以上暴れるなら容赦しないということだろう。

 そこへ炎を凍らされたイーラも怒り心頭でやってきた。



「何だお前? 邪魔をするなら爆散させる」

「落ち着け少女。ここで暴れるのは許さん。ここは私に勝負を預けよ」

「断ると言えば?」

「軍を追放した上に、私の全霊をもって貴様を討つ」



 正直それがどうしたと言いたい。

 しかしイーラの目的は軍の上層部に食い込むことであり、ここで追放されては意味がない。魔王セイ=アストラルによって大悪魔復活の計画が立てられているのだ。自分の怒りで計画が倒れてしまっては、高位悪魔の名折れである。

 一度大爆発で発散したこともあり、イーラは思ったよりすぐに冷静になることが出来た。



「ふん。仕方ない」

「それでいい。しかし実力は見せてもらった。貴様には後に相応の役職へと付いて貰うことになるだろう。覚えておくがいい」

「あらぁあらぁ? それなら私の軍に入れてくれないかしらぁ?」

「馬鹿を言うな。私がお前に負けたら軍に入る約束だった。だが私は負けていないぞ。状況で見れば私が有利だったぐらいだ」

「本当にそうかしらぁ? 私はまだ全力じゃなかったのだけどぉ?」

「それは私も同じだ馬鹿が!」

「ええい! 二人とも黙らんか!」



 バルボッサを挟んで言い合いを始めたので、再びそれを止める。そうしなければ災害のような戦いが再開していたことだろう。

 ともかく、バルボッサとしては被害が演習場崩壊だけで済んで良かったと思えるほどである。二人の戦いはそれだけ高次元のものだった。

 それで二人とも本気でなかったというのだから恐ろしい。

 バルボッサは魔法武装のブーストをかけてどうにか二人の戦いを凍結させることが出来たのだ。イーラとアイリスが本気で戦い始めたら止められないかもしれない。

 幸いにも二人は獣ではなく、知恵ある者だ。

 話せば分かるところはまだマシである。



「いいからここは互いに引け。分かったな?」

「ふん。仕方ない」

「分かったわぁ。ちょぉっとやりすぎたかもしれないしねぇ? ふふふふふふ」



 バルボッサからすれば何が『少し』だと言いたい。喉から出かかった言葉を飲み込み、二人を引かせることにする。

 そして三人は地上へと降り、バルボッサがコトの発端を聞き始めた。



「何故二人が戦っておったのだ? 今日は演習と聞いていたが?」

「コイツが私に挑んできただけだ」

「私がこの娘に挑んだだけよぉ?」

「事情は分かった。取りあえず紫電将軍が悪い。後で始末書があると思えよ」

「仕方ないわねぇぇ」



 困った表情で肩を落とすアイリスを見ると気が抜けたようになる。しかし甘い顔は出来ない。責任ある立場の者が一般兵に勝負を挑み、あまつさえ演習場を台無しにしたのだ。アイリスの実力を考えればクビにこそならないだろうが、ある程度の厳しい処分は必要になる。

 恐らくは演習場の賠償と減給だろう。

 そして問題はイーラの方である。



「次にお前だ。所属と名は?」

「第八軍十三分隊所属のイーラだ」

「分かった。貴様のような人材が一般兵の中に埋もれていたとは思いもしなかった。しかしこれは僥倖。すぐに実力に見合った立場を用意しよう。指揮能力は―――」

「ない」

「―――だろうと思った。だが使い道はある。辞令を待つがいい」



 バルボッサはイーラの使い道を頭の中で考えて、これからするべきことを思考を巡らせる。実力だけでは上位の地位に就くことなど出来ないのが本来だが、圧倒的な実力ともなれば話は変わってくる。

 それこそ、紫電将軍アイリスとまともに戦えるレベルなど中々いない。

 逃す前に相応の地位を与え、軍に縛るのが最善だ。

 イーラとしても予定とは違ったが、結果として良い方向に進んでいる。だからこそ矛を収めて引くことにしたのだ。憤怒を司る彼女の戦いを止めるなど、普通は出来ないことである。バルボッサも運が良かったのだ。

 そしてバルボッサは二人を帰らせ、工作隊を呼んで演習場を片付けることになる。



(全く……作戦が控えているというのに余計なことをしてくれた)



 フィーベル公国の西に隣接しているドロンチェスカ公国の軍事用砦を落とす作戦があるにもかかわらず、今回の事件の始末でバルボッサは追われることになる。

 それで苛立ちつつ愚痴を溢すのだが、それは彼の副官がどうにか諫めたのだった。

 この事件から一週間後、イーラは新聞の一面を飾るほどの昇進を果たす。

 特殊精鋭部隊インテリトゥムの隊長として抜擢されたのだった。







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