70話
御前試合も二回戦が終わり、残っているのは四人となった。
残っているのはセイ=アストラル、バズ・フランチェスカ、リファ・フランチェスカ、そしてクロード・フランチェスカというリファの兄にあたる男である。
ここで再びクジを引き、対戦相手を決めることになっている。だが、本来セイはリファの戦闘訓練相手として呼ばれているのだ。折角なので、この辺りでセイとリファの組み合わせをしたいということになった。
よって、第三回戦の二戦目にセイはリファと戦うことになったのである。
一戦目になったバズとクロードの戦いは、当然のようにバズの勝利となった。これでもフランチェスカ家の当主であるため、御前試合で負けるなど有り得ない。当主である以上、フランチェスカ家の最強はバズだからだ。
バズが得意とする柔の剣がクロードのレイピアを絡めとり、一分も経たずに勝負を決したのである。
そして演習場では、次の戦いが始まろうとしていた。
「貴様と戦う時を楽しみにしていた。先のアリア様への無礼、私から制裁してやる」
「まぁ、頑張れ」
「ちっ、余裕も今の内だけだ雑魚が!」
先日、セイにボロ負けしたことを棚に上げてリファは罵りの言葉で怒鳴る。ただ、リファも考えなしに言っているわけではない。
彼女の持つ血統スキル『リボーン』は、謂わば死にかけるたびに強くなれる能力だ。前回の戦いでこのスキルが発動し、リファは一段階強くなっている。そして今日の御前試合のために、強くなった力を調整し、使いこなせるようになったのだ。
リファの自信はここから来ている。
「始め!」
審判ヘイク・メフィスの掛け声で試合が始まる。
今回、セイは剣以外の武器を使用することに決めていた。それで選んだのが槍である。試合相手であるリファの得物が槍であるため、合わせた形だった。
アビスネットワークによる学習であらゆる武術を習得しているので、セイは剣以外の武器も一流並みに扱うことが出来る。魔素体であるため、しっかりとした動きのイメージさえあれば鍛練なくとも武器を振り回すことが出来るのだ。
この能力のお陰でセイは槍を使ってもリファに負けない。
「そんなものかな?」
セイはクルリと槍を回転させてリファの槍を弾く。突く、斬るが槍の基本だが、そこに棒術を組み合わせることで動きが多彩になる。
戦争では下手に武器を振り回すと味方に当たりかねないが、こういった試合ならば棒術も使った方が良い。
「舐めるな雑魚が!」
リファは大きく一歩下がりつつ、槍の柄を滑らせて長く持った。そのまま左足を軸にして回転し、遠心力で攻撃する。回転運動では、外側に行くほどエネルギーが増大する。リファが一歩下がったことで、穂先が丁度セイを切り裂くように調整されていた。
勿論、セイもそんな攻撃を受けるつもりはない。
回転運動に合わせて槍を差し込み、リファの力を利用して受け流すように打ち上げた。
リファは回転の力がそのまま上向きに持っていかれたことでバランスを崩してしまう。
しっかり地に足をつけていたところ、少し浮かされたのだ。一般人からすれば隙にならない隙でも、ある程度の訓練を受けた者からすれば十分に隙となる。まして相手がセイのレベルにもなれば、致命的な隙だ。
「はっ!」
「おぐっ!?」
槍の柄で気合の入った一撃を喰らわせる。鳩尾に入れて一撃ダウンを狙ったつもりだったが、流石のリファもそれだけは回避したようだ。微妙に打点をずらし、ダメージを抑えて吹き飛ばされる。大袈裟に吹き飛んでいるのも、自分から後ろに跳んだからだろう。
更に炎魔力によって肉体活性も行っていた。
これにより、本来のダメージから見て二割程度にまで落ちている。
「舐めるなと言った! 《千葬火墜》」
リファの炎魔術《千葬火墜》は小さな炎弾を大量に飛ばすというものだ。殺傷力は低めだが、数が多く、回避が難しい……いや、実質不可能だ。通常は、魔力を練って自身の魔力耐性を底上げすることでダメージを減らすように行動する。もしくは壁を作り出す魔術を即座に発動することで防ぐのだ。
つまりセイの《障壁》があれば余裕で防御できる。
しかし、ここで無属性魔術を使うつもりなどない。そんなものを使えば、自分が魔力の精霊王であることを語るようなものだ。だからと言って魔法陣魔術《氷結術》で防ごうにも発動時間的に考えて間に合わない。
そこで、セイは術式破壊を使った。
(アビスネットワークをフル稼働。炎弾の軌道予測、俺に直撃するルートを算出。それら全てを槍で叩き落すために最も効率的な動きを演算……確定。行程終了までの動きを四十八フェイズに分割し、それら全てのシミュレーションを実行。そのまま魔素体に適応……第一フェイズ開始)
セイはコンマ数秒で演算を終了し、左足を半歩下げて穂先を下に槍を構える。そして槍全体に濃密な魔力を流し込み、安定化させて術式破壊の準備をした。
第一フェイズ。
まずは左手を軸に下から上へと槍を回し、数個の炎弾を同時に消去する。
(続いて第二フェイズ)
左手を槍から離し、右手のみで回転させてまた数個の炎弾を消しつつ、左手も併せて回転を加速させていく。ここまでの行程で、この槍の回転運動を開始するのだ。後は回転を維持しつつ、全ての炎弾を術式破壊で消していくのである。
(次に第三フェイズ)
セイは半歩引いていた左足を一歩分だけ踏み出しつつ、頭の上で槍の回転を加速させて炎弾を撃ち落としていく。バランスを崩さぬように足捌きに注意して回転は加速を続けるのだ。
第四、第五、第六、第七フェイズ……
舞うように槍は回転し、同時にセイの体も回転する。
第十六、第十七、第十八、第十九フェイズ……
上から下に、下から上に、左右自在にと槍を振り回し、全ての炎弾を効率よく消し去る。
(もっと速く!)
第三十八、第三十九、第四十、第四十一フェイズ……
セイの槍捌きによって暴風すら生まれ、その風も計算して上手く炎弾を逸らす。ここが最も炎弾密度の高いフェイズなのだ。使えるものは全て使い、最適化した動きで対処する。
第四十四、第四十五、第四十六、第四十七フェイズ……
一番難しい場所は乗り越えた。残っている炎弾は後少し。
(これでラスト。第四十八フェイズ!)
セイに直撃するルート上の炎弾はこれが最後だ。それを綺麗に叩き斬り、《千葬火墜》の猛威を完全に乗り切った。
多少の火傷は覚悟する術のはずだが、残念ながらセイは無傷。
更に今の刹那の防御すらも次の攻撃へと利用する。
(重心を下げ、槍の回転はそのままに地面と平行へ。そして槍の回転を自分自身の回転運動へと変換する!)
回転の間に右手は逆手持ち、そして左手は添えるようにして槍と体を固定する。これによって槍からセイの体へと回転エネルギーが伝達され、セイは左足を軸にしてその場で一回転した。
この回転エネルギーを腰から肩、片から腕へと伝達させ、逆手に持った槍を上段に構える。
「な……にっ!?」
「喰らえ」
まさかの投槍。
リファの驚きは《千葬火墜》を完全に防いだことの他に、ここから槍を投げる動作へと繋げたところにあった。《千葬火墜》を術式破壊で防いでいる途中で溜めた回転エネルギーを、最後の槍投げで解放する。
運動エネルギーを無駄なく利用し、更に防御後の隙を失くした効率的な動きだった。
こんなものは人間業ではない。
一ミリでもずれたなら、最後の槍投げの際に大きなエネルギー損失をしたことだろう。
一センチでもずれたなら、幾つかの炎弾は防げなかっただろう。
一歩でもずれたなら、その場で転倒して大きなダメージを負ったことだろう。
それほどの繊細な綱渡りの末に可能な技なのである。
セイが溜めたエネルギーを込められて、槍は一直線にリファへと向かう。一瞬でも驚きで呆けてしまった彼女に回避することは出来ない。
「かは……げほっ……」
セイの投げた槍は見事にリファの腹を貫通した。肝臓の逆側であるため、致命傷ではない。しかし、凄まじい速度で槍が貫通した以上、内臓損傷は避けられないだろう。幾ら炎魔力で活性化しているとは言え、瞬時回復にも限界がある。
炎魔力は肉体を活性化させることで自然回復力を高めるだけなのだ。
当然、審判のヘイクはストップをかけた。
「勝者は自由戦士セイです! 早く治療を!」
こういう時に備えて控えていた聖属性使いが飛び出て治療を始める。まずは止血、そして一旦の安全を確保してから本格的な治療だ。生命属性ならばそんな回りくどいことをせずとも、あの程度の傷は瞬間的に治癒することが出来る。
治療ではなく再生とも言えるのが生命属性の力だ。
ちなみに、代表神子アリアはかなり強力な聖属性を保有している。それ故に代表神子として選ばれているのだが、部下の治療如きに術を行使するつもりはない。彼女が術を使うのは、何か明確な利点がある時だけだった。
アリアにとってアリスティア家に仕える四家でさえも使い捨てなのである。
「良い、良いわ! あのような攻防は初めてよ!」
「うふふ。アリアさんったら興奮して……そんなに良かったのかしら?」
「母上も素晴らしい攻防だったと思わない? ねぇ、ロクシスもそう思うでしょ?」
「はい姉上!」
重傷を負った部下を前にしてこの余裕である。
セイは一瞬だけ眉を顰めつつも、治癒は任せて演習場から降りた。魔法陣魔術を使えばセイも治癒に参加できなくもないが、助ける義理もないのでここは無視する。どうせ後で敵対するのだから、ここで死んだとしても問題にはならない。
そうして選手席へと戻ろうとしたところ、目の前にバズが立ち塞がった。
一瞬、娘に重傷を負わせたことで何か言われるのではないかと身構えたが、この父親はそういうことをする男ではないと思い出し、自然体に戻った。
すると案の定、娘の心配よりも先に別の言葉が出る。
「強いな貴様。以前見た剣といい、今日の槍といい……どこで身に着けた武術だ? 一朝一夕のものではあるまい?」
「そうですね。まぁ、強いて言うなら、死線を潜って手に入れた……そんなところでしょうかね」
「ふむ。強い訳だ。やはり武は実戦の中で成長する。死を体験する戦いこそが武を高めるのだ」
「まぁ、その点に関しては同感です」
バズはリファと異なり、その雰囲気に圧倒的な違いがある。
それは実戦経験であり、命を脅かされた数であり、命を奪ってきた数でもある。先日にリファと戦っているところを少しだけ見たが、フランチェスカ家の中でも格別の強さを持っているのだろう。まだ二十代にも見える彼が当主として君臨しているのは、その強さ故のことだ。
「貴様との戦いは楽しめそうだ。最近の若い者は軟弱すぎる。フランチェスカ家の者でさえあのようなザマだからな。貴様には期待しているぞ」
「それなら武器のリクエストはありますか? 合わせますよ?」
「ほう。余裕だな」
「いえ別に。ただ、大抵の武器は同等のレベルで扱えるので」
「それは面白い。貴様との戦いは飽きることすらなさそうだ。ふむ……ならば今回は剣だ。まずは私の得物と同じもので勝負をしよう」
「分かりました。ご期待に応えましょう」
二人が話し合っている間にリファの治療も終わったのか、血で濡れた演習場が片付けられる。モップや雑巾で血が拭われ、水魔術で洗い流され、炎魔術で乾かされてようやく終わりだ。ちなみに、これらの作業も手早く終わらせなければ観戦している神子一族の不興を買うことになるので、担当しているメフィス家の者たちは全力で取り組む。
そして最後の試合を行うべく、審判のヘイクは二人を呼び出した。
「フランチェスカ家当主バズ・フランチェスカ、自由戦士セイは前に」
その呼びかけに従い、セイとバズは悠々と歩いて演習場の規定位置に立った。互いに剣は納めたままだが、既に浮き出ている闘気が剣のように突き刺さる。少し離れた位置にいるヘイクはそう思った。
そして結界に守られた観覧席にいるアリアへと目で合図を送り、試合を始めて良いか確認する。頷いたアリアを見て、ヘイクは高らかに宣言した。
「始め!」