66話
「バズ様」
「む? 貴様はメフィス家のライラだったか?」
「はい。例の御依頼を受けてくださる方が見つかりました」
「……ああ、あれか。もしやそこにいる小僧か?」
「セイ様というそうです」
バズはいかにも強面な人物だった。逆立つような灰色の髪と鋭い瞳が鷹を彷彿とさせる。右目から頬にかけて切り傷が走っており、歴戦の武人という印象を与えていた。
ライラの紹介を受けたセイは一歩踏み出し、頭を下げて挨拶をする。
「自由戦士ランク9のセイです」
「ふむ……貴様、本当にランク9なのか? どうも武術の痕跡が見えないのだが」
バズは剣を鞘に収めつつ、疑いの目でセイを見つめる。武術をある程度極めると、普段の生活にもその痕跡が滲み出るのだが、セイにはそれが見当たらなかった。魔術師であったとしても、ランク9ならば武器は一定以上扱えて当然なので、やはり武術を嗜んだ跡が見える。
それでバズはそんな質問をしたのだった。
「問題ありませんよ。俺は単に切り替えが上手なだけですので」
「ほう。なら早速見せてもらうとしよう。そこのリファと戦え」
「ホントにいきなりですね」
「父上。そんな者と戦っても勝負は見えています。歩き方といい、気配と言い、その者は完全に雑魚じゃないですか!」
突然リファと戦うことになった上、当の相手はセイを雑魚呼ばわり。
そもそも、セイはアビスネットワークに蓄積された経験値を元にして戦闘している。戦闘時にはアビスとの思考リンクを全開にするので強者の気配が滲み出るのだが、普段はそれほどでもないのだ。こうなってしまうのも仕方ないといえる。
ただ、ここでリファの試合相手をする依頼はセイにとってもメリットがあることだ。何もせずに追い返されなかったのは運が良かったかもしれない。実際に戦ってみれば、セイの強さは分かるのだから。
「ルールはどうなりますか? 武器は? 魔術の使用は?」
「試合と言えど、実戦に近い形が望ましい。試合が始まれば何でもアリだ。武器、魔術、トラップの何を使用しても構わない。相手が降参すれば試合終了だ。もしくは明らかに勝負が決まったと私が判断すれば試合を止める。リファも良いな?」
「分かりました父上……」
「俺も了解です」
有無を言わさないバズの態度に屈したのか、リファも仕方ないといった様子で槍を構える。セイは少し離れた場所まで移動し、道具袋から鋼の剣を取り出して構えた。
リファはブロンドの髪を後ろで一本に縛り、片や関節にのみ防具を纏った軽装スタイルをしている。槍の穂先を下に向け、いつでも踏み込めるような強い目でセイを睨んでいた。
一方でセイは剣先を右手で持ったまま自然に構えているため、受けの態勢に見える。そして思考リンクを全開にして戦闘準備を整えた。リファもセイの雰囲気が変わったことに気付く。
両者ともに準備が整ったところで、バズとライラは少し離れた。
そして審判役のバズが試合開始を合図する。
「では始めよ」
「やぁっ!」
鋭い掛け声と同時にリファが踏み込み、下段から突きを放つ。炎属性による活性で肉体能力を向上させているらしく、リファは体格に見合わない動きをしていた。魔力感知でそれを分かっていたセイは冷静に対応し、剣で軽く受け流す。
次にリファは槍を回転させながら棒術の要領で激しく攻めたて始めた。上下左右から迫る縦横無尽の攻撃をセイは剣一本で捌き、防御に徹する。一見するとリファが優勢に見えるが、バズにはセイが余裕をもって攻撃を受け流しているということが分かっていた。彼も柔剣使いなので、この手の防御には詳しいからである。
(く……こんな奴に一発も当たらないなんて!)
リファは全ての攻撃が躱され、受け流されている事実に歯噛みしつつ、今度は魔術を発動させようとする。得意の炎属性と爆属性を合成し、指向性を持たせた砲撃を槍の穂先から放とうとした。
「喰らえ!」
「甘いね」
槍を突き出すと同時にセイも剣を突き出して穂先に合わせる。全く同じ力で突き合わせることで、槍の威力を完全に相殺させてしまった。アビスネットワークによる超神速演算と、その演算によって算出された動きを完全再現可能なセイの魔力体が合わさった結果である。
更に、剣に纏わせた濃密な魔力で魔力情報体を乱す術式破壊も同時使用していた。
そのためリファの魔術は発動せず、槍に集めていた魔力も霧散する。
「っ!?」
魔術が不発に終わったことでリファは驚愕の表情を浮かべた。セイはその隙を突いて剣を滑らせ、間合いを詰めて左手による掌底を放つ。これも魔力を濃密に纏った一撃であり、これを受けたリファは体内の魔力情報体を強く乱されてしまった。
「ぐふ……」
大きく吹き飛ばされたリファは受け身を取って立ち上がるも、体内に違和感を感じる。炎属性による身体強化が上手く発動しないのだ。術式破壊によって魔力を乱されているため、少しの間だけ魔力を練りにくくなっているのである。
「く……雑魚の分際で!」
「いや、君はその雑魚にぶっ飛ばされてるでしょ?」
「黙れ!」
膝のばねを存分に使った縮地と共に、リファは全力で槍を振るう。風を殴るような薙ぎ払いが迫り、セイはそれを剣で受け止めようとした。だが、強い衝撃を受けてセイは吹き飛ばされる。
(なんだ? 計算上、あの程度の薙ぎ払いなら防御できたはずだけど……)
セイは神経を張り巡らせて魔力を感知する。すると、リファの槍には少しだけ魔力の流れが見えた。どうやらあれは魔槍らしく、その効果でセイは吹き飛ばされたと分かった。
(魔力が読みにくい。隠蔽効果でも付与されているのかな?)
ともかく、魔法陣が付与されている魔武器は効果が読みにくい。実際に喰らってみなければ分からないことが殆どだ。その上で魔力隠蔽が施されていたら、魔槍であることすら気付かない。
そしてリファの魔槍の効果は、恐らく力増幅か衝撃のどちらかである。
どちらにせよ、受け流しをメインにすればどうにかなる効果だ。
「もう一度吹き飛べ雑魚がっ!」
吹き飛ばされた先にいるセイに再び鋭い突きを放つリファ。セイは左手を軸にして素早く立ち上がり、剣を滑らせながら力を受け流す。突きの威力をそのまま受け流されたリファは止まり切れず、バランスを崩して転びそうになる。
セイは擦れ違いざまに足を引っ掛け、そのままリファを転ばした。
「きゃあっ!?」
「はい、詰み」
セイは首筋に剣を当てる。これで勝負は決まっただろう。
そう考え、セイは剣を仕舞い戦闘態勢を解いた。思考リンクを解除して最低限の情報収集用リンクにへと移行する。だが、それが油断だった。
リファは油断していたセイを槍で吹き飛ばしたのだ。そのときの魔槍の効果も発動されたのだが、セイは身に纏うタイプの《障壁》を常時発動しているので、ダメージは無かった。
「くっ……勝負は着いたはずだよ。なんで攻撃したのかな?」
「愚かだな雑魚め。まだ父上は勝負が決したと言っていなかった。つまりまだ勝負は終わっていない。油断した貴様が雑魚なだけだ!」
「なんつー屁理屈を……」
そうは言いつつも、審判役のバズは何も言っていない。リファの言った通りということだろう。ともに観戦しているライラも無言を貫いているので、ここではこれが普通なのかもしれない。
勝負がついたと勝手に判断したセイも悪いが、これは納得できることでもなかった。
セイを吹き飛ばしたリファは炎属性魔術を発動し、周囲にマグマで出来た槍を浮かべる。その数は二十を超えており、それが一斉にセイへと放たれた。明らかに殺傷目的の攻撃である。身に纏う《障壁》があるので喰らってもダメージは少ないが、先のこともあるので素直に喰らうつもりもない。
(こいつら腹立つ。だから叩きのめす)
セイは右手で持った鋼の剣に左手を当て、投影法で魔法陣を刻んでいく。魔素による投影なので集中力を必要とするが、時間制限付き即席魔剣の完成だ。
付与したのは水と氷属性の魔法陣で、広範囲を氷結させるだけに特化している。
「死ね雑魚!」
「死ぬか馬鹿」
リファがマグマの槍を一斉掃射すると同時に、セイは即席魔剣を地面に突き刺す。
すると演習場全体が凍結した。一瞬にして氷結したせいで空気中の水分を奪いながら氷の結晶を作り、飛来するマグマの槍も凍らせて止める。そして巻き込まれたリファは膝から下を一瞬で凍らされ、その場から動けなくなった。
この即席魔剣は最近になって発見した手法なのだが、普通に魔法陣魔術を使用するのと差がないので実戦では使ってこなかった。今回は使い勝手を確かめるために使用してみたのである。
「早く降参したらどう? 凍傷になるよ」
「く……黙れ! はあああああああああああ!」
リファは魔術で熱を発生させ、氷を解かそうとする。
だが、その間にセイは再び魔法陣魔術《氷結術》を発動させ氷の投擲針を創り出す。そしてそれを飛ばしてリファの両肩、両肘、両膝を穿った。
「うああああああ……くぅ……」
「まだ降参しない?」
「誰が雑魚に降参するか!」
ジュッと音がして突き刺さった氷の投擲針が蒸発する。だが、穿った傷が消える訳ではないので、リファは六ケ所の傷口から血を流していた。致命傷ではないが、かなり痛いハズである。
いや、実際は寒さで痛みが少しだけ麻痺している可能性も高いが。
セイはチラリとバズを見るが、試合を止める様子はない。
となると、殺さないように痛めつけ続ける必要がある。
「《氷結術》が一番かな……あの子の炎属性も封じられるし」
セイは左手を前に出して魔法陣を投影し、次々と氷結針を放つ。出来るだけ急所を外して射抜くせいで、少女を拷問してるかのような危ない絵面になっているが、それもこれも降参しないリファが悪い。
一体何を考えているのか、審判であるバズはこの状態でも何一つ言わなかった。
「さっさと降参してくれないかな?」
「うる……さい……雑魚が!」
流石に氷結空間で氷結針に何度も貫かれたせいか、体力が尽きて来たらしい。リファの語調はどんどん弱まっていた。炎魔力の出力も落ち始め、氷は溶けなくなってきている。
既に即席魔剣の効果は切れているのだが、それでも溶かし切れていなかった。
威勢は張っているが、どんどんリファの口調は小さくなっていく。
「―――はぁ……ぐ……」
「ちょっと審判。そろそろ不味い。試合を止めてくれないかな?」
これ以上は死に直結する、もしくは後遺症が残ると判断したセイはバズに目を向けつつ提案した。しかし、バズは首を横に振りながら否定する。
「ダメだ。これを乗り越えられぬようではフランチェスカに相応しくない」
「そろそろ止めないと後遺症が残りますけど?」
「リファが雑魚だった。それまでのことだ」
「あなたは彼女の父親でしょう?」
「だが師でもある。甘いことだけ言ってはいられない。それが神子一族の方々を守護するフランチェスカの義務だ」
どうしてもバズは娘であるリファを助けるつもりはないらしい。だが、そう分かったところでセイに出来ることはない。このまま降参を待ってはリファの命に関わるだろう。別に死んだところでどうというわけでもないのだが、ここで死なれると今後の仕込みに支障がある。
彼女と試合することが依頼内容なので、ここで死なれると依頼終了になるからだ。合法的に神子一族の居住区に入れるチャンスは逃したくない。
(仕方ないか)
セイは《呪縛術》と《幻惑術》を組み合わせてリファに催眠をかけることにする。それによって彼女を操り、無理やり降参と言わせるのだ。それで勝負が決まるはずである。
アビスネットワーク内部で演算を開始して、目的の魔法陣を組んでいく。催眠の魔法陣は初めて組むので、完成するのに数分は掛かるだろう。
だが、セイが魔法陣を頭の中で構築している途中でリファに異変が起こる。
「ぐ……う……あああああああああああああああああっ!」
その瞬間、セイは魔力感知でリファの魔力が膨れ上がったのを知覚した。試合前の数倍に膨れ上がり、暴走する勢いで炎魔力が噴き出ている。それによって周囲の氷が融解し、更に蒸発していた。
あまりに常識はずれな事態に、セイも魔法陣の構築を中止して様子を窺う。
そんな中、試合を見ていたバズは誰にも聞こえない声で呟いた。
「ようやく発動したか。血統スキル『リボーン』」
追い詰められ、死線を乗り越えるときに発動するフランチェスカ家に受け継がれる血統スキル。その特殊能力が発動したのだった。