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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
受けの居飛車~霊峰の戦い編~
7/123

7話

 詰み。

 それは将棋において勝負がついた状態を示す。あらゆる駒を使って敵の王を完全に追い詰め、最終的に王が身動きの出来ない状態となったとき、勝利とみなされるのだ。

 そしてせいはその一歩手前まで追い詰められていると言えた。



「いやー、マイナススタートとか無いわー」

「私の知ったことか」

「ますます迷宮の用意を急がないとな。手駒は殆ど取られているけど、俺という手札(魔王)は残っている。早急に守りを固めて駒を取り返さないとな」



 せいは頭の中で状況の整理と同時に戦略の練り上げを行う。将棋では学校内最強には留まらない、全国にも通用するせいの実力ならばこの程度は容易い。

 所詮はゲームだと思うかもしれないが、第二次世界大戦では棋士が作戦参謀として招集されていたとも言われている。あながち馬鹿に出来ないのである。



「まず俺の味方と思えばいいのは精霊か。自然管理を担っているなら世界中にいるのか?」

「残念ながら精霊たちも人類の手に落ちている。各自然を司る精霊王はエルフたちに隷属してしまったから期待は出来ないだろう」

「なら普通の精霊は?」

「王が奪われたことで多くが隷属された。残りは精霊の樹海と呼ばれる場所に引きこもっている。異大陸に存在している迷いの森だ。エルフたちが荒らしまわっているらしいがな」



 精霊の樹海と呼ばれる場所は大陸丸ごと一つが樹海となっている土地だ。せいや氷竜王がいる霊峰が存在している東大陸の南西に位置しており、三大秘境の一つにも数えられている。そして東大陸の南西部にはエルフたちの国が存在しているため、海を渡って精霊の樹海まで侵入しているのだ。エルフたちは勝手な論理で精霊を狩りまくっているのである。



「何でも『自然に愛された自分たちエルフこそが自然を管理する種族として相応しい。全ての精霊はエルフに従うべきである』などと宣っているようだ」

「馬鹿だろ」

「かつてはエルフたちも自然を大切にする者たちだった。だからこそ自然を管理する精霊たちも自ら手を貸していたのだが、年月が経つうちに勘違いするようになったらしいな。自分たちこそが世界で最も美しく、愛された存在だと思い込んでいるのだ」



 日本という国も八百万の神の信仰によって、神の住まう地だと考えられていた時代があった。天皇は神の血を引く存在であり、非常に神聖だと教育されていたのだ。結果としてその思想が傲慢を呼び、第二次世界大戦にも影響を与えたことは歴史が証明している。

 エルフたちの傲慢と勘違いによって精霊たちは相手サイドの駒と化していた。

 ならばとせいは次の確認をする。



「なら竜種は? お前のように竜脈を管理している竜は何体いる?」



 大地を流れる生命エネルギー……地脈や竜脈と呼ばれる世界を支えるエネルギーを管理する竜種は中立の立場だ。魔力を管理する魔王とは縁が深く、同じ中立サイドであるため期待できるのだ。

 だが氷竜王は力なく首を振りながら答える。



「私だけだ」

「え?」

「今、竜脈を管理している存在は私だけだ」

「え? えっ?」

「何十年か前は東の地に炎竜王がいたのだが……東の大帝国に捕縛され、操られて竜脈を制御するための装置として利用されている。帝国は竜脈の生命エネルギーを搾取することで一気に栄えた国なのだ」

「話が少し読めた。最近の竜脈の減衰はそれも原因だな?」

「そうだ。魔力が竜脈に還らないのもそうだが、何よりそれだけで膨大な生命エネルギーが尽きるはずがないのだ。最も忌むべきは私たち竜を操って竜脈を搾取する帝国だ」



 生命エネルギーは全ての生き物が繁栄するために必須のエネルギーだ。これが大地を循環することで植物は栄え、動物をふくめた全生物が支えられている。命の源である生命エネルギーを魔力として使っても死なないのは、ひとえに竜脈を流れる生命エネルギーのお陰で回復しているからである。

 つまり無理をして魔力を生成すると、その生物は死に至るのだ。

 意志が乗って魔力となると竜脈へは帰らない。魔王が創りだす迷宮の力によって生命エネルギーへと戻されて、ようやく竜脈に戻っていくのだ。これが正常な生命エネルギー循環システムである。

 だがその生命エネルギーを搾取することは石油を無制限に掘るよりも質が悪い。直接的に生命の存続と繋がっている竜脈からエネルギーを奪い続けることは世界の滅びを加速させることに等しいからだ。



「……炎竜王の他は?」

「全て討伐された。竜王は死ねば記憶が消えた状態で転生するのだが、私以外の竜王は復活するたびに人類に狩られている」

「何でだ? 竜脈を奪うため?」

「違う。私たちの体は人類にとって良い素材となるらしい。だから生まれ変わるとすぐに人類に殺されることになるのだ。私のように長生きしている竜はもう居ない。防御と防衛に長けた私だからこそ今まで逃げ切ることが出来ていたのだ。むしろ竜脈を制御するために捕縛という考えをしだしたのは最近のことだと言えるだろう」

「…………」



 氷竜王の言葉に眉を顰めるせい。確かに竜は最上位素材として扱われるのをせいも知っている。それはゲームのアイテムや武器の中では御馴染だからだ。だがこうして氷竜王の話を聞けば、自分勝手で理不尽な話だと思わされる。

 世界を流れる生命エネルギーを管理するために生まれた竜が、人類にとっては素材という見方でしかないのだ。あまりに勝手すぎる論理である。



「なら後は……悪魔か。確か大悪魔が封印されて全滅したんだっけ?」

「そうだな。封印を解くことも出来るかもしれんが、私もどこに封印があるのか知らない」

「他は味方がいないのか?」

「魔族ぐらいだろう。他にはいない。この世界は人類を中心として二つの勢力が存在している。創造神側と呼ばれる天使と破壊神側と呼ばれる悪魔であり、この二種族は完全に対立している。そして人類は創造神側と破壊神側の好きな方を選ぶことが出来るのだ。だが基本的には人類は創造神側だった。何故なら悪魔は人類を間引き、共通の敵として君臨し、世界の停滞を防ぐための存在だったからな。わざわざ破壊神側に付こうとは思わなかったのであろう。破壊があってこそ創造と発展があるものだが、人類からしてみれば破壊をもたらす悪魔は敵でしかない。

 そして残りは中立である精霊と竜種。自然を管理する私たちは神に縛られることなく世界を管理するために生きている。人類に協力しても良いし、悪魔に協力しても良い。不干渉を貫くことも自由だ。世界の管理を怠らないならな」



 人類、魔族、天使、悪魔、精霊、竜種……せいはそう呟いて頭の中で反芻する。これまでの話と統合するならば、既にせいの味方となり得るのは目の前にいる氷竜王と魔族だろうと判断した。

 魔族は嘗ての魔王が残した魔物たちの成れの果てだ。同じ魔王であるせいに協力してくれる可能性は十分にある。魔力を吸収して強くなっている個体もいるようなので、即戦力としては使えるだろう。

 だが魔族を生み出したのは歴代の魔力の精霊王だ。必ずしもせいに従ってくれるとは限らない。



「やっぱり自分の味方が必要だよな。俺の魔物か……」

「だが魔物も即戦力とするのは難しいぞ。生み出したばかりの魔物には経験も知識もない。いくら強力な魔物でも力の使い方を知らなければ役に立たないからな。そういう知識を初めから植え付けることも出来ないことはないらしいが、その分だけポテンシャルが下がるらしい。他にも、潜在能力を極端に高めて初期状態を最弱にしたり、初期からまぁまぁ強い代わりに成長が見込めないようにも出来るそうだ」

「バランスがあるんだな。そんな制限が無かったら仕事も楽なのに」

「仕方ないだろう。魔王の配下が強すぎれば世界のバランスが崩れる。中立であるはずの魔王が世界を滅ぼしかけたこともあるのだ」



 その言葉にせいは納得する。

 確かに今は緊急事態とも呼べる状態だが、本来は魔力を回収するために魔物を創造するのだ。余りにも強すぎて他の生命を絶滅させてしまっては意味がない。本格的に敵対するのは悪魔の役目なのだ。

 だからこそ魔王の僕である魔物は創造するにも一定の制限が掛かっている。魔王一人につき一種類の魔物しか創造できないというのも制限の一つだったりするのだ。

 しかしそれでも魔王の能力は凄まじい。



「世界を滅ぼしかけた魔王は初めてアンデッドを生み出した魔王だった。死体ゆえに滅多なことでは倒せない上に、アンデッドに殺された奴もアンデッドに生まれ変わる。今まで仲間だったものが敵になるのだ。心を折られてしまう者もいたらしいな」

「頭を吹き飛ばしても死なないのか?」

「そうだ。倒す方法は魔石を破壊すること、そして聖属性の浄化を使うことらしい。アンデットは呪属性の瘴気を纏っている。ちなみにこれらの方法は勇者と呼ばれる者が編み出したのだがな」

「勇者……ね」



 せいは『やはり』と思いつつガシガシと頭を掻く。

 魔王がいるのだから勇者もいるだろうと思ってはいたが、この場合は他人事では済まない。魔力の精霊王として転生した以上、勇者とはせいの命を脅かす存在なのだ。無視するわけにはいかない。



「ちなみにその勇者は魔王を倒せたのか?」

「もちろんだ。だが、その勇者は異界から召喚された存在であり、余りに強すぎた。魔王に対処するために創造神が強化したのだが、勇者は創造神の想定すらも超えて強くなったのだ。さらに勇者の強さを見た人類は自分勝手な理論で勇者を言葉巧みに利用し、世界の覇権を手に入れようとした」

「……具体的には?」

「人類以外の種を破壊神の側だと言いくるめ、世界を滅ぼす要因だと語った。そして勇者は真実を知らぬまま魔王だけでなく竜や悪魔を狩りつくし、精霊王を捕縛してしまった。大悪魔を封印したのも勇者だったのだ。さらに勇者の力はそれに留まらず、生命属性で竜脈の力を使いながら時空属性の魔法で神の領域を見つけ出し、破壊神にまで手を掛けた」

「っ! じゃあ破壊神はっ」

「いや、怪我を負っただけだ。余りに強くなり過ぎた勇者も、この世界にいれば神は手を出せない。だが神界までくれば直接手を出すことも可能なのだ。破壊神は勇者の能力をすべて破壊し、創造神の力で元の世界へと送還して事なきを得た」



 衝撃の事実にせいは頬を引き攣らせる。創造神や破壊神がどれほどのものかは知らないが、少なくとも神に怪我を負わせるような勇者と戦って勝てる自信はない。さらに法則属性である生命や時空を使ったというのだ。特殊属性までしか使えない今のせいには間違いなく抗えないだろう。

 なぜなら無属性魔法で魔法を無効化できるのは特殊属性以下だけだ。法則属性に関しては無効化できないのである。対等に戦うには、無属性魔法の上位である力魔法を習得する他ないだろう。



「思ったより拙いか……破壊神の怪我はどうなった?」

「私が知る情報では、創造神は破壊神の怪我を治すために一時的に世界の監視を離れられた。私たち竜種の生き残りに直接伝言があったから間違いない。魔力の精霊王は討伐されていたし、魔力の精霊王以外の精霊王は捕らえられていたから、伝言を受け取れたのは私と炎竜王ぐらいだろう。というよりも当時から生き残っているのは私と彼だけだ」

「勇者とんでもないな」

「私もそう思う。そして創造神と破壊神が世界の監視を離れてから世の情勢は一気に変化した。力を付け過ぎた勇者はどこかで恐れられていたらしく、人類からしても失ったところで痛手ではなかったそうだ。そして勇者が残した知識を元にして急激に文明を発展させ、今に至る。途中で戻ってきた創造神や破壊神は慌てて魔王を復活させ、竜種を転生させたのだが無駄だった。私も霊峰で守りを固めて引きこもり続けることで何とか生き残ったが、炎竜王は戦いを挑んで破れてしまったよ」



 人類は動物の中で最も適応力があり、最も知恵深く、そして最も狡猾で野心が高いという。勇者という圧倒的な切り札を手に入れたことで全てが変わってしまったのだ。

 初めは魔王に脅かされた人々の純粋な願いだったのだろう。だが異世界から呼び出された勇者は人の野心を刺激するために十分な魅力を持っていたと思われる。結果として人類は驕り高ぶり、神すらも地に落としてしまおうと考えてしまったのだ。世界を支配し、覇権を握り、人類こそが至上だと考えてしまった結果が今の世界の現状である。

 せいはその話を聞いてポツリと呟いた。



「そうか……俺が転生したのも意味があるのかもしれないな」

「ああ、魔力の精霊王も生まれたばかりでは知恵も知識もない。こうして私の元に記憶を持ったまま異世界から転生したのなら意味があると考えるべきだ。これも創造神と破壊神の思惑なのだろう。現に先代の魔力の精霊王は討伐されることなくエルフ共に囚われている。一つの時代に二人の魔王。勇者が世界を変えたように、魔王にもその役目を与えたのかもしれんな」

「俺もそう思う……一応は自分で世界を見てから判断したいけど」



 せいにとって、ここは異世界だ。今まで生きてきた日本での常識は通じず、さらに自分自身は人間ですらない。だが魔力の精霊王として転生した役目はあるのだと信じている。

 今は氷竜王の言葉しかないために全てを信じることは出来ないが、世界を見て回り、氷竜王の言葉が正しいと判断されたら魔王として本格的に活動しようと考えているのだ。今の話が本当なのだとしたらせいは容赦をするつもりはない。

 古代において、ユダヤ人は自分たちの神を捨てて異国の神を崇拝していた時期があったという。そのたびに神は怒り、ユダヤ人に裁きを与えていたのだ。ソロモン王の栄華が滅びたのもこれが全ての原因だと言われている。

 それと同様に驕り高ぶった人類は一度リセットしなくてはならない。



「だから俺は一度世界を見て回る。防御手段もあるし、そうやって自分の目で確かめてから迷宮を作っても遅くはないよな?」

「そうだな。お前がそういうのなら……いや、もう遅いようだ」

「何?」

「麓の辺りに大量の軍勢がいるようだな。どうやら私の討伐と霊峰の竜脈点を奪い取るつもりのようだ」



 魔力の精霊王としての力を使い、周囲の魔力を広範囲に感知してみる。するとせいには夥しいほどの魔力の塊がハッキリと感じられた。パッと感知した感覚では五千以上。

 麓を吹雪いているブリザードで動けていないようだが、霊峰に攻め入ろうとしていることは明白だった。せいは知らぬことだが今日は第八の月の十日。アルギル騎士王国が霊峰を攻略するためにずっと用意していた日だったのである。

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