63話
アルギル軍が滅亡して一か月後。
自由組合の調査により、アルギル騎士王国は正式に崩壊となった。貴族、王族は子供も含めてすべて死亡しており、騎士の殆どが亡都ナスカで殉職したからである。
崩壊後の処理を行った自由組合理事ネイエス・フランドールは、各方面への書類仕事を日夜問わずに捌き続け、周辺国との調整を経て中立地帯に持ち込むことが出来た。
東の大帝国は内部を治めるので手一杯だし、南部の三公国は内乱が続いている。海を挟んだ西の大陸にある神聖ミレニア教国も、飛び地となるので手を出してこなかった。
正確には、ネイエスが手腕を振るったおかげなのだが、元アルギル騎士王国は自由組合が管理する大規模中立地帯となったのである。
自由組合支部を中心とした都市再建が行われ、薬学を中心に栄える予定となっている。秘匿されていた魔力回復薬のレシピも自由組合が取得したので、ネイエスは笑いが止まらなくなるほど利権を得ていた。
しかし、ただいま人生の絶頂期とも言えるネイエスは、冷や汗を流しながら目の前にいる六人の相手をしている。普段のネイエスを知る者が見れば、『誰だ!?』と叫ぶほどにネイエスは萎縮していた。
「さてと、大方はこんなものだな。文句はあるか?」
「いえいえ。滅相もございません!」
これからの元アルギル騎士王国領について最後の詰めをしていたのだが、その相手が問題だった。
魔王セイ=アストラル。
傲慢の高位悪魔スペルビア。
憤怒の高位悪魔イーラ。
怠惰の高位悪魔アケディア。
暴食の高位悪魔グラ。
色欲の高位悪魔ルクスリア。
この六人がネイエスの前にいたのである。高位悪魔は残りの竜殺剣から解放したので、セイと共に居たのだった。
魔王セイは正面のソファに座り、スペルビアは側に控える。憤怒のイーラは活発そうな赤髪の女で、お菓子をひたすら貪り食っている。太った男、暴食のグラはイーラに対抗してお菓子を食べていた。眠そうにしてソファに寝転がっている少年が怠惰のアケディア。際どい服装の美女が色欲のルクスリアで、何かの本を読んでいた。
スペルビア以外の悪魔たちは実に協調性のなさそうな見た目をしているが、威圧としては充分である。ただ存在するだけで圧倒的な威圧を放っているのだ。魑魅魍魎の蔓延る政界を生き抜いて生きたネイエスも、こればかりは生きた心地がしなかった。
「とりあえず竜種の討伐禁止。これだけは絶対守ってもらうよ?」
「は、はい。分かっています」
「それと、亡都ナスカは迷宮の機能を消滅させた。そのかわり、魔王城クリスタルパレスは自由に攻略するといいよ。あそこは色んな魔物が生息するように調整してあるから」
「ありがとうございます」
セイはアルギル軍を滅ぼした後、亡都ナスカの魔力核を抜き取って自分の魔力に戻してしまった。理由は、亡都ナスカがアルギル軍を潰すためだけに創られた迷宮だったからである。
そのため、元アルギル騎士王国にあるのは魔王城クリスタルパレスだけとなっていた。そちらも、アビスに各地から魔物を連れて来させ、転移魔術を利用して迷宮の各所に配置している。セイの魔力核ではアビス以外の魔物を生み出せないので、他から連れてくる必要があるのだ。この魔物たちは生殖によって増えるので、いずれはクリスタルパレス地下迷路にも定着することだろう。
そして魔物討伐は、魔力を生命エネルギーに戻して竜脈へと送ることと同義である。
魔力の精霊王として、魔物討伐は忌避することではない。
その代わり、竜種に手出しすることを絶対に禁じたのである。勿論、竜種とは本物のドラゴンのことであるため、ドラグーンやワイバーンは対象外となる。
「ところで、自由組合の方で新体制は構築できたか?」
「はい。魔王殿が予め国の滅びを予告していましたので、無駄なく準備できました。復興による労働の必要もありますので、治安もすぐに良くなります。他国にも色々と手をまわし、騎士の代わりに自由組合のほうで管理体制を築きました」
「それならいいか。俺は少なくとも、数年以上はこの領域に手出しするつもりはないからね。その間に復興を手掛けておいてくれ。ある程度までなったら、俺が介入して新しい国を創る」
「新しい国……ですか?」
「北にある霊峰の竜脈湧点から大量の生命エネルギーが大地を流れるお陰で、元アルギル騎士王国領は効果の強い薬草が分布している。それを利用した医学の国を創る。ただし、薬草が沢山手に入るのは、竜種が竜脈を整えているお陰だからね。これからは竜種狩りを絶対的に禁止して、自然に優しい、共存をメインにした国を創ることにするってことさ」
それを聞いてネイエスは困惑した。
なぜ、竜脈の管理を竜種に任せるのかと。
竜種をパーツとすれば、人類でも竜脈を管理できると言われているため、ネイエスとしてはわざわざ竜種と共存する意味を理解できなかった。しかし、ここでそんなことを言えば即座に殺されるかもしれないと感じていたので、表情にも出すことなく頷いていたが。
セイも流石に心は読めないので、ネイエスが内心でどう感じているかは分からない。
最後に念を押して脅すことにした。
「それとネイエス・フランドール。お前が俺のことや、ここにいる復活した悪魔たちのことを漏らせば、命の保障は出来ない。それに、俺との契約に違反する事項を侵しても同様だ。常に監視が着いていることを忘れないでくれよ?」
「っ!? わ、わかっていますよ」
強い魔力をぶつけられ、ネイエスは声を引き攣らせながら首を縦に振る。
一国を容易く滅ぼしてしまったことから、魔王セイの実力を過小評価することは出来ない。それに、この魔王の情報収集能力が異常に高いことも熟知している。
ネイエスに正面から敵に回す度胸は無かった。
利用してやろうぐらいには考えていたが、その気すら失せてしまったほどである。
(よくよく考えれば、この魔王の側には五体の高位悪魔がいますからね。まさかあの時の契約が、本当に悪魔との取引になるとは……)
国を滅ぼすから後始末を頼む。代わりに、その際の利益を貰える。
それがセイと交わした契約だった。
過去の文献によると、高位悪魔はたったの一体で一軍に匹敵していたという。勿論、遥か昔の話なので、現代と比較することは出来ない。しかし、悪魔が強いのは確かなのだ。それが目の前に五体いるという事実は、流石のネイエスでも苦笑すら浮かべられない。
逆らうなどもっての外だった。
少なくとも今は。
(自由戦士最強のアイゼン殿ならばあるいは―――?)
ネイエスが思い浮かべるのは、伝説とも言われる自由戦士だ。
ランク15を誇る人類最強であり、情報規制すら掛けられているため、一般には都市伝説のように扱われている。しかし、自由組合理事であるネイエスは、彼が存在することを知っているのだ。
名をアイゼン。
彼ならば高位悪魔が複数いても問題ないだろうと思われた。
だが、彼の正確な居場所は誰も把握していない。偶に自由組合へと顔を出すので生存はしているハズなのだが、普段はどこにいるのか誰も知らなかった。諜報部門の自由組合員に調べさせても、全く足取りがつかめないのである。
次に会えるのはいつになるかも分からない。
また、監視をつけるという話なので、余計な真似も出来ない。
既に後戻りなど出来ないところまで来ていたのだ。
賢いが故に、ネイエスはこれ以上考えることを止めた。
「さーてと。今日の話はこれで終わりだね。もう帰っても構わないよ。スペルビアは出口まで案内してやってくれるかい?」
「かしこまりま――」
「いえ! 結構です! 自力で帰れますので!」
高位悪魔に案内されて出口まで行くなど、精神的安定のために避けるべき事案だ。
ネイエスはそう判断して、逃げるように部屋から出ていった。
そして気配が遠ざかったのを見計らって色欲のルクスリアが笑い声をあげる。
「アハハハハハハハハハハ! あの男、面白すぎるわ。大物ぶって私たちを相手に交渉の真似事をしようとしていたみたいよ?」
「そう言ってやるなよルクスリア。あれでも自由組合の幹部なんだからさ」
「んー。でもまぁ、魔王様も丁度いい奴を契約相手にしたものよね。あれなら幾らでも利用できそうよ? 残念ながら性欲はそれほどないみたいだけどね。どちらかと言えば強欲の領分かしら?」
「そう……かもね」
「それにしても強欲の奴はどこにいるのかしらね? 私とあいつがいれば、大抵の人間は簡単に誘惑できるんだけど……」
ルクスリアはそう言いながら読んでいた本を閉じる。
傲慢のスペルビアは強欲のことを嫌っている節すらあるのだが、色欲のルクスリアは相性のいいパートナーとして認識しているようだった。残念ながら、竜殺剣の残り二本は所在地不明となっている。少なくとも一本は東の大帝国にあるのではないかと予想しているが、もう一本は全く手がかりがない状況だった。
「まぁ、残りの竜殺剣については置いておこう。まずは、悪魔のリーダー、大悪魔を解放することから始めるよ。スペルビア、よろしく」
「かしこまりました。魔王様の調べた情報と私の持っていた情報を統合し、大悪魔様の封印されている場所について目途をつけました。これからその資料を配り、説明します。イーラとグラ、アケディアもしっかりと聞いておきなさい」
「分かったっての。睨むなスペルビア」
「お菓子食いながらでもいいなら聞く」
「……面倒」
協調性のない憤怒のイーラ、暴食のグラ、怠惰のアケディアを見てスペルビアはこめかみを押さえる。悪魔たちの中では最も真面目で有能なスペルビアも、この自由奔放な悪魔たちには手を焼いていた。
それでも、諦めた表情のスペルビアは資料を配布し、説明を始めた。
「さて、魔王様以外は知っていると思いますが、五百年前に勇者と呼ばれていた忌々しい男が大悪魔様を封印してしまいました。ですが、一体どこに封印されたのかは私も分かっていません。ですが、魔王様が配下の魔物を使って情報を集め、その手がかりとなる情報を手に入れてくださいました。そこから推測したのが、この資料となっています」
スペルビアの配った資料には、とある都市の名前が記されていた。
中立都市アリオン。
神子一族と呼ばれる者たちが都市を支配している。かつてはアウレニカ王国と呼ばれていた国の首都だったのだが、現在では分裂して三公国と一般に呼ばれている領域だ。王が子を成さずして死んでしまったので、王家の血を引く大公家がそれぞれ王権を主張し、三つの国に独立してしまったのだ。
元首都であり、現在は中立都市となっているアリオンは、三公国から干渉を受けない場所となっている。
理由は神子一族にあった。
この一族は、かつて勇者と共に旅をした巫女姫の末裔と言われており、アリオンの神殿に祀られている神剣を扱うことの出来る唯一の血筋なのだ。神剣は、一度振るうだけで軍隊を滅ぼせると言われている兵器。神子一族は竜殺剣すらも上回る神剣を使うことが出来るので、三つの大公家も手を出せないのである。
元アウレニカ王国で覇権を手に入れるには、この神子一族をどのように味方へと付けるかが鍵となっている状態だった。現在、神子一族はこの三大公家から丁寧に扱われ、大量の賄賂などを受け取っている状況に満足している。また、こうして神子一族を満足させることで、自らが王となろうとする意志を削ぐ意味もあった。
こういった三つ巴の内乱に加え、竜脈の不調による農作物の収穫量低下もあり、この地域ではかなり治安も悪くなっていた。
スペルビアは資料に沿ってこのことを説明し、同僚の悪魔たちにも前提知識を教えていく。丁寧な性格のスペルビアは説明も上手で、話を聞くのが苦手な憤怒のイーラも、頷きながら理解していた。イーラも長きを生きる悪魔なので、短気ではあるが馬鹿ではないのである。
「さて、ここからが本番です。この中立都市アリオンにあると言われる神剣とは何か? 我々のような高位悪魔を封じた竜殺剣を超える威力を発揮するという話ですので、まともな代物ではないでしょう。恐らく、我らが王である大悪魔マリティア様が封じられた剣なのです」
「そういうことだ。神剣についての文献はこの国でも十分に調べられたからね。竜殺剣という前例もあることだし、神剣とは大悪魔が封じられた兵器だって予想できたのさ。まぁ、まだ予想段階だけど、それを調べるために移動する」
スペルビアの言葉を引き継いだセイはそう言って立ち上がり、悪魔たちを見渡しながら宣言した。
「次の標的は南にある三公国だ。特に中立都市アリオンを調べ、仮に俺の予想通りなのだとしたら、神剣を奪い取って大悪魔マリティアを復活させる」
セイの言葉を聞いて、五人の悪魔は頷いた。
高位悪魔をまとめる王、大悪魔。
それを復活させるのは悪魔たちの悲願である。
魔力の精霊王と五人の高位悪魔による新しい計画が始まったのだった。
今回でアルギル騎士王国編は完結ですね。
次は大悪魔様を復活させます。
人類を掌コロコロしますよ!