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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
四人将棋~破滅の神剣編~
65/123

65話


 セイが神殿へと辿り着いたのは、日が沈む直前だった。空は深紅に染まり、散りばめられた雲が多彩なグラデーションを見せている。

 そんな光に照らされている神殿はまさに神秘的という言葉が相応しかった。

 神殿は大理石をふんだんに用いた荘厳な造りとなっている。

 始めは神剣を祀る小さな社だったのだが、数百年に及ぶ改築と増築が繰り返され、現代ではこのような大神殿にまでなったのだ。毎日のように人々が神殿を訪れ、その神秘に感動している。殆どは観光客だが、中には地元の子供たちもいた。神剣にあやかり、毎日お参りして願えば剣の達人になれるというジンクスがあるらしい。



「しかし本当に凄いな。地球で比肩できるとすれば、サグラダファミリアかタージマハルか……」



 そんな感想を漏らすセイだが、基本的に地球にいた頃は社会系の教科が苦手だったので、世界遺産などにも詳しいわけではない。取りあえず有名どころを挙げてみただけだった。



「依頼書は神殿で見せればいいって言われたけど、誰に見せればいいのか……」



 一応だが、神殿は観光事業の一つだ。中に入るには入場料が必要となる。依頼を受けるために入場料を払うなど馬鹿馬鹿しいにも程がある。そうなると、入場受付をしている人に渡せばよいということになるだろう。

 テーマパークのチケット売り場を思わせる受付に並びながら、セイは順番を待つことにした。夜はライトアップされた神殿となるらしく、それを目的として夕方でも人は多いのである。

 こうして並ぶこと四十分、ようやくセイの番がやってきた。



「ようこそ神殿へ。大人は一人一銀貨です」

「ちなみに大人の定義は十五歳以上です」



 双子なのか、受付の女性は非常に容姿が似ていた。

 同じ髪型、同じ制服、同じ声の二人に一瞬だけ驚くが、セイはすぐに気を取り直して道具袋から例の依頼書を取り出して見せる。



「自由組合からの依頼です。誰に見せればいいのか分からないのですが、ここで大丈夫ですか?」



 依頼書をみた双子の片割れがそれを受け取り、じっくりと内容を確認する。そして最後に組合の魔力印が押されていることを確認し、顔を上げてから口を開いた。



「問題ありません。依頼書は神子一族に仕える侍従のメフィス家の名において確認しました。案内は私の双子の妹ライラが務めます」

「ライラです。神子一族居住区へと案内しますのでこちらへ」



 受付に座っていた双子の妹ライラが立ち上がり、セイを案内するべく正面に立つ。そしてついてこいと言わんばかりに身を翻し、神殿の中へと向かい始めた。セイは置いていかれないようにライラの後ろをついていく。

 神子一族の居住区は神殿の奥にあるので、表から入るには神殿を経由する必要があるのだ。まずは神殿へと普通に入り、そこから居住区への通路を通る必要がある。一般人は立ち入り禁止なので、不用意に侵入しようとすれば問答無用で殺されても文句は言えない。



「これは凄いな」



 神殿の一般公開区域へとやってきたセイは、その威容に驚く。金銀宝石のようなものは殆どなく、壁床天上にあるのは全て彫刻ばかりだ。しかし、細やかな装飾は一層神秘を醸し出し、下手な貴金属よりも輝いて見える。

 材料は大理石とガラス、そして僅かな宝石のみ。

 それでも計算され尽くしたプリズムによって幻想的な空間となっていた。

 セイの感想を聞いたライラは歩きながらも誇らしげに答える。



「そうでしょう。この神殿は匠のオーエン家が手掛けた最高傑作です。私たちメフィス家の者は神子一族の方に対して直接的奉仕をする侍従ですが、オーエン家はものづくりで支えているのです。神子一族の方々がお住まいになる場所、服、さらに食事も彼らが作るのです。現当主ローゼン様の曽祖父に当たる方が現在の神殿を完成させました」

「俺はアリオンに初めて来たのですが、神子一族に仕える家系はいくつもあるのですか?」

「はい。表立って・・・・いるのは武のフランチェスカ家、侍従のメフィス家、匠のオーエン家ですね」

「表立ってと言われると裏があるように勘ぐってしまいますが」

「その通りです。詳しく明かすことは出来ませんが、他にも神子一族に仕える家系は存在します。アリオンでも都市伝説として語られている話ですが、実を言えば本当のことです」

「それ言っちゃってもいいんですかね?」

「存在自体は秘匿されていませんので」



 まだアビスを仕込んでいない段階なので、これらの情報は貴重だ。それに、居住区へと案内されるということは、言い換えればアビスを仕込むチャンスである。今回の依頼は裏がありそうだが、それだけ利点も多い。

 つまり、事は単純。

 勝てば良かろう。

 それだけである。

 フランチェスカ家の者と試合し、相手を殺すことなく勝ち続ければ有益な情報も得ることが出来るし、仕込みもしやすくなる。そしてセイにはそれをすることが出来る自信もある。

 竜殺剣ドラゴンスレイヤー並みの対軍兵器を使われたら話は別だが、普通に試合するだけでそんな武器は使わないだろう。ならば、剣技と術式破壊だけでも問題なく戦える。

 アルギル騎士王国での戦いで少しは自信もついたので、そこまで怖がることはないだろう。流石にランク10を超える相手はきついが。



「それで……俺は具体的にどうすればいいんですかね。試合すると言っても、詳しい話は聞いていないのですが?」

「はい。主に貴方と試合をするのはリファ様です。リファ・フランチェスカ様、当主バズ様に次ぐ武勇の持ち主であり、彼女の槍は一瞬で風穴を穿つとも言われています。その実戦相手として、今回は自由組合に相手を依頼しました……と聞いています」

「つまりリファさんという人を相手に戦えってことですか?」

「リファ様は御当主バズ様の他に戦える者がいないほど強くなられましたから。そのため、実戦経験を積むには外部から人を呼ぶほかないのです」

「で、ついでとばかりに御前試合を?」

「そういうことです。代表神子アリア様は戦いの観戦がお好きなようですから、フランチェスカ家を中心とした武闘会は頻繁に行われています。他所から人を呼んでの試合を、アリア様が見逃すはずありません」

「随分と珍しい趣味のお嬢様ですね。俺たちは普段から戦いに身を置いているので、戦い自体はそれほど楽しいものとは思わないのですが」

「確かに珍しい趣味かもしれません……ですがそんなところも素敵なんです」



 片手を頬に当てて色っぽくそんなことを言うライラ。

 流石にその趣味を素敵とは言い難いだろう。ここまで来れば単なる主従というより、もはや信仰の域だ。まるで恋する乙女のように代表神子アリアの名を口にする様を見れば、そう思ってしまう。

 実際、神子一族アリスティア家に仕える者たちはこのような思想で働いている。

 彼らにとってアリスティア家こそが神なのだ。



「アリア様は美貌だけでなく慈悲にも優れたお方! まるで火遊びをしているかのような危うさも持ち合わせておられます。そして偶に見せる冷徹さが溜まらなく……じゅるり」



 一人でトリップするライラを見てセイは引いた。

 自由組合で聞いたアリアの人となりからクズ臭が漂っていたのだが、こういった狂信的家臣がいれば、そのクズさも肯定されるというものだ。ここにきて不安に襲われたほどである。

 そこからしばらくは神子一族賛辞の言葉を延々と聞かされ続け、関係者通路を通って神子一族居住区へと入っていく。正確には神子一族だけでなくそれに仕える家系も住み込みで働いているので、居住区画はかなり広い。

 この大神殿の造りだが、実は円環状になっているのだ。

 神剣のレプリカを飾っている本堂から左右に通路が伸び、それが一周して円環を形成している。円環通路は美術品や装飾品が多数あるので、観光客はここを一周するのが普通だ。

 そして円環の内側が神子一族の居住区となっているのである。実は円環の通路自体が魔法陣の役割を果たしているため、魔力核ダンジョンコアを動力として強力な結界が張られている。外部から攻撃したとしても被害は中まで及ばない仕組みだった。

 なお、アリオンを防衛している大結界は、この結界とは別である。

 神子一族の居住区は様々な季節の木々と花が植えられた庭から迎えられ、奥には神殿と同じ大理石をメインにして造られた豪邸がある。その豪邸を中心として四方に四つの屋敷があるので、この四つが神子一族に仕える家系に連なる者たちの住居なのだろうとセイは予想した。

 武のフランチェスカ家、侍従のメフィス家、匠のオーエン家、そして裏の家で四つだ。これら四つの屋敷は正面にある豪邸に比べると一回り小さいので、色々と辻褄は合う。

 ともあれ、折角ここには質問に答えてくれそうな案内人もいるのだ。いい加減ストップして欲しい神子一族賛辞を遮って、セイは質問してみることにする。



「正面の豪邸が神子一族の住む場所、周囲の屋敷がそれに仕える家系の屋敷ってところですか?」

「――それでアリア様は……はい? ああ、その通りです。ちなみに東にあるのが私たちメフィス家の屋敷で、西にあるのが依頼の発端であるフランチェスカ家のものですね。フランチェスカ家の屋敷には広い屋外演習場もあり、恐らくそこで試合するのではないかと。神子一族専用の観戦席も用意されていますから」

「対魔術設備も完備されていますか?」

「勿論です。間違って流れ弾が飛んでいったとしても、結界によって防ぐことが出来ます。魔力核ダンジョンコアを利用した結界ですから、大抵の魔術は防ぎますよ」

「ほー。それは優秀ですね」



 そう言いつつもセイはこの情報はアビスネットワーク内で記憶していく。目的の一つである魔力核ダンジョンコアの場所だ。少なくとも、この大神殿に二つあることが分かっている。神殿守護結界とフランチェスカ用演習場の二つだ。

 魔力核ダンジョンコアは貴重品扱いなので、こうして一つの血族が複数所持しているというのは大変珍しいことだ。大抵は国家、都市、組織単位で一つを所持することになっている。

 神子一族アリスティア家の権力をそのまま表しているということだろう。



「折角ですので、フランチェスカ家の演習場を見ていきますか? 今日から依頼期間中はフランチェスカ家の離れにて寝泊まりすることになるでしょう。依頼人こそアリア様となっていましたが、実質的に世話をするのはフランチェスカ家か私たちメフィス家のどちらかです」

「まぁ、そうでしょうね。なら案内お願いします。是非とも見ておきたいですから」

「かしこまりました。こちらですよ」



 ライラは入り組んだ通路を通って西側へと進んで行く。こうして通路が入り組んでいるのは、仮に賊が侵入しても内部構造を把握されないようにするためだ。メフィス家は神子一族と謁見する客人を案内する関係上、居住区含めた大神殿は全て把握している。侍従の家系は伊達ではなかった。

 並木道、花で出来た通路、そして人工の川を渡りフランチェスカ家の敷地に入る。この家は武を重んじ、神子一族アリスティア家を守護する盾と剣として生きることを是としている。

 演習場は複数あり、道場やトレーニング施設まで存在していた。ライラに案内されつつも、セイは付近の演習場で戦っている人物たちの動きを観察する。武を名乗るだけあって、動きはかなり洗練されているように思えた。感知できる魔力量もそれなりなので、魔術も充分に扱えるのだろう。

 こんな風にパッと見て大体の力量を測れば、自由戦士ランク7が平均といったところだ。壁といわれるランク5を超えていることから、実力は申し分ない。

 セイが試合で戦うのはこのフランチェスカ家の中でナンバーツーの実力を持つリファという少女だ。これまでの話を統合すれば、ランク9相当の実力である可能性が高いので、セイとは丁度良い練習相手になる。

 予想は予想でしかないので油断は出来ないが、そこそこ本気を出せば殺さずに無力化も出来なくはない。

 そんなことを考えていると、目的の演習場へと辿り着いた。



「ここがフランチェスカ家の誇る特別演習場です」

「誰かが戦っていますね」



 暗い深紅の光が演習場へと落ち、相対する二人の顔は見えない。

 一人は槍を持ち、もう一人が剣を持っている事だけはどうにか分かった。そして二人は同時に動き出し、本当の殺し合いでもしているのではないかという勢いで打ち合い始める。火花が散り、金属音が鳴り響いているいることから、使用している武器には殺傷性がある。

 かなりクレイジーな訓練だ。



「流石ですね。あれが当主バズ様と長女リファ様です。剣を持っている方がバズ様ですね」

「武器が違うということは、一つの武芸に長けた一族というわけではないと?」

「はい。選ぶ武器は人それぞれ。最もしっくりくる武器を自由に選ぶそうです」

「珍しいですね。あ、勝負がついた」



 弧を描いた剣が槍を絡めとり、綺麗に跳ね飛ばした。あれ程綺麗に決まったのだから、槍を持っているリファはすっぽ抜けた感覚しか残っていないだろう。バズという人物は相当な柔剣使いらしい。



「では向かいましょう。バズ様とリファ様がいらっしゃるなら好都合です」

「そうですね」



 二人は戦いが終わった特別演習場へと踏み込み、中央で佇むバズとリファの下へ歩いていくのだった。







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