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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
四人将棋~破滅の神剣編~
69/123

69話


 セイは第一回戦の三試合目で呼ばれることになった。参加人数は十六人であるため、第一回戦は八試合行われることになる。セイの試合はどちらかと言えば前半組だった。

 普通のトーナメント方式ならば、前半であるほど休憩時間が伸びる。だが、この御前試合はいちいち組み合わせをクジで引いて決めるので、前半だとか後半だとかはあまり意味がない問答ではある。

 尤も、セイは肉体的疲れを感じない魔素体であるため、気にする必要もないが。



「自由戦士セイ、及びカルラ・フランチェスカは既定の位置へどうぞ」



 審判役であるヘイク・メフィスが指示を出し、セイはそれに従う。対戦相手であるカルラという少年はセイを睨みつけつつ、所定の位置へと立った。

 ちなみに、このカルラは当主バズ・フランチェスカの甥にあたる。つまりはリファの従弟だ。

 カルラは腰に下げた剣の柄を触りつつ、セイに向かって叫んだ。



「先程の無礼! アリア様が許しても僕は許さない。徹底的に痛めつけてやるから覚悟しろ!」

「あー。うん、頑張れ?」

「くっ! 余裕ぶっていられるのも今の内だ!」



 セイは困惑気味に答えるが、カルラはヤル気はヤル気でも『る気』が垣間見える勢いだ。問題は実力が伴っていないことだろう。

 立ち方、気配、視線、呼吸など、様々な部分が戦士として未熟である。

 カルラが年齢にして十歳程度であることを考えれば、強い方なのだろう。ただ、セイと一対一で戦うには実力不足が過ぎた。



「始め!」



 審判であるヘイクの掛け声と同時にカルラは飛び出す。そして居合の要領で剣を鞘から抜きつつ、セイを下から切り上げようとした。

 しかし、遅すぎる。

 思考リンクによる神速演算があるセイにとって、単調な攻撃は絶好の的でしかないのだ。

 剣の奔るラインを見極めて、一歩ずれるだけで回避。そして伸び切ったカルラの腕を掴んで締め上げ、背負い投げで一気に地面へと叩き付けた。



「かふっ!?」



 カルラは肺から空気が抜けたのか、苦悶の表情を浮かべる。受け身も取れなかったので、大きな隙を晒してしまった。

 その隙を突いたセイは、腰の剣を抜いて剣先をカルラの首に突きつける。

 これにはヘイクも勝負あったと判断するしかなかった。



「勝者は自由戦士セイです」



 その宣言を聞いてセイは剣を仕舞い、カルラは悔しそうにしながら立ち上がる。ただ、悔しさの陰で殺意がチラついていたのは気になるところだ。

 セイは可能な限り気にしないようにしつつ、選手席へと戻った。

 カルラ以外からも射殺すような視線をぶつけてくる者が多いので、やはり先の無礼事件が効いているのだろう。



(あの高慢な女のどこに忠誠を誓う要素があるんだか……)



 口に出したら間違いなく斬りかかられるようなことを考えつつ、セイは残りの試合を観戦する。第一回戦が全て終了する頃には、殺意の籠った視線も半分ほどになっていた。

 残ったのはセイ、バズやリファを含めたフランチェスカ家の者たちが五人、そして魔物はミノタウロスとカースドウルフが残ったのだった。

 試合はセイとカルラのように綺麗に決まったものもあれば、互いに血を流し合いながら泥のように戦った試合もあった。特に魔物と試合だった時は、遠慮なく殺傷力の高い攻撃を行うため、演習場の地面が真っ赤になるまで汚れたりしたほどである。

 それを見て喜んでいる神子一族の感性は色々と異常だった。



「アハハハハ! とても良かったわ。すぐに二回戦を始めましょう。クジを」

「はっ!」



 代表神子アリアの側に控えていたマルコ・メフィスが箱を差し出す。侍従のメフィス家で当主をしているだけはあり、その動きは従者の鑑そのものだ。

 アリアは箱に手を入れて二枚の紙を取り出す。

 側仕えのマルコはそれを受け取り、走って審判役のヘイクへと届けた。ヘイクが紙に書かれた名前を呼ぶことで、初めて選手たちも試合の組み合わせを知ることが出来るという仕組みである。



「自由戦士セイ、及びミノタウロスは所定の位置へどうぞ」



 二回戦は一試合目から呼ばれたので、セイは腰を上げて歩いていく。それと同時に檻に入れられたミノタウロスが運ばれ、所定の位置にセットされた。試合開始と同時に魔術錠が外され、殺し合うことになる。魔物との戦闘では、どちらかが死ぬまで試合続行されるのだ。

 御前試合の出場選手に魔物が入れられているのは、本物の殺し合いを見たいというアリアの望みがあるからである。彼女の弟のロクシスはそれほどでもないが、母親のぺリシアはアリアとほぼ同等の趣味嗜好を持っていた。

 セイとミノタウロスが正面を向き合って並び、準備万端と判断したヘイクが合図を出す。



「始め!」

「ブモオオオオオオオオッ!」



 解き放たれたミノタウロスの雄叫びによってヘイクの声が掻き消される。その巨体からは想像も出来ない俊敏さでセイへと駆け寄り、ミノタウロスは柱のように太い腕で薙ぎ払った。金属製の武器は持っていないが、その肉体能力だけでも充分に武器となる。普通の人間ならば一撃喰らっただけで即死だ。

 セイは後ろに宙返りしながら大袈裟に回避し、距離を取ろうとする。

 しかし、ミノタウロスは逃すまいとして即座に追いかけた。



(やっぱり純粋な身体能力フィジカルタイプは苦手かな……)



 魔力の精霊王であるセイにとって、魔術は脅威にならない。魔術封じの無属性魔術《破魔》のお陰で完全に封殺できるからだ。逆に、身体能力が高い相手というのは苦手である。純粋な肉体戦闘力は封じることが難しいからだ。

 基本的に、セイは相手の得意分野を潰すことで有利な戦いをする。

 アルギル騎士王国陥落でも、それによって勝利を得た。ただ、得意分野を潰すには相手をよく知り、事前準備をしっかりと整えなくてはならない。今回のように、同じスタートラインに立って始まる戦闘はあまり得意ではないのだ。

 不味いと思ったら逃げるスタンスなので、回避を続けながら解析することは可能だが。



「グモオオオオオオオオッ!」



 振り下ろされた一撃が演習場の地面を砕く。破片が飛び散るも、セイはそれすら回避した。思考リンクによる神速演算があるので、破片の軌道を予測し、隙間に身体を入れて避けることは容易い。

 ミノタウロスは溢れるパワーと俊敏さ、更にタフネスさでセイを攻め立て続けた。

 一方でセイは剣を抜くことなく、ただ回避に徹する。

 可能な限りミノタウロスの行動パターンを知り、確率予測を行い、徐々に精度を高めていく。アビスネットワークは攻撃に向かないが、回避と解析は得意だ。五分も経つ頃には、ミノタウロスの動きはほぼ完全に予測される範囲へと収まってしまっていた。



「よし、反撃開始」

「モオオオオオオオオオオッ!」



 暴風でも発生しそうな腕の振り回しがセイへと迫るが、セイはその腕を掴んで力の流れを変え、そのまま上空へと放り投げる。薙ぎ払われる腕と相対速度を合わせることで初めて成立する技だ。ミノタウロスの攻撃を受けるタイミング、腕を捻りあげるタイミング、自身の踏み込みのタイミング、その他諸々のタイミングが完璧でなければ自爆してしまう。

 だが、持ち合わせた正確性がそれを成し遂げた。

 まさかミノタウロスほどの巨体が空中に投げられるとは思わなかったのか、周囲からは感嘆の声が上がる。代表神子アリアや、母親のぺリシア、弟のロクシスも同様に驚いていた。

 ズシンと重い音を立てて地面に落ちたミノタウロスをセイは剣で切り付ける。

 しかし、堅い筋肉に覆われたミノタウロスは薄っすらと血が滲む程度の傷しか負わなかった。



「浅いか」



 通常の剣では致命傷を与えることは出来ない。

 セイはそう判断して一度跳び下がる。

 一方、ミノタウロスは自身が傷付けられたことで怒りの咆哮を上げた。所詮掠り傷とはいえ、血が滲む程度の攻撃を受けたのだ。知能が低いゆえに激昂する。

 筋肉が膨張し、血管が浮き出るほどに力を込めてセイを殴りつけようとした。

 勿論、セイは一歩先に回避する。

 怒りによって動きが単調になり予測しやすくなり、回避は楽だった。

 セイは上手く攻撃を避けつつ、ミノタウロスを切りつけて傷を増やしていく。数分も経てば、ミノタウロスは血と汗でかなり体表が濡れていた。



「そろそろかな?」



 セイはそう呟いて頭の中で魔法陣を組み上げる。嵐属性から電子に関する部分の魔力情報体を抜き出し、それを元にして電位差を作り上げる魔法陣だ。これを使って相手の体に電流を流すことが出来る。発生させることの出来る電圧は凡そ1000Vだ。

 そして現在、ミノタウロスは血と汗でかなり体表が濡れている。体が濡れていると皮膚の接触電気抵抗が著しく下がり、今のミノタウロスは200Ωほどの抵抗しかない。そして体の内部は一律して600Ωの電気抵抗を持っている。合計すれば、抵抗は800Ωだ。

 電圧1000Vに対してミノタウロスの体の抵抗は800Ω。

 体内に流れる電流は1.25Aとなる。これは充分に致死量となり得る電流だ。ちなみに、人間は0.1Aの電流で死亡してしまう。ミノタウロスは人間よりも丈夫だが、人間の致死電流の十倍以上になる電気によって心臓を直接攻撃されたならば命の保証は出来ない。



「起動、《風雷術》」



 バチッバチッと電気が弾ける音がして、ミノタウロスは倒れる。叫ぶ暇もなく心臓を止められ、死に至ったのだった。

 ちなみに、これが雷を直接発生させる魔術だったならばミノタウロスを殺すことは出来なかっただろう。通常、生物には魔力抵抗があるので、魔術によって発生した事象に対してある程度は抵抗できる。魔力から生成された雷ならば、喰らっても生きていることがあるのだ。

 しかし、セイは魔術で電位差を作っただけである。

 ただ、電気が流れやすい状態を魔術で作っただけなので、雷自体は物理現象なのだ。純粋に電気抵抗だけが作用することになる。

 他にも例を挙げると、魔力で作った炎よりも、既に存在している炎を魔術で操った方が生物へのダメージは大きい。



(ま、意外と使えそうだね)



 前々から理論は考えていたが、実戦で使ったのは初めてである。だが、それでも満足できる結果は出た。これは迷宮のトラップとして考えていた方式なのである。

 たとえば、通路の一つに二種類の魔法陣を仕込んでおく。

 一つは床にプラス電荷を溜め込むことが出来る魔法陣を。二つ目は天井にマイナス電荷を溜め込むことが出来る魔法陣を敷いておくのだ。ここに人が通過したときだけ、雷が木に落ちる要領で落雷が発生し、一撃で侵入者を死に追い込む。物理現象による雷なので、魔力抵抗など関係なく死を与えることが出来るだろう。

 ある程度の強者は魔力も強いので、魔法による雷ならば耐えきってしまうこともあるのだ。今回はその対策として考えた魔術が上手く通じた形である。

 また、これは《破魔》を扱う上でも注意するべきことだ。

 《破魔》はあくまで魔術を無効化するので、物理現象は消せない。つまり、炎を出す魔術は消すことも出来るのだが、既存の炎を操る術の場合は消すことが出来ない。炎を操っている魔術は消えるが、炎自体は残るということだ。

 魔法現象と物理現象は全く別の法則が働いているとも言えるし、似たような法則に縛られているとも言えるだろう。セイは魔法を『魔素という素粒子の一種が引き起こすもう一つの物理現象』と考えることで理解した。

 重力子グラビトロンが重力を引き起こすように、光子フォトンが光を引き起こすように、電子エレクトロンが電気を引き起こすように、魔素も魔法を引き起こすのである。魔素を消せば魔法という現象は消え去るが、そこに電子エレクトロンが残っていれば、電気という現象は残るのだ。



「勝者は自由戦士セイです」



 審判のヘイクが宣言し、セイは剣を納める。

 最後の一撃自体は見応えのないものだったが、その一撃で逆転勝利したという点で神子一族たちは大いに興奮していた。

 これぞ戦い。

 これこそが命の奪い合い。

 だからこそ面白い。

 アリアはそう考えてニヤリと口元を歪める。

 そんな彼女たちのために御前試合は続く。







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― 新着の感想 ―
自分の魔物に対してはね 他人の魔物には分からないって書いてるよ
[気になる点] 魔物は魔王には逆らえないとか主従関係がどうととかって設定があったはずですけどなんでミノタウロスはセイを殺しにかかってるんですか?
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