64話
新章が始まりますよ!
アルギル騎士王国の南部にある新たな地で暴れます
元アウレニカ王国と呼ばれる、現在の三公国中央付近に中立都市アリオンはある。現在は元アウレニカ王国をアルファベットのTを逆に配置したような区切りとなっている。右上を大公マルス・フィーベルが治めるフィーベル公国、左上を大公ゼノン・ドロンチェスカが治めるドロンチェスカ公国、下を大公ペリック・グロリアが治めるグロリア公国として地図には記されているが、それぞれの公国は自分たちこそが元アウレニカ王国を継ぐ正当な一族だと主張している状況だ。
ちなみに、それぞれの公国の地図には全ての土地は自分たちのものだと主張するかのように、元アウレニカ王国の領土全体を自分たちの国土として塗り潰している。更にそれぞれの公国が抱える教育機関でも、学生たちには自分たちこそが正当なアウレニカ王家を継ぐ国家なのだと教えているのだ。
当然、三つの公国は戦争中である。
各国の治安は守られているが、公国どうしの境界は酷く荒れていた。小競り合いなどは日常茶飯事であり、毎月のように死者も出ている。東大陸では最も荒れていると言っても過言ではないだろう。
そんな国境でも唯一、中立都市アリオンだけは別だ。
中立都市アリオンは三公国の国境が重なる三重点に位置しているのだが、ここだけは逆に最も治安のよい場所となっている。それは、このアリオンが三つの公国から独立した都市だからだ。
神子一族とも呼ばれるアリスティア家が中立都市アリオンで君臨している。この都市の中央部にある大神殿には神剣と呼ばれる古代兵器が祀られており、そのためこの神剣を扱えるアリスティア家の血族は都市法からも逃れる治外法権を得ているほどだ。
これほどまで強い権力を持っているので、アリスティア家を中心として安全な都市を形成していたのである。そんな都市に魔王セイ=アストラルは堂々と侵入していた。
「ようこそアリオンへ」
「ありがとう」
セイは自由組合員証を持っているので、ランク9戦士としての身分証明がある。東大陸では自由組合が全土に広がっているお陰か、このアリオンでも充分な効力を持っていた。このようにパスポートとも同様の効果が得られるのは、自由組合という国際企業が信頼されている証だった。
尤も、各国は自由組合から多大な恩恵を得ているので、このように優遇するのは当然の措置である。自由組合の持つ膨大な知識と技術はどの国も欲しいのだ。
組合員証を魔力の多さだけ容量の増える道具袋にしまい込み、セイは街並みを観察する。
「古風な感じだけど凄い活気だね」
アリオンは観光地としての収入が多いので、それに付随した産業が発達している。宿泊関連の他には主にお土産が多く、神剣にあやかって剣に見立てたストラップのようなものまである。代々アリスティア家に仕える者たちが治安維持に協力しているお陰で、観光地の割には犯罪が少ないのも特徴的だった。
市民の表情は明るく、観光に来ている人々も楽しそうにしている。
(これなら派手にお金を使っても問題なさそうか。それなりに高級な宿に泊まってもランク9戦士なら怪しまれないだろうし)
セイの基本戦術であるアビス金貨を用いた情報収集は非常に優秀だ。アビスの擬態能力は完璧なので、流通しやすい金貨に擬態させれば簡単に各場所へと潜入できる。また、金貨として都市に持ち込んでおけば警備員にも咎められない。生物を入れることが出来ない道具袋にはアビスを収納できないので、この擬態は非常に便利なのだ。
転移魔法を習得したセイは、好きな時に魔王城クリスタルパレスへとアビスを回収しに行くことが出来るため、大量に持ち込めなくとも問題にならない。問題は、持っている物が合法か違法かの問題である。金貨を持っていて違法となるはずもないので、これは非常に有効な手だ。
早速、セイは金貨の安定的消費場所――宿屋――を確保するために道路を歩きだす。
「ホテル関連は結構あるのかな?」
パッと見るだけでもホテルは幾つもある。通りを歩くだけで簡単に見つけることが出来た。それらは民宿に近い安宿が殆どだが、中には高級なものもある。そして観光地だけあって、案内板には多数の言語が使用されていた。
北方言語、エルフ言語、標準帝国語、ミレニア語の四つが使用されている。
よくよく耳をすませば、中立都市アリオンで標準的に使用されている北方言語以外の言語も聞こえて来た。実に観光地らしい場所である。
セイも観光地らしく、明るめの服装をしている。流石に元アルギル騎士王国で標準だったローブ姿は怪しいからだ。あの国は寒冷地だったのでローブも一般的だったが、流石にここでは違う。白いパーカーと紺色のズボンを着ている。流石に武器類は道具袋に仕舞っていた。自由戦士であっても、公共的な場所では武器を持ち歩くことを良しとしないからである。勿論、全ての人が道具袋を持っているわけではないので、あからさまに武器を所持している場合は警備員に職務質問されることもある。自由戦士であることを示せば厳重注意で見逃して貰えるものの、かなり面倒なので武器は持たないのが普通だ。
やはり、武器の所持を制限するだけで犯罪は減るのである。
「ここに呼ぶならイーラはダメだね。余計な問題を起こされそうだし。ルクスリアは美人だからこれまた余計なことに巻き込まれそうだ。スペルビアは優秀だから別の仕事を任せたいし……やっぱりグラとアケディアが一番いいかな?」
この都市で細工をするために二人の悪魔を連れてくるつもりだ。今は別の場所で待機させているのだが、あとで転移魔法を使って連れてくるのである。
観光地なので余計な問題を起こすのは拙い。よって、怒りっぽいイーラや色香の強いルクスリアは避けるべきだろう。スペルビアは何でもできるので別の場所で役立ってもらいたい。
消去法で暴食グラと怠惰アケディアに決定だった。
グラは大食いなので、アビス金貨を渡しておけば好きなだけ消費して情報収集に貢献してくれる。アケディアは寛ぐのが好きなので、これまたアビス金貨を渡しておけば好きなように遊んでくれるだろう。何もせずに怠けているイメージの強いアケディアだが、本当のところは遊ぶのが大好きだ。お金を渡しておけば、勝手に使って遊んでいるのでこれまた情報収集に貢献してくれる。
「うん、ありだね」
悪魔としての姿を隠せば人に紛れることが出来るので、悪魔たちを利用する手段はかなり使える。特に今回は大悪魔マリティアを解放するという関係もあり、悪魔たちの方が協力的だった。
セイとしても悪魔を解放しておけば適当に人類を減らしてくれると思っているので、大悪魔の復活は望むところである。悪魔たちを活躍させる計画は立てているので、あとはそれに沿って実行するだけだ。
「暫くは自由組合で仕事しつつ、情報収集に専念ってところだね。高級すぎるのは気が休まらないし、どこか最適な宿はないものか……」
そう考え、セイはそれを自由組合で聞くことに決める。これでもランク9の戦士なので、丁度良い宿の情報ならば教えてくれるはずだ。
セイは案内板に沿って自由組合へと急ぐことにした。
アリオンは非常に広い都市なので、自由組合の支部が幾つもある。今のセイに最も近いのは、自由組合アリオン第四支部だった。
街並みを観察しながらセイは歩みを進め、丁度昼前にアリオン第四支部へと到着する。観光案内を産業にしているらしく、それを目当てに依頼を発注する人々が多かった。ここでは外部の魔物を討伐するために一定の需要がある自由戦士より、観光案内を生業とする観光部門の者が多かった。
セイも入っていつも通り整理券を取り、順番を待つ。
呼ばれたのは三十分ほど後のことだった。
そして受付へと赴き、用件を告げる。
「組合員です。暫く観光したいので、仕事と過ごしやすい宿を教えて欲しいんですが」
「かしこまりました。観光案内は必要ですか?」
「いえ、自分で回りたいから良いですよ」
「では少々お待ちを」
受付の女性は暫く資料を捲りセイに見合った仕事を見つける。この辺りは高ランク自由戦士が出張るほどの強い魔物が多いわけではないので、意外と仕事はない。そのため、受付が仕事を探すだけでも時間がかかってしまう。
仕事が見つかったのは四つ目の資料の山を探している時だった。
「見つかりましたか?」
「え、ええ……見つかったのですが……」
歯切れの悪い受付嬢を見てセイは首をかしげる。
難しい仕事だったのだろうかと疑問を覚えた。
「どんな依頼ですか?」
「できればお勧めは出来ないのですが……」
「これでも大抵の危険は対処できるつもりですけど」
「いえ、これは危機対処能力とか、強いとかそういう問題ではないんです」
何処か困ったような表情を浮かべる彼女を見て、流石のセイも不安になる。様々な依頼を見てきたはずの受付がそのように評する依頼は一体どのようなものなのか。
ある種の怖いもの見たさでセイは尋ねてみた。
「それでどんな依頼なのか聞くだけ聞いてみたいのですけど……」
「はい、依頼者は中立都市アリオンの代表神子アリア・アリスティア様です。そして依頼内容はアリスティア家に代々仕えるフランチェスカ家の護衛人と試合をすることです。要は御前試合ですね。フランチェスカ家は武術に長けた家系ですので、最低でもランク8相当、現当主のバズ様はランク10にも相当すると言われております。正直、お勧めは出来ません」
「試合するだけなら負けてもいいんじゃないですか?」
「……敗北時は命の保証が出来ませんよ。試合と銘打っていますが、実際は命の奪い合いです。代表神子アリア様は気まぐれでそういった本当の命のやり取りをご所望になるのです。普段はフランチェスカ家の者たち同士で戦わせているようですが、稀に自由組合にも戦士を要求されます」
キナ臭い感じがし始めたので、セイも表情を曇らせる。
今の話をまとめると、暇を持て余した代表神子アリア・アリスティアが殺し合いの戦いを見たいがために、試合相手として自由戦士を要求しているという話だ。何とも趣味が悪い。
更に受付嬢の話は続く。
「以前、セイ様と同じランク9戦士の方がこの依頼を受けられました。その時は数日後に首だけとなって帰ってきたんです」
「それ……」
「はい、本来なら自由組合から抗議しなければならない事態です。しかしアリスティア家は神剣を扱うことの出来る神聖な血筋のお方。存在自体が治外法権ですので、あの方々が死ねと申されたなら死ぬしかありません。不当に殺されたとしてもそれは合法なのです」
無茶苦茶にも程がある。
セイはそう思った。
幾ら何でも人殺しまで合法化するなど、普通ではあり得ないことだ。神剣が扱える一族だからといって許されていいことなのだろうか。しかし、この都市ではそれを是としている。
神子一族とは、法を越えた存在として君臨しているのだ。
「どうすれば依頼クリアになるんですそれ?」
「そうですね……フランチェスカ家の方と試合し、殺されれば失敗です。更にセイ様がフランチェスカ家の方を殺してしまっても依頼失敗でしょう。かの家は神子一族に長く使えているので、試合といえど殺されればアリア様は黙っていません。その場で処刑を命じられることも考えられます」
「そんな理不尽な」
「ですからお勧めできません。武のフランチェスカ家を相手に殺さず無力化できる力がなくては確実に依頼失敗となります。それも死という失敗です」
それが許される神子一族アリスティア家には驚きだ。同時に、その家に仕えるフランチェスカ家もかなりの色物だと予想できる。
しかしこれはある意味でチャンスだ。
滅多に近づくことが出来ない神子一族へと合法的に近づくことが出来るからである。
死の危険と同時にこちらも強力な一手を打つことが出来る。
(アビスネットワークを利用した武術なら滅多に負けない。それに切り札として魔法陣魔術もあるから、殺さずに無力化することも不可能じゃないはず)
アビス金貨は暴食グラと怠惰アケディアに使わせれば充分なので、自分は相手の喉元まで迫ってみるのもアリといえばアリだ。リスクとメリットはつり合っているといえる。
セイが黙ってそう考えていると、受付の女性は目を伏せつつ言葉を続けた。
「この依頼は一か月以上前に出されたものです。誰も受ける人がいなければ、自由組合で最もランクの高い戦士が勝手に選ばれることでしょう。現在、アリオンで最もランクが高いのはランク9のセイ様です。ここだけの話、逃げるなら今の内でしょう」
受付嬢は何故か『逃げる』の部分を強調してそう語る。
少し挑発じみたその発言を聞けば、強さに自信のある者は不満に感じることだろう。少年の心を持ちつつも冷静な判断の出来るセイは受付嬢のチグハグさに疑問を感じた。
(お勧めしないといいつつ、俺を挑発している? それとも天然か?)
流石に心を読むことは出来ないので、受付嬢の本心は不明だ。
しかし、この街に留まればどちらにせよ代表神子アリア・アリスティアに呼び出されるらしい。それならば選択の余地など無いだろう。セイはこの街で色々とするべきことがあるのだから、逃げるという手段は絶対にない。
「まあいいか。受けますよ。暫くこの都市にいる予定なので、どちらにせよ標的にされてしまいますね」
「本当ですか……っ! ありがとうございます」
「それで報酬は?」
「勝てば褒美を取らせる……ということです。それがそのまま報酬となります」
「なるほどね」
報酬が明確に提示されていない時点で、普通ならば任務として破綻している。だが、それを押し通せるのが神子一族ということだ。
受付嬢は手早く書類を作成し、魔力印を押してからセイに渡す。
これを持っていけば、自由組合からの正式な任務ということが分かるのだ。
「神殿へと持っていけば通じると思います。泊まり込みとなるので、宿泊場所は必要ありません」
「そうですか。ありがとうございます」
セイはそれを受け取り、道具袋へと仕舞ってから自由組合アリオン第四支部を後にする。
その後姿を見つつ、受付嬢は内心で呟いた。
(私の心理掌握にかかればこんなものよ。ごめんね坊や。私のために死んでちょうだい)
彼女が持つ依頼書にはこう記されていた。
『アリスティア家に仕えるフランチェスカ家の長女、リファ・フランチェスカの実戦相手を求める。なお、この試合は代表神子アリア・アリスティアの御前にて行われるため、組合員が死んでも文句を言わぬこと。
丁度良い相手を紹介すれば、紹介者に50金貨を与える』