61話
たった一体の高位悪魔と数百体の魔物に滅ぼされようとしている王都ムーラグリフ。各地で深淵竜が放ったブレスによるクレーターが出来上がっており、市民も貴族も関係なく命を散らしている。そして発生した魔素を吸収することでアビスは更に強化され、もはや手が付けられなくなっていた。
空中で戦える第四騎士団、第五騎士団がいれば別だったのかもしれないが、ここには治安維持を目的とした第二騎士団しかいない。魔法も殆ど回避されるので、騎士団ですらなす術がなかった。
その上、スペルビアが召喚した悪魔パラスによって、味方や守るべき市民が操られている。騎士たちの士気もかなり低い。
だが、第二騎士団長オリエスト・ゼーライクとその部隊だけは士気が高いまま対処を続けていた。
「右に回り込め! 左は自分に任せよ!」
オリエストは雷を纏った剣を振り上げ、軽く振り下ろす。概念拡張金属オリハルコンが材料の魔剣だ。電磁気を操ることが出来るので、電撃によって寄生された仲間や市民を気絶させているのだ。
普段、第二騎士団は犯罪者を電撃で気絶させて捕らえることが多い。それゆえ、団長のオリエストには最強の雷魔剣を与えられていたのである。そして彼直属の部隊も電撃系の魔道具を所持している。スタンガンのような小型の道具だが、人を気絶させるだけなら十分だった。
「早く元凶の高位悪魔を探せ! 奴を倒せば下位悪魔は消滅するハズだ!」
空中にいた悪魔スペルビアは確認している。オリエストとしても早くそちらに向かいたいのだが、これだけ操られた者が多ければ放っておくわけにはいかない。治安維持が目的の第二騎士団の信念には、市民を守ることも含まれている。故に寄生された者を殺すわけにはいかず、余計に時間がかかっていたのだ。
そして寄生された市民と騎士団が固まっていれば、上空を飛ぶ深淵竜にターゲットされる。圧縮した魔素が輝き、騎士団に向けて放射された。完全な不意打ちである上、これだけ固まっていれば即座に逃げることも出来ない。
死を覚悟した。
オリエスト以外は。
「させん! 応えろ魔剣よ!」
オリエスが高く剣を掲げると、それを中心として巨大な電磁バリアが発生する。アーク放電にも似た現象が半球状に騎士たちを包み込み、バチバチと火花を散らしていた。
「ガアアアアアアアアアアッ!」
「防げ!」
深淵竜が咆哮と共にブレスを放ち、電磁バリアと拮抗する。強烈なアーク圧によって圧縮魔素は押し返され、オリエストはブレスを防ぎ切った。
そしてブレスが止まると同時に電磁バリアを解除し、魔剣に雷を纏わせる。
「貫け!」
オリエストが剣の切先を深淵竜に向けると、白い雷撃が天に向かって放たれた。雷速の一撃は深淵竜を貫き、魔石を砕いた。
力を失った深淵竜は本来のスライムに近い姿へと戻り、ダークマター体が霧散する。
第二騎士団が他の騎士団より一段劣ると言っても、団長は別格である。肉体能力も、魔力量も、技量も武器も桁違いなのだ。これぐらいは容易い。
「行くぞ! 高位悪魔を探せ!」
『おおっ!』
深淵竜を倒したことで、騎士たちの士気が上がる。
ペルロイカ王から留守を預かっているのだから、これ以上は好きにさせない。
そんな思いもあって、オリエストを始めとした全員がしっかりと前を見据えた。悪魔パラスに寄生された市民、貴族たちはまだまだ残っているからだ。
しかし、そのせいで上空から目を離したのは悪手だった。
「《大隕石》」
凛と響くその声が聞こえると同時に、地面に巨大な黒い影が差す。
見上げれば、そこには天から降る大岩。おそらく、騎士団を丸ごと圧し潰せるだけの大きさはある。間違いなく魔術による現象だ。そしてこんな大魔術を発動できるとすれば、それは高位悪魔に他ならない。
オリエストはそれを即座に理解し、魔剣を天に掲げた。
「自分の魔力を……全て持っていけぇぇぇぇぇぇっ!」
魔力を込めるほどに雷は威力を増す。
エネルギーを収束し、アーク圧として一気に放射することで大隕石を砕こうとしたのだ。
もしもオリエストが一人で逃げれば、大隕石の効果範囲から逃れることは難しくなかっただろう。騎士団長を任されるだけあって、身体能力は凄まじいからだ。
しかし部下は違う。
このままでは部下の多くが隕石に押し潰されるのが目に見えていた。
「はあああああああああっ!」
電撃の余波がオリエスト自身をも蝕むが、それでも魔力を込め続ける。出来る限り魔力で操ってはいるのだが、鎧は電気を通しやすい金属製なのだ。強すぎる力は自身に跳ね返ってくる。
しかし、それでもオリエストは止めない。
「砕けろおぉぉぉぉぉぉっ!」
出し切った。
力の限りを尽くしたプラズマがアーク圧となって巨大隕石を破壊したのだ。流石に粉々にまではならなかったが、これで被害は小さくなったことだろう。
ホッとしたオリエストはその場で膝をついた。
しかし、それは大きな油断である。
相手が悪魔であることを忘れた油断だった。
「素晴らしい。ですが二個目はどうですかね?」
そんな言葉が空から聞こえた。
二個目?
なんだそれは?
そんな疑問と同時に再び地面が暗くなる。
「私の魔力も流石に尽きかけましたが……これで終わりですよ。《大隕石》」
一発目よりもさらに大きな岩が落ちてくる。
魔力を使い切ったオリエストでは、この質量攻撃を撥ね退けることは出来ないだろう。
騎士団は数秒後に瓦解した。
◆ ◆ ◆
アビスによって蹂躙された都市は王都だけではない。
アルギル騎士王国にある全ての都市が深淵竜によって破壊され尽くしていた。普段ならばある程度の自由戦士もいたのだろうが、今は騎士に代わって魔物退治に出かけている。
空を飛び、ブレスを吐き出す深淵竜に対抗できる人材は残っていなかった。僅かに残されている第二騎士団も、皆がオリエストのように強いわけではない。
アビスの諜報能力で調べられた魔力核の場所が破壊され、結界魔道具を潰されて動力である魔力核が持ち去られる。他にも実験用の魔力核も研究室から持ち去られていた。
そしてそれを回収すれば、深淵竜はある方向を目指して飛び去るのだ。
セイの待つ亡都ナスカへと急ぐのである。
一通り蹂躙された都市で生き残った者たちは、空の彼方へと去っていく深淵竜を茫然と眺めつつ、国の滅びを悟ったのだった。
王都と異なり、各都市には殆ど貴族がいない。それゆえ、王都と比較すれば破壊が少なかったことが唯一の幸いだろう。
セイは自由組合理事のネイエスと契約を結んでいるので、復興後のことを考えて、各都市の破壊は最小限にするよう命令しておいたからである。王都には貴族居住区があるので、そこを重点的に破壊し尽くすしかなかったのだが、各都市には殆ど貴族がいない。居ても数人程度なので、魔力核さえ奪えば、蹂躙は最小限で良かった。
「よし、これであとは俺が王国軍を滅ぼせば勝利だ」
セイは魔水晶塔の最上階にあるテラスで、アビスから魔力核を受け取りつつ、そんなことを口にする。各都市の状況は思考リンクを通じて認知している。そのため、予定通りに都市を落としたことも分かっていたのだ。
あとは、国王を含めた眼下の大軍団を潰すだけでよい。
「そろそろ二時間になるかな。スペルビアを呼び戻さないと」
まだアルギル軍は塔まで辿り着いてはいない。各都市から呼び戻したアビスに攻撃させているので、このままならあと一時間は大丈夫だろう。
セイは転移で王都に向かい、スペルビアを迎えに行くことにした。
「流石に第二騎士団長も始末できているかな」
セイの足元に転移魔法陣が浮かび、魔水晶塔から姿を消す。
そして王都ムーラグリフの上空に姿を顕した。そのままでは落下するので、《障壁》を足場代わりにして上空に立つ。
見下ろせば、見事に破壊された王都があった。
「各地にクレーター……これはブレスか。火事も結構発生してるね。あとは……なんか大岩が貴族居住区に落ちてるんだけど……」
「あれは私の仕業ですよ魔王様」
「うおぉっ! スペルビアか。ビックリした」
「それは申し訳ありません。ですが任務は完了いたしました。第二騎士団長は、あの大岩の下で真っ赤な染みになっている事でしょう。貴族共は悪魔パラスを使い、皆殺しにしました。一般の市民は魔王様の配下が見ての通り、蹂躙しております」
「騎士団長と貴族を始末したなら十分だ。亡都ナスカに戻るよ」
「仰せのままに」
スペルビアが深く礼をすると、セイは転移陣を発動させる。
そして次の瞬間には、亡都ナスカにある魔水晶塔の最上階へと戻ってきていた。そして戻ってきたスペルビアはテラスの方へと歩いていき、アルギル軍の様子を眺める。
「これはこれは。随分と数が減ったようですね」
「ああ。大体……二万ぐらいかな? 予想ではもっと減ると思っていたんだけどね。なかなかやる。時空系の魔剣とか竜殺剣、それに国王が持つ炎の魔剣で結構なアビスが潰されたみたいだね」
「私の召喚した眷属もほぼ殲滅しているようです。全く……役に立たない」
流石、傲慢を司るだけあって、スペルビアは役に立たない部下に対して辛辣だ。
悪魔エニグマ、悪魔フォルテ、悪魔ガーゴイルはアルギル軍によってほとんど討伐されており、残っているのは三十体もいなかった。
広域加重術式グレイプニルの中にあるため、悪魔たちも動きが鈍っているのである。アルギル軍も木偶ではないので、動きが鈍った悪魔を次々と討伐していたのだ。流石に空中を飛ぶ深淵竜は国王ペルロイカを中心とした強者が対応していたが、地上戦力なら一般騎士でも対応できる。数を減らしながらも、着実に進軍していた。
「さてと、このままではかなりの数が魔水晶塔に来てしまうから、もう少し数を減らしたい。スペルビアの魔力はどれぐらい残っているかな?」
「殆どありません。眷属召喚を二度使用し、大魔術も何度か使っておりますので」
「仕方ないか。なら俺がやろう」
セイは思考リンクを使い、亡都ナスカを形成している魔力核へと指令を飛ばす。各地からアビスに魔力核を回収させたので、今のセイの魔力は以前の三倍程ある。追加で魔力を迷宮へと流しながら、構造変化を引き起こした。
地響きが鳴り、地面から六本の塔が出てくる。それは魔水晶塔のように造形されたものではなく、巨大な岩の塊で出来た塔だ。大きさとしては、直径数十メートル、高さは百メートルほど。どちらかと言えば柱に近いかもしれない。それが行軍するアルギル軍の周囲に次々と出現したのである。
「魔法陣魔法《地樹術》」
土属性の情報体を組み上げて魔法陣を形成し、出現した六本の柱へと投影する。セイはこのように思考リンクで計算した魔法陣を投影することで、様々な属性の魔術を発動できる。効果もその都度で組み替えることも可能であるため、かなり万能な能力だと言えた。
そして今回は岩を内部から爆散させる術式である。中心から全方向に負荷応力を与え、瞬間的に岩の結合力を緩めることで爆散する。今回は六本の巨大な岩の柱が爆散することになるのだ。つまり、大小さまざまな岩の破片がアルギル軍へと降り注ぐことになる。
広域加重術式グレイプニルによって重力が十倍にまでなっているため、落下で生じるエネルギーも十倍にまで膨れ上がっている。当たれば、ただでは済まない。
これによって数千の騎士たちが行動不能になった。死者は少なかったが、怪我人が多い。重力が十倍になっている状況で怪我をすれば、流石に動くことが出来ず、さらに介抱する騎士たちも必要なので戦力としては大きな低下となった。
「少し工夫すればトラップ風のギミックも作れそうかな?」
本来、迷宮にはトラップなどない。複雑な迷路を創ったりすることは出来るが、特殊なギミックを創るのは不可能だ。どんなに頑張っても扉に鍵をつけるのが精々である。
だが、セイは思考リンクで魔力核に演算能力を分け与えることが出来るし、魔法陣魔法の技術を応用すればトラップモドキも不可能ではない。今回は手動で発動したが、工夫すれば自動発動も夢ではないだろう。
事実、広域加重術式グレイプニルもトラップの一種なのだから。
「流石でございます魔王様」
「まぁ、こんな感じで減らしていこう。次は落とし穴と串刺し地形のコンボで」
セイは魔力核に指令を送り、通路自体が巨大魔法陣となっている地下一階のフロアを一部改変して鋭利な棘のあるエリアを作成する。あとは騎士たちがその上に差し掛かった時、魔法陣魔法で地面を崩せば、自動的に串刺しになってくれるだろう。
この亡都ナスカは魔王の腹の中。
ここを戦場として選んだ時点でアルギル軍の運命は決まっていたのである。
相手の有利な地形で戦うなど、戦争においてはご法度だ。それゆえ、魔王を舐めていたアルギル軍は、そのツケを支払うことになる。